その6
その後、俺は依頼状のなかから適当な仕事を選んだ。
高額な依頼ではなかったが、オイシイ仕事までのつなぎだと思って請けることにした。
そして帰り際に、メチャシコを食事に誘ってみた。
メチャシコは、明るくて社交的な娘だ。
それに俺と彼女は、おそらくは同い年である。
先日の仕事で親しくもなった。
だから俺は、友達になりたくて彼女を誘った。
ただし。
こんなことを言っては、メチャシコには申し訳ないのだけれども――。
実は、久しぶりにアンジェリーチカを見た俺は、女の子に声をかけたり誘ったりといったことに、まるで抵抗がなくなっていたのだ。
アンジェリーチカに比べれば、どんな子もかすんで見えた。
だから俺は、メチャシコ――魔法使い居住区のなかでは飛び抜けて可愛い子だ――に対しても、「別に嫌われてもかまわないや」といった超テキトーで↑↑な気分で声をかけることができたのだ。
「ええー!?」
メチャシコは、大きく目を見開いて口をぽっかり開けた。
その口を手で隠し、驚きの声をあげた。
斡旋所にいた何人かの魔法使いがこっちを見た。
メチャシコは、慌てて受付机に伏せると、ちらっと俺を見上げた。
ちょこんと可愛らしく舌を出した。
そして満面の笑みで言った。
「明日の夕食なら好いですよ」
翌日の夕方。
俺は斡旋所の裏口で、メチャシコを待った。
そこから出てきた彼女を、魔法使い居住区のなかにある飲食店に誘った。
俺たちの住むデモニオンヒルでは、食事は教会で無料で提供されている。
しかし、そこで提供されるものよりもグレードの高いものを食べたいときは、飲食店で食べることができた。もちろん教会とは違って、お金を払って食事をするわけだけど、それでなかなか人気があった。
「ありがとうございます」
メチャシコは、席に付くと満面の笑みをした。
「あっ、ああ。どうぞ」
俺は彼女の笑顔を見て、
おごってもらう気満々だなあ――と、こっそり苦笑いした。
メニューを渡しながら、
でも食事に誘われたらそう思うのも当たり前だよな――とも思った。
だから俺は微笑んで、
「好きなの頼んでよ」
と言った。
するとメチャシコは、
「じゃあ、お言葉に甘えてえ~」
と言って、メニューをじっと見た。
そして、一番高い料理と二番目に高い料理を頼んだ。
俺は失笑して、一番高いサラダと、飲み放題を二人分頼んだ。
今日は散財するぞと、ヤケになったのだ。――
しばらくの後。
俺とメチャシコは、上機嫌になっていた。
食べきれない量の料理と、いろんな飲み物で、しあわせになっていた。
俺とメチャシコは未成年だけれども、ちょっぴりお酒も飲んでいた。
ちなみに。
ここデモニオンヒルでは、未成年の飲酒は禁じられていない。
それに加えて、保存が利くという理由で、水よりもアルコール飲料 (ぬるいビールのようなもの)のほうが安い。
だから、デモニオンヒルでは――アンジェリーチカのような大金持ちは別として――子供がお酒を飲むことは、それほど珍しいことではなかった。
「テンショウさんは、もう慣れましたあ?」
「えっ、うん。おかげさまで」
「ほんとですかあ?」
メチャシコが俺の顔を覗きこむ。
「うん。ほんと助かってる」
俺は本心からそう言った。
すると、メチャシコは屈託のない笑みをした。
えへへと、可愛らしく笑った。
だから、俺は思いきって本音を打ち明けた。
友達が欲しいんだ――と。
友達になってくれませんか――と。
するとメチャシコは、きょとんとした顔をした。
しばらくの後、満面の笑みで手を差しだした。
そして明るくハッキリとした声で言った。
「じゃあ、今月のお友だち料、金貨三枚ね!」
あまりにも、あっけらかんとして、しかも「そんなの常識ですよ」って感じで言われたので、俺は慣れない酒に酔っぱらったせいもあって、
「はいっ!」
と言って、金貨を渡した。
するとメチャシコは、本当に嬉しそうに両手を胸の前で合わせた。
そして言った。
「ありがとうございます!」
その後は豪勢な食事会となった。
俺たちは、たっぷり楽しんだのち店を出た。
途中まで一緒に帰り、そして別れた後も俺は上機嫌だった。
家に着いて、ベッドに突っ伏したときにようやく、俺はお友だち料を払ったことを思い出した。
お友だち料を要求したメチャシコを思い出した。
お友だちになってね――と言って、お金を渡したことを思い出した。
とても嫌な気分だった。
俺は最悪な気分のまま眠りについた。――
翌日、斡旋所に行くと、メチャシコが満面の笑みで手を振った。
そして、お友だち料のことには一切ふれずに、午後の予定を聞いてきた。
特に予定はないと言うと、メチャシコは、教会に行こうと言った。
そこで食事をしながらお話をしようと、彼女は言った。
で。
俺が頷くと、この日から俺たちは一緒に食事をするようになった。
友達のように連むようになったのである。
その後、俺たちはどんどん仲良くなった。
俺は、お友だち料のことがずっと胸につかえていたが、しかし、なかなか言えないでいた。
メチャシコは、お友だち料のことには一切ふれなかった。
しかし、明らかに俺をヒイキするようになった。
斡旋所の仕事のうち、オイシイ仕事をこっそり俺にまわしてくれた。
報酬金額の交渉をしてくれることもあった。
金払いのいい依頼人、ケチな依頼人といった情報も教えてくれる。
それになにより、笑顔で一緒にいてくれた。
俺は、そんなメチャシコのことを、ありがたく思うと同時に。
ゲンキンな女だな――と、すこし蔑んだ目で見ていた。
世が世なら援助交際しているな――と、密かに見下していた。
ただ。
そんなメチャシコに俺が救われているのは疑いようのない事実だったし、それになにより、そんな卑しいメチャシコと一緒にいることに、俺が居心地の好さを感じるのもまた事実だった。
「どうしたんですかあ?」
「えっ? ああ、うん、ごめん」
「ダメですよお、ひとりで抱え込んじゃあ? なんでも言うんですよお?」
「あ、ああ」
俺とメチャシコは、教会でスープをつついていた。
パンをひたして食べながら、内緒話をしていた。
「じゃあ、明日の午後、料理店に行ってくださいね?」
「あ、ああ」
メチャシコは、たまに斡旋所を通さない仕事を俺に持ってきた。
これは重大なルール違反だったが、しかし、斡旋所を通さない金額はひどく魅力的だった。
まあ、メチャシコは、俺に持ってくる前に、たっぷりと仲介手数料を取っているとは思うのだけども。
しかし、それでも魅力的な話には違いなかった。
あらがえなかった。
「じゃあ、終わったら斡旋所ではなく、ここにお給金を持ってきてくださいね」
「……分かった」
俺は、苛立ちながらも頷いた。
そして、このやり場のない苛立ちを、メチャシコにぶつけた。
何食わぬ顔をして、こっそり魔法の練習をした。
彼女のぶかぶかでざらざらなロングスカート。そのなかを俺は密かにイメージした。そして魔法で振動させた。身体が内側から温かくなるような――そんな魔法の使いかたを、彼女を実験台にして練習した。
俺はメチャシコの悪事に荷担しながら、その代償として彼女をこの人体実験の被験者にした。もちろん、メチャシコにはバレないようにしていたが、しかし、彼女が人体実験の被験者であることに変わりはない。
事実、魔法の当たりどころの悪かったときなど、メチャシコは、真っ青な顔をしてお手洗いにかけこんだ。
急に瞳をうるませ、腰をくねらせ、俺の手をぎゅっと握ったまま、汗をびっしょりかくこともあった。
突然、甘ったるい声をあげることもあった。
そんなメチャシコに心が痛むこともあったが、しかし俺は、これは不正を働くメチャシコへの罰のつもりだった。そう思うことで俺は思う存分、魔法の練習ができた。
まあ、よく考えれば――不正を働いているのは俺もそうだし、それに俺は罰を与える立場にないから――これは利己的な屁理屈に間違いないのだけれども、しかしこのときの俺は、すでに冷静な判断力を失っていた。
不正と人体実験を無理に結びつけようとしたのは、このなかば狂った思考であった。
そうでも思わないと、堪えられなかった。
俺は下劣ではないぞと、思いたかったのである。――
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
メチャシコの悪事に荷担させられた (荷担した)。
→人体実験の被験者にしてやった。
……俺はチートな魔法使いでありながら、実際には、尿意をもよおさせたり、睾丸を温めたりといった方面にしか魔力を使っていない。実は密かに、このことを気にしているのだ。それもあっての人体実験なのであった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。




