その5・プロットポイント
アンジェリーチカのパーティーは、バーベキューを軽く食した後にお開きとなった。
俺とメチャシコは、彼女たちがお城に引き上げると解放された。
ブランコの設置はすでに終わっていた。
メチャシコはそれを確認すると、
「門のところで待っててください」
と言って、お城の従者のところにかけていった。
門のところでしばらく待っていると、やがてメチャシコがやって来た。
「すみません、遅くなっちゃって」
「いえっ」
「お城の方とお話ししてきました。ちゃんと三人分お給金出してもらえました」
「三人分って?」
「ブランコの設置ですよ~。わたしたちパーティーにお呼ばれされちゃいましたけど、今日はブランコを造るお仕事で来たんじゃないですかあ?」
「あっ、そうだ」
そうだったんだ。……。
「それでブランコの設置は、あのおふたりに任せちゃったんですけど、そうなるとテンショウさんは今日、お給金もらえないじゃないですかあ」
「ああ、でも、まあ仕事してないし」
と、俺は頭をかきながら言った。
すると、メチャシコは可愛らしく怒って言った。
「ダメですよお! そんな笑ってちゃあ、ダメですよお?」
「はあ」
「半日くらい拘束されたじゃないですかあ。ほかのお仕事したらお金もらえたじゃないですかあ?」
「まっ、まあ」
「今度からはそういうのダメですよ? テンショウさんは気をつかいながら、みなさんと一緒にいたんですからね、ちゃんとお金をもらうんですよお?」
そう言って、メチャシコは金貨を俺に握らせた。
俺が頷くと、メチャシコはニッコリ笑った。
そして言った。
「えへへ。それでここからは、お仕事とは関係ないんですけど」
「……なにか」
「バベキュウのお残りをもらっちゃいました!」
そう言ってメチャシコは、大きな袋をふたつ出した。
「わたし、もしかしたらと思って聞いたんです。すると、やっぱり残ったお肉は捨てるんだそうです。だから、わたしもらってきたんです」
メチャシコは、瞳をキラキラと輝かせて言った。
そして袋をひとつ俺に持たせ、ヒソヒソ声で言った。
「ブランコを造ってもらった、あのふたりには内緒ですよ? わたしとテンショウさんで山分けしましょう」
「………………」
俺が言葉を失ってただ立ちつくしていると、メチャシコはぎゅっと俺の手を握った。
そしてバーベキューの残飯を急いでカバンにしまうよう促した。
俺は、ひどく惨めな気持ちになった。
その後、嬉々としてしゃべるメチャシコと一緒に歩いていたけれど、そして愛嬌のいい顔で彼女の話にうなずいてはいたけれど、実のところ俺は上の空だった。
まばゆいアンジェリーチカたちのドレス、鮮やかなお花畑、初めて見る豪華な食事、食器、希望に満ちた子女たちの瞳、大らかでゆとりある態度、あのパーティーで見た何もかもが、俺の頭から離れなかった。
それに比べて、この街並みのみすぼらしさはなんなんだ――と、俺は苛立ちながら歩いていた。
目に映るあらゆるものが、くすんで見えた。
今はもう、なにもかもが、くすんで見えた。
すべてが、ほこりっぽく見えた。黒ずんで見えた。
胸が苦しくなった。
そして、ここでの暮らしを喜んでいた自分を、俺は恥じた。嫌悪した。
メチャシコと別れた後、俺は走った。
このくすんだ街を全力で疾走した。
視たくなかった。視たくなかった。
なにも視たくなかった。
家に着くと俺は、バーベキューの残飯をゴミ箱に捨てた。
これを食べたら終わりだと思った。
そして、そう思える今ならまだ間に合うと思った。
「ちくしょう! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!」
俺は叫んだ。
「俺は逃げねえぞ! この街で成り上がってやる!! 必ず成り上がってやる!!!」
俺は歯を食いしばり、ひとり誓うのだった。――
翌日、俺は斡旋所に行った。
とにかくお金を稼ごうと思ったからだ。
「ああ、テンショウさん!」
受付に行くと、メチャシコが、はっと顔をあげた。
「お仕事ですかあ?」
と笑顔で言った。
そしてメチャシコは立ち上がって依頼状を探しはじめたのだけれども。
しかし俺は、彼女が見ていた物が気になった。
俺は、机に置かれていた書物をじっと見た。
するとメチャシコは満面の笑みをした。
「もしかして興味あります?」
「あっ、うん。ごめん」
「えへへ、いいですよ」
そう言って、メチャシコは書物を前に出した。
そして夢見るような瞳で話しはじめた。
「これはですねえ、昨日、フランツ様が言っていた『ザヴィレッジ紙片』の写しです。もちろん、ごく一部なんですけどね、わたし、これを読むのが好きなんです」
「これが?」
「面白いんですよお? これ地図なんですけど、こんな場所どこにもないんです。ぜんぶデタラメなんですけどね、でも、なんだか本物っぽいでしょう?」
「うわっ」
メチャシコの指さしたところには、世界地図が――俺のよく知る世界地図が――描かれていた。
「それで、ここに書いてあるのは、ビスマルクって人のお話なんですけどね? このビスマルクって人はドイツって国の人なんです」
「あっ、ああ」
ドイツの鉄血宰相ビスマルク。
まさかこんな剣と魔法の異世界で、その名前を聞くとは思いもしなかった。
「ビスマルクって人は、ドイツを平和にしたかったんです。でも、とても大きなロシアって国とフランスって国に挟まれてピンチだったんです」
「うん、まあ……」
「それで、ビスマルクって人は、日本って国とイギリスって国がって、あっ、いきなり色んな国が出てきてこんがらがりますよね? でも安心してください。簡単な覚えかたがあるんですよお」
そう言って、メチャシコはアダマヒアの地図を出した。
「ビスマルクのいるドイツが、ここデモニオンヒルだとします。それでロシアっていうのがアダマヒア王国、アンジェリーチカ様のところです。フランスっていうのがザヴィレッジ、フランポワン様のところです。そして、ロシアとフランスは、アンジェリーチカ様とフランポワン様のように仲がいいんです」
「あー」
分かりやすいなと、俺は素直に感心した。
ただ俺の場合は、アダマヒアよりも、フランスやロシアのほうが馴染み深いのだけれども。……。
「それでイギリスって国は、ここから西に行ったところ、沼のあたりです。それでアメリカっていうのは、ずっと東のほう。ちなみに、このあたりには人型のモンスターがいるんですよ?」
「へえ、それで穂村が日本なのか」
俺がぼそっと言うと、メチャシコは驚いた。
そして、すごいすごいですと喜び、興奮して話を続けた。
「それでね、テンショウさん! ビスマルクは、ロシアとフランスの仲を裂きたかったんです。そのためには日本がロシアの背後を襲えばいい、ロシアが日本との戦いに集中すれば、フランスとの仲も疎遠になる。そうビスマルクは考えたんです」
「なるほどね」
メチャシコは日露戦争のことを言っている。
「だけど、日本って国は小さくて弱かったんです。だからビスマルクは、イギリスに日本の援助をさせたかったんですけど、でも、イギリスは日本よりもアメリカと仲良しになりたかったんです」
「ほう」
「それでビスマルクは、イギリスとアメリカの仲を裂いたんです。そうすることによって、イギリスは日本に援助して、日本はロシアと戦って、ロシアとフランスの仲が疎遠になって、ビスマルクのドイツは平和になったんですっ」
すごいでしょう!? ――と、メチャシコは興奮して言った。
俺のことをうかがうような瞳で見た。
まるで何か俺に言いたいことでもあるような、そんな瞳で。
メチャシコは可愛らしく首をかしげ、俺を見つめたままでいた。
だから俺は、おどけて言った。
「それじゃ、デモニオンヒルのメチャシコちゃんは、アダマヒアのアンジェリーチカ姫とザヴィレッジのフランポワン様の仲を疎遠にさせるために、穂村の俺がアンジェリーチカ姫を背後から襲えばいいなと、思っているのかな?」
するとメチャシコは、さっと顔色を変えた。
しかし、すぐ笑顔に戻した。
そして、ぺちんと俺を叩いてこう言った。
「もう、怒りますよお?」
このとき俺は、メチャシコの恐るべき本性にふれたような――気がした。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
バーベキューの残飯をもらい、惨めな気持ちになった。
……だからといってメチャシコに復讐するわけにもいかず――。結局、俺はこのやり場のない怒りを、ただ堪えて忘れ去るしかなかった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。




