私刑執行当日・コールドオープン
真っ赤な満月の夜だった。
俺は、大豪邸の寝室にいた。
そこには重々しくおごそかな家具があった。
ひと目で高級なものだと分かる巨大なベッドがあった。
石造りの床は、ピカピカに磨かれていた。
床には、やはりピカピカに磨かれたガントレットやブレスト・プレートが散乱していた。鎧を脱がされた女が突っ伏していた。
そして女を、俺が踏みつけていた。
「いやあァァアアア!!!!」
女は絶望に身悶え、悲鳴を上げていた。
それが復讐を果たした俺には、心地良く聞こえている。
快美に満ちた音楽のように聞こえている。
「痛いッ! 痛い痛い痛い痛い痛いィ!!」
女の絶叫が響きわたる。
しかし、どれほど叫んでも懇願しても、無駄である。
救いに来る者など、ひとりもいないのだ。
俺は残忍な笑みで、女を見下ろす。
女を踏みつけている足に、ふたたび力をこめる。
まっ白な女の肌に、ブーツのカカトがめりこんでゆく。
「痛いッ!」
女が悲鳴を上げる。
「痛い痛い痛い痛い痛いィ!!」
女が悲鳴を上げている。
「止めなさいッ!」
と、アンジェリーチカが悲鳴を上げている。
「もう止めてッ!」
と、綺麗な金髪をぐちゃぐちゃにして、アンジェリーチカが悲鳴を上げている。
「もう止めて! 止めてッ……」
と、アダマヒア王国の第一王女アンジェリーチカが、悲鳴を上げているのだ。
そして彼女は、俺に向かって一心に、こう叫ぶのだ。
「止めてください!!」
俺は、彼女の懇願を無視した。
無言の時間を楽しんだ。
そして全能感に満ちて、俺はこう言った。
「なぜ止めないといけないのだ?」
すると、アンジェリーチカは石床に突っ伏しながらも、凛として言った。
「これだけ反省しているのです! 赦しを請うているのです!! 赦して当然です!!! それが人の道というものではありませんか!!!!」
「はァ――!?」
と、思わず俺は息を漏らすように失笑した。
力いっぱい、豊満なその胸を押しつぶすよう踏みつけた。
するとアンジェリーチカは、
「神だってお赦しになります」
と、あえぐように言った。
彼女は凛として、しかも、とても清らかな顔をしていた。
俺はその顔を見て、狂ったように笑った。
そして、まるで汚物でも見るような目で――かつてアンジェリーチカが俺に向けたような目で――俺は吐き捨てるように言った。
「おまえ、まさかクズのくせに天国に行けると思っているのか? これほどゲスなのに、まだ神が救いの手を差しのべてくれると、そう考えているのか?」
アンジェリーチカは、なにか言おうとして口を尖らせた。
俺は、それをさえぎるように言った。
「俺にはゲスの自覚がある。俺は天国に行けるなどと、これっぽっちも思ってない。だいたい、これだけ下劣で、えげつないことを散々しておいてなァ、改心しました赦してください――ってのは、ふふっ、虫がよすぎるだろ」
絶句するアンジェリーチカを、俺は嘲り見下ろした。
そして、こう言った。
「お前は俺と同じだ。ゲスなんだよ、クズ姫さま」
――……この物語は、ごく平凡な高校生だったはずの俺が『剣と魔法のファンタジー世界』に転生し、チートな魔法に目覚め、迫害され、しかしそこから成り上がるまでの記録である。
ゲスな魔法使いと呼ばれた俺が、圧倒的な力をもって、コウマンなクズ姫アンジェリーチカ・アダマヒア第一王女に復讐無双をする物語である……――。
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ゲス【下種・下衆・下司】
①品性が下劣なこと。また,そのような人やさま
②身分の低い者。素性のいやしい者。下賤な者
③召し使い
クズ【屑】
①無用な物として切りはなされたり,ちぎれたり,こわれたりして,役に立たなくなったもの
②役立つものやよいものが選び抜かれたあとに残った,つまらないもの。かす
③役に立たない人。つまらない人
《引用:大辞林第三版 三省堂》
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