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現実に絶望した俺は、ついに幼女を誘拐することにした。

─16時10分


 俺は再び中央公園へ戻ってきた。


 食料を買いに行く前まで座っていたベンチと同じベンチにズッシリと座り、食品店で買った調理済みのサラダをひとり寂しく食べる。


「そういえば、あのイケメン君に自己紹介するのを忘れてしまったな…。」


 だが、イケメンの事などどうでもいいと言わんばかりにサラダをペロリと平らげると、ようやく俺は人心地が付いた。そして公園をじっくりと見回せる精神的余裕もできた。


 公園の中央には噴水があり、噴水を囲むように公園のベンチが4か所に設置されている。噴水を中心として5つの道が放射状に真っすぐ延びる。俺が座っているのはその道沿いにある噴水からは少し場所のベンチだ。


 芝生にはサンドイッチを食べる中年女性がマットを敷いて座り込こんでいる。マットの中央にランチボックスが置いてあるのを見つけた高校生ぐらいの男子学生が中年女性を追い出して、ランチボックスからサンドイッチを取り出してむしゃむしゃと食べ始めた。

 公園に1つしかないブランコの方を見ると、じっーと遊びたそうに見つめる子供をひたすら無視して「ヒャホーッ!」と奇声をあげながら全力でブランコを漕ぐ元気すぎるお爺さんが楽しそうにはしゃいでいる。

 俺の近くでインテリそうなサラリーマンが突然立ち止まると、手に持っていたギターケースからギター取り出し弾き始めた。

 聴くに堪えない雑音だ。すぐさま2、3人の人が集まりブーイングの嵐が巻き起こる。しかしサラリーマンはブーイングをものともせずに下手くそなギターを弾き続けている。

 さっきアイスを買った露店のおばさんの方を見ると、苦しそうな表情をしている。じっと観察していると、おどおどしているおばさんの足元に水たまりができた。

 …どうやらゲームと同じように失禁してしまったらしい。その後おばさんは何事もなかったかのようにそのままアイスを売りはじめた。


 のどかで平和ではあるが、どこか異常な光景が繰り広げられるこの公園は、やはり現実世界ではなくゲームである『The Mimes』の世界と同じだ。


 その後も公園でくつろぐ町の住人達をじっと観察していると、いつの間にかギターを弾いているサラリーマンも野次馬もいなくなっていた。


 俺はもう一度ポケットにあった金のカードを取り出し、ツンと指でつついた。


ブォン!


 という効果音と共に画面が宙に浮かぶ。


 浮かび上がった画面は無視し、そのカードを遠くの噴水前ではしゃいでいる可愛らしい幼女に、携帯で撮影するかのように向けてみた。

 しかしカードにも浮かび上がる画面にも特にこれといった変化もない。

 もしかしたら、他人の名前やステータス等が確認できるかと期待したが、少なくともこの方法では確認は不可能のようだ。

 カードを幼女の方へ向けながら、宙に浮かびあがった画面をいじり倒してはみたものの、やはり他人のデータは全く見る事ができないようだ。

 距離が遠いから失敗したのかもと思い、すぐ近くを通った住人にも同じことをしてみたが、まったく無意味な行動だった。


 公園の茂みを見ると、昼間に家庭教師の仕事で出会った女子中学生、田中奈々ちゃんがいた。


『うわっ!! キモッ!!』


 条件反射のようにあの言葉が一瞬脳裏をよぎったが、それよりも俺は、ドアの隙間から一瞬見えた、あの可愛い素顔が忘れられなかった。

 その奈々ちゃんが茂みに座り込んでゴソゴソしている。気になって見ていると、どうやら黒い子猫そっと撫でているようだった。


「何してるの?」


 と、声をかけたかったが、俺は昼間の件で彼女からとことん嫌われている。残念ながら俺は、その姿を遠くからじっと見つめることしかできなかった。


 ─それからしばらく俺は何かを考えていた。

 しかし何を考えていたのかも分らずぼーっとしていたら、いつの間にか空が夕焼けで赤く染まっていた。


─17時50分


 散々な1日だった。時間はあっという間に過ぎていた。

 結局、仕事は初日で失敗し無職に逆戻りにはなってしまったが、今日一日で分ったことはかなり多い。ひとまず現時点で分ったことをまとめてみよう。


 まず、この町はゲームで例えるなら新しく自動生成された町かと思われる。少なくともゲームの『The Mimes』であらかじめ用意された町ではない。公園を歩く住人を見る限り、ゲームで登場した有名なキャラは1人も存在せず、住人の殆どはゲームには存在しない日本人と思われる容姿のキャラが大多数だ。外国人らしき容姿のキャラも少数ながら確認している。

 言語はゲームで使われる独特のオリジナル言語「マイン語」ではなく、普通に日本語のようだ。もしこの町の共通言語が「マイン語」だったら、俺は会話すらまともにできなかっただろう。

 また、金色の”Mime Card”のおかげで、所持金の存在が明確化した。

 町にはゲームと同じように食品店や雑貨屋などといった様々な店が存在する。お金とお店がゲームと同じように機能するので、お金がある限り食べ物の確保はできそうだ。


 そしてここからは完全な想像だが、全ての住人にはゲームと同じようにパラメータが存在すると思われる。少なくとも俺自身にパラメータがあるのは間違いないだろう。

 だが、他人のパラメータを確認する術は今のところない。

 生活系のパラメータは数値では確認不可能だ。歩くのはしんどいし、走ると苦しい、便意を無理に我慢するのはかなりつらいといったように、生活系のパラメータはリアルの体に直接影響すると思われる。

 また、【ロリコン】特性のようなゲームには無かった特性が存在するらしい。おそらく【ロリコン】以外にもゲームには存在しなかった特性やスキルがあるはずだ。

 食料が自力で買えたところを見ると、雑誌や音楽CD、ゲーム、香水、宝石といったような、ゲームでもあった小物類はおそらく自力で購入可能だろう。

 特性といえばもう一つ気になったのが特性の【カウチポテト】だ。

公園のベンチに座っているとなぜか立ちあがる気力が無くなってしまう。それだけならまだいいが、椅子に座っていると時間の流れが急激に速くなる気がする。これは地味ながらもかなり凶悪な特性だ。


 しかし、現状最大の問題はやはり「家」と「家具」だ。

 この世界で生きるのに一番重要な家と家具が、現時点では自力ではどうすることもできない。

 「家」は建物の外観やリビングや個室、バスルーム、階段、駐車場といったように建物の構造や部屋割りに関わるものを指す。

 「家具」は生活に必須なベッドやキッチン、テーブル、冷蔵庫、シャワー、そして生活を豊かにするパソコンや本棚、ピアノ、高級カーペットや絵画、石膏像のような芸術品、娯楽的アイテムも芸術品等を指す。


 この2つはゲームと同じように「自分」ではなく『神様』(ゲームでいえばプレイヤー)によって設置されるのが有力かもしれない。

 現状、俺は『神様』が用意した家や家具を使うしかないかもしれない。それがどれだけみっともない家であろうと…。

 ついでに言うと、これまでの事から俺は『神様』にとってのオモチャ同然の扱いをされていると見てまず間違いない。


 一体どこまでが現実世界と同じで、どこまでがゲームの世界なのかまだ分らない。

 とにかく、この"Mine Card"はまだ自分の家…というよりも空地か、そこではまだ試していない。これを家で使う事によって「家」と「家具」はもしかしたら解決するかもしれない。


─19時00分


 公園の街頭が点灯した。

 暗くなってきたことだし今日はタクシーを呼んで帰るのも悪くは無い。空地からこの町に歩いて来るまでかなりの時間がかかった。

 あの坂道をこの肉団子のような体で登って帰るとなると朝になるかもしれない。しかも道路に街灯なんてなかったから、下手した暗闇の中、道から外れて迷子になってしまうかもしれない。


 日は既に完全に没し、外はすでに薄暗く公園内は少しあやしい雰囲気に包まれていた。

 夜の公園は少しまずい。スリや詐欺師といった悪漢が出やすいのだ。ゲームでは公園に限らず、夜になると町の治安は一気に悪化する。他の店を見て回りたかったが仕方がない。今日は撤収だ。


 俺は公園を出てタクシーを拾おうと立ち上がった。


「にゃあ………」


公園の茂みから、かすれた泣き声が聞こえた。


「にゃあ……」


 弱々しく助けを求めるかのような声で泣いている黒猫を見つけた。

 目ヤニだらけで、毛並みはボロボロだ。性別はメスのようでかなりやせ細っている。この子猫、おそらく奈々ちゃんが見ていた子猫だ。


「にぅぁ…」


かすれた声で、力なく猫が鳴いた。俺にはその泣き声がなぜか


助けて……


と、最後の命を全部使って全力で叫んでいるように聞こえた。


 懸命に立ち上がろうとしていた子猫の姿勢はくずれ、ふにゃりと力なく倒れた。

 テレビや動画で見る可愛い猫のらんらんとした目とは対極的に、子猫の目は濁りきって光はなく、どこか遠くを見ているかのような、あるいは、もはや何も見えてすらいないかのような目をしている。あまりに痛ましいその姿に、俺は心が打ちつけられた。


─この子は助けないといけない。


 とっさに俺は必至になって頭の中で地図をイメージした。


「…頼む、地図よ出てこい!」


 精神をひたすら集中し、この町の鳥瞰図をイメージする。

 やがて霧がかかったイメージは、鮮明な地図となって脳内にはっきりと浮かび上がった。


(よしっ!)


 町の中心ということもあってか、膨大な数の家々がある。次に俺は手当たりしだい公共施設を一軒一軒調べた。言うまでもなく探しているのは動物病院だ。


(この辺りにはない…)


 精神集中を維持し、町はずれの公共施設までくまなく探した。


──服飾品店、喫茶店、ピザ屋、警察署、レストラン、花屋、スタジアム、メイド喫茶、雑貨屋、ピザ屋、すし屋、消防署、ピザ屋、害虫駆除業者、スポーツクラブ、中華料理店、町役場、ガーデニングショップ、ケーキ屋、ピザ屋、商社、本屋、ジャンクショップ、バー、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋、ピザ屋…


(畜生っ!!こんな時にっ!! 沈まれっ!!俺の【ピザ好き】っ)


とにかく必死に精神を集中する。子猫とはいえ命にかかわる状況なのだ。


…ピザ屋、………ザ屋、……屋、………………医院、


──医院。


 小規模の病院といったところか。日本で言うなら町の歯医者さんみたいなものだ。だが人間向けの病院ではおそらく子猫の診察は受け付けてくれないだろう。

 ゲームだと、動物を治療するには獣医でないと駄目だ。


 しかしこの世界は完全なゲームの世界じゃない。人間向けの医院でも、もしかしたら医者が診てくれるかもしれない。


「よし…お前は俺が必ず助けてやる。」


 まるで幼女を誘拐するかのように俺は子猫を優しく抱き上げ、子猫を気遣いながら、公園からすぐ近くの病院へ行くことにした。


─19時22分


 医院はすでに閉っていた。

 外から見た病院は明かりもなく真っ暗で、人の気配は皆無だ。

 実は俺には病院が17時で閉まることぐらい分っていた。分ってはいたが、この世界がゲームと違う以上、例外があると信じてやってきた。


ドンドン!!


「どなたか、どなたかいませんか!?」


 俺は何度も何度も、扉を叩きながら助けを呼んだ。

 しかし、無情にも医院は暗闇と静寂に包まれたまま、何の反応も示さなかった。ここが「医院」ではなく「病院」なら24時間開いていただろうが、大都会でもないこの町には病院は無い。


「せめて、何か食べるものでもあればな…」


 ペットのエサは、ゲームだったら家をデザインモードに切り替えて「家具」を選択し、「ペットのエサ皿」を家の好きな場所に設置すれば終わりだ。

 ペットがエサを全部食べてしまって、エサ皿が空になっても町に買いに行く必要はない。お金を消費すれば即エサの補充ができる。

 ペットを飼育する場合、ゲームでは犬だろうと猫だろうと馬だろうとゴリラだろうと、エサ入れさえあれば、ペットのエサで苦労することはないのだ。


 だが今の俺では「家具」は設置できないし、そもそも「家具」はどこにも売っていない。『神様』が買うしか手がないのだ。


 食品店には猫用ミルクや猫用の缶詰などのペット用品が置いてなかったのは確認済みだ。食べ物なら何でも置いてあるはずの食品店に置いてなければ、おそらく他のどの店を廻っても見つからないだろう。

 それに、この時間なら普通の店はもう店じまいだ。日本とは違い日が暮れると大抵の店は17時で閉店だ。この時間で開店しているのはバーやレストラン、クラブといった大人の遊びの施設ばかりだ。


「にゃぁ…」


 かすれる声で力なく子猫が鳴いた。ビクビクと痙攣けいれんもおこしている。

 もうこの子に残された時間は長くないかもしれない…。


 俺は思いついた。

 魚などの原材料があれば、料理人を探してペット用の食べ物に加工してもらえるかもしれない。レストランにいけば、料理Lv10(マスタークラス)の料理人が必ずいる。

 もしかしたら、もしかしたら…子猫でも食べられるような食材もあるかもしれないし、頼み込めば子猫のエサぐらい作れるかもしれない。

 ゲームでは、たとえマスタークラスの料理にでもペット用の料理は作れない。作る必要なんてないからだ。俺が思いついたのはゲームの常識から外れた事だ。だがなりふり構ってもいられない。


 最悪の容姿、最悪の体型、最悪のコミュニケーション能力。しかしそんな事はもうどうでもよかった。


…かすかな望みに賭けて俺は子猫を抱いたままレストランへ走った。



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