超絶イケメンの俺は、職場で美少女中学生と出会った。
「医療」ルートは俺にとっては天職なはずだ。
がんばって「大病院の医院長」まで出世できれば、美人の看護婦さんをいっぱい雇って職場ハーレムが作れる。
『The Mimes』というゲームは、あらゆるところにミニゲームが仕込まれている。これらのミニゲームはキャラクターの「スキル」が高いほど難易度が下がり、最高レベルのスキルなら8歳ぐらいの子供でも簡単にクリアできるほど難易度は下がる。
「医療」ルートで出世するには、薬を調合するミニゲーム、患者を診断するミニゲーム等、医療に関係するようなミニゲームをクリアしないといけない。
医療系のミニゲームの特徴はパズル要素のあるゲームが多く、プレイヤーの頭の良さに加えて、キーボードとマウスの操作テクニックが求められるものも多い。
特に、パズル要素に加えてイライラステックのような緻密な操作が要求される手術のミニゲームなどは、失敗したときのリスクが大きく相手キャラの命にもかかわる大仕事だ。
薬の調合をするミニゲームでは、ちょっとした暗算能力も必要になってくる。
要約すると、「医療」ルートは他の職業よりミニゲームの難易度が高い。
が、「The Mimes」をやり込んだ俺ならミニゲームなどは楽勝だ。
一般人がプレイしたらリアルで丸1日スキル上げの為だけに、くだらない作業を延々としつづける事になるだろう。
しかし俺の場合、たとえ医療スキル0の状態であっても、超難度状態のミニゲームのクリアは楽勝だ。
高難易度の「医療」ルートを天職と言い張れるのは、俺のミニゲームの腕前がプロゲーマー級だからなのだ。
さて、前置きはもういいだろう。まずは仕事内容を確認しよう。
─仕事内容:臓器提供者。
『あなたの臓器を取り出すだけの簡単なお仕事です。』
報酬:1日4800円
「ちょっ!! 臓器って1回取り出したら終わりだろこれ! しかも4800円って安すぎだろ!」
思わず大声で叫んでしまった…。
「つーか、ミニゲームとか以前の話しだぞこれ!!」
このゲーム、ミニゲームが存在しない仕事は製作者がネタで色々な職業を仕込んでいることが多い。
こういう場合は、説明文だけ面白おかしいく書いているだけで、どんな仕事でも普通に職場に行って、働いて、終業時間になったら普通に家に戻ってこれるのだ。
この世界がもしゲームと同じなら、「臓器提供者」の職についたとしても、何事もなかったかのように家に戻ってこれるはずだ。
だが、これがもし異世界に飛ばされたリアルの肉体なら、臓器提供はあまりにリスクが高い。現実の肉体から臓器を抜き出されるなんて事になったら取り返しがつかない。健康や寿命は金では買えないのだ。
「医療」ルートは危険すぎるのでやめておこう…。
「サッカー選手」
これはどうだ?
サッカー選手は、試合の勝敗で収入が変動する、収入が不安定な職業だ。
しかし、「スター選手」になれば、高収入のほか職業特性で異性にモテまくる。(ちなみに同性にもモテる…。)
道のりは困難だがさらに出世すれば「代表選手監督」や「クラブ経営者」となって、選手をスカウトして育てたりチームを運営したりできるようになる。
日本のSAGE社が発売しているサッカークラブ経営ゲーム顔負けのミニゲームが楽しめるのだ。コアなサッカーゲームファンの中には、ミニゲームがやりたくてこのゲームをプレイする人も少なくない。
仕事内容は、まぁどうせチームのマスコットキャラの着ぐるみ着て、子供達と戯れる「マスコット」だろう。
着ぐるみは暑くて臭そうだが、キモオタ姿の俺でも子供達に不快な思いをさせずに済むかもしれない。
それに、頑張れば脂肪だらけのこの体にもダイエット効果があるかも知れない。ダイエットができれば、膨れ上がった贅肉だらけのキモメンもマシになるはずだ。
そうなれば、元の世界のイケメンの俺に戻れる可能性もあるかもしれない。
ともあれ、「サッカー選手」の仕事内容を確認しよう。
─仕事内容:フーリガン鎮圧。
『試合後に暴れるフーリガンを鎮圧できる方募集!』
報酬:1日3200円
……なんだよこれ。こんなのゲームでも見たことねーよ!
てかサッカーほとんど関係ないだろ!
もしかしたら「格闘スキル」とかがあれば無双して鎮圧できるのだろうか…?
だが今のぶよぶよの体じゃとてもじゃないが無理だ。たぶん囲まれて、フルボッコにされて殴り殺されるのがオチだ。たとえ死ななくても怪我とかしたら医療費がとんでも無い事になりそうだ。
最悪の事を考えると、どう考えても採算が合わない。そもそも先のことを考えると、まずこの脂肪だらけの体を真っ先にどうにかしなければならない。
ゲームだと最初に運動器具を買って、鍛えに鍛えれば「運動スキル」が上がる。同時に「肥満度」が下がって体型もスレンダーになれる。なのでスポーツ職を目指すなら、最初に運動器具を買って鍛えるのは鉄板だ。
だが残念ながら、今の俺では自力じゃどうやっても家具が買えないし、家も建てられない。
町のスポーツ施設を利用する手もあるが、お金がかかるので生活が安定するまでは利用しないほうがいいだろう。
という訳で、「サッカー選手」は諦めよう…。
「軍事」
FPS(First-Person Shooter)が好きなプレイヤーが好むカテゴリだ。
FPSとは戦争ゲームなどで一人称視点で銃をぶっ放しながら戦場を駆ける、海外で特に人気のあるジャンルのゲームだ。
平和な町の生活が題材のこのゲームには似つかわしくないミニゲームだが、戦車やヘリに乗って戦争ゲームを楽しめるので、外人にはなかなかの人気だ。
『The Mimes』は平和な町の生活を題材にしているので、ミニゲームでは戦争を題材にはしておらず、ペイント弾を使った模擬演習扱いだ。なので死ぬことはまず無いと言っていい。
ただし模擬戦と言っても、仕事時間中はずっと戦場を走り回ることになるだろうから、デブの体では体力的にかなりきつそうだ。
その分「軍事」ルートの場合は「隠密」スキルや「運転」スキルなどといった軍隊ならではの便利なスキルが学べるので、長期的に考えてば悪くない職業だ。
どうせ、最初は新兵の基礎訓練任務だろうしな。自力でこの太った肉体を改善する手段が限られている以上、「軍事」カテゴリの仕事も悪くないかもしれない…。
─仕事内容:最前線での戦闘員。
『テロリスト国家との戦争。敵スナイパーが多数いる最前線の要害を突破できる兵士募集。竹ヤリ支給有り。』
報酬:1日4000円
「おいっ!」
ツッコミどころ満載だ。
竹ヤリで突っ込んで死ね!ということだろうかこれは?
いつの時代だよ!
というかスナイパー相手になんで竹ヤリなんだよ!
指揮官か作戦参謀かなんだか知らんが、何考えてるんだ!?
もうだめだ、ここは俺の知ってる『The Mimes』じゃない。
世界は狂ってやがる…。
この世界で頑張って、どうにもならなくなって死ぬ以外に選択肢が無くなったら、最後にこの職業に就こう…。
このイカれた世界で、日本人の侍魂を見せて華々しく散ろう。
くよくよしても仕方がない。ええい、次だ次の職業だ!
「家庭教師」
─仕事内容:女子中学生の家庭教師。
『中学生の娘に勉強を教えてくれる方を募集しております。』
報酬:1日2000円。
この職業自体ゲームでは見なかったな…、ということは、この世界は夢か?
よく分らんがこれはこれで面白そうだ。家庭教師言えば相手は女子中学生と決まっている。
美少女と二人っきりになれるなんて、まさに男のロマンじゃないか。しかもそこで、女子中学生といちゃいちゃして仲良くなって、そのままロリロリ中学生と結婚するという、ギャルゲーのようなの王道展開も悪くない。なにより俺のハーレム計画に第一歩として相応しいシチュエーションだ。
報酬が低いのはまあ仕方がない。金はこの際後回しだ。手始めに女子中学生とにゃんにゃん計画を始める事にしよう! ふひっ、ふひひひ。
─さっきからこいつキモすぎるww こいつ多分ゲームと現実の区別がつかなくなって、いつか性犯罪を犯すタイプだww
一瞬、どこからか声らしきものが聞こえた気がした…
この仕事を受けようと決意したら、自然と女子中学生の家庭教師になれた気がした。気がしたというよりは確信した。
何を言っているかわからないと思うが、リアル世界とは違い、この夢か現実か分らない世界では、就職先に電話する必要も、面接しに行く必要もないようだ。
おそらくこれは、ゲーム影響だろう。
ゲームでは新聞を読むといくつかの職業が提示され、「就職する」ボタンを押すだけで即就職決定だからだ。
リアル世界の就職活動もこう簡単にならないだろうか、と思ったが、職場にある日突然、いきなりデブで臭そうなキモオタが現れ、働き出したらそれはそれでカオスになるだろうな…とも思った。
ぜいぜい…ぜいぜい…
道路脇の歩道に暑苦しい豚男が倒れている。たった30メートル全力疾走しただけで地面に倒れ込んで力尽きたようだ。
この見るに堪えない汚物みたいな男が今の俺だ…。
このデブの体だと、少し歩くだけでも脂汗が噴き出る。俺は立ち上がり少し歩くが、早くもめまいすら覚えた。
リアルの俺は体型維持のために、天気のいい早朝では10キロほど走り込んでいた。
プロのマラソン選手を目指すわけではないので、毎日は走らない。筋肉痛や蓄積された疲労や体調と相談しながら、地道にランニングと筋トレを続けてきた。
毎日無計画に全力で走ろうとする奴はたいてい長続きしない。体の回復が追いつかなくなるからだ。
──中学の頃に今の俺みたいなデブのやつがいた。
ひょうきんな性格で、デブという理由でからかわれこと事はあったが、苛められるような事はなかった。
学校のマラソン大会で最下位だったがそいつは、決して途中で立ち止まることも、歩くこともしなかった。
ペースは亀のようにゆっくりだが、そいつは最初から最後まで走りとおした。俺はそいつに付き添って、声をかけて励ましながら走っていたので最下位より1つ上の順位だった。
あの頃のそいつと比べたら今の俺は最悪だ。あまりの息苦しさに立ち止まってしまった。
アイツはデブだが、根性だけはすごかったんだな…と今になってこの身をもって思い知らされた。
あまりの苦しさに過去の事が頭をよぎったが、話を戻そう。
家庭教師の仕事を受けたのはいいが、どうやらゲームと違って自分で歩いて仕事場に行かないといけないらしい。
ゲームではどんなに最底辺の職で何のスキルが無くても、仕事の1時間前になったら、知らない誰かが通勤用の自動車で家の前まで迎えに来てくれる。その車に乗れば、仕事場の前まで案内してくれるのだ。
このゲームを開発した会社は車社会のアメリカの会社だから、基本的にはアメリカの生活習慣に準拠しているのだろう。実際に送迎の車が毎日やってくるのかは甚だ疑わしいが。
俺もゲームに倣って通勤時間30分ぐらい前までは待っていたが、待っても待っても迎えの車は来なかった…。だから俺はこうして、息を荒らして徒歩で向かっている。
不思議なことに、見たこともない土地でも就労先はなぜか自然とわかる。
脳内にこの町の地図のイメージが広がる。今のところ一本道なので、道沿いに歩くだけだから迷うことは無いが…。
歩いても歩いても平地ばかり。道路と街路樹以外には何もない。
本当に町はあるのだろうか?と、不安になりながらも首をあげて前を見ると、遠くに町が見えた。
今いる場所がかなり高地なのか、遠くの町の端まで一望することができた。
赤や青色の鮮やかな屋根の色の一戸建ての住宅が、町の中心の公園を囲むようにまばらに建っている。
それとは別に会社や商業施設らしき3~5階建ぐらいの大きめの建物が、町の中止区画にいくつか点在している。
ゲームと地形こそ違うが、こうやって町を見下ろすと、ゲームのときの街と同じ、ほのぼのとした雰囲気を感じとれる。
だいたいの町の位置関係が把握出来た。
どうやら最初にいた俺の家(?)は、町の中心からかなり隔離されたところにあったらしい。
最低だ。きっとあの『神様』の嫌がらせだろう…。
転がるように長い長い坂道を下り、汗をだらだらかきながら、ようやく職場である女子中学生の一軒家についた。
家は大きくないが玄関の周りに可愛らしい花壇があり、花壇は綺麗に手入れされていて色とりどりの花が咲いて実に上品だ。きっとこの家のように、女子中学生も可憐で上品で、そしておそらく美少女だろう。
しかし遅刻は確定だ。第一印象は最悪だろう。だが遅刻したとはいえ、とりあえず職場に着いたから「無断欠勤」扱いにはならないはずだ。
この状態なら、気合いを入れればまだ挽回可能だ。これがもし無断欠席だとしたら、「仕事の評価」がグンッと下がってしまい、ある程度出世してる状態なら降格されて給料が減るだけで済むが、初日に無断欠席になんてしたら即クビだ。無職に逆戻りなのだ。
ごちゃごちゃ考えるのはやめて、まずはチャイムを押すことにしよう。問題は後で考えればいい。
「ぴんぽーん!」
俺はチャイムを鳴らした。
「どちらさまでしょうか?」
インターホンからは、母親と思わしき大人の声が聞こえた。
(わたくし、本日より田中奈々さんの家庭教師をさせていただくことになります、九条と申します。)
声色はリアルと変わっていない事は、一番最初に発した声で確認済みだ。
俺はありったけのイケメンボイス(通称イケボ)全力全開で、紳士的な態度で喋ったつもりだった。
だがどういうわけか、俺が放ったセリフは神の力か何かによって強制変換されてしまった…。
「あ、ふへへ、お、俺は…な、奈々ちゃんの家庭教師の九条です。ぶひひ。」
さ、最悪だ。言葉づかいはもちろん、話し方もキモオタじゃねーか!
「は、はい…」
しばらくして、カチャッと玄関の扉が少しだけ開いた。
その奥から覗き込むように、ほんの少し栗色がかったダークブラウンの髪色のセミロング美少女がこちらを見た。
「うわっ!! キモッ!!」
バタン!!!
ガチャッ!
チャリチャリチャリ……カチャッ!
一瞬の出来事だった…。
美少女は俺を見るとすぐに扉を閉め、鍵をかけてしまった。
しかもご丁寧にチェーンロックまで…。
「あ、あの…これは…???」
俺は再びインターホンを鳴らしてみた。
「ピンポーン」
しばらく反応がなかったが、すこし待ってみた。すると再び母親の声がインターホンから聞こえた。
「あの…遠いところ来ていただいて申し訳ありませんが、娘は『母さん、何アレ~!? アイツにだけは教わりたくないから今すぐ断っておいて! 生理的に無理無理っ!』と言い張って…。大変言いにくいのですが、今回の家庭教師の件は無かったことにしてください。」
ガチャッ!
呆気にとられた俺は、しばらくその場で立ち尽くした…
またしても俺の心は悲しみに包まれた。