気が付いたら、イケメンの俺は超イケメンになっていた。
『The Mimes』
世界中で人気を博している米国生まれのこのゲームは、プレイヤーの好みの容姿や性格のキャラクター「Mine」を作って、現代の一軒家で生活するのが目的の、いわゆる「生活系」のゲームだ。
作ったMineを操作して働かせ、稼いだお金で家を豪華に増築したり、高価な家具を買ったり、キャラを鍛えたり、パーティを開いて住人と楽しんだり、海外旅行に行ったりできる。
好きな住民と仲良くなれれば結婚も可能だ。
同性婚も許されいるので、日本ではアッチ方面が趣味の一部のプレイヤーにも好評のようだ。
異性とイチャイチャすることで子供をもうけることもできるので、やりこんでいるプレイヤーの一家は、子、孫、ひ孫、玄孫、…と家系図が何代も連なっている。
また、結婚しなくても子供は生むことができるので、恋仇に見つからなければ二股、三股の浮気はやり放題、ある日突然浮気相手の子供が「パパ!」と正妻の前にやってくるといった、昼ドラ真っ青のドロドロの愛憎劇を楽しむこともできる。
もっとも、これはあくまでただのコンピューターゲームなので実際のところはそんな修羅場にはならないが、そこはプレイヤーの想像力で補うのだ。
さらにこのゲームでは、お金さえあれば自分の家でだけでなく空地を買って公園を作ったり、山に植林したり、道路を作ったり、川を掘ったりなど、市長になって都市を運営する姉妹作『Mines City』的な遊びもできる。
とにかくこの『The Mimes』というゲームは自由度が高い。
このゲームに登場する全てのキャラクターには様々なパラメータが存在する。パラメータは主に2種類に分類できる。
1つは「空腹」や「眠気」や「便意」、「清潔さ」、といった生理的なパラメータ。
2つは「演奏」や「話術」、「技術」、「運動」等といった技能パラメータだ。他のゲームで言うところの「スキル」と言い換えてもいいだろう。
前者の生理的なパラメータはキャラクターの生命や精神に直結するものが多く、プレイヤーが不注意で放置したりすると、そのキャラクターが死んでしまうこともある。
一方、後者のパラメータこと「スキル」は、仕事の質や出世に影響したり、町の住民を喜ばせて仲良くなったり、芸術的な絵を描いて売ったり、犯罪を犯すのに役立ったり、意中の相手を口説くテクニックとして有用であったりと、状況・生き方次第で有用になる。
この手の生活系のゲームは日本だと『せいぶつの森』の方が人気のようだが、俺こと九条元康はこの外国製のゲーム『The Mimes』が大好きだ。
暇な時は廃人といってもいいぐらいこのゲームに没頭し、ぶっ倒れるまでプレイしつづけるのは日常になっていた。
そんな俺が最も好むのは、このゲームに登場する女性キャラを手当たり次第に口説き落とすハーレムプレイだ。
リアル友達によくイケメンと呼ばれる俺だが、リアルではこのゲームのハーレムプレイほどはモテない。
考えるまでもない。俺がゲームで口説き落とす異性キャラの数は100人を軽く超えるからだ。
大学から帰宅した俺は、大学の課題をあっという間に終わらせると、今日も『The Mimes』に没頭するのだった。
「よし、また一人落とせた──」
───ここはどこだ…?
気が付いたら目の前には一軒家を建てるには丁度いいぐらいの空地が広がっていた。まばゆい春の朝の日差しは暖かく心地いい。
「なんか息苦しいな…」
体が重い………
異変を感じた俺は、ふと自分の体を見た。
「なんじゃこりゃぁ!!」
…俺は驚愕した。
スレンダーで鍛え抜かれた俺のボディは見る影もなくブクブクに太っていた。
着ているTシャツは、女児向けのアニメキャラらしきピンク色が主体の可愛らしい絵柄がプリントされていて、着ているのも恥ずかしい。
厚手のジーンズのズボンは、今にも肉厚でちぎれそうなほどピチピチで、動きにくい事この上ない。
「ま、まさかな…」
嫌な予感がした。
正直、今鏡なんて見たくもない気分だ。だが──
ドォン!!
何の前触れもなく空地同然の空間にいきなり鏡が設置された。
その鏡にはぶくぶくに太った、見るに堪えない男の姿が映っていた。
「うぉっ!!」
これはひどい…。
着ているTシャツがあまりにも強烈だが、それよりも目に付いたのが髪だ。サラサラでツヤのある美しかった俺の髪は、脂ギトギトでヌメヌメとテカり、ひどい寝ぐせがついたかのように爆発している。
さらには、太い黒ぶち眼鏡に"たぷたぷ"しがいのある二重あご、脂肪で膨れ上がったぶよぶよほっぺ。
…認めたくは無いが顔つきは間違いなく俺だ。イケメンだった頃の俺と泣きぼくろの位置も完全に同じだ。
「ってか、この鏡はなんなんだよっ!」
ドォン!!
まるで苦情は受け付けません、と言わんばかりの轟音が鳴り響き、道路に面する境界ぎりぎりの敷地内にトイレが設置された。例えるなら土地の狭い一軒家で、玄関外すぐの場所にトイレが設置された感じだ。
このトイレ、見たことがある。『The Mimes』の家具の1つ、一番安いトイレだ。
ふと気が付いた。さっきの鏡も『The Mimes』で登場した家具と同じデザインだ。
そうか、さっきの鏡といい分ったぞ。
どうやら俺は、またいつものゲームをプレイしている夢を見ているんだな。それにしても今回はいつも以上にリアルな夢だ……。
「てか、道路の前に便器を設置するとかどんな羞恥プレイだよ。」
ぐるるる・・・
タイミングが悪いことに急に腹が痛くなってきた…
ゲームで例えるなら、おそらく「便意」のパラメータが限界まで下がってる状態だ。
「く、くそっ、最低だ。だが仕方が無いっ!!」
俺は、ピチピチのジーンズとパンツを脱ぎ、いそいそと便器にすわりこんだ。一気に終わらせたいとがんばったが、その苦しみは長く長く続いた。
ゲームと同様、便意0からスッキリするまでは、どうやら時間がかかりそうだ。
想像してほしい。
交通量の多そうな道路のそばで、壁も囲いも無いただの空地に、家庭用のトイレと立て鏡だけが設置されている。
そのトイレに座りこんで腹痛にもだえ苦しみながら、用を足している醜いデブの姿を。
─それが今の俺だ。現実だ。
今までで一番ひどい夢だ。と、ふと右手を見ると、道路の向こうから人影が見えた。何かを抱えてこっちに向かってくるようだ。
まさか…
俺の脂肪だらけの体から変な汗が噴き出す…。
こんな状況を他人に見られるなんてまさに悪夢だ。
その人影はどんどんこっちに近づいてくる。よく見るとそれは高校生ぐらいのかなり可愛い美少女のようだ。
(やばいっ!! くそっ、立ち上がりたいのにどうあがいても動けねぇ…)
何かに縛られたかのように身動きができない。腹痛と金縛りで必死にもがいてはいるが、脂汗が出るだけで状況は何も変わらない…。
そしてついに、美少女は俺のすぐ近くまでやってきた。
かわいい…
美少女は、便器に座りこんだ情けない俺の姿をじっと見ながら、手に抱えている新聞の束から1部を抜き取り、トイレで踏ん張っている俺の目の前の床にそっと置いた。
どうやらゲームでも登場する、新聞配達のアルバイト学生のようだ。
ゲームの場合、町の住人は基本的にブサイクなキャラが多い。そこで、住人の外見が気に入らないプレイヤーは、オシャレや整形をさせてかっこよく(可愛く)させる。
NPCの容姿をいじるのもゲームが醍醐味の一つなのだ。
だが、新聞を置いて目の前で俺をジッと凝視しているこの美少女は、まるでテレビに出てくる美少女アイドルのようだ。
「こ、こ、こんにちはっ…」
あまりに可愛いので俺はリアルで声をかけるときと同じように、つい気軽に声をかけてしまった。脂汗をたらしながら、トイレで踏ん張っているこの状況のせいか、その挨拶は気味悪くなってしまったが…。
美少女は何も答えず、ひたすら笑いをこらえるかのような笑みを浮かべ、そのまま逃げるように速足で去ってしまった。
「もう…婿にはいけないっ!」
俺の心は悲しみに包まれた。
ようやく便意と金縛りから解消されて動けるようになると、俺は立ち上がった。自分で言うのは何だが、さすがはゲームの廃人といったところか、さっきの公開トイレショーの醜態のことなんて早くも頭には無く、いきなり設置された鏡とトイレについて考えていた。
ゲームでは基本的にスタートしたら家をデザインして、家具やベッドなどの生活に必須な最低限のものを買い揃える。
「そういえば、どうやって家を建てるんだ?」
さっきはいきなり鏡と便器が設置されたが……
よくわからないので、俺はゲームのように頭の中でゲームスタート時に作るような家、通称「豆腐」と呼ばれるようなただの長方形の、なんの独創性もないデザインの家を頭の中で想像してみた。
もしかしたら想像した通りに家が建つかもしれないと思ったからだ。
だが、いつまで経っても家は建たなかった。しばらくゲーム画面を想像をしながら、どうにかこうにか頭の中で試行錯誤しながらイメージを繰り返すが上手くいかない。
「コマンド、建設」
音声認識の要領でつぶやいてみた。ゲームでは音声認識なんて無いのでこんな事はしない。マウスでちょいちょいっといじるだけで家が建つ。
期待はしていなかったが、予想通り何の反応もない。
「コマンド、豪邸」
どうにもならないので、無駄だと思ったが冗談で言ってみた。
ドォーーーーーーーーン!!!!
今までで一番大きな爆音が鳴り響きいた。そのときに巻き起こった風圧で、一瞬黒ぶち眼鏡が吹き飛ばされそうになった。
風が収まり爆音の鳴った方を見ると、そこには豪華な家が建っていた。俺の土地の『隣の土地』にだ。
煌びやかで洗練された外観。実にオシャレな一軒家だ。3台ぐらい駐車できそうな駐車場があり、リゾートホテルにあるような豪華なプールもある。
「俺の家じゃねーのかよ!!」
思わず大声でツッコんでしまった。
なぜだか分らないが、その家が自分の家でないということが瞬時に理解できた。そして目の前のトイレと鏡しかないみすぼらしい土地は、間違いなく俺の土地だという事が分った。
ともかく俺の家じゃないとすると、他の誰かの家ということになる。
「馬鹿な奴だ」
開始早々あんな豪邸建てたら、まともに生活なんかできなくなるぞ。
たぶん家の中には家具なんて無いはずだ…。
俺はニヤニヤと笑っていた。なぜなら数日後には飢えて死にそうな、間抜けな住人の姿が見れるんだろうなと思ったからだ。
ブオォォォォン
デブが空地で気持ち悪いニタニタとした笑顔をして突っ立っているところに、遠くから高級そうなスポーツカーこっちに走ってきた。
スポーツカーはそのまま鮮やかに豪邸の駐車場へと曲がり入り、ピタリと芸術的な駐車をした。
スポーツカーのエンジン音が消えると、車のドアが開き中性的な顔立ちの超絶なイケメンの男が出てきた。
リアルの俺は容姿にはそれなりに自信があった。だが、スポーツカーから出てきたその男は、リアルの俺よりも数倍カッコよかった。気持ち悪いと言われるかもしれないが、男から見ても惚れるぐらいだ。
イケメンは俺の方に気付いて、さわやかな笑顔でお辞儀をした。
そしてそのまま、悠々と豪邸へと入って行った…。
俺はわけも分からず、トイレの横でしばらく立ち尽くしていた……