プロローグ
◆ 平成25年6月30日 10:30 都内某所
その日は梅雨というのが嘘の様な快晴の日であった。
気温も真夏日となり、強い日差しが地上を照らしつける。
桜月 陽菜は、その炎天下の中で法務大臣の到着を待っていた。
大臣の傍に常に居る事が出来るのは、秘書ぐらいであろうか。
後は公的に認められている警護官…通称「SP」だけである。
「Security Police」の略称であるが、この呼び名は警視庁警備部警護課のみを指す。
都道府県警察にも存在はするが「身辺警戒員」など、呼称が異なる。
◇
「――マルタイ到着」
耳に付けている携帯用無線機から声が入ってくる。
桜月も無線に合わせて顔を上げる。
袖に付けているマイククリップを外して、返答する。
「こちら桜月。以上ありません」
手短に報告を済ませ、クリップをまた袖に戻す。
桜月が割り当てられたのは、とある会館の1階エントランス西側である。
吹き抜けになっていることもあって、西日がよく差し込んでいる。
少しして正面から今日のマルタイ…法務大臣が入ってきた。
周囲には数名のSPが警戒に当たっている。
桜月の周囲には数十名の人が居て、その一挙手一投足に目を向ける。
すると、その中の一人に不穏な空気を感じた。
何て表現すればいいのか…禍々しい雰囲気を纏っているのだ。
声を掛けようと桜月が近づいた瞬間――男が振り返り引き金を絞った。
「パァン!」
軽い音が弾けて、桜月の体に何かが当たる感触がする。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、直ぐに頭を切り替える。
しかしその感触の後、桜月は衝撃で体勢を崩してしまった。
体勢を立て直そうとした所で、また軽い音が弾けた。
その音を聞いたのを最後に……桜月は意識が闇の中へと落ちて行った。
◆ ****年**月**日 **:** ******
長い間眠って居た様な気がする。
桜月は重い体を起こして周りを見渡すと、そこは病院の病床…ではなかった。
「ここは……どこだろう」
自然とそんな事を呟いていた。
桜月は高校を卒業後に警視庁警察官を拝命し、数年前に警護課に配属された。
東京には5年ほど住んでいるが、今いる場所に全く心当たりがなかった。
ふと自分の服に目を遣った。
黒一色の服装に赤色のSPバッジ、腰には拳銃を始めとする装備品。
何ら変わった様子はなかった。
しかし、どこか違う世界に紛れ込んでしまった様な気分はどうしてだろうか。
とりあえず桜月は立ち上がると、目の前の道をゆっくりと歩き始めた。
周りは住宅街なのだが、どこか違和感を覚えてしまう。
桜月は少しして、その違和感の正体に気付く。
「そうか…。人とまだ会っていないんだ…」
目を覚ましてから数十分の間、誰にも会っていないのだ。
◇
更に先に進むと、大きな幹線道路に差し掛かった。
しかし、車は走っておらず、いまだ人を見つける事が出来なかった。
取りあえず反対側へと渡ろうと足を踏み出したのと同時、大きな衝撃音が響いた。
驚いてそちらを見ると、高級車が信号機に突っ込んでいる。
桜月も警察官、やはり乗っている人の安否が気に掛かった。
無意識のうちにそちら側へと足を踏み出していた。
その一歩が、自分のこの後を左右するなんて…この時は思いもしなかった。
多分彼女は言うだろう…「これが運命なのだろうか」と。
◆ ****年**月**日 **:** 幹線道路
少し離れていたのでわからなかったが、高級車には弾痕あった。
計ったようにタイヤだけを破裂させている。
周囲を警戒しながら、車に近づいていく。
運転席側は損傷がひどく、開けられそうになかった。
助手席側に近づき、ゆっくりとドアを開く。
すると、人の顔の代わりに日本刀が目の前に出てきた。
桜月は驚いて、後ろに下がる。
「俺のお嬢様に何の用だ」
ドアが開き、中からすっきりとした顔立ちの男が出てきた。
そのすぐ後ろに、小さい女の子が居るのが見て取れた。
「返答次第では、ただでは済まないぞ」
日本刀の刃を桜月の方へと向けるのを見て、慌てて答える。
「私は桜月、警察官です。事故が見えたので、来ただけです…」
胸ポケットに紛失防止紐付の警察手帳を取り出して見せる。
すると、男は日本刀を桜月の方へと切り出してきた。
桜月は一瞬の反応で、腰から特殊警棒を取り出してそれを防ぐ。
「何をするんですか!?」
刀を防ぎながら、男に尋ねる。
「警察官なんてここに居る筈がないだろう! つくならマシな嘘にしろ」
警棒を大きく払い、少しの間合いを取る。
お互いが対峙した時、左右から何人か近づいてくるのが感じられた。
それは前の男も同じようで、同じタイミングで横に目を遣る。
手にはナイフや拳銃を持っていて、ゆっくりと近づいてくる。
いくら逮捕術や拳銃上級を有しているSPといえども、
1人で10人を制圧する事は少し難しかった。
そう、1人では…。
「ねぇ!!」
桜月は対峙している男に、こんな事を持ちかけた。
「私は左側を制圧するから、右側を任せてもいい?」
「何を言ってるんだ…こいつらもお前の仲…」
「だから違うって! 今大事なのは、こいつらからそこのお嬢を守る事でしょ!」
心の中で「頼むよ!」と、前置きをしてから左側へ動き出す。
相手は5人、1人が拳銃を所持している。
まず拳銃を持っている男を制圧しなければ、他に危害が出かねない。
男が銃口をこちらに向けると同時に、男の手の甲に警棒を叩きつける。
「うぐっ!?」
男の手から拳銃を叩き落として、手早くベルトの間に差し込む。
続いて、近くの男の首に警棒を叩きこんで気絶させる。
2人制圧すると、1人がナイフを持って飛び込んできた。
しかし、桜月も逮捕術や護身術に関しては知識を持っている。
ナイフを避けて相手の手を取って、反対側へ一本背負いを決める。
呆気にとられて立ち尽くしている残りの男も気絶させ、周囲を確認する。
さっきまでの男は形を潜め、反対側も制圧してしまったようだ。
すると、桜月が倒した男の1人がお嬢の方へと走り出した。
「まずい…警棒じゃ追いつかない」
ふと、『一瞬の判断に迷うな』と言った教官の言葉を思い出した。
ホルスターからSIG P230を抜き、走る男へ向ける。
「止まりなさい! 止まらなければ撃ちます!!」
しかし、男のスピードは衰える様子はない。
桜月は男の足に照準を合わせ、一呼吸置いて引き金を絞る。
「パァン!」
弾丸は狙い澄ました様に男の足に命中し、派手に転げる。
更に這いずって行こうとする男に近づき、首に警棒を叩きこんだ。
今度こそ、全員の制圧に成功する。
◇
SIG P230をホルスターに収めて、再びお嬢の傍へと近づく。
日本刀を鞘に納め、目の前で対峙する。
「お前は一体何者なんだ…」
男が呟くと、お嬢がそれを制する。
「恩人にその様な口を利く出ない…失礼だろう」
「はっ、申し訳ありません」
初めてお嬢の声を聴いたが、何とも幼さの残る声であった。
しかし、その声には有無を言わせぬ何かもあった。
「私は 神雪 桜子と申す。そなたの名前も教えてくれんか」
どこか緊張して、不動の姿勢を取って答える。
「桜月 陽菜です。警視庁警備部警護課のSPをやっています」
目の前の神雪は、首を傾げて聞き返してくる。
「SP…とは何なのだ?」
「『Security Police』と言って、要人を守ることが仕事です」
桜月は言ってから少し考える。
「失礼ですが、神雪さんはいくつですか?」
すると神雪ではなく、横の男が答える。
「今年14歳になられる。知らなかったのか?」
驚いた顔をする男に内心で「そんなの分かるか!?」と突っ込みを入れるが、
桜月が一番気になっている事を尋ねる。
「ところで…ここってどこなんですか?」
桜月は再び周りを見まわるが、やはり思い出す事が出来なかった。
「うむ、ここか? ここは…東都の千田という所になるかの」
「東都…?」
「うむ」
桜月は頭の記憶を探るが、やはりそんな地名に聞き覚えがない。
「ところで…今の年月日って何でしたか?」
「今の年月日? 平化25年6月30日じゃないのか」
「平化…?」
桜月はそこまでで、ある仮説を考え付いてしまった。
「私はもしかして……」
少し考えていると、神雪に声を掛けられた。
「取りあえず、お礼もしたいから家に来てくれんか」
そう促されるまま、迎えに来た高級車に載せられ、車は走り始めた。
◆ 平化25年 6月30日 13:00 神雪邸
正直、ここまでの家だとは思いもしなかった。
車中で聞く所によると、「神雪」は日本で5本の指に入る財閥だそうだ。
勿論、桜月は聞いたことのない財閥である。
その家は広大で、軽く遠くが霞んで見えている。
「広いですね…」
桜月は、只々唖然としているしかなかった。
邸内で車を止めると、家の中へと案内された。
◇
落ち着いた雰囲気の応接間へ通され、改めて顛末を話す事になった。
そして、この時代の事も知る事となる。
「そうか…お主は知らぬでここに来たのか…」
そこから、桜子がぽつぽつとこの時代の話をしてくれた。
桜子が話し終えると、自分の中で簡単にまとめてそれを口にする。
「つまり、ここは死後の世界なのですか」
「厳密に言うとそうではないが、概ね間違ってはいないかの」
桜子は、桜月にこの世界の話をしてくれた。
そして、奇しくもこの世界を回しているのも彼女だというのだ。
「私は、現世にはもういないんですね…」
改めて聞くと、胸の奥から寂しさがこみあげてくる。
「実は私もあまり分かっては居らんのだが…戻る方法があるらしい。
ただ、それも今調べている途中なのでな…詳しくは分かっておらん」
一抹の希望を見出せたと思ったが、また振り出しである。
そこで、桜子からこんな提案を持ちかけられた。
「そこで、お主にお願いがあるんだが…。私を守ってはくれんかの」
「どう言う事でしょうか…」
「さっき見た通りなのだ。勘違いした輩が、暇を見つけては襲ってくる。
執事の近衛を信頼はしておるが、やはり心もとないからの…」
桜月は少し考えた、この世界で取るべき最良の手段を。
「わかりました…精一杯頑張らせて頂きます」
すると、桜子は笑顔を浮かべて手を差し出してきた。
「そう言ってくれると思っていたよ。今日からよろしく頼むな…」
どうやら呼び方を考えているようである。
「陽菜でいいですよ。私は何とお呼びすればよいですか」
「私は好きなように読んでくれて構わない。それと…」
そう言って桜子は、執事の近衛の紹介を簡単にしてくれる。
「横の者は執事の近衛 京守…長く私の執事をしてくれている」
「さっきは済まなかったな。執事の近衛だ、よろしく頼む」
それと…と近衛は前置きをして、陽菜に言う。
「守るだけではなく、君にも執事の様に働いてもらうつもりだ。
そんなに難しいことはないが、よろしく頼むな」
こうして、「SP」から一転して死後の世界のお嬢様を守る「執事」となったのだった。
皆様、お久しぶりです…作者のSHIRANEです。
今回は息抜きで、書いてみたかった小説を書いてみました。
皆さんに興味を抱いて貰えるようであれば、
これから続きを少しずつ書いていきたいとも思っていますが、
まずないでしょう(笑)
さて、他の作品の更新もしていきたいと思ってはいるんですが、
何かと慌ただしくて更新できていないのが現状です。
もうすぐ公務員試験も始まりますので、
更新が不定期になるかと思いますが何卒ご理解ください…。
皆さんにとっていい作品となりえる様に、
これからも頑張って参りますので応援よろしくお願いします!
平成26年 7月 3日 SHIRANE