第8話
次の日。
「零!!なんで、昨日…」
登校してきた零に水樹は開口一番、昨日のことを詰問する。
「ごめんね、なんて事を言わせたいのかい?」
ムッとした水樹は零から視線を逸らして呟く。
「減らず口」
「そんな言葉知ってたのかい?」
ワザとらしく驚いた調子の零に水樹はさらにムッとする。
「うるさいな!!零に指摘されたくねぇよ!なぁ、スバ…ル?」
後ろを振り返ってスバルにも聞こうとした水樹は、彼の姿が失せていることに遅まきながら気が付いて、はてなマークを頭上に浮かべる。
「スバル君なら、さっき忙しそうに教室から出て行ったよ」
「え、マジか。忙しいんだな、アイツも…」
生徒会長、大変そうだなーと水樹は考える。
その後は特に会話もなく、水樹は寝ていて零は報告書を読んでいた。
チャイムが鳴り先生が美子と共に教室へ入ってきた。
「おはようれー君!美子リンだよっ!れー君!愛してるっ!大好き!!」
開口一番、美子は嬉々として言うと、零に投げキスを送る。
「オイ、零」
零が女子なのを知っている水樹は、お前そういう趣味あるの、という視線を送る。
「なんだい水樹君。後美子は落ち着いて。僕は君の恋人とやらになるつもりは全くないんだから。良い共犯者でいようね」
その視線を受け流すと、零は頬杖をついて書類を見ながら美子をなだめるように言い聞かせる。
「れー君そんなのやだよ!一緒に、いつまでも一緒にいたいの!!ねぇ、れー君…」
フフフと笑いながらナイフを振りかざしてきた美子に、零は舌打ちをして逃亡の用意をする。
「ヤンデレ…」
「れー君は私のものだよね。もう、どこにもいかないよね」
ゆっくりと近寄ってくる美子に、零は背中を見せず、ゆっくりと後ろの壁の方へ後退していく。
こういうときは背中を見せると襲われるのが相場だから。
「美子。目にハイライトが灯っていないよ。後、怖いからやめてくれないかな。僕が、いったいいつ君のモノになったの」
とうとう壁際まで後退してしまった零は、ナイフを動かして近寄ってくる美子へ困ったように話しかける。
「れーい、く、ん!!」
美子は、ガッとナイフを零めがけて振りかぶり、突き刺す。
「っ…」
ナイフは零の頬をかすめて壁に突き刺さった。
零は頬を拭うと、手についた血を見てニコリと笑顔を浮かべる。
「美子?君とは一度、きちんとオハナシをしないといけないんじゃないかなとは、思っていたんだ。丁度いい機会だよ。楽しいオハナシをしようかな?ねぇ…」
怪しい笑みを浮かべ、零は美子へ手を伸ばす。
美子は、零の笑顔に見惚れて身動きをしようとしない。
「れ、零!後美子も落ち着け!!ナイフは危ない!しまえ!!」
かなり遅い忠告を水樹は叫ぶ。
「水樹君、それは言うのが遅い!やっぱり君はバカなんじゃないのかな?」
「バカって言うな!失礼だろ!親にいわれなかったのかよ?」
ハッと水樹の言葉に零は息を飲んだ。そして、唇を噛んで床へ視線を落とす。
「父さんも、母さんもそんなことは…」
「ははーん」
したり顔で頷く水樹が視界に入ってイラっとした零は、握っていたナイフを彼の方へ思い切り振りかぶって投げつける。
ヒュンと風を切る音を立て、水樹の髪をかすめて壁にビヨンと刺さったナイフに、数人の生徒が悲鳴を上げた。
「ゲッ!?れ、零!ア、アブね、アブないだろ!」
「大丈夫、僕はコントロール力には優れているからね。水樹君には絶対に当たらないよ」
「いや、かすめたから!!後、その絶対って言うのが信用できねぇ!」
ギャアギャア騒ぐ水樹を鬱陶しそうにみると、零は次々と起こる事態に対応しきれていない教師へ視線を移す。
「ねぇ、先生。山崎さんはどこの席に座るのかな」
「あ、は、はいぃ!!え、ええと!つ、月野君の隣です!」
やんわりと零は教師へ声をかけた。
ヒイとすくみ上った教師は、慌てて美子の席を指名する。
「…チッ」
「舌打ちしたぁ!?」
「いちいちうるさいよ、水樹君」
たびたび反応をしてくる水樹がさらに鬱陶しくなったらしく、零は睨みを利かせた。
「やったぁ、美子リンれー君の隣ぃ!ずっと一緒だね!」
いちいち反応するのも面倒になったらしく零は美子が腕にとびついてきたのを振り払うだけで特に何も言わず着席した。
面白くなかったのは美子の方である。やっぱりきちんと反応を返してもらわないとこの手のたぐいのものは悲しくなるだけなのだ。
「れー君ってば、聞いてるぅ?」
「そうだね」
「…ねぇ、れー君?」
「そうだね」
自動的に帰ってくる返事に美子はムッと眉をひそめてしばらく考え、名案を思い付く。
「結婚しよ!」
「そ…れはどうかな」
が、それには引っかからないで零は肩をすくめた。
「そうだ、水樹君」
「なんだよ」
「…やっぱりなんでもない」
何かを言おうかと口を開いた零は、しばらく迷い結局何を言わずに話を打ち切った。
「なんだよ」
「なんでもない。君には関係のないことなんだった」