第7話
翌日。校庭で気絶していた山崎家当主には秘密裏に理事長がおかえりいただいていたようで、なんの騒ぎもなく平和な1日が始まった。
「案の定来ないじゃんか…」
学校へ来なかった零に、水樹はぶつくさ言いながらスバルと一緒に、見舞いしようと理事長室へつめかける。
なんだかんだ言って、零が心配なのだ。多少は自分のせいでもあるわけだし。
「で、ジジイ。知ってんだろ零がどこ居るか」
「零ちゃん?ああ…入院、しとるようじゃの」
「どこでっ!?」
原因が自分に全くないとは言い切れない水樹は血相を変えて理事長へ詰め寄る。
「ふぅむ。学園都市第一月野病院、じゃな」
面白そうにあごひげをなでながら理事長は水樹へ零の居場所を教える。
「サンキュ!!スバル、行こ…っていないし」
後ろを振り返ってスバルに声をかけようとした水樹は、彼が消えていることに気づき少しだけむっとする。
扉が空いた音がしなかったのになー・・・ああ、コピー体だったのかー。などと彼はのんきに考える。
「スバルなら、生徒会長の仕事が忙しいそうじゃ。一人で行って来い」
という訳で、水樹は独り寂しく零の病室の前に立っている。
最上階を貸切ったらしいその部屋の周りには人っ子一人見当りはしないのだった。
「入るぞ、零!」
なんかすげーええとVIP室ぽくて嫌なんだけど!!と思いつつ病室のドアを勢い良く開けた水樹は、きちんと返事が返ってくるのを待てばよかったと深く後悔した。
ドアが開く音に驚いて振り向いた零と、ドアを開けた姿勢のまま固まった水樹の視線が、交差して交差して交差して…。
Tシャツを脱いでいた零には、ふっくらとしたふくらみが胸にしっかりと付いていた。後腰がくびれていた。
「…っ!?変態!!痴漢!ちょ、早くドア閉めるか目ぇ閉じろバカ!!」
突然の乱入者に唖然として固まった零は素早く立ち直り、水樹に向かって近くにあった枕を叫びながら投げつけた。
「すまっ!?」
零の胸がふくらんでいるのを見てしまい硬直した水樹は飛んでくる枕をもろ顔面に受けて後ろへひっくり返った。
「すまん!!わざとなんかじゃ…っていうか、その…」
ベッドへ腰かけた零に「起きてもいいよ」と言われた水樹は、ドアを閉める。
水樹は、しばらく迷ってからベッドのそばに机を挟んで置いてある椅子へ腰かけて謝った。
で、やはり先ほど見た光景が気になるようで水樹は言葉尻を濁す。
「クッ…」
わなわなと肩を小刻みに震わせて零は屈辱に耐える。
「あ、や…べ、別に見てなんかないし!零に胸があったとか…」
「水樹君!!」
口を滑らした水樹へ、零はシーツを握りしめて絶叫する。
その顔にはなんで僕がこんな目に…。よりにもよってあの水樹君に!というのがありありと浮かんでいた。
水樹は零と目を合わせられなくて視線を泳がすと、呟く。
「う…わざとじゃねぇ!!」
「ワザとなら殺してるから!もういいよ!!記憶から消去してくれるっ!?忘れ去って!!僕は男なんだよっ!」
「それは無理あるだろ…」
「黙れっ!!僕は、男じゃないといけないんだ!!女だなんて知られたら…!」
「そっ!?あ、その…うん、忘れるから!!」
信じるにはかなり無理がある水樹の宣言に、零はため息をつくとぶっきらぼうに言葉をつづる。
「いいよ、もう…。見ちゃったんでしょ。そうだよ、僕は女だよ。サタンに攫われるのがごめんだから性別を誤魔化してただけだから、深い意味はないんだよ」
「いや、十分深くね?」
「良いから黙って!学校とか、スバル君とかには絶対言わないでくれるよね?言ったら殺すよ!!」
「お、おう…?や、俺って役得?」
「何ふざけたこと言っちゃてんの!?バカじゃないの君!!あ、バカだったね!そうだよね、君はバカだもんね!!いっ…」
目の前にあった机をバンと思い切りたたくと零は水樹のことをバカにしつくす。
机をたたいた衝撃で怪我したところが痛んだ零は、そこへ手をあてて顔を顰める。
「零!?お、オイ大丈夫か!?」
心配して椅子から立ち上がった水樹へ零は皮肉で返す。
「大丈夫に見えるの?」
「見えねぇよ」
「…じゃあ大丈夫じゃない」
水樹の言葉にやりにくそうに視線を逸らすと零は小さく呟いた。
「なぁ、俺のせいでもあるんだよなその傷。だから、その…ゴメン」
「なんで水樹君が謝ってくるの?本当に悪いのは美子でしょ」
美子がきまり悪そうに病室へ入ってくるのが見えた零は、クスリと笑って水樹に気にしないよう伝える。
「美子のせい!?」
美子のことを振り返った水樹は、昨晩は見られなかった美子の容姿に息を飲む。
肩まで流れる金髪は、陽光にまぶしく輝きを放っていて、まん丸くなっている蒼眼は海のように優しく、見るものを包み込む何かを感じさせる。背丈は丁度水樹の肩辺りで、どことなく保護欲を感じさせる。
いや、昨晩とは別人。
「違うのかい?」
「え、あ…違わなくはないけど…でも、その」
「大丈夫だよ、別に。この程度の傷、明日には治ってる。月野家の技術をなめない方がいいよ。本当なら入院する必要だってないんだから」
言葉を濁して俯いた美子へ零は優しく言葉をかける。
「そ…なの?あ、あのねれー君!美子もれー君と同じ学校に通うことになったから。同じクラスだよ!よろしくねっ!」
「そう。わかったよ」
面白くなさそうに頷くと零はベッドへ横になる。
「れー君…」
「疲れただけだから、勘違いとか…しないでくれる?君の攻撃ごときで、僕が傷ついたとか思いあがっちゃってんの?いいねぇ、頭ん中お花畑ちゃんは」
唇を震わせた美子へ零は冷笑する。
「うっ…。もう、いいもん!じゃあね、れー君!!」
グスッと鼻を鳴らすと美子は病室を走り去った。
「あーあ…。かわいそ」
それを見送って、視線を握りしめた手へ向けている零へ水樹はわざとらしく呟いた。
「で、水樹君はいつまでいるつもり?乙女と2人きりになって…貞操の危機だね」
ああ怖い怖い。とわざとらしく零は胸に腕を回して怯えてみる。
「そんなんかけらも思ってねぇだろ!?」
「さぁ?どう?僕のこと襲ってみない?」
色気のかけらもない零の誘いだったが、水樹は一瞬唾を飲み込んで考えてしまった。
乗ってみる…?や、何考えてんだよ俺は!!
「し、しねぇよ!?お前バカだろっ!?」
「君にバカなんて言われたくないね。水樹君のお手付きがあったら僕もサタンにさらわれなく…ならないか」
ハァと零は水樹のあほ面を見て厭味ったらしくため息をつく。
「なんだよその諦め方!!俺じゃダメってか!?」
「何さ、やっぱ乗り気なの?冗談なのに…ヤダな、これだから男は」
手を肩のあたりにあげてお手上げのポーズをすると零は、水樹へ無機質な視線を注ぐ。
「な、なんだよ?」
「いや、何も」
見つめられて戸惑う水樹に零は素っ気なく返す。
「まぁいいや。あんまし無茶はすんなよ?」
「なっ…!う、うるさい!!水樹君には関係ないだろ!」
いきなり水樹に真摯そうに言われた零は頬を赤く染めてプイとソッポを向いてしまう。
「っていうかさ、能力使えばよかったんじゃねぇの」
夕日に赤く染まる零の頬へ水樹は手を伸ばして、自分の方を向かせる。
こちらを向いた零の瞳は少しだけ、ぬれていた。
「僕は結界しか…もう、使えないよ。結界を張っているだけで良いんだって。だけど、一日に、1回だけ。それだけなら、別の力だって使える。だから、さ…。…アハハ。なんで僕は君にこんなこと、話してるんだろうね?水樹君に言っても、仕方ないのに」
ポタ…と零の真っ黒な瞳から流れた一粒の涙を水樹は指ですくう。
「綺麗だ…」
「な…んで。僕、泣いて…」
零れ落ち始めた涙を零は訳が分からず、手で拭う。
その手をつかんで止めると、水樹は笑顔を見せる。
「泣きたいときには泣けばいいんだって。後、誰かに頼れよ。お前に頼られたら誰だって力、貸すからさ」
「バカ言うな!僕が、頼んだって…、無駄なんだよ。…どうして、止まらないの?」
小さくしゃくりあげると、零は水樹の手を振りほどく。その戸惑ったつぶやきを来た水樹は、頭を引っ掻き回してかける言葉を探しだす。
「零、ええと…ほら、元気出せって!俺、そばにいるしさ!そうだよ、俺に頼ってくれればいいんだって!な、それでいいだろ?」
少し困った表情の水樹を見て、零は小さく笑った。
その笑顔は、小さいながらもいつもの作り物めいた感じが全くなく、屈託のない笑みを作り上げていた。
「ありがとう、水樹君。もう遅くなってしまったよ。妹、というものが君にはいるんだろう?僕になんか構っていないで、家に帰りなよ」
「え、や…」
断わろうとした水樹に零はドアを指す。
「大丈夫、僕はもう、大丈夫だから。心配はいらないよ。君にこれ以上借りを作るつもりはないし、奏が、そこにいるから、ね?」
つられた水樹がドアを見ると、誰もいない。
どういう事なのか問いかけようとした水樹は、いつの間にか病院前の道路に突っ立っていることに気づき、戸惑う。
「どういうことだ…?」
ポツンと一人突っ立っている水樹へ、通りかかる人々は変人を見るような視線を投げかけ忙しそうに通り過ぎていく。
「ママァ、あの人ひとりで立ってるよ?どうしたのかな?」
「しっ!見ちゃいけません!」
とかいう定番な親子の会話が耳に飛び込んで水樹は、零がいると思われるところを名残惜しそうに見上げてから、病院の前を立ち去った。
さて、さっさと暴露してしまうことにしました。
ちょっとだけ後悔してます。
だって・・・だって、水樹が役得!?ふふ・・・ふふふ。分けて欲しいのですよ、はい。
とか、まぁ。
伏線回収できたかな?できてないかな?