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第6話

  7時45分。


 すでに日が暮れてさらに月が分厚い雲に隠れてしまっていることで、暗闇に包まれている校門の両端に分かれて水樹は零と2人立っていた。

水樹が近寄ると零が一歩遠ざかっていくからだ。

幸いなのは風が冷たくなく、夜になっても暖かい、という点だろうか。


「…遅い」


腕を組むと零はスバルが来ないことにいら立っているようで、ぼそりと呟く。


「なんで怒ってるんだよ?」

「僕は怒っていない!まだ、来ないのかい?連絡は?」

「って言うかまだ15分前だし」


校門の前の広場に立つ支柱についている時計を指して水樹は零へ言う。


「本当に誘ったんだろうね?」


零はトントンと足で地面を叩き、水樹を睨みつける。


「そこまで言うんなら行くか?」


めんどくさくなった水樹は零へ提案するが、一蹴される。


「それでは待ち合わせをしている意味がないじゃないか」

「じゃあ待てよ!?」

「…そうだね」


 結論はとっくに出ているのに、無駄な会話をするなんて、僕は…?

回りだした思考に零はムスッとイラつきを感じて押し黙る。

 6月下旬と夏に近い日の夜だが、それでも月明かりくらいしか光源がないあたりは暗く、水樹は会話がないことに不安を感じた。


「零?…あんさ」

「何?」


つっけんどんとした零の声でも水樹は少し安堵して胸をなでおろす。


「…テスト勉強手伝ってくれてありがと」

「なっ!?あ、当たり前のことだろう!べ、別に礼を言われることでは…!い、いきなりなんなの?」


水樹の謝礼に零は動揺した。


「ほら、俺ってバカだからさ。思い出した時に言っとかないと忘れちまう訳」

「……じゃない」


小声でささやかれた零の言葉は風に吹き消され水樹の元へと届かなかった。


「へ?っていうか、遠くね?」


2人の距離間、10m。

 心の距離間もそのくらい…?

考えてちょっと悲しくなった水樹だった。

そんなことを感じた自分に疑問を持った水樹は首を傾げる。


「あ、8時だ」


傾けた拍子に視界へ入った時計の針が丁度8時を指したのを見て、水樹はスバル来なかったなと残念に思う。


「本当だね」


淡々と返すと零は、高さ20メートルはありそうな校門の上にヒラリと飛び上がる。


「オイ!?」

「スバル君、来なかったね。残念だ。だけど、僕が君に頼まれたのは待ち合わせじゃなくて、襲撃を防ぐことでしょう?」

「でもよ、校門を…」


見下されているのに嫌気がさしつつも水樹は零を批判してみる。


「あ、水樹君は上がれない?」

「なっ!んなことはねぇよ!」


零の言葉にむきになると、水樹は軽く助走を付けて校門の上に飛び乗る。


「へぇ…」


感心したような声を漏らした零に水樹は少し誇らしげに胸を逸らす。


「で、零。どうすんだよ?」

「僕は月野だよ。月夜ならこちらの勝ちだね。ましてや…満月なんて。どういうつもりなんだろうね?」


不敵に笑った零を、背後から雲へ隠れていた満月が煌々と照らし出す。

 そしてそよ風に翻った黒いマント。校庭に一人佇む黒い影。



『コンバンワ』


 校門の上から校庭へ降りた2人へ影は声をかける。

ニィと大きく嘲笑う眼口の仮面をつけた黒マントの影に水樹は一歩後ろへ下がる。


「なにを怯えているんだい、水樹君」

「零は平気なのかよ!?何考えてるかわかんないんだぞ」


フッと零は鼻で笑った。


「何考えてるかわからない、なんて。じゃあ君は他人が考えていることがわかるのかい?」

「そりゃわかるさ!表情に出るんだから!」

「…ずいぶんと幸せな家庭なんだね」


ポツリと少しだけ羨ましそうに呟くと、零は影を注意深く観察する。

 独りで学園の破壊ができるほどの力があるようには、見えない。誰が手引きしているのか…。


『コンバンワ、零。ドウシテ僕ヲ見捨テタノ。君ノセイデ僕ハコンナ姿ニナッテシマッタヨ』


影はノイズがかかった声でそう言うと、バサリとマントを下へ落とした。

 マントの中から現れたのは、鈍く光る金属の体。顔の左半分を覆う醜くひきつったやけどの跡。もう見えてはいないのだろう白く濁っている左目と、爛々と憎しみの色を深く光らせる黒い右目。


「ま、さか…君は」


わずかに声を震わせて零は消え入りそうに呟く。

 あの時の…。ずっと昔に捨てた…。まさか、生きてたなんて。


『ソウ。君ヲ守ッタセイダヨ』

「奏…君」


ニコリとわざとらしく両目を細めて少年は零を嘲笑う。

 どうしてここに…いや、なんで生きて…?


「誰だよ、アイツ」

「っ…」


水樹へ肩をつかまれた零は息を飲むとその手を振り払い奏へ一歩近づく。


『ネェ。僕ヲコンナ姿ニシテオイテ零ハ幸セニ笑ッテタンデショ。ドウイウコト?ソレモコレモ今ノ能力制度ノセイダヨネ』


かすれて聞き取りづらい声で奏は零を嘲る。

 また一歩、零は彼へ近づく。


「逆恨みしてんじゃねぇよ!」

『逆恨ミ?ソンナ生温イ物ジャナイヨ。コレハ零ヘ対スル復讐、ダ』


さぁ、と煌々と明かりを落としていた月が分厚い雲へ隠れ、あたりが暗くなる。


「そ…」


絶句した水樹を置いて、零は奏へと近づいていく。


『ソウヤッテ君ガ油断スルカラ僕ハ醜イ姿ニナッテシマッタンダ』


奏の体から銀色の銃弾が音もなく発射される。


「零!!」


それらはすべて零の前で、消えうせる。


「なぜ…君は生きているの?奏君。だって君のことは、僕が殺したんだよ。死にたいって言ったんだから」

『零ノ力ガ不完全ダッタセイダヨ』


カッと奏の体が白く発光し、零の周りをさまざまな大きさの石が取り囲む。


「僕の…力を、取り入れたのかい?」

『正解ダヨ。僕ハ生キテイル人形サ』


奏の肯定を静かに聞いた零は、頭を振って気持ちを切り替え左手へ光を集め出す。


「零、なにすんだよ」

『僕ニ君ノ力ハ通ジナイヨ?何ヲスルツモリ』


2人の質問には答えず、彼は闇夜の中で明るくまぶしく輝く光を刃の形へと変化させ小さく息を吐く。


「零?」


胡乱げに水樹は、奏へ近づく零の背中に声をかけた。


『僕ヲモウ一度殺ス気!?』


驚いた奏は大きく後ろへと飛び、左手に宿った刃を地面へと向けて歩み寄ってくる零と距離を開ける。


「僕の力を利用している者が誰なのかは知らない。でもね、奏君」


一歩、零は奏へ近づく。


『ナ』


そして、地面を蹴って一瞬で奏へ避ける暇を作らず近接し左手を一閃させる。

 カッと左手の光が白く閃光弾のように瞬いて、闇を消し去った。



光が収まり、闇になれた水樹が見たのは、何をするでもなくただ立っているだけの零。

 そこには光がほとばしる前にはいた奏が、こつ然と消えうせていた。

その存在が初めからなかったかのように、跡形もなく消えうせていた。


「僕は君に会えたことを感謝するよ。もう一度、始末をつけられるのだから。もう、僕が悩むことはないよ。今回は完全に君が悪い。僕の力は僕のモノだよ。他の人のモノにはならない。なってはいけない。残念だよ、奏君。君が…僕の力を宿してさえいなければ、生かしてあげられたのに」


残念だよ、ともう一度呟くと零は体を反転させ、硬直している水樹の方を振り返る。

 わずかに悲しそうな零の姿を見て、水樹が出した結論は。


「殺した…のかよ?」

「そうだけど。君もこうなりたくなかったら、僕のご機嫌をとることに全力を注げば?僕は気まぐれでわがままだからね。殺されないように、頑張りなよ」


なんの感情も読み取らせず、零は淡々と言葉を述べていく。

 人を殺したという重さが感じられない言葉に固まった水樹の横を零は作り物の笑みを浮かべて通った。

 すれ違いざまに見えた零の眼の奥に悲しみを感じ取った水樹は、後先考えずに声を張り上げその後ろ姿へ呼びかける。


「待てよ!!」


ビクリ、と校庭に響いた大声に零は身をすくませ立ち止まる。


「なぁ。泣きたいときには泣けばいいんだぜ?知ってる?」

「そ…う」

「お前、うそつきだよな」


動かなくなった零へと水樹は近寄り、思いつくままに話しかける。


「僕が?うそつきなんかなわけがないでしょ。本心から言ってるよ」


憎まれ口を叩く零の声にはいつもより勢いがなく、震えていた。


「ふぅん」


水樹はそんな彼の頭へゆっくりと手を乗せ、拒否られないことがわかるとサラサラと流れる髪をすき始める。

どのくらいその状態でいただろうか。

最初に気付いたのは、零だった。


「な!」


零は、髪をいじっていた水樹のことをひじ打ちで後ろへ思い切り突き飛ばす。

突きとばされ地面へ強かに尻をぶつけた水樹は抗議しようと口を開ける。

 が、言葉が発せられるよりも前に先ほどまで自分がいたところへ鋭利に輝く刃物が付き刺さったのを見て、水樹は口をつぐむ。


「水樹君!ボケッとしてないで第2陣に備えて!僕は君のことなんて守るつもりはないからね」


そのまま起きあがるワケでもなく座り込んだ水樹で零は叱声を飛ばす。


「わりぃ!どっからナイフ、投げられたんだ?」

「あそこ、だね」


 微かに地上へ届いた月光にきらりと反射した光を見つけ、零は暗闇の中から敵の居場所を見つけ出した。

塀の上に仁王立ちしているフードをかぶっていて人相不明な人物を見て、水樹は息を飲む。

 フードでよくわかんねぇけど、シルエットから想像するに…あれは。


「水樹君?どうかしたのかい?」

「いや、なんでもねぇよ!女じゃねぇか…」


零の問いかけに首を振って答えてから、小さく口の中で呟くと水樹は意味もなく手を握ったり開いたりを繰り返す。

 タイミングよく風が強く吹き、分厚い雲が移動したおかげで月光が差し込むようになり、敵対する人物がどのような者なのかがよくわかるようになる。

 深緑色のフードを身にまとった少女の肩に張られている新緑色の紋章を見て零はわずかに眉をひそめる。


「…山崎美子」

「れー君。大好きだよ。れー君。私のそばにずっといて!もっと笑って…。ねぇ、一緒に地獄へ行きましょう。ね」


熱に浮かされたように口走ると美子は塀から零の目前へ跳躍する。


「断らせてもらうよ。君と一緒とか、冗談じゃないし」


美子が突き付けてきたナイフを、マントを払うことでパリィすると、零はただ展開を眺めているだけの水樹を睨みつける。


「な、なんだよ?」

「君はどうして何もしないの?僕に全部やらせる気?」

「女とか、無理だから…」


水樹のつぶやきにハッと動揺した零は、美子の追撃に気付くのが遅れた。


「もらったぁ!!もらったよ、れー君!これで美子は父様に認めてもらえるんだ!!だって月野を倒したんだもの!一人で!!捨て駒は、いたけどあんなの美子の魅了に引っかかるのがいけないんだよねっ!!れー君!!あんたは悪くないけど美子のために、死んで!」


アハハと嗤うと美子は手に隠し持っていた折り畳み式のナイフを柄まで零の腹部へ突き立てる。


「零!?」

「っ…、う」


驚愕の叫びをあげた水樹が見る前で、突き刺さったナイフを美子に抜かれ蹴り飛ばされた零は地面へ崩れ落ちる。

 急いで水樹は零へ駆け寄る。


「やった、やったやった!!父様、見て!私、れー君に勝てたよ!」


血に塗れるナイフを後ろへ影のように現れた男性へ嬉しそうに見えつける美子。


「み、こ。君は…そいつに、騙されて、るよ。だって、君の父親は。もう…」

「うるさい、黙れ!!黙れ黙れ黙れ!!美子の父様はこの人なの!!れー君はわからないんだよ!!この、冷血漢!!」


刺されたところから流れる血を手で強く押さえると、零はゆっくりと立ち上がる。


「美子。現実逃避は、よくない。違うかな?」

「だ、黙れっ!!もう一回刺されたいの!?」


近づいてくる零に恐れをなした美子はナイフを振りかざして叫ぶ。


「別に、構わないよ。僕は…早く、死にたい」


ユラリと傾いだ零へ美子の後ろに蜃気楼のように立つ男は、冷静に指示を出す。


「美子、やれ」

「わかった!父様のためならっ!!」


途端に怯えを払拭させた美子は再びナイフを振りかざす。


「水樹君!君の力なら、大丈夫だっ!!だから…その。…悪魔を頼んだ!」

「は…?」


突然、戦力として頼られた水樹が唖然としてみる中、零は美子をナイフもろとも受け止め、地面へと倒れ落ちる。


「クククッ!女に甘いなぁ、月野当主。まぁ処理は後でゆっくりとしてやる!!雑魚しか残ってないのだから!!」


水樹は、笑いながら殴りかかってきた男を避けると、その腕をつかみ地面へと背負い投げの要領で打ち付ける。


「雑魚言うなっ!失礼だろっ!!」


フッと短く息を吐き出すと、水樹は大気中の水分を集めて小さな水の球をいくつか作り出し、地面に打ち付けられて気を失った男にそれらを勢いよく放ってぶつけた。


「ぐぁっ!?た、ただの人間に…!!」


ぐったりと動かなくなった男を見て、水樹はやりすぎたかと反省する。


「甘いんだよ悪魔。そうやって人を侮るからそういう眼に会うんだ。ざまあみろ」


パンパンと何事もなかったかのように砂を払って立ち上がった零が、男の致命的な急所を踏みつけて高らかに笑う。


「れ、零!?それは、痛い!!やめてっ!見てる俺が痛い!!ってか傷は!?」

「傷?ああ、2回目は刺さってないからね」


騒いだ水樹へ彼は煩わしそうな視線を向けると男の急所から足をどけ、地面に丸くなって寝息を立てている美子を抱き上げる。


「いや、お前怪我人だろ!俺が運ぶって!」

「このくらい…なんとも」


零の手から美子を奪い取ると水樹は背中へ背負う。


「で、コイツはなんなんだよ?」

「ああ。山崎家当主に憑いた低級悪魔だろうね。フ、フフフ。なんてバカなんだろうね」


グイと親指の腹で男の額へ自らの血を擦り付けると、零は手を一回叩く。


『ギャアアアア!!!』


 この世のものではない断末魔をあげると、男の口から黒い煙が立ち上り、水樹が見ている中消滅した。

零は、腹部を片手で抑えるとそれを満足そうに見て歩き出す。


「怪我、平気かよ?」

「大丈夫そうに見えるなら、大丈夫なんじゃない?」


水樹が真剣に心配しているのに対し、零は皮肉で返した。


「お前はっ…自分の体少しいたわれよ!」

「んぅ…?う!?」


水樹の憤りによる大声で美子の眼が覚めた。

 彼女は、知らない人の背中にいることに驚くと激しく動揺して身じろぎをする。


「美子。大丈夫、君の父親は僕が払っておいたからね。一晩校庭で寝ているのくらいは罰として許してくれるよね」


そんな美子へ零は優しい声で語りかけた。


「ふぅん」


こんな声も出せるんだな、と水樹は感心して起きた美子を地面へそっとおろす。


「あ、ありがと…れー君!って、傷が…」


零が腹部を押さえている手から血が垂れているのを見て、美子は顔色を変え、零へ駆け寄る。


「うわっ!やっぱお前、ダメじゃん。血色ワリィって!!」


顔面蒼白になりかけている零の顔色に気付いた水樹もまた駆け寄り、彼に止血を施そうとする。


「ぼ、僕に触るなっ!!」


水樹のことを突きとばすと、零は校門目指して早足で歩きだす。


「はぁ!?何言って…!手当させろって!」


校門へ飛び上がった零へ続いて水樹も乗り、学校の外へ出る。


「しつこい!!僕に手当なんか、必要ない!!」


外へ出るなり、付きまとってくる水樹を振り払って零は闇へと消えた。


「ちょ…!?オイ零!」

「無駄だよ。れー君あーなったらつかまんないし」


叫んだ水樹の口を手でふさぐと美子は冷めた声で言う。


「いやだって傷!」

「へーきデショ。別に」


フイとそっぽを向くと美子も闇へと紛れ消えた。


「なんなんだよ、アイツら…」


独りで立ってても仕方ないので、水樹も帰路へと着いた。


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