第5話
そして迎えた6月中旬。
水樹は走っていた。
「オイ、零!」
やっと、廊下をスタスタと歩く目的の人物を見つけ水樹は名前を呼び、振り向かせる。
「何か用?」
「これ、ちょっと見ろ!!」
振り向いた零の顔面に水樹は持っていた一枚の正式書類を突き付ける。
「近すぎて見れないよ?いきなり何」
本が重いから簡潔に言ってよね、と零は付け加える。
「読めばわかる!」
「だから、近いんだって。もう少し離してくれる?」
零は重そうな本を何冊も抱えていて手が空いていない。だから、突き付けてくる書類を水樹から受け取ることができない。
「あ、悪い。ホラ!」
水樹は紙を少し離すと読みやすいように両手で広げる。
「コンバンワ。学園ヲ狙ウ者デス。只今ヨリ羅城学園ノ破壊ヲ目論見マス。覚悟シナサイ?わざわざカタカナで書くなんて…暇人なんだね。僕にその時間を分けてくれないかな」
書類を小声で読み上げた零は、的外れなことを言い放つ。
「そういう問題じゃないって!手伝ってくれるんだろ?」
「今日…ね。いいよ。構わない。何時に集合するつもりかな?」
「…夜?」
零の問いに少しの間考えた水樹は、疑問形で返す。
「具体的な時間は?僕も忙しいってさっきから言っているよね?スバル君は、いつ暇なのかわかるかい?」
「え、スバルも一緒なのかよ!」
零の言葉に水樹はなぜかムッとした。
不満げな声を出した水樹へ何をいまさらと言った風に零は返答する。
「君は戦力にならないだろう?」
「失礼だ!!確かに俺はバカだけど…バカだけど!人並みに能力は使える!考えるのが苦手なだけだ!それに今回のテストは、10番に入っただろ!」
零の言葉に水樹はキレ、大声で怒鳴りちらす。
「僕が教えてあげたからね。で?まさか、君と僕の2人だけでどうにかしようとか思ってるわけじゃ…」
「悪いのかよ!お前がいれば十分だろ!?」
「…どうかな。僕は、役に立たないと思うけど」
悲しそうな声色で零は小さく呟く。
「は?いつも人を馬鹿にしてるくせに?お前、バカなんじゃねぇの。だから友達ができないんだぜ?ぼっちでさ」
「うるさい!!君には関係ないだろ!いつ集まるつもりなんだよ!さっさと答えて!時間がないんだよ!」
水樹の指摘で、零は泣きそうに叫ぶ。
「時間時間ってそんなに忙しいのかよ!!なら、来なくたっていい!!」
「待て、水樹!それは浅はかだっ!」
叩きつけるように怒鳴った水樹を、生徒からなんか喧嘩してるよぉという呑気な連絡を受けて駆け付けたスバルが止める。
「スバル!?」
「月野。気を悪くしないで、今夜手伝ってくれると嬉しい。水樹が馬鹿なのはいつものことだ。8時集合、でどうだろうか?」
黙りこくった零へ、スバルは言葉をつないで提案する。
「…かまわないよ。じゃあ、また…ね」
フンと水樹のことを鼻で笑ってから、零はその場を歩いて立ち去る。
その姿が消えるのを確かめると、スバルはゆっくりと息を吐き出す。
「わがままさんにも困るな。水樹、あまり彼を怒らせないでくれ。ご機嫌をとるのは俺なんだ」
「なんで機嫌伺いしなきゃいけないんだよ!?スバルが下手に出る必要ねぇだろ!」
まだ零に対して怒っている水樹を見て、スバルは深いため息をつく。
「月野は忙しい、と言っていただろう?あまり、付きまとうべきではない」
「んなのわってる!」
「本当に?」
ねちねちとスバルは水樹を責め立てる。
「っう、るせーよ!!黙れ!だぁああ!!」
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜると水樹は廊下を走り去る。
「…逃げた」