第4話
そんな3人の会談から少し過ぎて。
高校2年の最初のイベント、5月28日,29日,30日の3日間で行われる中間テストが迫ってきた。
「零!頼むって!」
そんな中間テストまで残すところ1週間になった日の放課後。
2-Aつまり水樹の教室で、彼は零へ頭を下げていた。
いつもならスバルに勉強を手伝ってもらってなんとか、赤点をとらないようにしているのだが今年度彼は生徒会長。テスト前だが、物わかりの悪い、ぶっちゃけちゃうならバカな友人に勉強を教えている暇は全くと言っても過言じゃないほどない。というわけで、 水樹はスバルと同じくらい頭愛いのだろうと踏んでいる零へ頭を下げているのだ。
「どうして僕が君に勉強を教えなくてはいけない?友達でも知り合いでもない君に」
そして、零には水樹が取り付ける島がなかった。
「知り合いではあるだろ!?だから頼むよー!ここで追試には引っかかれないんだって!学園1の才媛だろ!?」
イラつきを押し殺して再び頭を下げる水樹へ降り注ぐ絶対零度の声。
「それはそうだけど、それとこれとは話が別だろう?君ごときに僕が勉強を教える義理がない」
「お前の秘密ばらしてやる!!」
水樹が叫んだ言葉で、教室に吹雪が吹き付けてくる。
ギャー!とその場にいた生徒たちは声に出ない悲鳴を上げる。
次いで周りの人に水樹と零へ聞こえるようぼやいていく。
「余計なことを!!」
「羅城のバカ野郎!」
「バカにバカ言ってもしかたない!」
零の機嫌が一気に氷点下まで下がり、それによってさらに見えない吹雪が荒れ狂う。
「僕の、秘密、だって?何を、知っているのか、とても知りたいな。僕に、良ければ教えてくれるかな?」
零の怒りをおし殺したような声に水樹が顔をあげると、満面の笑みが視界へ入る。
逆にこえーよ!?と、水樹は悲鳴を上げかけてぐっとこらえる。
「い、や…こ、言葉のあやだ!もういいから!気にするなっ!勉強教えてくれよ!お前しか、頼れねぇ!!」
「そうだろうね。なまじ頭がいいだけのバカじゃ、君の頭には追いつけないだろう?」
クスクスと零は軽い笑い声をあげる。
「そこまで気づいてっ…!本当に頼むって!!」
下唇を噛んで、水樹は腰から直角に曲げ、零へ頼み込む。
「…そこまで、頼まれて断ったら僕が悪者じゃないか」
ボソリと、水樹へ聞こえないように細心の注意を払って零はつぶやく。
「え?なんか言った!?」
案の定水樹へは内容まで聞こえず、零は少しだけ考えるそぶりをする。
「どうしようかな」
「悲しいまでの棒読みだぜっ!でも頼む!」
「教えてあげたら君は僕に何をしてくれる?」
零は悪戯心と嗜虐心から水樹へそう尋ねた。
「え…一回だけなら何でも言うこと聞く」
「そうだね。もう一つ、僕の命令に逆らわない…が付け足されたら教えてあげてもいいよ」
水樹の答えに零は頷いてから条件をもう一つ付け足す。
「俺に命令なんかしたいわけ?」
首をかしげて聞いてきた水樹へ零はまた頷くと、あえて誤解を招く言葉を使ってみる。水樹がどういう反応をとり、それを自分がどう思うのか試してみたくなったからだ。
「そうだね。水樹君は魅力的だから」
「うぞだろっ!?」
零の言葉を誤解して受け取った水樹は顔を青くして、彼から距離を置く。
「そうやって露骨に避けられると少し悲しいという気持ちを感じるものだね。僕にもまだ人としての感情は失われていなかったようで嬉しいよ。ああ、そうそう。少し言葉が足りなかったかな?僕は、水樹君の能力が魅力的だと思うよ。どこまで、その力は応用が聞くんだい?」
それを見て、零はクスリと水樹をバカにしたような笑いをもらし、説明を追加する。
「どこまでって…水だから、空気だって操ろうと思えばいけるし?ってなんでお前に教えてるんだよ、俺は!」
「どうしても、答えたくなるだろう?」
戸惑う水樹を零は笑う。
「笑うなよ!失礼な奴だな!」
「君の方が失礼だと思うけど。まぁいいや。で、何処を教えてあげればいいのかな?」
会話のペースを零に握られ、水樹はバタバタと暴れたくなる。
「ココ、オネガイシマス」
どうしてスバル、教えてくんないんだよー!と内心悲鳴をあげつつ、水樹は零へ教えを乞う。
「これ?やるからには学年10位以内を目指したいところだよね。放課後の10分間。今日からみっちりと全部教えてあげるよ」
「待てよ!?俺には無理だぞ!!」
零の笑いを含んだ絶望的な言葉に水樹は悲鳴をあげる。
「僕は、無理って言う言葉が嫌いだ。使わないでくれるかな。いい?僕だって時間が有り余ってるわけじゃないんだよ。残りは宿題って言う形で出してあげるから」
ニコリと笑った零は宙から何かをつかむ動作をすると、机の上に現れた大量のプリントを水樹へ渡した。
つい受け取ってしまった水樹はその量の多さに絶望する。
「で?何から聞きたい?」
「二次関数から…」
「わかった。まずは数学だね。最終日なのに、熱心な奴」
フフと笑い零は水樹へ丁寧にノートを使って教えていく。
そして、向かえたテスト本番、最終日。
「零っ!!」
最後のテストが終わった途端、水樹は感動して零へ抱き着く。
「うわっ!?な、なんだい?」
「今までで一番解けた!!ありがとう!マジ、感謝してる!」
驚いていた零だが水樹の言葉を聞くと、当然だねという表情をしてソッポを向く。
「僕が教えてあげたんだから、当たり前だろ」
零が吐いたぶっきらぼうな言葉の中に混ざった照れを察し、水樹はニヤニヤと笑う。
「な、なんだよ!笑うな、バカ!!」
「今はもう、バカじゃねぇしー!フフン」
勝ち誇ったような笑みを浮かべた水樹に、そばで聞いていたスバルは軽く脱力する。
「バカ丸出しだね。じゃあ、僕は用事があるから」
零はカタンと椅子を引いて立ち上がると、机の横に下げていたカバンを持ち後ろのドアから教室を出ていく。
「待てよ!」
「何をする気だ?」
零の後を慌てて追った水樹の意図がつかめないスバルは首をかしげて、ドアから2人の様子をのぞき見る。
スバルが見たのは、水樹が零へ必死に頭を下げて何かを頼みこんでいる姿。
な、なんて情けないんだ…!?と戦慄しつつも、スバルはそれが零を動かすには一番手っ取り早いんだろうな、と他人事のように考える。
「零、だからさ!俺と一緒に見回り、しよ?疲れたら、負ぶってやるから!」
「ごめんだね。なんで僕が君に背負ってもらわないといけないんだい?というか、見回りとか…しても無駄だと思うよ」
水樹の提案を蹴ると零はすたすたと廊下を歩きだす。
それでもあきらめず、水樹は零へ食い下がる。
「お願いだってば!!零にしか頼めないし!な?」
「だから!…どうして、見回りとかしているんだい?そんなことを君がわざわざする必要が…」
イラついたように叫んだ零は、しばらく間を開けると水樹へ質問した。
ムと少し眉間にしわを寄せて、水樹は零へ答える。
「だって、ジジイに学園を守ってくれって」
「なぜ、君が?」
「親戚だからじゃね?」
首をかしげた水樹を見て、零の思考は素早く回り出す。
僕が結界を張れば十分なほど生徒は守れるし、わざわざ理事長が動いて始末しなければならないほど危険分子なわけでもない…。となると、おそらく…水樹君を成長させたいか、僕を試したいか、それとも。アレが絡んでいるか。どれかかな。僕としては最初の奴が面倒で無いからありがたいけど…。最悪の事態も考えておかないと。
そこまで考えて、零はため息をつく。
「幸せが逃げるぞー?」
零が急に黙り込んだから、暇になった水樹も同じように考えては見たものの、何の名案も浮かばないので、からかいにかかる。
「幸せ…?ああ、そんなもの僕にはないから、大丈夫だよ。全く問題がないね」
「幸せがないとか、バカなこと言うなよ!で、手伝ってくれる?」
重ねて尋ねた水樹に、零はやれやれと言った風にため息をもう一度つくと、軽く首を縦に振る。
「そうだね。少しだけなら、構わないよ」
「サンキュ。スバルにも伝えとく」
ニマという効果音が付きそうな笑顔を見せ走り去る水樹の後姿を少しの間零はまぶしそうに眺めた。