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第30話

そうして始まった文化祭。

一日目。


「いやっふー。零のシフトと俺のシフトが一緒で、スバルと美子は前後してるから…二人きりで遊べるな!?な?」


水樹と零と奏だけがいるHBで、制服からそれぞれの衣装に着替えながら、水樹は隣で背を向けて着替えている零にテンションダダ上がりの状態で話しかける。


「いや、無理だけど」

「なんでだよ!?」

「僕、忙しいし。零王とちょっとした約束があるし…奏君の存在忘れてるね?」

「そうだよー。その勘定だと僕忘れ去られてるー。あ、零さすがだね、似合いすぎ」


メイド服に着替え終わった零はおかしなところはないか奏へ尋ねる。


「どこかおかしなところとか、ないかな?」

「全然ない。ばっちし!」


グッと奏は零に笑顔を見せる。


「なんでだよー!!」


ぐずぐずと水樹は鼻を鳴らす。


「あ…水樹君、曲がってる」


水樹の執事姿を見て、ちょっと鼻で笑った零は、水樹のネクタイが曲がっているのに気付き、手を伸ばす。

ネクタイを直そうとするのだが、距離がわずかに遠くやりにくいと感じた零は、水樹へ近づく。その距離わずか半歩ほど。


「ちょ、れ」


近い近い近い!と水樹は赤面して焦る。こんなとこ誰かに見られたら誤解されるぞっ!?と。


「あ、零。羅城君にばっかズルい。僕も混ぜて」


ネクタイを直し終わって満足そうな零の手首を奏が拗ねた顔をしてつかみ、壁へ押し付けた。


「奏君?いきなり何をするの?」


キョトンとして首をかしげた零のヘッドレスへ、奏ではなく隣にいた水樹が触れる。


「零、ヘッドレス曲がってる」

「ちょっと羅城君、邪魔しないでくれる」

「邪魔なんかしてねぇよ」


おもむろに奏が、零の顎へ手をかけて上を向かせる。


「何するの、奏君」


ムッとして零は奏のことを睨みつけた。


「ちょっと羅城と月野く、…ごめん、お邪魔しましたっ!!」


いつまでたっても着替えてこない水樹たちを呼びに来たシフト代表の女子が、顔をのぞかせた。3人の体勢を見るなりすぐに顔を真っ赤にして彼女はドアをぴしゃりと占める。


慌てて水樹が彼女をひっぱりこむ。


「待て待て待てっ!!勘違い!勘違いだからやめてっ!!」

「邪魔なんかじゃないけれど…そんなに顔を赤くしてどうかしたの?」

「別に僕は勘違いされても構わないけどねー」


ふざけたことをのたまった奏を水樹は睨んでから、急いで零から離れる。


「いや、待てよ?月野君はメイド服なわけで…つまるところの男の娘?こ、これは…し、新ジャンルではっ」


3人の反応を見た彼女は、ふと俯くと顎に手をあててブツブツと呟きだした。


「うん、ろくなこと考えていないのはよくわかったかな。水樹君?固まってるよ」


どうかしたの?と零は水樹の方を振り返る。


「い、いやっ!れ、れれ零!!きょ、今日もかわいい!ヤバい、メイド服似合いすぎだと思う」

「…ねぇ、水樹君。君が今した行動さ、さらに彼女のつぶやきを悪化させることになると思うんだ」


そこんとこどう思う?と零は若干怒っているような口調で水樹を責め立てる。


「そうだよ羅城君。ただでさえ誤解されてるのに君のせいでもっと誤解されちゃったみたいだよー?ま、僕はそれでもかまわないけどー」

「僕が構うからやめて」

「はぁい、零」


奏の軽々しい返事を聞いて頭が痛そうに、零は額へ手をあててトリップしている感じの彼女をひっぱって教室の方へ行くのだった。







文化祭が、始まった。

水樹たちのクラスは、なんだか噂に尾ひれでもついて回ったのが、開始早々にたくさんの客が押し寄せ、切れることが無い。



「いらっしゃいませお嬢様方。ご注文はお決まりですか」


柔らかな笑顔で、お嬢様方を陥没させていく奏に、


「らっしゃいませ、お嬢様。注文は?」


どことなく不良っぽい水樹に、


「…いらっしゃいませ。…ご、主人様?ちょっと恥ずかしいんだけどコレ。僕に何させてるの嬉しい?さっさと注文言ってくれる」


図らずもツンデレ?ドS?っぽくなっている零は嬉しそうな男子たちをののしり、


「俺が、なんでまた」


執事服を片手にニコニコと笑顔の零を抑えきれなかったため、執事服をきて、教室の後ろに足組んで座っている零王のおかげで、出だしは超好調。



勿論、この4人だけが目立ってるわけではない。執事とメイドというだけで希少価値?がついて、いろんなところから引っ張りだこ。


「これは…ちょっといい感じの所まで行けちゃうんじゃない?」

「どうせなら売上で優勝とかしたいよね」


と、女子たちが皮算用をし始める。






「いらっしゃいませご主人さ、ま?」


シフト3回目になってようやく慣れてきた零が、口上を述べている途中で入ってきた人の顔を見て固まった。


「当主?」

「つ、つつつつつつつ月代っ!?な、なあ、え!?」


言葉にならない悲鳴を零は上げた。たまらずに零王は笑い転げ出す。


「フッ、クフフ」

「オイ、零王。笑うなバカが。…いえ、あのですね。ここでは少し言い出しにくいのですが」


零王を睨んでから月代は零から視線を外して声を潜める。


「え、客じゃないの?じゃあ帰れよ。僕らまだシフト中」


月代の言葉を聞いた奏が、彼を追い出そうとする。


「いえ、今すぐに。…少々まずい事態が」

「…そう。ねぇ、えーと…」


シフト責任者に伝えようと思った零だが、咄嗟に名前が出てこなかった。…記憶力、落ちたかな?と少しだけショックを受ける。

すかさず奏が手助けする。


「本田さん」

「そう、本田さん。ちょっとだけ、抜けてもいい?すぐに戻ってくる」

「わかったわっ!店の宣伝もよろしくねっ!」


グッと親指を零に向け、本田さんは2人を見送る。

零と月代が教室から出ていくと、生徒たちから自然と安堵のため息が漏れる。ちょっとだけ、ヒヤヒヤしたのだ。怪獣大戦争とか、始まったら嫌だなぁ、なんて。


「それで、何?」

「本家が、抑えきれません。…なんとか方向を修正しようとは思ったんですが、バカどもが先走りすぎてどうにもなりません」

「…泣きつきに来たの?」


ヤレヤレと肩をすくめる月代に零は冷たい視線を向ける。


「いいえ。それで、学園祭で襲撃があるかもしれません」

「どのくらいの確立なの、それは」

「半々…いえ、60%くらいかと」

「それ、ほぼじゃないか」


それであるかもしれないとかいうの?と零は月代を責める。


「仕方ないだろう。俺がここにいるのにも、結構必死こいて監視の目を掻い潜ってるんだぞ。忠告しに来るので精いっぱいだ。知らないよりはましだろう」

「…そうだね。悪かった。それじゃあね月代。また本家で」

「ええ、また。大量の書類が待ってますからね、逃げないように」

「いつも思うんだけどさ、君自分がやりたくないだけだろう?」


書類、僕に押し付けてくるの。苦手なんでしょ?とすれ違い際に零はぼそりと呟くのだった。


「なっ、そんなことはありません!」


けっこう図星だったりしちゃう月代は声をあげてから、冷静に聞こえるように否定した。


「そういうことにしておいてあげる」

「しておいてください」


奏君が月代で遊んでたって言うの、なんかわかった気がするな。なんて零は思うのだが、顔には出さない。それよりも宣伝しなきゃいけないらしい。


「おい、零!」

「あれ、水樹君?」

「なんかされたのか!?」

「特に何も。どうしたの?」

「宣伝の手伝い」


どうやら沈んだ顔をしていたらしい。と零は水樹が駆け寄ってくるのを見て考える。

水樹は零の手を取ると、人ごみの方へズンズンと歩きだす。


「水樹君?」

「宣伝するなら人が多いところで叫べばいいだろ」

「…あ、ミスコン」

「え?」


うちの学校そんなのやってたんだ、と水樹は校庭に設置された舞台を見おろして呟く。


「あ、女装コンテストもやってるね」

「零、出てくる?」


飛び入り参加、と水樹は歩きながら零に問う。


「僕は、別に女装しているわけじゃ…」

「メイド服なのに?」

「…そう、だけど」


ふい、と零は視線を窓からそらす。


「でてくれば?」

「いやだ」

「店の宣伝しなきゃいけないんだろ」

「…そう、だけど」





結局、いい手が浮かばなかったので、零は女装コンテストに飛びいり参加することになり。


「…飛びいり、参加、する」


ニコニコ笑顔の水樹を後ろに引き連れ、零は嫌そうに司会者へ言った。


『どちら様で!?』


こんな美人いなかったよね!?ってか女装!?と司会者は驚く。


「月野、零」


凄く嫌そうに零は名前を言う。


『月野君!?ええ!?いや、なんでメイド服!?後ろの羅城君は!?』


零が懸念した通り、司会者はマイクを片手に大声で驚きの声をあげ、ただでさえマイクで拡声されていたのにさらに拡声される羽目になる。


「俺、つきそい。零が逃げようとするから、さ」

「してないよ?ねぇ、してないよね?そういうこと言うのやめてもらえるかな?…じゃなくて。これ、クラスの宣伝ができるんでしょう?」


変な事を言い出した水樹を睨みつけ、咳払いをしてから話を元に戻す。


『そうですけど…クラスの宣伝のためだけに!?』

「一応ね。それで、参加はできますか?」

『あ、はい。どうぞ!かわいいですよ!』

「嬉しくないからね。男にかわいいなんて言ってどうするの」


他の参加者がならんでいるところに、零はぶつくさ言いながら向かった。


「零かわいいぞー!!」

「水樹君、死ね」


途中飛んできた水樹の声援に冷たく返して、溜息をつく。


『ではでは!飛び入り参加者が増えたところで、審査開始ですっ!じゃあ、エントリーナンバー1番から、アピールポイント諸々を!』


と、順序良く審査していき。



零の番が来た。


『さぁさぁ、ラスト!飛び入り参加の2-A月野零さん!どうぞ!!』


「…2-Aでは、執事・メイド喫茶を開いています。僕なんかよりもかわいいメイドさんが待っているのでぜひ来てください。きっと、かっこいい?執事も待ってるんじゃないかな?…なんで僕、執事じゃないんだろう」


ワザとらしく涙ぐんだ零に、歓声が飛ぶ。


『ええと、特技をっ!』

「特技。…ええ?そう、だね」


おもむろに零はスッと流れるような動作で右手を前へ出した。


『何を…?』

「疲れるから滅多にやらないんだけど…ま、いいかな」


零の右手を中心として半透明の大小さまざまな立方体が出来上がっていく。それを浮かびあがらせたまま、零は自身の顔程の大きさの立方体を右手の上に作り上げる。


「《能力発動コマンド:結界に華を》並びに《コマンド:結晶化》」


零はさらなる能力を発動させた。



浮かび上がる立方体が色づき、形を花と変化させていく。さながら宙に浮かぶ花園のよう。そしてそれは、しっかりと実体のある物となる。

零の右手にある立方体は、球体になる。


「つまるところの…結界の応用だね」

『す、すご…』

「僕は当主だからね」


えへんと胸を張って零は言うけれど、メイド服。


「零―かわいいぞー!!」

「うるさい」


水樹の叫び声は瞬殺され。



結果としては、圧倒的な差をつけて、零が優勝。遊び半分の女装男子たちには負けられなかった何かがあった。女装も何も女だし。







「戻ってきた」

「お帰りなさい、月野君!!おっと…零ちゃん!」

「零ちゃん、優勝おめでとう!」

「流石零ちゃん!」


ニッコーと満面の笑みを見せる女子たちに、零はしり込みをした。


「え、な…んでちゃん付けなの」

「女の子~」

「零ちゃんは女の子~」

「え?」


だ、男装のことバれた!?でもなんで?何か僕ミスした…ああ、メイド服か。

一瞬すごく焦った零だが、自分が来ている服のことに思い当たり、安心する。


零の反応を見て楽しんだ女子たちは満足したように、呼び方を戻す。


「こっちお願い、月野君」

「わかった」



そんなこんなで、1日目。終了。


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