第2話
「え!?」
「…やはりゴーレムの強さが変えられたな」
訳が分からず驚いた水樹の横で零は腰に手をあて冷静に観察する。
「は?強さって…だって決まってんぞ?」
「だから…部外者がセキュリティに潜り込んで操っているのだろう。このくらい誰だってわかるぞ?」
ヤレヤレといった感じで本日何度目になるかわからないため息をついた零に水樹が怒りを爆発させようとすると、ゴーレムの赤くなった目が一斉に2人へ向けられる。
「…ターゲット変更だね」
「何がだ!!オイ、コラっ!無視すんな!」
重さを感じさせない動きで壁際から前へ進んだ零を水樹はつかむ。
ヒィー!と、声が上がらなかったのが不思議なほど、教室の体感温度が下がる。いや、むしろ怖すぎて声がでなかったのが正解といったところだろうか。
一度深呼吸をすると、零は水樹へ作り物めいた笑顔を見せる。
それによってさらに気温が下がったような気がする。
「…ああ、いたんだね水樹君」
「こ、こ、この!!」
今度は抑えきれず水樹の怒りは爆発した。
「全く…沸点が低いよ」
完全に水樹の一方通行だが、のんきに怒鳴りあいをしている2人にゴーレムが襲い掛かる。
「俺がやる!」
殴り飛ばされた男子がしゃしゃり出て、再び殴り飛ばされた。
「クズなのはそっちじゃないか。つぶされるなら出てくるなよ。さて…と。喧嘩を売られてしまったみたいだし、買ってあげないと可哀そうだよねぇ…仕方ない、ね」
クスリと口角を上げると零はすたすたとゴーレムたちの方へ体をむける。
「あ、危ないよ、月野君!!」
女子生徒の甲高い悲鳴を聞き、零はちらりとうるさそうにそちらを見てから指を鳴らす。
「舐めないでもらいたい。君たちは僕をなんだと思っているんだい?本当に失礼だよ…」
バンとすさまじい音を轟かせ、ゴーレムたちは一気に爆ぜた。
唖然とする生徒たちに零は少し口角を上げる。
「な、何が!?」
「だから言っただろう。僕をなんだと思っているんだい、と。この程度、能力を使わなくても勝手に自爆してくれる」
「は?」
「今のは、能力じゃないの?」
「能力は万能じゃない。現に外では能力に対抗するための武器が開発されているんだ」
「なんでお前が知って!?」
水樹が零に詰め寄るが、彼はするりとそれをかわす。
「流石は、月野家当主だ。都市のソトのことまで知っているのか」
「…スバル君こそ物知りだな。僕のこと、知りすぎてはいないかい?」
ゴーレムが煙を上げてくすぶっているのを傍目にスバルは愉快そうに零へ話しかける。
「まぁその辺は企業秘密ってことで。さ、月野。楽しい質問の時間といこうじゃないか」
「いいだろう。だが、ここは人の目がありすぎる。別の場所に移動しよう。丁度、授業も終了したことだし…構わないだろう、クソジジイ?」
零の言葉で皆が一斉に部屋の扉の方を見る。
そこにはいつの間に現れたのか、白髪、サンタクロースのような白髭、気取った丸メガネの老人が杖を突いて面白そうに立っていた。その姿に生徒たちは威厳を感じ思わず姿勢を正す。
「…ジジイ、なんでいんの?」
ポカーンと言う効果音が聞こえそうなほど呆然とした生徒たちをみて、水樹が声をかける。
理事長がホイホイ来ちゃうもんなのかよ?あ…理事長がから来るのか。と彼は自問自答してしまう。
「儂が作ったゴーレムに異変が感じられたからの。そして零ちゃん、クソジジイは止してくれ」
「…お前こそ、ちゃん付けはやめろ」
唸るように零は理事長へ言う。
理事長も水樹と同類だったか!と、生徒たちは危険を察する。
いや、親戚じゃん!っていうか、祖父だったよ、うっかり忘れていたね!威厳がある理事長と水樹は似たところがないから。気づかなかったな、と彼らは改めて水樹の規格外さを思い出す。
「おやおや…何が不満かい?」
理事長は零へからかうように笑いかける。
「存在全てが不満だ!なんでこの僕が、学校に通わなくてはいけないんだ!」
「月野家から頼まれたからねぇ。いつまでも籠の中に閉じ込めているわけにはいかなくなったんじゃないのかい?」
「…ちっ」
忌々しげに舌打ちをした零はドアへ歩き出す。
「さて、儂の用事はだね。最近…」
溜めをとろうとした理事長へ零はすかさず言い放つ。
「どうせ、へそくりがなくなったとか言うのだろう?」
「なぜわかった!?」
ため息をつくと零は真剣な表情をして理事長を問い詰める。
「そうやってすっとぼけていないで。へそくりの中には何が入っていた?封印石だとか、鍵だとか、いう訳じゃないよね?」
「流石にそれはないわい。いくら儂が馬鹿でもな。入っていたのは無効化の能力石じゃ」
「それでも十分、だめなんだけど!僕の力が世界に回らなくされたらどうする気!?僕がっ…悪魔に囚われでもしてみろ。この世界は、終わるぞ!」
初めて声を荒げた零に生徒たちは身をすくめる。どうか、とばっちりが来ませんように。
気を鎮めようと零は再び深呼吸をする。
「零ちゃん。かっかするでない。バカ孫がおるだろう」
理事長に言われ睨んでいた零は水樹を横目で一瞬見てから、また視線を戻す。
「あんな奴に守られるほど僕は落ちぶれていない!それから、何度も言うが、ちゃん付けをやめろ!」
「そこまで、俺ってダメ?」
首をかしげた水樹を零は睨み付ける。
フイと視線を逸らし、彼はこぶしを握り締める。
「ダメだ!そんなんじゃ…本家のバカどもに付け入られてしまうだろう!あんな奴らに…負けるわけにはいかないんだよ?」
「まぁ、そんなことはどうでも良くてだね。零ちゃん、ソトの奴等が動き出してるぞい。結界はどうした?儂のかわいい生徒たちが怪我でもしてみなさい。君は、一生籠の鳥じゃ」
「うるさいっ!結界は、張ってるんだ!僕は、90%そちらに割いてるんだから!破られるわけがないでしょう!あんたたち大人はいつもそうだ。人に責任を押し付けて、自分はのうのうと…」
途中で零は言葉を切ると、頭を振って教室から出ようとする。
余計なことを漏らしかけた自分に零は少し憤っていた。
理事長と零の言い合いに唖然としている生徒たちはただ、見送るだけだった。
「待て!君の能力はなんだったかな?」
それを理事長は鋭い叱責を放つことで止めて、好々爺のような声色で零へ尋ねる。
「結界と…後は、色々」
言葉を濁した零へ理事長は言い募る。
「月野家はなにをしているんじゃ?こんな子供に、しかも呪われている子に全てを任せておるのか?」
ピタリと完全に歩みを止めた零は、理事長へ完全に作り物の笑顔を浮かべてぴしゃりと言い放つ。
笑顔が作り物であることすら隠そうといない零へ理事長は追い詰めすぎてしまったか、と後悔の念を抱く。
「僕は呪われてなどいません。教育者とあろうものがそんなデマを信じないでください。そして、当主である僕がすべてを背負うことは当然のことなのです。月野家の方針に部外者が口を突っ込まないでください。では、これで僕は帰ります。やらないといけない仕事が沢山残っているので」
思い切り両開きの扉をしめて零は廊下へ姿を消す。
「なんだよ、アイツ」
「…月野家は、大変なんだ。前当主が死んだのが5年前。その時から彼は当主になった。加えて、月野家は俺ら4大家の中でも一番重要な役目である封印を任されているところだから」
不満げな水樹へスバルはボソリと零の事情を簡単に話す。
「でもよ、転入そうそう、あれはないと思うぜ?」
それでもまだ不満たらたらな水樹をスバルは周りの生徒へ言い聞かせることも考えて、強い口調で言い聞かせる。
「彼は、レベル5だろ?そう思われることをわかっててやってる。だって、メリットがない。大体俺らも、月野を嫌うことにメリットがないんだ。月野家に喧嘩を売ってどうする?親しげにしていた方が、楽だぞ。彼自身に害はないし、こちらから手を出さなければ何もしてこないはずだ。それに…月野は、俺と同じなら親戚に能力を制限されているはずだ。水樹は、親戚が理事長に押さえつけられているし、バカだから何も言われていないが、4大家の親戚は…ひどいぞ?直系の力を吸って、偉い顔をして…責任を押し付けて…。月野家はそれが最も顕著に表れているはずなんだ」
「なんだかよくわかんねぇけどさ。零も苦労してんだな?」
「…本当は分かってもらいたいけど。ま、そういうこと。それで理事長。へそくりがなくなっただけではないでしょ?」
噛み砕いて説明をしたはずなのに理解できなかった友人にため息をついてからスバルは理事長へ向き直る。
「お前さんも頭が良くて嫌になる。このごろ、能力者…それも君らくらいの歳を狙った誘拐事件が起きている。気を付けてくれたまえ。まぁ、零ちゃんが入ってきたから君ら一人一人に結界を張ってくれると思うんじゃが。その辺は月野家と折り合いをつけないといけないからの。各自で気を付けてくれ。それから、生徒会長と水樹。一緒に理事長室へ来い。お叱りじゃ」
ムゴッホと笑うと理事長は水樹とスバルを両手でつかみ引きずって教室から去る。
理事長室へつき、扉を後ろ手で占めると、理事長は誰もいないことを確かめてから小声で2人へ向き直る。
「なんだよ、ジジイ」
今更気色悪い、と声色ににじませ水樹は尋ねる。
それにもめげず理事長は短いため息をつくと、要件を話し出す。
「誘拐事件の話なんじゃが。あれはちぃと深刻でな?学園がいくつか壊されとるんじゃ」
「学園が?」
「それで、次はうちだと犯行が予告されておる。守ってくれ」
両手を勢いよく合わせて理事長は2人に懇願する。
「別に…俺らにも関係あることっぽいし構わないけど」
「ええ。俺もいいですよ」
なぜこんなにも理事長は必至で頼み込むのか、意図を掴めない2人は首をかしげながら頷く。
「うむ。では初めに零ちゃんの機嫌を直してくれたまえ」
「はぁ!?冗談じゃねぇ!!あんな、何考えてるかわかんない奴の機嫌なんか治せるか!」
「そこをどうにか。頑張りたまえよ」
机を乱暴に叩いた水樹へ理事長は鷹揚に頷くと、2人を理事長室から有無を言わせず追い出した。