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第26話

その日の夜。

部屋割りとしては、水樹とスバルが、水樹の部屋で、零と美子が客室という健全なもの。

水樹とスバルはすぐにスピスピ眠りだしたので、スポットは零と美子にあてて。

零と美子は『がーるずとーく』なるものをしていた。


「でねー」


「うん」

「大谷ったらさ!」

「うん」


…尤も半分以上零は寝ているのだが。

相槌もだんだん適当になってきて、終にはしなくなる。


「れー君聞いてる?…れー君!」

「…眠い」


枕を抱えて零はコクリコクリとする。

そんな姿に内心悶えながらも、美子は零に話しを振る。


「あ、れー君はミー君との進展どうなの?」

「ふあ!?」


一気に覚醒した。


「あれ、なんかあったの?」

「な、何もないに決まってるだろう!?そもそも僕と水樹君がどうこうとかありえないから!」

「え、そーなの?」

「そうなんだよ」


ポスンと抱えた枕に顔をうずめた零に、美子はハートをうち抜かれる、というかなんというか。

こう、零に気づかれないようそっとカバンに手を忍ばして美子はカメラを取り出す。もちろん、零を写真に収めるためだ。

明日、水樹に自慢してやろうなとともくろみながら、シャッター音のしないソレで零を激写していく。


「それ、ミー君とあれやこれないのが不満そうに聞こえるよ?」

「まさか、ありえないでしょ。だって、僕は月野家当主だよ?そんな浮ついた感情を抱くわけがないじゃないか」

「ふぅん」


納得いっていなさそうな美子を放っておいて、零は寝る支度を始める。


「あ、ちょっとれー君!?」

「それを言うなら、美子の方こそスバル君とはどうしたいの?」

「えっ、ええ」


ボンと美子の顔が赤くなったので、一発で零は何がしたいのかわかったが、追及する。ここで追及の手を弱めたら自分に回ってくるだけだと知っているから。


「で、それじゃわからないよ?」


面白がってもいるのだが。


「そ、大谷なんて別にどうでもいいし!!」

「へぇ。さっきからずっと僕はスバル君の話を聞いているけどね」

「うっ、良いもん!れー君なんて知らない!美子もう寝る!」


ぐぬぬ、と唸った美子は布団をかぶって壁の方を向く。

うまくいった、とばかりに零は小さく笑い電気を消す。


「おやすみ」

「お休みっ!!」









朝。





何かに押さえつけられて身動きできない自分に、段々血塗れの美子が迫ってきて…。




「のっ、うおおおお!?」


ガバリと身を起こそうとしたスバルは、なにか重しで押さえつけられたような感覚を感じる。

すぐさま原因に気づいたスバルは、自分の腹に乗っかった足を払いのける。ついでに、夜寝た時は別々の布団だったはずなのに、なぜかもぐりこんできている水樹の頭を叩く。

けっこうな威力で叩いたはずなのだが、スピスピと水樹は幸せそうな寝顔で眠り続けている。無性にイラついたスバルは、水樹の腹に蹴りをいれた。


「つぅか、なんで山崎…?しかも血塗れ?」


何だったんだ?と理解できそうにもない己に降りかかった悪夢を振り返る。

なんだか悪い予感を感じ取り身震いする。


「んー…も、くえねーよ零姫」


幸せそうに眠る水樹から実に幸せそうな寝言が放たれ、スバルが纏っていた空気が霧散する。


「…あほらし」


次は顔か…、顔だよな。


「あ、油性ペン」


いいものを見つけた、とスバルは眼を輝かせて、机に無造作に転がっていた

油性ペンを手に取った。





しばらくして。


「傑作だ…」


やり遂げた表情のスバルが、まだ寝ている水樹を見下ろしていた。


「水樹君にスバル君?入っても平気かな?」


そっと、ドアが叩かれ零か声をかけた。


「おう。水樹はまだ寝てるがな」

「じゃあ、入るよ」


美子と一緒に入ってきた零は、水樹の顔を見てしばし沈黙する。


「え、れー君どうしっ!フッ、フフフフ、アハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


水樹の顔を見た美子は、腹を抱えて爆笑。


「いや、一体何があったの?」


呆れた視線を向けられたスバルは、笑顔を作ってサムズアップする。


「むしゃくしゃしてやった。後悔も反省もしていない」

「そっか。それにしても…フフ」


肩を震わせて小さく零も笑う。

顔中の至る所に落書きをされた水樹は、それでも幸せそうに爆睡中。


「幸せそうに寝てんな、オイ」


いい加減起きろバカが、と低い声をだしてスバルが水樹の脳天に本を振り落す。


「どこから出したんだい、その本」

「そっから」


フギャッと情けない悲鳴を上げて水樹は目を覚ました。

途端、零と目が合う。


「うわっ!?」


これまた情けない悲鳴を上げ、水樹はベッドから滑り落ちる。


「…おはよう」

「お、おおはよっ!」


上から降ってきた零の呆れ声に、水樹は頭をさすりながら返した。


「フッ、フフ、フフフフ」


色々とこみあげてくるものがあった零は口元に手をあてて水樹から視線を逸らし、笑い出す。

美子もいまだに笑い続けているわけで。


「…なんで笑われてんだ、俺」

「鏡見てこい、鏡」

「お、おう」


バタバタと走りながら水樹は、鏡を見に行った。


「…フフフ」


しばらくすると、水樹が消えた方から盛大な叫び声が響き渡った。もちろん、水樹の。

3人はさらに笑い転げることとなる。

笑いが収まり、深呼吸を一つ。それでもまだ美子はヒーヒー苦しそうに笑っている。どうやら壷ったらしい。それも相当。


「ざまぁみろ」

「…なにか水樹君に恨みでもあるのかい、スバル君?」

「特にない。いい遊び…ゴホン。友人だぞ?」


言い間違えた、とスバルは言い直す。


「そう」


深く言及はせず、零は頷いておく。

ピピピと音が鳴り、零の通信端末が自動展開した。

何事だろうか、と不思議がりながら零はそれに目を通していく。


「ちょ、おい!!」


ドタドタといたずら書きを落とした水樹が部屋に駈け込んできて、ベッドに座るスバルへ詰め寄る。


「お、落ちたのか。よかったな」

「良かったよ!じゃなくて!どういうつもりだよ!?」

「え」


どういうつもりって、だってそういうつもりじゃないか?とスバルは首を傾ける。


「水樹君、スバル君。ちょっと用事ができてしまったようだから、僕はこれで帰ることにするよ」

「えっ、れー君帰っちゃうの!?」

「うん。仕方ないかな」


途端笑いを引っ込めた美子の頭を零は軽くなでる。


「そっか…。じゃあ、また明日だな!零姫!」

「…うん、また明日」


少し、返事に間を開けた零を不審がる水樹だが、特に口には出さなかった。

ヒラヒラと手を振って、零は水樹の部屋を後にする。



水樹の家から出て、少し歩いたところで零は足を止めた。


「…」


前から歩いてきた、ド派手なピンクの羽扇を持ったグラスマーな女を見つけ、零は嫌そうに顔を顰める。もっとも、女に気づかれたら睨まれること間違いなしなので、わからない程度に、だが。


「おはよう、当主様」

「…おはようございます、月川様」


香水の匂いがきつく漂うほどに詰めえよられた零は、無表情を作り、彼女へ挨拶を返す。


「愛奈の『お願い』、聞いてくれるよねぇ?」

「…はい」


何を『お願い』されたのかはわからないが、零はただ無表情で頷く。


「壊されたくないでしょう、今の関係」

「…」


少しだけ、悲しそうな顔をして俯き、零は無言を貫く。


「零王は私のも・のなんだから、黙ってみてなさい当主様」

「…わかって、ます」

「じゃあ『お願い』したからねん」


ルンルンと月川は来た道を引き返していった。

残された零は、ため息をつくと月川とは反対の道を真っ直ぐに歩いていく。


『コール。聞こえてる、当主?』


ザザッとノイズが若干混じった少年の声が、通信端末から流れる。


「聞こえてる」

『じゃあ、指示を出していくからね』

「…了解」


声の主が出していく指示に従って零は学園都市を疾走する。


『体力は温存してね』

「誰に言ってる」


忠告に零はムッとした表情を作り、虚空を睨みつける。


『当主だよ。僕の大事な当主』

「…そう」

『おしゃべりはここまでにして。…そこの家』

「了解」


短く返事をすると、零は声が指した家の中をそっと覗き込む。

中には青年が一人拘束されていた。部屋の中央に置かれた椅子に座らされて縄で縛りつけられ、猿轡、目隠しをされている。


「…えぐいことを」

『あ、ちょ』


ブツリと一回通信が途切れた。不信に思った零は行動に移さず、その場で待機する。

しばらくして通信が再びつながる。


『当主様。同じ道をたどらせたくなかったら、大人しく愛奈たちの言うことを聞いてね』


流れてきた声は、月川のもの。ピクリと小さく肩を震わせて、声には震えを出さないよう慎重に零は答える。


「…わかって、ます」

『…全く、割り込みは勘弁してもらいたいよね。じゃあ、当主』



―――――――――――ヤっちゃって。


だされた指示に零は顔色一つ変えず頷く。


そして、窓ガラスを蹴り割り、部屋の中へ入る。


「…こんばんは、不幸な玩具」

「っ!?」


零は、拘束される男の目隠しを外した。男の黒い目と、零の目が合う。すがるように見てくる男を安心させるように、零はニッコリと笑った。


「大丈夫だよ、月川愛奈の玩具。僕が、終わらせてあげるから」

「っ、っっ」


何かを放そうとする男だが、猿轡を噛まされているので音にはならない。


「永遠に、おやすみなさい」


零の右手を白光が覆う。

作った笑顔を浮かべ、零は右手を男の心臓めがけて突き刺した。


「っ!」


信じられない、という表情で男は零を見上げた。

ゴフリ。男の口から血があふれる。

頭を下げて動かなくなった男に、零は息を吐きだす。


「ミッション完了」

『オーケー。そのまま帰っておいで。…ああ、零王の家で良いからね?まだ、本家に戻るには早すぎるよ』

「…了解」


通信をかけてくる少年の言葉を肯定して、零は部屋を立ち去る。




零王の家へ戻る。

人通りが少なく、静かなそこに零はどこか安堵に近い感情を感じる。


「おう、楽しかったか?」


家に入ると、玄関に零王が待ち構えていた。

おそらく能力か何かで、零の帰りを察したのだろう。


「うん、まあまあ。零王は、仕事捗った?」

「…まぁな?捗ったっちゃあ捗ったぜ?」


あいまいな返事を零王は返した。

それに零は首をかしげてから零王の隣をすり抜けて部屋へ向かおうとする。


「……放り出したっていいんだからな?」


その背中に零王は声を投げかけた。


「アハハ、なんのことだよ零王」


いつも通りの作り笑いを見せ、零は去っていく。





パシャリと顔を洗う。髪にかかった雫を振り払い、そばにあるタオルで顔を拭く。


「……放り出してもいい、か」


タオルを置いて、寝室へ戻る。窓を開け放ち、空気を入れ替える。

そんなこと、できるわけないのに。もう、遅いのに。

結局のところ、この手はすでに血にまみれているから、放り出したところで今までやってきたことが消えることはない。

一体どれくらいの人数を、始末してきたのだろうか?


「5年の間に、僕は知りたくないことを知り、やりたくないことをやり、捨ててはいけないナニカを捨てた」


諦めるということを知り。…そう、たとえば。いつの間にか、人殺しに慣れてしまった自分、とか。抜け落ちただろう感情の一部、とか。


「どうして、なんだろうね。水樹君といるとソレを忘れていられるから、怖いよ」


フッと軽く息を吐きだして、零はベッドへ倒れこんだ。

後、1日で水樹君との約束は終わる。

楽しませてもらった、なんて返事をしてしまえば、宿題を手伝わないといけなくて、付き合いは続いてしまうけど。


「僕はそんな返事しないよ」


そういえばなんで僕はこんな提案を水樹君にしたんだったか…?

そもそも論を考えながら、零の意識は沈んでいった。


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