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第24話

4日目。


ウロウロ。




「…」


ウロウロウロ。


「零姫?」


落ち着かない様子で部屋の中を行ったり来たりしていた零に零王が紙をめくる手を止めて声をかけた。

ピタリと零は足を止めて零王の方を向く。


「…さっきから、何うろうろしてるんだ」


ちょっとばかり不機嫌そうな零の顔に、コイツ何怒ってんだ?と内心首をかしげて零王は問いかける。


「ウロウロなんてしていないよ」

「ふぅん。ならいいんだけど」


再び零王は手元に視線を戻す。




ウロウロ。


「…おい」


ウロウロウロウロ。


「用が無いなら出てけ」


うろちょろする零が視界に入りすぎて目障りになった零王は、零の襟首をつまんで部屋の外に放り出す。


「何やってんだ、アイツ?」


ふと壁にかかった時計を見た零王は、もう12時なのかと驚く。それと同時に零が落ち着きのなかった理由にも気づく。


「らじょー君、今日はまだなんも言ってきてないってか」


進歩だな、進歩。零姫が他人の動向を気にかけるようになるなんて、と零王は感慨深く思う。





放り出された零は。

モヤモヤとした気分を味わっていた。


「…」


何というか落ち着かない。こんな気分になったのは初めてで、どうすればいいのかわからない。

むすーとした顔で、自室に戻り本を読むことにした。解決の先送り、ともいう。

しばらくすると机に備え付けられている通信機の電源が入り、水樹から着信があることを告げた。


『おっす零!』

「…やぁ水樹君」


人の気持ちも知らないで元気そうにしやがって!と恨みを込めて水樹を睨む零だが、水樹には伝わらず。


『今日はな、花火大会があるんだ!だから、6時ぐらいに迎えに行くな』

「…わかった」


コクリと小さく零は頷いて、通信を遮断しようとして水樹に止められる。


『あとさ、浴衣!浴衣あったら着てくんね?』


パンパンと手を叩いて水樹は零を拝む。


「どうして?」

『割引してくれるもんがあったはずなんだ』

「…そう、いいよ」


そうじゃなくて自分が見たいだけなんだけど、とは口に出さず水樹は零を騙しきった。








18時。


「零姫!似合ってる!」


今日の零の浴衣は、白い生地に水色の蝶がちりばめられた模様で、帯は蝶と同じ水色。

簪は小さ目のトンボ玉が着いた銀のモノ。

よく似合ってる、と水樹は称賛する。


「ありがとう。…水樹君はTシャツ短パンなんだね」


なんだかよくわからない柄Tシャツに、黒い短パンの水樹を零は呆れた目でざっと上から下まで眺める。


「おう!動きやすいだろ!」

「そうだけどさ」


わかってないね、と零はため息を吐いた。

なんだ?と内心首をかしげて水樹は、零の手をつかみ歩き出す。


「じゃ、行こうぜ!たこ焼き食ったりかき氷食ったり!」

「食べることしか考えてないんだね」

「写真撮ったり」

「…そう、だね」


食い気しか聞いてなくて呆れていたところにいきなりの提案だったから、零は少し照れた風に笑う。


「かき氷食おう!」


土手を歩いていて発見したかき氷の屋台へ水樹は零の手を引いて突撃する。


「かき氷2つ!」

「はいよ」


トンとかき氷が出され、水樹はいろんなシロップをかけていく。


「見ろ零姫!7色~」

「…解けた時がすごそうだ」


零はそれを傍目に、レモンシロップをかけていった。




かき氷を食べながら歩くこと5分。土手の道路を挟んだところにドンと構えるビルの中へ警備員に止められることなく水樹は入っていく。つまりは顔パス状態、である。それもそのはず、このビルは羅城家が私有するビルだからだ。建てられた目的も豪快で、花火大会を場所取りせず、混雑した場所で見たくないから、といったもの。


「ここ穴場なんだぜ」

「穴場って言うか…誰も入れない、じゃないの?」

「ま、それもそうだ」


そもそもそのために建てられたビルですから。水樹も零もそのことは知らないけれども。


「あ、始まった」


ドォン、ドォンと花火が打ち上げられていく。

見るのいつくらいぶりだろう、と零は手すりに手を置いて花火を見る。


「な、……?」


水樹が零に声をかけるが、花火の打ち上げ音でかき消されて聞こえない。


「…え?」

「あ~…」


そっか聞こえねぇか、と水樹はしばらく頭を捻る。名案を思い付いたようでカメラをいそいそとポケットから取り出す。強引に零の肩をつかんで反対をむかせ、一緒に映るよう密着しピースサインして自撮りする。


「ちょ、…!?」


零が何やら叫ぶが花火に打ち消されて聞こえない。


「はい、もーいちまい」


ピース、ピースと水樹は零に促して写真を撮り続ける。

花火がうちあがる合間を縫って、零は水樹へ詰問しようとする。


「いきなり、なにす」

「零姫がかわいかったからつい」

「かわいくない!」

「むきになっちゃって可愛い」

「っ、うるさいよ水樹君!」

「最後のほうは楽しんでたくせに」


ホラこれ見てみ、と最後の方の零も一緒になって笑っている写真を水樹は零へ見せる。が、拗ねたようでプイとソッポを向いて零はかたくなに写真を見ようとしない。


「僕は楽しんでなんかいない」

「えー?まいいやそれで。あ、でけぇのあがるぜ」


ドンドドンと大きな音が空気を揺らす。


「綺麗…」


夜空に咲いた大輪の花に零の目は釘づけとなる。

よし、この隙に!と水樹は零の浴衣姿と、花火に夢中になって食いついている姿を写真に収めて行った。

残念なのは横顔の写真しか取れないとこだけど…ま、しかたないよな。


「そうだ、この後花火でもやるか?」


こうなりゃ何としてでも真正面から撮ってやる、と水樹は頭を回転させていく。とりあえず零が浴衣を着ている時間を伸ばそうとする。


「ん?」

「花火買って,零王んちで花火大会」

「いいんじゃない?」


っしゃ!真正面から撮れる可能性があがった!と水樹は内心小躍り。

線香花火のときとか大チャンス過ぎてどうしよう。


「あ、ラストだ」


大きい花火が連続で上がっていき、大きな花を夜空に咲かせる。

そして、それ以降花火は上がらなくなる。硝煙が風に吹かれて夜空をたなびく。

どこか寂しい気がする。名残惜しげに零は空を見上げた。


「零姫?また、来年も見ような!」


零の考えていることが察しれた水樹はニパッと笑いかけた。ドキリ、と零は胸を高鳴らせたが水樹に悟られないように困ったような笑みを浮かべる。


「来年、ね。来年も暇があったらいいんじゃない?」

「じゃ、花火買おーぜ」


零の手を引いて水樹はダッシュする。


「ちょ、水樹君!僕浴衣!浴衣なんだってば!走らせないでくれる?」

「あ、わりぃ」


前もこんなことやったな、なんて懐かしく思いながらも水樹はスピードを落としてゆっくりと歩く。





零王家の前。


「れいおー!」


窓をドンドンドンとしつこいくらいにたたいて水樹は横着にも外から零王を呼びだす。


「うるせぇ!そう叩くな聞えてるわっ!」


バンっと零王は予告なく窓をいきなり押しあけて、叩いていた水樹の顔面へ強打させる。


「いたそ…」


ま、自業自得だけどね。と零はこっそりと付け足した。

後ろへ倒れた水樹は鼻をさすりながら起き上がる。


「花火やろ花火!」


ガサガサと落ち着きなく水樹はスーパーの袋から花火セットを取出し零王へ見せる。


「おまえは小学生かっ!落ち着けよ」


勝手にやりゃいーだろやりゃ、と零王は投げやる。


「零王も一緒にやろうぜ!」

「俺は忙しい」


すげなく零王は水樹の誘いを断った。


「ちぇ」


つまらなそうに唇を尖らせると、水樹は花火セットを破り開けた。

じゃ、これやろー。水樹は軽く声をだすなり、手に取った花火へ能力で火をつけ零王に向けて放つ。


「うぉ!?」

「水樹君!?」


咄嗟にガッと窓を閉めて火花を防ごうとして風の抵抗にあい、零王は窓を閉められなかった。それが水樹の仕業だと察し、舌打ちを盛大にかますと、窓から外へ出る。


「わかった。やりゃいいんだろ?」

「っしゃ、勝った!」


押し負けた(?)零王へガッツポーズ。


「なんの勝負をしていたの。危ないだろ水樹君。零王じゃなかったら凄いやけどだったよ?」

「零王だからやったんだよ」

「おお、なんだか嬉しくない信頼!じゃ、俺もらじょー君だから遠慮なく」


そういうなり零王はそばにあったロケット花火をつかんで、水樹へ打ち込んだ。

零王は常に発動してあった能力のおかげて無事だったとはいえ、恨みが無いわけではなく。

笑って流せるほど大人でもない零王は、し返すことでチャラにする。


「ぐっほぉ!?」


腹に直撃した水樹は少し吹っ飛ぶと、地面へ倒れて動かなくなった。


「水樹君!?」


悲鳴を上げて、零は倒れ伏す水樹へかけよった。

俺のときは水樹の行動を責めるだけで、俺自身の心配はしなかったのになんだよこの差。と零王は憮然とする。

あれか?バカな子ほどかわいいって奴か?どうなんだ?


「ぐっ…い、いいファイトだった、ぜ」

「あ大丈夫そうだね」


サムズアップして顔を伏せた水樹に、零は見切りをつけると地面に散らばる花火を興味深げに眺める。


「ちょい零姫離れて」


零王が零の肩を抱きよせて花火から離し、一気に着火させる。


「危ないのでいい子はやらないようにしましょう」


死に物狂いで火花を掻い潜って零の元へ戻った水樹は、道路が焦げている気がして思わずつぶやいた。


「水樹君?頭でも狂っ…ああ、もう狂ってたねごめん」

「そんなことねぇよ!バカだけど、狂ってはいない!」


零に可哀そうなものを見る目で見られた水樹は必死で違うと首を横に振る。


「で、零王。何を考えていきなり…」


水樹を無視する形で流した零は零王を白い目で見つめた。


「いや、俺じゃない」


これまたあっさりと零王は否定する。

いやウソだろ、と水樹は思うが空気を呼んで口に出さない。


「じゃあ、誰がやったって…まさか」


分家の誰か?と零は思い当たって顔色を悪くした。


「いや、それも違う」

「じゃあ誰」


思い当たらないんだけど焦らさないでさっさと言ってくれない?と零は零王を睨みつける。


「美子だよ美子!!れー君ったら、水樹のバカ野郎とずっとイチャイチャしててズルい!美子も混ぜてくんなきゃ…ドーンだよっ」


ピョコンと道路の横の生垣から顔を出したのは美子。

キャハッと星が見えそうなテンションで、美子は零に飛びつく。


「や、やめっ…」


ワタワタと零は浴衣姿というハンデを抱えながらも美子から逃げる。


「美子?なんでここに」

「れー君センサーなめんな!!」

「なめてねぇよ」


ってかなめられねぇよ…。呟いた水樹の声は誰にも反応されず、宙へ掻き消える。

追い詰められた零は、零王の後ろへ素早く隠れる。


「れーおー覚悟っ!れー君を渡せっ!さもなくばれー君を渡せ!」


キシャーと気勢を上げて飛びかかってきた美子に、零がヒッと息を飲んで零王の袖を握りしめしがみつく。相当怯えている。


「言ってる内容変わらないからな?落ち着け」


冷静に零王はヒラっと手を軽く振って美子を転移させた。

ほっと零は息を吐きだして、零王の袖を放す。


「どこへ飛ばしたんだよ?」

「山崎の自室」

「…そ、うか」


なんだかよかったのかよくないのかどうなんだろう?と水樹はどうでもいいところを悩む。


「さ、気を取り直して…ああ、線香花火しか残ってないな」


燃え尽きてしまった花火を見て、零はちょっと眉を下げてしょんぼりする。


「また、来年!来年やろうぜ」

「そう…だね、水樹君」


ポンポンと零王に頭を叩くようになでられ、零は困ったような笑みを見せた。


「だから、線香花火やろうぜ」


写真撮るチャンス―!!と内心ウハウハしながら水樹は零に線香花火を渡す。


「ん」


どこからか零王が取り出した水の入ったバケツの上に屈んで、零は線香花火に火をともす。

真剣に線香花火を見る姿を水樹は連射していく。

パチバチパチパチパチバチバチバチ。火花の音と光にいい感じに紛れて、零には気づかれず。ガッツポーズ。


「零姫、何ガチになってんだ」

「いいじゃないか、たまには。こうやって燃え尽きていくのを見ると、人の命の儚さが…」

「お前、そっち方向につなげるの縁起でもねぇからやめろ」

「まぁ、それは冗談として。水樹君、後でそのカメラ没収ね」


道を歩くだけで写真を撮られる零が、水樹が写真撮っているのに気付かれていないわけがなく。

ボトリと落ちた線香花火を残念そうに見てから零は、水樹へ告げた。


「やっ!?だめだめだめ!」

「盗撮って犯罪なんだよ」

「零姫、一気に5本」


話を逸らすように零王が零へ5本一気にまとめて火をつけた線香花火を見せる。


「うわ…結構大きくなるんだね」


零の意識は、零王の目論見通りカメラから離れた。大きなだまになって火花を散らす線香花火を零は興味津々で見つめる。

零王は水樹に視線で、早くカメラをしまえ!と訴える。それに気づいた水樹は、慌ててカバンの中へカメラをしまいこんだ。

グッと2人でサムズアップしあう。


「どうかしたのかい?」

「いや、何にも。な、らじょー君」

「応とも!なんでもないさっ」


明らかに何かあったんだろう、そしてそれはおそらくカメラのことだろう、と零は覚った。やり遂げた感満々な2人の様子を見て、特に何か言うべきではないと判断し、流す。


「…ふぅん」

「そうだ、3人で一枚だけ写真でもとっておくか。記念に」


パっと零王が手を翻すと、手の中に一眼のカメラが現れた。


「零王の能力ってなんなんだ?」

「内緒。お、ちょうどいいところに」


通りかかったメイドに零王はカメラを押し付け、写真を撮るよう頼む。

メイドが構えたカメラに映るよう、3人は零を真ん中にして並びポーズをとる。



「はい、チーズ」


パシャリとフラッシュがたかれ、写真が撮れた。

メイドからカメラを受け取って、撮った写真を確認した零王は顔をにやけさせる。


「どうかしたの、零王?」

「いやいや、なんでもないさ」


にやけた頬を元通りに戻し、零王は首を横に振る。

絶対何かあったと怪しむ零だが、都合の悪そうなことなので深く突っ込みはしない。

水樹は、零が笑っていたに違いない!と見当をつけ、零王に写真をねだる。


「後ででいいから一枚刷ってくれ!な?」

「わかってるとも、らじょー君。零姫にも渡すからな」


ポンポンと親しげに零王は水樹の肩を叩いた。


「じゃ、今日はこれで解散な!零姫、また明日!」


時計を見た水樹はいけね、もうこんな時間!と慌てる。


「そうだね水樹君。また明日」

「じゃあな!!」


元気良く手を振って水樹は走り去った。

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