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第15話

夏祭りが開かれている地区。祭り特有の熱気があふれる。

綿あめやじゃがバター、お好み焼き、焼きそば…などの食べ物系の屋台が並ぶ通りへ2人は最初にやってきた。


「水樹君、アレは何?」


ひときわ目を引いたものを指して零は隣を歩く水樹へ尋ねる。


「おまえって変なところで世間知らずだよな。リンゴ飴っつうんだけど、しらねぇ?」

「看板にもそう書いてあるね。おいしいのかい?」

「食ってみりゃわかるだろ」

「僕はお金を持っていないんだけど。君が気違いな方法で連れ出したから」

「いいって、俺がおごってやるよ!」


よし!と気合を入れて水樹はリンゴ飴の屋台へ零を引っ張っていく。


「おっさん、リンゴ飴1つ!」

「300円だ。彼女か?イイねぇ、若人は」

「バッ、んなわけねぇよ!」


300円を財布から手に出して、叩きつけるように冷かしてきた店主へ渡し、水樹はリンゴ飴を受け取る。


「ほら、食ってみろ!」


水樹は後ろに立つ零へリンゴ飴を押し付けた。

シゲシゲとリンゴ飴を珍しそうに眺めた後、零はパクリとかぶりつく。

モグモグと零がリンゴ飴を咀嚼していくのを見つつ、なんかうまそうなの無いかなぁと水樹は歩き出す。


「…リンゴと飴だね」


微妙な顔をして、リンゴ飴を食べ終わった零は水樹へ言った。


「うまいか?」

「他のリンゴ飴を食べたことがないから、評価はしにくいけれど…おいしいんじゃないかな?」

「そっか」


ニコニコと嬉しそうに水樹は笑う。

何がそんなにうれしいのだろうかと零は考えてみるが、全く分からない。それが少し悔しくて、直球に尋ねてみることにする。


「そんなに笑っているけど、何か嬉しいことでも?」

「えっ?い、いや!零姫と祭りに来れて良かったな、って」


零姫、と水樹によばれた零は一瞬ドキリとしてから慌てて表情を取り繕う。


「あ、そ、そうだね」

「焼きそば!」


キラキラと子供っぽく目を輝かせて水樹は焼きそばを買いに行く。


「見てて飽きないよね」


おいてかれる形となった零は、フフと微笑して水樹の後を追う。


「お、零も食うか?」

「え?いや、別に。リンゴ飴を食べたし、いらないよ」


零は断るが、焼きそばを頬張った水樹に不思議そうに首を傾げられ、どうしようこのバカ…と悩む。


「次は、射的とかんとこ行こうぜ」

「いいんじゃないかな?っと…」


零は人にぶつかってこけかける。


「危なっかしいな、零姫は」


サラッと零姫と言えるようになってきた水樹は内心ほくほく顔。


「…その手は、なに?」


目の前に差し出された水樹の手を零はジトーと見る。


「なにってつなぐんだよ。見失っても困るし」


グイッと強引に零の手を取ると、水樹は空になった焼きそばのパックをそばのごみ箱に投げ入れ、別の通りへ移動する。


「射的、やってみるか?」


キョロキョロとあたりを見回した水樹は、お目当てのものを見つけた。

一回分の代金を払いながら、零にも一応聞いてみる。


「やらないよ。お金が無駄だと思わないかい」

「…それは零姫だけ。後失礼だから、謝れよ」


水樹はやっぱ零ってズレてるとこあるよなと思う。


「そ、そういう意味で言ったわけじゃなくて!…うう、その、僕は射的とかやったことないから当てられないんだよ。だから、無駄になってしまうだろう?」


水樹に呆れられたと感じた零はあわてて弁解する。


「…まぁ、いいんじゃね?やってみればいいのに」

「だから、やらないよって言ったよね」


ちょっとしつこく進めてきた水樹に零は困ったような笑みを見せる。



「《風操り》」


隣でカップルが射的を始め、挑戦している彼氏が能力を使っているのを見た零は、弾を込める水樹に尋ねる。


「能力を使うのはありなのかい?」

「そりゃここは学園都市だぜ」


当然だろ、と水樹はドヤ顔を披露する。


「…それで儲かるのかな?」

「さぁ?でも、ま能力使ったところで簡単に取れるようにはなってないから」


彼氏の放った弾が外れるのを見てザマァと嘲りつつ、水樹は見事に的へ命中させる。


「凄いね、水樹君」

「ありがと、零姫」

「バカな君に、意外な技術だ…。おっと、ごめんね水樹君。褒めているんだよ」


思わず漏れた失言に零は口を覆って水樹へ謝る。


「…可愛いから許す」


ムッとしつつも、零がかわいかったので水樹は特に言及しないことにする。可愛いのは正義だから。

パシパシと連続して水樹は的へ命中させて景品を落としていく。


「やってみるか?」


ラスト一発を、水樹は感心したように見てくる零にやるか聞いてみる。


「そうだね…でも、僕があてられるかはわからないし、教えてくれるかな?」


水樹から銃を受け取った零は、少し考えてから指南してほしいと頼む。


「いいぜ!こうやって…ここを持って、そんでのぞき穴を除いて的を狙って」


零の手を取りつつ水樹は体勢をそれっぽくしていく。自然と体が密着するが、水樹は気にしない。


「どれねらうんだ?」

「ん、あれかな」


比較的手前の方に設置してあるストラップを零は指す。


「当たるといいな」

「…バカにしないでくれるかな」


水樹の言葉に気を害した零は、むくれながら弾を打ちだして的に命中させた。


「凄いじゃん!」

「ありがと、水樹君。…近いんだよね」


距離が、と零は水樹が気づかなかったことを指摘する。


「のぁ!?ご、ごめん零姫!」

「僕と近いのは嫌だったの…?」


大げさにのけぞった水樹に悪戯心が刺激された零は、悲しそうに瞳を潤ませて水樹を見上げそっと手を胸の前で組む。


「そ、そういうつもりじゃ!」


ひったくるように景品を受け取ると、水樹は周囲の視線が痛くなりその場から零の手を引いて逃げ出す。






















祭り会場の中心から離れると、人気もまばらになってくる。

そんな中を水樹は零の手を引いて走っていた。


「お、水樹じゃないか」


たこ焼きをほおばるスバルに声をかけられてようやく、水樹は足を止める。


「スバルか!お前、約束破ったな!!」


ゼェ、ゼェと呼吸をして、零は息を整える。ついでに走っている中で乱れた浴衣も整えておく。


「すまん、忘れてた。隣の美少女は…、は?」


零を見たスバルはフリーズする。


「水樹君、速い。それにどこまで行くつもりだったんだい」


固まったスバルのことは無視をして零は水樹へ文句を言う。


「悪い、悪い。ほら、零姫が落とした奴」

「あ…もうそれ水樹君にあげるよ。僕が持っていても使わないし」


水樹の髪の色と同じ金色の鳥が先にぶら下がるストラップを零は水樹に押し付ける。


「って、やっぱり月野か!?月野なんだな!?」


やっと硬直から抜け出したスバルが零の肩をつかんで確かめた。


「ちょ、っと大声で叫ばないでおくれよ。ここでは、零姫で通すつもりなんだから」


シィと口に手をあてて零はスバルを宥める。


「な、なんで月野…悪い、零姫が水樹と一緒に?」


ついつい、いつも通り呼びかけたスバルは零に謝ってから、呼び名を変えた。


「成り行き上、だよ。水樹君ったら本当に強引なんだ。僕はいやだって抵抗したのにひん剥いて…」

「それは風香だろ!俺じゃねぇ!」


スバルに、まさかお前…と信じられないものを見るような目で見られた水樹は首をイヤイヤと横へ振って否定する。


「冗談はさておき、まぁそういう訳なんだよスバル君」


どういう訳なんだと突っ込むことはせず、スバルは零をじろじろと上から下まで眺める。


「美人だな…」

「ありがとう、とでも言っておくべきかな。スバル君は独りで何をしていたの」


コテンと首をかしげて零はスバルに礼を言った。


「ブラブラと適当に歩いていたんだが、面白いものも見られたし今日は帰ろうかと思い始めたところだ」

「面白いモノ?」

「そこでむくれてる水樹かな」


スバルは零の後ろで面白くなさそうに小石を蹴っ飛ばしている水樹を指した。


「え?あ、本当だ。どうかしたの水樹君?」

「零姫、俺が褒めた時はなんも言わなかったくせに」

「いつ褒めたの?」

「最初!いっち番最初に褒めただろ!?」


気づいてすらもらえてなかったの!と水樹はショックを受ける。


「あ、そうだった?ゴメン気づかなかった。じゃあ、ありがとう水樹君、だね」


ニコリと笑った零に水樹は見惚れて、返事をし損ねる。


「…水樹君?」

「あ、ああ!!べ、別にこのくらいいつだってしてやる!」

「ほんっと見てて飽きないよな、水樹は。じゃ、俺は邪魔なようだし…また新学期な」


ヒラヒラと手を振ってスバルは通りの向こう側に歩き去って行った。


「何しにきやがったアイツ!!零姫次はどこ行きたい?」

「んー…そうだね、ヨーヨーすくいって面白い?」


小さい子が嬉しそうにヨーヨーをついているのを見て、零は水樹へ尋ねた。


「…どうだろ。楽しい、のか?それなら金魚すくいとか」

「それは、だって僕は金魚を飼える環境で暮らしていないから無理じゃないか」


何を言ってるんだい、と零は水樹を呆れて見あげる。


「そ、それもそうだったな。じゃあ、綿あめ喰うか?」

「そんなに僕がおなか減っているように見える、ッ!?」


腕を組んで水樹を睨みつけた零の背中に小さな金髪が飛び込んできた。


「れー君!れー君hshs!!キャア、キャ―――!!」


鼻息を荒くした美子が、零の背中から正面に移動して胸に顔をうずめる。


「ちょ、美子!な、なな何を!」

「れー君、れー君、れー君!!だぁいすきっ!」


ぎらぎらと欲望で目をたぎらせた美子に身の危険を感じた零は咄嗟に水樹へ助けを求める。


「水樹君助けて!」

「えっ、ど、どうやって…?」

「美子を引き離してっ!」

「お、おう!」


必死の形相で零に頼まれた水樹は、おもむろに美子の肩をつかむと渾身の力を込めてひっぺはがそうとする。


「れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君…」



「ゴメン、俺には無理だ」


引きはがせなかった美子の力にひきつつ、それ以上に美子のつぶやきが怖い水樹は、零から引きはがすことを断念する。


「れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君れー君」



「怖いからやめてっ!!」


ひたすら名前を連呼する美子に、零は心の底から叫んだ。


「ハッ!?あ、れー君だ!!」

「え…?」

「え?」


パっと顔を輝かせた美子に、今までの前振りはなんだったの?と零と水樹は唖然とする。


「れー君、かわいい!どうしたの?浴衣着ちゃって…ハッ、もしかして美子に襲ってもら」


本格的に身の危険を感じて、零はグイッと美子の肩をつかんで引き離す。


「そんなことないからやめて。美子は誰かと一緒に来たの?」

「ううん、ちがうよ。《れー君レーダー》が反応したからフラァとここまで来ちゃったんだ」

「…こえぇ」


こえぇよ、その探知能力。しかも零限定なんだろ?よりこえぇ…。と水樹は戦慄を覚える。


「え、っと…そっか。そ、それは何より?だよ。じゃあ、その、僕は水樹君と用事があるから」


はたしてこの反応で会っているのか疑問に思いながらも零は美子に返事をして、水樹とその場を離れようとする。


「えー。れー君一緒に回ってくれないのぉ?美子を一人にするって言うの?」

「え、ええ?ぃや、だ、だって…そんなこと言われても」


拗ねた美子が眉をキュッと寄せて不満そうな顔をしたのに、零は困ったように水樹の方を見る。

その視線は、『このバカ、何とかしてくれない?』と訴えていた。


「俺には、無理だ…」

「そ、そうだよね。うん、仕方ない。どうしよう…」


トチ狂った美子とは一緒にいたくない零は、何とかして追い払おうとする。


「れー君、あのね」


悩む零に美子が声をかけた。


「何だい、美子?」

「美子ね、れー君の後ろに怒り狂った人が立ってるのが見えるよ」

「え?」


美子に言われて、零は後ろを振り向く。隣に立っていた水樹もつられて後ろを振り返った。


「当主?下らない人間と付き合う必要はないと言いましたよね」

「あ…。うん、そうだった、ね」


ニコリと笑って背後に立っていた月代に零は、ひきつった笑みを見せる。


「では、今すぐ帰りましょう。お遊びのお時間はここまでです。楽しかったですか?我々を欺けて」

「そ、そんなつもりは」


問答無用とばかりに零の腕を掴むと、月代は捻りあげた。

零は苦痛に顔をゆがませる。


「オイ!!」

「れー君に何やってるの!!」


水樹と美子が慌ててそれをやめさせようとする。


「っい」

「それなりの覚悟はしていることだ。…悪魔がわいた」


月代に耳元で囁かれた零は痛みに顔を顰めながらも小さくうなずく。

返事をきいてうなずいた月代はパっと零の手を放すと、無防備になった背中を蹴り飛ばす。零が倒れる直前に、地面に転移陣があらわれた。


「ごめんね、水樹君に美子。僕は、ちょっと用事が出来てしまったよ。…誘ってくれてありがとう、だね水樹君」


転移させられるなかで、零は水樹にだけ聞えるような音量で感謝の気持ちを伝えた。


「待てよ!」


続いて転移しようとした月代を水樹は呼び止める。


「なんだ」

「零は当主なんだろ!?もっと敬わなきゃいけないんじゃないのか!?なんで、あんな粗雑に扱うんだ?」

「羅城家にとやかく言われるつもりなどない。それに、魔憑きにおちた山崎家にも。我々の事情に首を突っ込まないでもらおうか。勇敢であることは止めないが…考えなしの勇敢者から死んでいくものだよ、バカどもが」


罵倒された水樹と美子は、言葉を失って月代が転移するのを止めそこなう。


「なっ」

「っ…」


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