『愛してる』はさりげない言葉
『愛してる』
「はいはい、私も愛してますよ」
律儀に『愛してる』と言ってくれるテッドにお返しです。
もう、朝から可愛いのですから。
「御飯はちょっと待っていてくださいね」
『愛してる』
でも最近テッドも身体が弱っているようなのですよ。
一緒に暮らして四〇年くらいになりますものね。
弱りもしますか。
私のほうを見ながら、まだオレは元気だぞと言いたげに翼をバサバサします。
テッドはオウムなんです。
オウムは海外植民地産の鳥で。
その賢さと美しさによって、本土でペットとして飼うのが大流行したのですよ。
ある日、テッドが買ってきて。
そう、私の夫の名前もテッドと言います。
「今日は菜っ葉とトウモロコシの他にイチゴがありますよ」
『愛してる』
「うふふ、嬉しそうですね」
テッドは果物が大好きですからね。
ゆっくり食べてくださいな。
夫テッドがオウムを買ってきたのは、結婚して四年目くらい。
隣国との戦争が始まると決まった時でした。
オウムに自分と同じ名前をつけ、『愛してる』という言葉を覚えさせ。
そして出征しました。
『愛してる』
「ごめんなさいね。イチゴはそれだけなのです」
『愛してる』
「もうすぐスモモの季節ですよ。テッドはスモモも好きでしょう?」
そりゃあ夫がいなくなって寂しかったですとも。
でもそのたびにオウムのテッドが『愛してる』と言ってくれました。
慰められましたねえ。
心の隙間を埋めてくれた気がするのです。
夫のテッドが小さな箱に入って帰ってきた時も。
息子とともに溢れる涙が止まらなかった時も。
何もやる気が起きなくなってしまった時も。
オウムのテッドが『愛してる』と囁いてくれたから耐えられたのです。
『愛してる』
「はしご遊びですか? テッドはまだまだ頑張りますね」
さっき身体が弱っているなんて思ったからかしら?
今日は一生懸命遊ぶと決めたようですね。
よちよちと脚を動かしています。
……正直夫のテッドの声は忘れてしまいました。
オウムのテッドの声に完全に上書きされてしまっていて。
でもいいのです。
テッドはテッド。
ちりんと玄関ドアに取りつけた鈴が鳴ります。
誰か来たようですね。
「母さん、こんにちは」
「あら、ウィル。いらっしゃい」
「やあテッド。イチゴ持ってきたんだぜ。食べてくれよ」
息子のウィルがやって来ました。
ウィルはとっくの昔に家庭を持って独立しているのですけれども。
私もテッドも結構な年齢なので、心配して時々様子を見に来てくれるのですよ。
「ありがとうね。私もテッドにイチゴをあげたのだけれど、食べ足りなかったみたいで」
「そうか、ちょうどよかったな」
一生懸命食べていますよ。
食欲はまだまだありますね。
「……テッドは母さんにしか『愛してる』って言わないだろう?」
「そうね」
「絶対意味わかってるよな」
かもしれません。
夫の遺志を継いでいるのかしら?
「オレはテッドのこと、弟みたいなもんだと思ってたけどさ。時々父さんのようにも思えるんだ」
「ふうん、どんな時に?」
「雰囲気かな。母さんのことは任せとけって言ってる感じがする」
私も夫の姿を重ねていることがあります。
ウィルにもそう感じられるのですね。
テッド、ありがとう。
「何てね。オレには父さんの記憶がほとんどないからかもしれない」
「出征の時、ウィルはまだ三歳だったですものね」
「ところで母さん。同居についてだけど、考えてくれたかな?」
少し前から、一緒に暮らそうと言ってくれるのです。
いつかはウィルの家にお世話になる時が来ると理解してはいます。
でも今住んでいるこの家は、夫テッドが私と暮らすために買った家ですから。
「……どうしても離れがたいのですよ」
「母さんが思い出を大事にしていることはわかってる。でもこの家自体も古くなっていることは理解すべきだよ」
家にもガタが来ているということですか。
ですよね。
ウィルの言うことは正論です。
「でも……」
「決心がつかない? 引っ越しは元気に動ける内にという考え方もあるけど」
またしても正論です。
テッドと暮らしたこの家を捨てたくない思いはあるのです。
が、自分の健康と体力に自信があるわけでもありませんし。
迷っていますと……。
『ベッツィー、愛してる』
「あれ? 今母さんの名前を……」
「もう、テッドったら!」
テッドが私の名前を呼んでくれるなんて、何十年ぶりでしょう!
覚えていてくれたのですね。
そして『ベッツィー、愛してる』って、夫テッドがこの家を買った時、初めて言ってくれた言葉なの。
驚きとともに訪れる魂の震え。
まだまだ平気だ、この家で暮らそうと、テッドが言っているように思えます。
「……テッドが世帯主みたいだ」
「やっぱりもう少しこの家にいるわ。テッドと一緒にね」
「やれやれ、仕方ないね。また来るよ。テッド、母さんを頼んだぞ」
任せろ、といったふうに翼をバサッとさせてウィルを見送るテッド。
こっちを向いて、クリッとした目で優しく見てきますよ。
頭を撫でろってことですか?
はいはい、指でコリコリしてあげると満足そうですね。
「もう少し、二人で暮らしていきましょう」
『愛してる』
最近あんど もあさんの『「愛してる」はさよならの言葉』https://ncode.syosetu.com/n8488ly/ という短編を読みまして。
何の変哲もないのにハートフルなんですよ。
直球は強いなーと、心が揺さぶられて睡眠不足になりました。
どうしてくれる(笑)。
自分もこんなお話を書いてみたいと思ったのです。
オウムが死んでベッツィーが感謝するというラストにしようと思ったのに、書いてる内に変わっちゃいました。
オマージュで書いてたつもりが、共通点が『愛してる』だけになりましたね。
よくあるよくある(笑)。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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