海の上で
目を開けると僕は海の上にいた。
あたりを見渡しても舟もなければ、島もない。
もちろん人もだ。
あるのは終わりなく広がる水と、静かな波の鼓動だけだった。
空と海との境はぼんやりとしていて、昼なのか夜なのかもわからない。
立ち止まっていてもしょうがないと思った僕は、水の上をひたすら歩いた。
驚くことに濡れもせず、沈みもせず、靴音もない。
ただ波紋だけが広がり消える。
僕は病気で足を使うことができない。
久しぶりに自分の力で歩くことができて僕は歩みを止めなかった。
ふと、足元が気になった僕は、下を向いた。
よく目を凝らしてみると、水の中に白い人影が見えた。
それは懐かしいあの子に似ていた。
長い髪をたゆたわせ、目を閉じて海の底に沈んでいた。
いや、沈んでいるのではなく、あちらが本来の世界で、僕のいるこの上の世界こそが仮のものであるような気がした。
気づけば僕は彼女に手を伸ばしていた。
もう少しで手が届きそうなところで彼女は泡となって少しずつ消えていっていた。
僕は必死に泡をかき集めながら彼女の名前を聞いた。
声は水に溶けてしまい、彼女の体も完全に消えてしまった。
次の瞬間、私は海の底にいた。
不思議と息は苦しくなかった。
まわりを見渡すと何千という貝殻が並び、それぞれに一つずつに僕の何かが入っている様に見えた。
ひとつひとつ眺めていると、僕の中に何かが戻っていくのを感じた。
けれど何かモヤがかかっていて考えると体がそれを拒否する様に動かなくなった。
僕は諦めて、なんとなく貝殻を眺め続けた。
ふと奥の方に目を向けると、一際輝く貝殻を見つけた。
触れないといけない気がして触れてみた。
触れた瞬間にどこからか声が聞こえてきた。
懐かしい彼女の声だった。
何を言っているのか分からなかった。
だが、なぜだか涙が溢れてきた。
涙に気づいた時には、再び海面に立っていた。
手には貝殻があった。
耳に当てると波と音と、微かに彼女の声が聞こえた。




