七十九話 幻想と語らいは日の終わりを知らしめる
幻想の夢のように、淡い泡が簡単に消えてしまう雰囲気を纏わせる女性達が織りなす誘惑の幻。
夜の明かりは、星の代わりに宝石の反射が、月の代わりに灯火が静かな主張をしながらも気品を強め、幻想を現実にする力を持ち合わせている。
視界は小さな灯り達と、少し霧のように部屋に甘い香りを漂わせる焚かれる香料が、本当の意味で匂いと視界を支配し、現実を夢に、幻を現実へと書き換える。
素直な色気を出すよりも神秘的で特別な時間だと錯覚させられる……だから金持ち達が大金を払っても仕方がないと思わせる程に、視界と匂いを支配する。
それだけならまだ良かったが、美女達が肌を露出する格好で踊り、心を落ち着かせるような静かな曲が耳を支配する。
幻想と現実が夢のように支配する……「成程な」と納得してしまう程に名が表す、絶美の娼館の名に相応しい。
帝都アエテルナ西区 絶美の娼館の一室
色気に優雅さを、宝石に美女を……絵に表すように、彫刻を刻むように、当たり前で神秘に等しいぐらいに常識を詰め込んだ空間。そこに、男二人と美女六名が密室空間にいた。
「……」
女性達が肌を隠しきれない薄衣で踊り、奏で接待する空間は、何故か複雑で、多少の違和感と複雑さが心の中に縫い合わされている。
「はぁ……何を見せられているのやら」
疲れに近く、面倒と思うようになるまで少し時間がかかったが、俺の真横の阿呆が理性を手放すことへの呆れが、俺を現実へと引き戻していた。
「なんだ龍閻、もっと楽しめ」
両脇に女性を抱え、乳房を揉みしだき満足そうにする阿呆がなんともチンケで情けなく感じる。
コレの弟子だと思うと尚更……
「ウフフ、可愛い僕ですね、英雄様のお弟子様は」
「そうだろう、中身は年齢より成熟しているが、割と可愛いところだらけの子供だからなぁ」
意味のない時間が流れているこの空間に嫌気を覚えるが、本題がまだ聞けていないから帰れもしない。
不満を鎮静化したいからか、果物を無心で食べ続ける人形に成り下がる自分が本当に情けなくなる。
帰りたい……と思う気持ちを酒で流し込み、鬱々とする気持ちをなんとか薄めるのに必死になる。
「スキピオ、さっさと本題に入ってくれ……俺に何を求めている?」
スキピオは、俺の顔を見て頬を歪めて楽しそうで愉快犯的な歪な笑みと言うのか、子供的無邪気さを孕みながら肯定したように、近くにいた娼婦達を離れさせ、踊りや娯楽の音楽を奏でるように指示する。
「……フッ、やっぱり酒は良いものだよなぁ、龍閻。人の本質を少しだけ楽にしてくれて、話しやすくする薬として良いものだ」
「……そこまで、言い難い内容なのか」
「言い難いと言うよりも、『まだ仮説に過ぎないぐらい、ネズミも獅子も関係なしに上手く動いている』が正確かなぁ?」
「仮定なら、そこまで焦って準備する必要性はないだろうに。元老院……いや、準皇族含めて何を危険視している?」
「皆、美味しい果実があるなら誰だって食いたいし欲しいだろ?」
そうスキピオが言いながら、果物が盛り付けられている皿から林檎を選び取り齧り始める。
林檎特有の咀嚼音を出しながらも、意味を見出すように目線を俺に向けてくる。
「林檎に群がるネズミと裏で隠れる獅子、それを捕食したいドラゴンって事か。なら一番怖いのは、全てに群がるハエを処理したいと?」
「惜しいようで近いな。ハエだって利用価値のある事もあるから、陛下は早々に動かない代わりに、身を守る毒を増やしたいと」
「毒ねぇ……何でそこに俺をねじり込みたいんだ? 皇族全体の意思でもないだろうに」
「意思ってのは関係ないものさぁ……本質はいつだって、劇場に花を咲かせる喜劇か、絶望に陥れる毒となる悲劇の二択だけ。いっそ身を滅ぼす毒ほど遊びがいのあるものはないだろ?」
「……ッ……愉快犯野郎」
「愉快犯ねぇ、俺よりも陛下の方さ」
「この毒による劇場を望んでいるのは誰でもない、かの皇帝に過ぎない……俺もお前も劇場で踊る道化に等しい駒」
「成程なぁ……俺もお前も両方で、林檎に群がる舞台のハエであるって事ねぇ」
「……互いに毒として真っ当にやらないと、今回の粗探しは相当に詰みかねないからなぁ」
「想像しきれない領域まで広がっているなぁ。ハエの役目は林檎に群がってネズミの意識を逸らす役目を負わせるって、酷いなぁ」
「酷くねぇさ、国を守るならある程度の無視と被害を避けられん……林檎を失えば、今の安定以前に国家の天秤が保てん」
「そこまでの力を持って、争奪戦と言わなくてもチェス盤を崩される可能性……やっぱり龍の心臓は、獅子と関わってるの?」
「知らねぇよ。内も外もチェス戦しているんだ……何処の駒の王が仕掛けを完成させるかの勝負に入っている」
「……」
「俺達は、駒の兵としての役目を果たすのが信条だろ?」
「俺が駒の兵なら納得するが……女王駒に焦って黄金の弓を扱わせる仕組みも皇帝の判断か?」
「いや、俺の判断だ。聖遺物所有者になったんだ……思う存分に利用しないでどうする?」
体は素直だ。
素直だから会話よりも楽な返答ができることが多い……今の判断を間違ったと思えない。
雄弁に俺は、スキピオに手刀を向けた。
荒々しく単純な手刀による突きをもって殺しにかかった。
魔力の巡りも荒々しく反射的な物だった為に、右腕に纏われた魔力は炎に包まれたように波打ち、手先に行くほどに鋭く鋭利な槍として、英雄に反旗を示す一撃を与えようとした。
しかしその手刀はあっさりと手首を掴まれ防がれたが……放たれた威力と防ぐ魔力の衝突により、瞬間的な一撃は風圧と殺気が幻想に捉えていた部屋を夜闇に回帰させる。
娼婦達は腰を抜かし、地面にへたり込みただ沈黙するしかなかった。
部屋の中には恐怖でも命の危機を感じる圧迫感も存在しない。
見えるのは、二頭の獣から放たれる魔力の灯火……獣が目線を合わせる。
その光景が神秘的で英雄的な物へと昇華されており、彼女達は人外が織りなす戯れにしか見えない。
「ジャンヌを利用とは……何を企む愉快犯野郎が。ここで恐怖刻んでやる」
「殺す、じゃなくて恐怖ねぇ、甘いな……先手にお前の武器を使わなかった事と狙いが喉なのは評価できる。間合い的にも武器を取ってチンタラするよりも徒手空拳の方がなにぶん妥当だ……でもなぁ」
スキピオは左手で俺の手刀を押さえながらも、空いている右手を使い俺の顔面を鷲掴みにしたと同時に、足を引っ掛けバランスを崩させて、後ろに倒れる勢いのまま俺の後頭部と果物や酒が置かれているテーブル目掛けて押し倒した。
「ッ……」
後頭部からくる鈍い痛みが、多少なりとも正気に戻そうとしてくる。
「龍閻、お前が皇帝に駒として見られるのは、忠義心と歯止めの無さからくる物だ」
「……」
「お前の強みは、皇帝が見ている評価そのもので、敵と一瞬でも認識したら消しに掛かるし、情を切り捨てが簡単に出来るところが劇薬として作用する」
「何が言いたい?」
「お前……なんでキレたか自分でも理解してないだろ?」
「……」
「お前は、我々がジャンヌに狩人の女神になる事を了承し理解している。その上での俺の発言では、理解不可能のように刃を向ける……それは、忠義からくる物でも依存的な物でもない。ただの本能から来る敵意、我が身に縛り付けた楔からくる物……お前は姫様や陛下達を利用しているじゃないか」
「……あぁ、そうだな。俺の勝手な誓いからくる物かもなぁ……でもジャンヌには、ちゃんとした人間としての生活があっても良いし、道具でも使い方次第だ」
「……」
「俺は主人達の選択を尊重するし、彼らの未来を傍観するしか出来ないが……我が誓いは、その道を守る事。利用と口にして良いのは、主人達だけだスキピオ」
「なら……お前の主人は誰だ?」
「皇帝にエイレーネー様、そしてジャンヌの3人だけだ」
「何故3人もいる?」
「……」
「我々騎士は、一人の主人に付き従う獣に過ぎない……俺は陛下に忠義を注ぐが、テメェは3人だと抜かす浮気野郎が。この世界、血の繋がりだけで良い終わりになる事は稀なんだよ。ジャンヌ様の選択次第では、陛下も皇后とも争いが起きる可能性だってある……その時が来たらお前は、どうするんだぁ?」
「なら……前提のチェス盤を壊してやるよ」
「……」
「最悪な終わりだろうと我が誓いを破るぐらいなら、彼らの殺し合いを傍観するぐらいなら、争いの源になる玉座なんぞ破壊してやる」
「それが答えかぁ……やっぱり俺の弟子は、こうでないと面白くねぇわなぁ」
スキピオは鷲掴みにしていた手を離し、酒が入っていた酒壺を俺にぶっかけた。
「!」
数秒で終わる葡萄酒の甘ったるい匂いと生温い液体が、熱を冷ます様に俺の全身に平穏さと落ち着きを多少戻す。
「頭が冷めたか?」
「あぁ……すまなかった」
「謝るな、師匠として当たり前な事をしたまでよ」
「スキピオ……俺は弱いか?」
「あぁ、弱いね」
「鬼龍衆は皇族護衛師団にすると聞いてから、少数精鋭型の特殊的な集団にする計画なのはすぐに理解できてた」
「……」
「長がジャンヌでも、剣が弱ければ話にもならない……育兵館の優秀な兵徒達の上に立てるかも怪しいんじゃねぇのか?」
「はっきり欲を言えよ」
「やりたい戦略の武器は予約してある……俺の鍛錬に付き合え、攻防の英雄。アウグスタ帝国最優の剣『グラウディウス騎士団』の試練を」
「いいゼェ、皇后陛下には俺から許可を貰ってくるとするさぁ……師匠らしく、徹底的に武勇ってやつを教えてやる」
「口だけは、やめてくれよ放置野郎」
「放任主義と言って欲しいけどねぇ。ウチのアタランテも姫様を扱いてるんだ、俺だって何かしないと給料に響くからなぁ」
あぁ……やっぱり、この英雄から学べる事が多すぎる。
ダメなところも全てが英雄の道なのだろう……憧れと尊敬から多少ズレるのだろうが、強さには誇りに思える。
「あぁ……楽しみだなぁ」
夜は深く、月が淡い月光で照らし、美女が一瞬の激闘だろうと称えて奉仕を歌う……俺はただ酒と食事、少し褒めて貰い幻想に戻った。
女の遊びはわからなかったが……絶望的な暇から英気を知り得る1日に終わる事ができた。
偶には、何もない日も悪くない。
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