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神代の贈り物  作者: 火人
二章 獅子を喰らいて成長せよ至る戦場までに 秋冬巻く、政劇編

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七十三話 畏怖を求めて

突然と巡る死の香り、「狩人」が放つ死神の気配。本能の底から迸る警戒と殺気、その衝動的な行動を抑えることは不可能に等しく……ただ恐ろしい。


今の彼女にはその死の香りが薄いが……たった一度狙われた感覚が残り続け、恐怖が齎す疑心と敵対的な怒りが湧き上がる。


その感情は静かで沼のように深く、理性を沈めようとする。


視界が狭まり、何故か明るい栗色の髪をした女に目線が吸い込まれていく。


彼女の仕草や動きに過敏に反応し、次の行動を読み解こうと知識や感覚が全力で稼働し、緊張が鼓動を早め、魔力を威嚇するように逆立たせる。


人生で初めての感覚に動揺する暇もない。ただただ怖い……自身が脆弱な「獣」へと回帰する。


人も魔獣の一種、我らも獣……本能が「狩り」を恐れている。


「狩人……本当に狩人なのか?」


震えは無い、体も意識的に動かせる……なのに勝てる気がしない。


スキピオと手合わせや喧嘩をしている時と似ているこの感じは、嫌いだ……底が分からないし、あの殺気でも手加減をされていると察しがついてしまう。


警戒を解こうとしても「意味が無い」という判断が先に来てしまう……この女は、何者だ?


「龍閻ちっと落ち着いて、金時も何とか言ってよ……金時?」


「姫様すみません……俺も若みたいに警戒を解けません……逃げる隙が無さ過ぎる」


金時の発言を聞いてから、明るい栗色の髪をした女が柔らかい笑顔を向けながら金時に語りかける。


「そう? 私から見たら黒髪の子よりも貴方は、逃げられそうだけど?」


「それはどうも、美人さん。でも……それは、若が逃げるって選択肢を持たない強者だからですよ」


「強者ね」


明るい栗色の髪をした女が金時から視線を外し、俺の方を見る……その目は、殺意も獲物を見るような異質感もなく、ただ観察をするような目をしていた。


これは、もう……


「……」


「若?」


「龍閻、急にどうしたの?」


「無理だな、どうやっても勝てる気がせん。金時……ハルバードの構えを解け」


「いいんですか?」


「あぁ……畜生道に生きるお前が、本能で逃げられないって事は、本当に無理なんだろう。それに勝てる気がしない」


金時が少し悩んだ声を漏らしながら、最終的に小さく「はぁ」とため息を吐き、ハルバードを持ち直した。


ジャンヌは、俺と金時が急に落ち着いたことが理解できずに多少テンパっている。だが、そこは皇女と言うべきか、すぐに落ち着きを取り戻そうとしていた。


「……フゥー」


ジャンヌは小さく息を吐くと、先程までの焦りや動揺を完全になくし、俺の前に出てきた。


「ランテ様、私の兵二人が貴方様にご無礼を働き、彼らの主人として謝罪を」


「えっ、いえ姫様?……気にしていないので。元はと言えば全部スキピオが悪いんだから」


「それもそうですね」


「そこで落ち着くのかよ。俺は悲しいよ、ランテ」


「私をランテって呼ばないでよ、スキピオ」


「良いだろ別に、もう慣れっこだろ?」


「それとこれとは違う」


「……」


なんか……この二人仲がいいなぁ。長い付き合いなのかなぁ?


スキピオに女の話は……割と聞くが、なんか雰囲気が違うんだよなぁ。貴族淑女とか絶対に手を出さないし、娼婦にも見えない。


腐れ縁ぽいけど……友人? でもスキピオとこの人が子を成したら、絶対にアウグスタを代表する英雄が誕生しそうな予感がするんだよなぁ。


雰囲気が掴めないなぁ。恋愛小説とか読んでたら多少なりとも雰囲気が掴めるのか?


……でも、雰囲気的に手を出していないって事は、無いだろう……多分、きっと……自信はないけど。


「でも、スキピオとこの人の間に子ができれば……これでアエネアス家もアン――ブッボ!」


龍閻は、心の底で思っていた事が口に出てしまっていた。


たった小さな国を想う野心であり、国家的にもスキピオの後継者を気にする優しい小さな願いが漏れたに過ぎないが……この発言は、誰もが感じる「悪手」であった。


彼が漏らした小さな願いを言い終わる前に……彼は、激痛を齎す一撃を喰らっていたのだ。

油断はなかったが意識外からの攻撃に等しく、対応どころか何が起こったのかも分からない……が、原因を直感で察してしまったのだ。


自身の鳩尾に広がり始める激痛と、一瞬視界に収めた均整の取れた足から繰り出された神速の蹴り。


そして表情が鬼の形相になっている……明るい栗色の髪をした女の姿が目に焼き付けられた。

俺がただただ思った事はたった二つ。「考え事は、たまに無意識で口から出るよね」という心理と、「何が間違っていたのかなぁ」というデリカシーも欠片もない言葉が脳裏に刻まれ、体は地面へと倒れ込んだ。


「ヴゥ……」


鳩尾を押さえ、地面に倒れ込む……慌てて金時が「若」と言いながら俺の側に来る。


地面に額を擦り付けながらも辛うじて、何とか顔を上げて前方の光景を目にした……俺の目が捉えたのは、初めて見るジャンヌの顔だった。

なんと表せば良いか分からないが……冷たい視線だけが鋭く突き刺さり、物凄く泣きそうな気持ちに駆られた。


「チッ……アンタの弟子ってすぐに分かったわ。アンタそっくりねぇ。人としてダメなのが似ていて腹立つから、アンタも蹴るね」


「ア……ハハ、ランテも龍閻も面白い事を言うなぁ――ゲブァ」


明るい栗色の髪をした女が、スキピオの左横腹に神速の蹴りを繰り出し……スキピオは顔を青くして地面に倒れ込み、沈黙した。


「はぁ……これだから男って生き物は好きになれないのよ」


「えっと……なんかすみません」


「良いのよ姫様。そんな事よりも本題に入りましょうか……貴方が私の弟子になるそうねぇ?」


「……スキピオが何と言ったのか知りませんが、私がランテ様の教え子になるかは分かりません」


「どうして?」


「発言が少し無礼でしょうが、私はこれでも聖遺物所有者ですし、弓の扱いは得意ですので」


「そう……私もいちいち弟子を取るような性格じゃないし、狩りでも行きましょうか」


「狩りですか?」


「えぇ……狩りで互いに実力を確かめ合いましょう。良い狩場を知っているので馬で移動しましょう」


「はい、喜んで」


「姫様、俺も行きます」


「いえ金時は、龍閻とスキピオの看病をしていてください」


そうジャンヌが命令を放った後に、明るい栗色の女と共に中庭から離れていった。


目的地も知らぬままに彼女の足は、軽いのか重いのか知らないけれども……敗北を考えていないような涼しい顔をしていた。


「はぁ……若にスキピオ様、いつまで痛がっているフリをしているんですか? 姫様達ならもう居ませんよ」


金時の呆れに近い声で、スキピオと龍閻がぬるりと起き上がる。


先程まで倒れ込んで、激痛に顔を歪めていたのが嘘のようにケロッとしていた。


「やっぱり金時にはバレてたかぁ」


「龍閻の部下も中々やるなぁ。さすが元剣闘士のガキだな」


「それ褒めてますか、スキピオ様?」


「褒めてるに決まってるだろ……さて、姫様達を追いかけるか」


「その前に聞きたい事があるんだ、スキピオ」


「……何だ、言ってみろ」


「教えてよ。黄金の弓(アルテミス)に秘められし権能について、知ってるんだろ元老院」

「どうしてそう思う?」


「アンタら焦りが見えすぎなんだよ。なりたての聖遺物所有者に早々と何かを仕込もうとしている……そこに疑問の余地もなければしょうがないと思うが、この季節でやる理由が分からなくてね」


「……」


「それに、権能を仕込むのに弓の達人を呼ぶ必要性も分からない……腕利きの「狩人」を呼ぶ必要性も。元老院……いえ、皇帝は何を求めている?」


「……答えになるか知らんが、俺達が求めてるのは、行儀のいい「月女神」じゃなくて「狩人の女神」だからだよ」


「狩人の女神?」


「そんな事はどうでもいいだろ……さっさと姫様達を追いかけるぞ、ガキ共」


「……分かった。行き先も分かってるんだろ?」


「あぁ……行こうか」

七十三話を読んでいただきありがとうございます。

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今後の神代の贈り物を楽しんでください。

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