七十一話 自信と厚顔無恥を携えて
日が巡りても恥が消えることなし
その恥は、勝って得たものか敗北のものか知らぬが、敗北から得た恥は、永遠に至るまで宝とし、勝ちから得た恥は、永劫消えぬ傷である。
どれほどに鍛錬を積もうとも、一度与えられし恥を拭うことは、叶わぬ。
その恥を認めてこそ、そこから学びとして生かされる。
報われることが無かろうとも、歩みを止めることなきようにしなければならぬ。
その行為が誓いを自ら踏みにじることは、未来永劫にわたって呪いとしてその身に刻むことなり。
どれほどの権能が与えられようとも、一人の騎士として死と同義であることを忘れることなきように。
騎士でいるのなら我が身を罪人に変えても、己が恥と向き合い、永劫彷徨う旅人として生き、賢人に至るまで恥を積み重ねよ。
――神聖アウグスタ帝国の騎士であり哲学者だったモンラ・リュイの言葉。騎士道を表している言葉であり……今の俺に当てはまる言葉かもしれない。
神暦767年九月十七日 神聖アウグスタ帝国・宮殿
黎明の光が照らし、少し涼しげな風が巡る頃。
中庭では、金属が打ち合う音が響き、淡く力を帯びた魔力がぶつかり合っていた。
『ガキィーン!』
「チッ……やっぱりグラディウスじゃ歯が立たないかぁ」
俺は、叩き折られたグラディウスを見ていた。そして、木箱の中にある、同じように折れたグラディウスの山へと投げ捨てた。
違う木箱から新たなグラディウスを取り出して抜刀し、金時の方に向き直る。
「ハァハァ……若、少しッ、休ませてください。ハルバードを振り回すのも疲れるんですから」
「お前が手合わせの鍛錬を頼んだじゃないか。弱音を吐くぐらいなら、俺の実験に付き合え」
「いやッ……だって、魔力も無限じゃないんですって、ハァハァ……」
「お前なぁ、そう簡単にバテたら護衛としてやばいだろうに。まぁ、お前の場合は魔力操作が雑だから疲れやすいんだろうけど」
「ハァ……ッ、そんなに俺の肉体強化は、お粗末なのですか?」
「お粗末って程じゃないと思うが、実際に知らん。お前の魔力操作自体が独特だからなぁ」
「独特?……さっきは、雑だと言っていたじゃないですか」
「雑なのか独特の流れなのか微妙に分からんが、短期決戦に慣れすぎてるんだよ、お前は」
「短期……あ!」
「気づいたか。お前は闘技場出身だからなぁ、癖が付いているのかもな。……でも、お前と戦うのは楽しいよ。畜生道と戦ってるんだなぁって思わされるから……本当に」
「褒めてます?」
「褒めてるに決まってるだろ」
「……そうですかぁ。なら今更なのですが、聞きたいことが?」
「何だよ」
「今日は、いつもの十束剣ではなく、なぜグラディウスなんですか? それに、そんなに沢山持ってきて何を?」
「……少しなぁ。ラティウム領で殺した刺客との戦いを振り返ると……やっぱり俺は負けていて、弱かった。だから原点回帰ってわけじゃないが、どんな武器でも扱えるようにしようと思ってなぁ」
まぁ……十束剣の権能を考えると、もっと複数の武器を扱えるようにならないと宝の持ち腐れにもなるからな。少しの時間でも鍛錬をしないと。
「休憩も済んだだろ。構えろ……金時」
「フゥー……いつでも」
魔力が血液のように回り始める。心臓から始まり、全身に薄く纏わせる部分と、濃く纏わせる部分に分けるように……。
関節、筋肉、骨といった細部へ再分配を行い、魔力が最後に辿り着くのは、右手に構えるグラディウス。
それは金時も同様であり、彼が持つハルバードには魔力が纏わり、溢れ出る魔力が威嚇する獣の毛のごとく逆立っている。
「「……」」
沈黙し、互いに間合いを縮めながらも、すぐには攻撃しない。ただ、自分の有利な間合いまで詰める。
鍛錬であろうと実戦だろうと、一対一の戦いは間合いと先手のタイミングによって変わる。どんなに未熟な俺だろうと、無策で突っ込めば詰むことは幾度も学ばされた。
「フッ!」
金時が静かに息を吐くと同時に、片手でハルバードの鋭い突きを出した。
空気を切り裂き、俺の喉を狙い襲ってくる。回避不可と思えるほどに鋭く、スピードが乗った最速の一打。
攻撃範囲が短いグラディウスが取る選択は、弾いてからのカウンター。
魔力をグラディウスの刀身に纏わせる量を増やし、ハルバードの穂先に叩きつける。
『ガキィーン!』
金属同士がぶつかり、高音が響き渡る。その音が告げたのは、グラディウスの刀身が砕け散る音だった。
「ッ……」
幸いにもハルバードの突きを弾くことはでき、穂先は地面に刺さる結果に終わった。
「チッ……また失敗したぁ!」
チクショー、なんで弾いただけなのにグラディウスが砕けるんだ! 意味わかんねぇよ……魔力が多いのかな、それとも太刀筋か?
「はぁ……上手くいかねぇ」
「まだ続けますか、若?」
「いや、今日は一旦終わりだろう。そろそろジャンヌが起きる時間だし……仕事の時間だ。服を着替えて気持ちを変えないとな」
ーーーー
朝日が淡く部屋を照らし、新たな一日の訪れを告げる。
静かで落ち着くような空間が広がっているが、心を和ませる場所であっても、苛立ちと疲れを隠そうとしない姫が、寝癖も直さないまま不機嫌そうに目覚めていた。
「……もう、朝……。頭痛い」
二日前のパレードから、確実に日常が変わった気がする。前までは酒の席なんてほとんど無かったのに急に増えるし、黄金の弓も夢を通じて権能を教えてくる。疲れが取れない。
そもそも、なんで私が関わりの少ない元老院や貴族たちの話を、酒を飲みながら聞かないといけないのよ。
それに急にお父様も、弓の教師とか言って私以下の使い手を呼ぶようになって……。いちいち打ちのめして追い出すのも大変だし、同年代の子と話す時は必ず龍閻の話が出てくるし……。
「はぁ……疲れたぁ」
帰ってきてたった二日だけで、こうも鬱々とした日を送らされている。これが聖遺物の務めなのか、皇女としての役目なのかも分からない。
ただただ、憂鬱が続く……。
私が窓を眺めながら何も考えずにぼんやりとしていたら、「コン、コン、コン」と扉からノック音が聞こえてきた。
ノックした人物はなんとなくわかっていたため、私は何も気にせずに「入っていいわよ」と伝える。
扉が開かれ現れたのは、案の定、龍閻だった。
特製の黒い礼服にブーツ、腰に聖遺物を差し、耳には二つの耳飾りがつけられている。完全な仕事着の彼は、何かを手に持っている。
「おはようジャンヌ。お前の弓用の装備を持って……また二日酔いか? 髪も寝癖をつけて。せっかくの綺麗な銀髪なんだから」
龍閻は少し面倒そうな顔をしながら持って来た、多分私の装備を机に置いた。
「うるさいわねぇ、疲れてるのよ。それにさっき置いたの、何よ」
「ちっとな。今更ながらの贈り物かな。それよりもジャンヌ、こっちへ来いよ。櫛を通すから」
「……ありがとう」
私は龍閻に流されるまま身を任せて、頭を預ける。
龍閻は優しく丁寧に髪を梳いてくれる。それが嬉しくて妙に緊張するけれど、落ち着く。
心が複雑な想いに包まれて戸惑うが、龍閻に優しく髪を触られている感覚を楽しみながら、先程までの苛立ちも溶けていく。
「……」
「少しは、機嫌が戻ったか?」
「少しね」
「ならよかったよ。後でミントのお茶を淹れてやるから、二日酔いも治せよ」
「今日も忙しいの?」
「うーん……忙しいっていうか、スキピオに呼び出されているってのが本題かな?」
「スキピオに?……彼が次の私の講師かしら?」
「それは無いな。スキピオは基礎や知識がある方で、ジャンヌに教えるほどじゃない。俺からしたらあいつは『剣士』だし……俺の目標だから、同じ師ってのも辞めてほしいね」
「剣士ねぇ。私からしたらその拘りとかよく分からないけど、黄金の弓に選ばれた私に教えられる人っているのかしら?」
「当たり前に存在していると思うよ。聖遺物に選ばれて才能を開花させて、万能感が無意識に溢れるのも理解できるけど、自分以上の存在は必ずいるから安心しろ」
「……」
「よし、髪は綺麗にできた。ミント茶を淹れてやるから、持って来たものを着ててくれよ」
龍閻は櫛を机に置いて、茶器を持って部屋を出て行った。
私は鏡の前まで行って、髪がどうなっているのか確認したくなった。
龍閻が初めて髪を梳いてくれたから、その仕上がりと自分の顔を確認したかったのだ。
鏡に映る私は少し顔が赤くなっていて、龍閻が梳いてくれた髪は、サラサラとした綺麗な輝きを見せていた。
「……」
なぜか分からないけれど、龍閻が優しく触れてくれた髪を、自分でも軽く撫でてしまう。これが何なのか分からないけれど、心が安らぐ。
私は気分も良くなったので、龍閻が持って来た装備を着ることにした。
「これ、良いかも」
装備を身に纏ってみると、私の趣味に合ったものであり、とても良いセンスだと感じた。
上半身は白いローブ状の服で、龍閻が着ている礼服に似たデザインだが動きやすく、少しぶかぶかなおかげで胸当てを隠せているのも嬉しかった。
ブレイサーや手袋も良い革を使っていて、私の体に合った逸品で違和感がない。
下半身は動きやすい感じで、体にピッタリとしたズボン。太腿から膝までは、軽い地竜の鱗を使った装甲があり、足元は龍閻と同じブーツだった。
「これ、絶対に龍閻が依頼したのね。彼の趣味が見えるもの」
独り言だけれど、心の底から嬉しさが込み上げてくる。
装備のそばにあった矢筒と弓のケースには、月と白薔薇の模様が彩られていて、本当に嬉しい贈り物だった。
ガチャ、と扉が開いて龍閻が戻ってきた。
茶器からはミントの良い香りが部屋に広がる。龍閻は私の顔を見て、安心したような表情を浮かべた。
「機嫌が良くなってよかったよ」
「うん……今日も頑張れそう」
「なら、早くお茶を飲んで出ようか。スキピオたちが待ってるから」
私は龍閻が淹れてくれたミントのお茶を飲み干し、気合いを入れるように黄金の弓に触れる。
「うん、今日も教師に相応しい人がいることを祈ってやるとするわ」
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