七十話 運命の問いは狂騒と波乱を待ち侘びて
神暦767年九月十五日 神聖アウグスタ帝国 ラティウム侯爵領首都 ウエプル・ルーナエ
朝日が淡く部屋の中を照らし、穏やかでのんびりとした時間を過ごしたいものだが……そんなことをしている場合もなく。
「えっと……金時は、馬車を回していつでも出られるように準備してきて!」
「了解!」
帰還のために準備を整えている最中だ。金時には、馬車周りの準備をしてもらい、ホルテンシアさんには、俺と一緒に身支度をしてもらっている。
なぜこんなに慌ただしくしているか説明するなら、ラティウム領でこれ以上やる事がないからだ。
本当ならもう少しゆっくりしたいけど……公務が詰まっているので無理だと判断され、朝っぱらから支度をしている。
「龍閻ちゃん、ちっといい?」
「何ですか、ホルテンシアさん。」
「移動ルートなんだけど、地図上のこの場所で神聖魔法による転移を行います。転移後では、帝都でパレードを行い宮殿に帰還する流れですね。」
「分かりました、後で金時と共有しておきます……って、パレード?」
「はい、パレードです。」
「やるんですか?」
「やります。」
「……本当に?」
「やります。」
即答かぁ……ってことは、帝都から何かしらの指示が来たのか。面倒だけど、大丈夫なんだろうか。
俺は、目線をベッドに移す。きっと俺の目線には、心配が混ざっているのだと自覚している。
パレードの主役になるであろうお方が、エイレーネー様に膝枕してもらいながら顔を青くし、頭が痛いのか手を頭に乗せている。
「ギもち悪ぃ……」と呟きながら横になっている皇女は、昨日の舞踏会で煽り酒をし、二日酔いを起こしている。
俺は、もう一度ホルテンシアさんの方に向き直し、もう一度言う。
「パレードって本当にやるんですか?」
「やります。」
「あぁ……」
頭を抱えるのは、慣れているが……こんな事で頭を抱えたくなかった。
「ホルテンシアさん、パレードって今からやめるってことはできないんですか?」
「どうしてですか?」
「嫌だって皇女が二日酔いで潰れているからですよ。パレードなんてできるような状態でもなければ、民衆に恥を晒すことになります。」
その発言に「誰が……アホなのよ」って弱々しい声が聞こえたが、放置しつつ俺は、この状況をなんとかしなければ、という思いで動いている……違う、俺は、恐れているのだ……ジャンヌがパレード中に我慢できずにリバースする可能性に。
ホルテンシアさんは、ジャンヌの顔を見て少し困ったような顔になる。
「確かにそうですが、……決まっている以上は。……皇后様の意見を教えてください。」
俺とホルテンシアの目線は、ジャンヌに膝枕をしているエイレーネー様に向けられる。
エイレーネー様は、ジャンヌの顔色を伺い、決断が決まったのか「はぁ」とため息を吐きながら俺たちの方に目線を送る。
エイレーネー様は、ジャンヌの頭を撫でながら答え始めた。
「結論から言うと、パレードには、参加するしかありませんが、その前に出立を遅らせます。」
「了解いたしました、皇后様。」
「エイレーネー様……出立を遅らせるのはいいのですが、ジャンヌが体調を回復させられますかねぇ。」
「「……」」
エイレーネー様とホルテンシアさんは、俺の不安げな質問に明らかに困り顔をし、この状況を招いている皇女を見下ろす。
「今更なんだけどジャンヌ、どうして昨日飲み過ぎたかねぇ。」
「誰のせいよ……バカぁ……」
ジャンヌは、弱々しく呟いた。顔を俺に見せまいと隠すように手で顔を覆う。エイレーネー様は、何かに気づいたようにうっすら微笑みながらも、二日酔いと不貞腐れを発動しているジャンヌの頭を優しく撫でる。
「俺が原因ねぇ……あまり身に覚えがないが、身を滅ぼすような酒の飲み方してほしくないなぁ。」
「うるさい、バカ……」
「はぁ、ホルテンシアさんの魔法で二日酔いの治療とかできないんですか?」
俺は、ジャンヌから目を離し、ホルテンシアさんの方に向く。
「魔法は、万能じゃありませんので無理です。私は、外で薬草を買ってきますので、皇后様と共にジャンヌ様の看病を任せますね、龍閻ちゃん。」
「了解です。金時が馬車の準備をしていると思うので、好きに使ってください。」
「分かりました」と言い、ホルテンシアさんは、部屋から出て行った。この部屋に残るのは、ジャンヌとエイレーネー様と俺の三名だけ。
「!」
違った、実質二人っきりだ。ジャンヌが眠っている。「スー……スー……」と寝息が聞こえる。
「龍閻くん……貴方は、本当に強い英雄になりましたね。」
「エイレーネー様、どうしたのですか、急に。」
「いえ、私は、本当に思ったことを貴方に伝えただけなのですよ。馬車の旅から……いえ、貴方がコロッセオで武勇を皆の前で示した時からずっと、私は、貴方を英雄として見ています。」
「……照れますね。」
「ウフフ、照れてる貴方も可愛いわね。……でもね、私は、貴方が強く価値が付いてくる程に、貴方を恐く見なければならないの。」
「皇后としてですか?」
「皇后としての忠告です。貴方は、大きく目立ち始めてきました……皇族からしたら嬉しくもあり、邪魔に感じる対象になっていくでしょう。または、貴方を利用する方々が増えるでしょうね、陛下やお兄様のような人達に。」
「……」
「だから気をつけなさい、貴方が剣として輝けるためにも。」
「……エイレーネー様がそこまではっきり言い切るってことは、影での動きが激しくなりましたか? それとも、皇族としての常識ですか?」
「両方ですね。お兄様と陛下の考えが理解できたとしても、私は、貴方に同じ忠告をしたと思いますし、何度も言い聞かせたことだと思いますが、理解してほしいのです。今後の動きで、内乱も戦争もあり得るほどに政争が激しさを増すでしょう。」
「だから全てを疑えと。」
「その通りです。全てを疑いなさい。どんなに信用にあたる親族だろうと、裏切りの可能性を頭の隅に置いておきなさい。歴史が表すように、どんなに信用していた人間だろうと、刃を向けるときは、一瞬です。」
「はぁ……、嫌になりますね。信頼しながらも裏切りに怯えなければならないのは。」
「だから龍閻くんは、私達の英雄でいてね。」
「はい、永遠に至るまで俺の誓いは、貴方方のためにありますから。」
時代の廻渦がどこから始まったのか、誰が作り出したのか誰も分からないが、運命は、権能を秘めし身柱共と時代を導く選択者達にその牙を向けるのだろう。
その牙が他者から来るものだけとは限らない……それが自分自身なのかもしれないのだから。
言い忘れる事がないようにしなければならない。傍観者であり語り手は、今から起こる記録者なのだから。
――――神聖アウグスタ帝国・宮殿――――
歴史と優美が彩られる宮殿内の玉座の間。この光景を見ただけで、国の豊かさと強さを見せつけられるようであり、神話を目にしていると錯覚させてしまう。
その中で一番目立ち、この広い部屋を一望できる玉座に座るのは、帝国の礼服の一つ、紫色のトーガを身につけている男。「神聖アウグスタ帝国皇帝トラヤヌス・アウグスタ」が座っている。
「おぉ、戻ってきたか、スキピオ!」
「お待たせしました、陛下。どこから話しますか?」
「ジャンヌは、ちゃんと黄金の弓の所有者になったか?」
「えぇ、立派に。」
「そうかぁ……嬉しいなぁ。ジャンヌが立派に勤めを果たしたか。」
「えぇ、国としても新たな英雄の誕生と、皇族の権威が強まるのは、嬉しいことです。」
「嬉しい報告の後は、本題だ……龍閻について答えろ、スキピオ。」
「やっぱり龍閻は、イカれてますよ。精神性が並の人間のものじゃない。」
「分かりきったことを言うなよ、スキピオ。そんなに成長を感じたのか?」
「少しぐらい弟子を褒めさせてくださいよ、陛下。まぁ……成長はしていましたが、英雄候補を名乗るには、お粗末な力ってところですよ。」
「お前がそう言うと理不尽感がすごいなぁ……的を得てる分酷い。龍閻も聖遺物所有者なのに、英雄の足元に立ってないと断言するか。」
「前々から思うのですが、聖遺物所有者=英雄って即断は良くないですよ。強い権能を持とうと、戦いの場は大勢の勇者が蔓延る戦場の上ですよ。本来の権能を使えずに殺されるだけだろうに、真の英雄ならば権能に頼らずに自らの武力を基本とすべきだ。」
「……スキピオが言うなら、龍閻の持つ聖遺物に秘められた権能を含めても英雄に満たないと?」
「貴方が送った刺客の死体を確認しましたが、物語っていたのは、龍閻の力不足を表していました。ほぼ一撃で終わらせたのでしょうが、刺客の服に薄く切られた痕がありました。ほぼ皮一枚で簡単に回避し続けられたのでしょうね。」
「そう……か。権能を使ったのか自力でなんとかしたのか気になるが……殺したことには違いないだろう? どうして力不足だと?」
「紙一重に交わすってことは、かなり余裕があるってことです。それに龍閻は、殺気の扱いを威圧しか知らない。今後が期待ですね。」
「……なら最後のアレについて龍閻は、なんと答えた?」
「『宝であり最大の敵』と。」
「フッ……フハハハ、ふぁ……そっちの資質もやはり持ち合わせているのかぁ。嬉しいねぇ。本当に嬉しい回答だ。やっぱり俺は、運がいい。」
「……陛下が何を考えているのか分かりませんがお気をつけよ。レオニーナ家も龍閻に目をつけはじめました。」
「あぁ……わかってる。ここからの歴史は、面白そうな狂騒の時代になりそうだ。」
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今後の神代の贈り物を楽しんでください。




