六話 権力の傘を持って
神暦762年 十月十七日 出雲国大和
昨夜の酒が残り、ひどい二日酔いだ。色々あったが、ようやく選定の儀を行えることになった。そして、成り行きで龍閻に許嫁ができたことを報告しなければならない。
おっと、いきなりで状況がわからないって?
今は、ちょうど昨日もらった転移の巻物で家に帰り、酒を飲んで朝帰りしたことがバレて、愛しの妻にこっぴどく説教されているところだ。
「空天さん……帝とお話しに行っていたのもわかります。ストレスが溜まったことも察しがつきますが、家に帰らず酒を飲んで朝帰りって……人の心配をなんだと思っているのですか!」
なんてことだ。帝と飲んでました、なんて言えない。信じてもらえなさそうだし、発言を間違えれば離婚調停になりかねない。否定したいが、酒を飲んで朝帰りしたことは事実なので、否定もできない。これを八方塞がりと言わず、なんと言うのだろう。昨日、門番のドワーフが言っていたことって、これのことか……。泣けてくるね。もう涙はポロポロとこぼれているが。
「空天さん、答えてください。」
「……」
「答えてください!」
「……すみませんでした」
「それだけですか?」
怖い……咲夜が怒っている。最近本当に学習できない。酒での失敗ばかりだ。咲夜の正論が強すぎて、何も言い返せない。
「……」
あ、とうとう無言で睨んでいる……怖い。でも、そんな顔も可愛いよ、って言ったら機嫌が治るかな? 実際、綺麗だ。新しい性癖の扉が開いちゃうんじゃないか? ……いや、開くのは普通に。って、待て待て、こんなことを考えている場合じゃない。どうにか機嫌を直してもらわないと、咲夜が龍閻を連れて出て行ってしまう。
「咲夜、本当にすまなかった。だが、酒を飲んでいたのには理由がある。帝と飲んでいました。これは本当です。一切、女性の方とは飲んでいません。だから許してくれ。」
土下座で頭を地面に擦り付ける。数秒後、咲夜の顔が気になったので、一度顔を上げる。咲夜は怒りを続けるべきか、許すべきかで悩んでいた。
「はぁ……空天さん、帝からはなんて言われたのですか?」
この感じ、許してもらえる流れだ。よかった。ここで全て洗いざらい吐けば、女神のような咲夜に戻ってくれるはずだ。
「えっと……選定の儀を行う許可をもらった。選定の儀の後、家には褒賞がもらえることになっている。まあ、適合者が現れるまで選定の儀を行うことになるだろうな。」
「そうですか……しかし褒賞がもらえるとは、なかなか良いことじゃないですか。十束剣の適合者なんて、すぐに見つかりますよ。」
「そう言われてもなぁ。十束剣が適合者を見つけていても、俺たちには誰が適合者かわからないのが厄介だ。相当時間がかかると思うが、頼むよ、咲夜。」
「はい、わかりました。では、今後も手続きや選定の儀を行いたい志願者を集める方針ですね。でしたら、転移の巻物をたくさん準備しておきます。」
「ああ、頼むよ……何回も京の都に行くことになるし、宮殿にも何回も行かないといけない。」
選定の儀を行うにも、他にも色々と準備がある。聖遺物は国家の武力であり、信仰の対象だ。どうしても大掛かりになる。
「帝からは、十束剣の候補者が一人いるらしくて、天探家の嫡男らしい……名は、御影と言っていた。帝たる大国主神家と血縁関係にある一族の方らしい。」
「そうですか……他に報告することはありますか? ……その顔的にありますね。」
鋭い……このことは言うべきか迷ってしまう。とりあえず、話を逸らすか。
「そういえば龍閻はどこにいるんだ?」
露骨すぎたか? でも、これで話の流れが変わるのなら。
「龍閻なら庭で木刀を振っていました。それで、他に何があったのですか?」
ふっ……負けたぜ。簡単に打ち返された。
「龍閻に婚約者ができました。つまり許嫁だ……大国主神家の。」
「……は?」
「……」
「本当に言っているのですか、空天さん?」
「本当だ。」
「……帝の冗談ではなく?」
「本当です。書類もあります。」
「それって、あれですか? 帝の妹さんとか、弟さんの娘とか、そういう方ですか?」
「いや、帝の愛娘さんらしい。」
「……」
「……」
二人で黙ってしまう。当たり前だ。家同士で子供を結婚させるなど、ごく一般的なことだ。俺と咲夜もそうだった。子供に嫁や夫をあてがうのも親の務めだが、仲の良い家族や同等の地位を持つ者、地位が格上の者と、まあ色々とある。しかし、帝の家となると話が違う。スケールが違うし、根本的におかしい。うちの地位はわりと低い。十種類に分けると、家はせいぜい6くらいだろう。帝の家なんて、言うまでもなく1だ。
「空天さん、これって喜んだ方がいいのですかね?」
「いいんじゃないかな?」
「空天さん、これって龍閻が婿としていく感じでしょうか?」
「逆だ……帝の娘さんがうちに来る方だ。」
「……」
「……」
気まずい雰囲気ではないのに、二人とも黙り込んでしまう。
「未来のことは、後にしましょう。とりあえず、空天さん、お疲れ様でした。」
そう言って咲夜は、俺の耳元に近づき「今夜は甘えていいので、楽しみにしてますね」と囁いた。顔を赤くして台所へ行く。当然、男の俺は、滝行にでも行って精神を落ち着かせるべきか迷うが、それを止めたのは息子の声だった。
「父上、お話は終わりましたか?」
「あ、ああ龍閻か。どうした?」
「いえ、何となく話しかけただけです。」
「何となくって……まあいいけどさ。鍛錬はいいのか?」
「鍛錬なら終わりました。それより、天探家の従者だと言っている人が鳥居の前で呼んでいましたよ。」
「そうか、鍛錬終わったのか……え?」
今……天探家って言わなかったか? 鳥居の前にいる? 本当に? だったら「何となく」は、違うだろ。明確に呼ぶ理由があるだろ。何だこの子は……でも可愛いから許してしまう。
「そうか、わかった。龍閻は家で待っていなさい。」
「はい、父上。」
とりあえず咲夜と一緒に挨拶した方がいいな。俺は、台所に小走りで向かい、咲夜を呼びに行く。
「咲夜、ちょっと来てくれ。龍閻が言うには、天探家が来ているって。」
「え? ……わかりました。空天さんと一緒に行けばいいのですね。」
俺と咲夜は、急いで鳥居に向かった。
鳥居の外には、大勢の従者を連れた人だかりができていた。男性が多いと思ったが、よく見ると女性が多い……なぜだろう? 護衛のような従者が気づいたのか、少しの警戒心を見せながら名乗る。
「我は、天探家に仕える金本と申すものでございます。いきなりの訪問、失礼とは存じ上げますが、そなたらに拒否権はございませんので、ご承知おきください。」
何だその物言いは。まるで、当たり前の事だから文句は受け付けないと言っているようだ。ここは神聖な場所だぞ。拒否権だと? ……おっと、冷静になろう、空天。咲夜の前だ。
「そうですか。しかし、いきなりの訪問の理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
俺がそう言うと、金本という男は、少し面倒そうに答える。
「いえ、天探家の嫡男でいらっしゃる御影様が、選定の儀を前にしてこの神社を見ておきたいとおっしゃったので。」
「そうですか。しかし、その御影様の姿が見えないのですが……」
俺は失礼と思いながらもキョロキョロと探す。
「御影様は、後ろの方の駕籠におられます。しかし、挨拶をさせていただけるか許可を聞いてまいります。」
金本はそう言って、従者の列の中へ行ってしまった。というか、さっきから上から目線が気になる。なぜかわからないが、イライラする。そう思っていると、裾を咲夜が引っ張る。
「空天さん……大丈夫でしょうか?」
何が大丈夫かわからないが、「大丈夫……俺のそばにいてくれるだけで安心できるから」と、俺は胸キュンセリフを咲夜に向けて放つ。珍しくクリティカルヒットしたらしく、顔を赤らめて照れている。そんな可愛い仕草を見て俺は癒される。
そんな癒されている中、従者の列から金本と豪華な駕籠で登場したのは、いかにも性格が悪そうに顔も体型も油ぎった男だった。中年? いや、若いのか? ……いや、ちょっと待て。なんだか、ものすごくヤバい人とわかるような人が来た。帝は「子ども」と言っていたが……どう見ても成人しているし、子どもには見えない。若いとはギリギリわかるが、老け顔なのか中年にも見える。
その男は、俺をそっちのけで舌なめずりをし、咲夜を見る。
「お前、いい女だな……僕ちんの女にしてやる。」
は? こいつ、俺の咲夜に向けて何を言い出す? ……殺していいよな。絶対にミンチにしてやる。
そんなことを考えていると、咲夜がもう一度俺の裾を引っ張る。その顔を見ると、少しの恐怖と嫌悪感が顔に出ている。そして、俺を心配そうに見ていた。
「申し訳ございません。こちらは私の妻ですので……それに、何ですか? 名乗らずにいきなりの言動、礼儀というものがありますから、それを守ってください。」
おっと、言いすぎたか? なんか睨んできた。でも俺は間違っていない。最低限の礼儀というものがある。それを守らずに人の妻に声をかける時点で論外だ。
そうしていると、金本が言う。
「このお方は、十束剣の候補者であり、大国主神家と血縁もある天探家嫡男の御影様であられる。そなたの無礼は何だ。そこに直れ、斬ってくれる。」
は? こっちが悪いのか? 理不尽じゃないか?
「いえ、どうであれ、貴方たちが無礼です。ここは聖遺物を守る神聖な場所です。ここで争うということは、出雲国に刃を向けること……。一旦、冷静になってください。」
「僕ちんが悪いって言うのか? この無礼者め。金本、さっさと斬ってやれ。」
ガチでここがどこかわかっているのか? 本当にお家の取り潰しになるのに……。
「御影様、落ち着きましょう。この者たちの無礼は、帝に報告し、お叱りを受けてもらった方が罪が重くなるでしょう。ここは許してやるのが、御影様の大きな器を示すことができますよ。」
「おぉ、そうだな。今回は許してやる。僕ちんは優しいからなぁ、今回はこれで勘弁してやる。」
そう言って、従者を連れて帰って行った。意味がわからないまま今日が終わってしまったが、夜は咲夜と熱い夜を過ごせたので、よしとする。
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