六十八話 矛盾こそ歴史であり語り手も傍観者
歴史とは、第三者から観測された記録であり、真実とは言えません。
現在は、いずれ過去として薄れ消えていくものであり、どれほど鮮明に現在を記録しようとも、時が過ぎ去るにつれて歪み、別の何かに変わる事だってあります。
時の流れで歪むのなら仕方がないものですが、基本的には歪みは、人の思想と悪意などで歴史が踏みにじられます。
名君だった王が戦争に敗れ、暗君として歴史に刻むこともあれば、信仰のために過去の悪行を消し、正義として刻まれる。
人間が歩んできた「歴史」や「神話」も、全てにおいて真相を知ることは、もうできません。
神代の時代がなぜ滅んでしまったのか……始まりは、どこからなのか……「聖遺物」が見てきた物は、何だったのか。
突然と現れた黄金の杯から始まった新たな歴史は、どこに終着地とするのだろうか。聖杯がもたらした恩恵に溺れた国が突然呪われ滅んだように……人の歩む道は、未だに見えず
我々は、傍観者として現在の歴史を刻もう……そして語り手として歴史を歌おう。
神暦767年神聖アウグスタ帝国 ラティウム侯爵領首都ウエプル・ルーナエ
「警戒を解いて欲しいねぇ、アエネアスタ公爵に若き騎士よ」
話しかけてきたのは、礼服を身に纏い、金髪と銀髪が混ざったような髪色をしている混血のエルフの男性、マルクス・レオニーナ。舞踏会にいるとは思っていたが……なんだこの態度……腹が立つ。社交会の蛮行を忘れたようにヘラヘラと
「申し訳ございませんが、無理な話です。貴方の後ろにいるドワーフの行いを許すことは、できません」
「貴様!、奴隷のくせに何様のつもりだ」
「何様だ?……ふざけるなよドワーフ、貴様らの言い分は、知らんが、こっちにも言い分ってもんがあるだろう。答えてみろよドワーフ……正義だなんだと甘ったるい言葉で終わらせるなよ。」
「ここで死にたいようだな小僧」
自然と柄を握ってしまう……神経が鋭くなり、無駄な意識が消え去り、目の前に立つ男に向かう。
「……」
相手のドワーフも剣の柄を握る。しかし先程の発言とは裏腹に、殺気が感じにくく、警戒心を強くしたような感じだ……俺に気押されたのか?
「……」
動かないなら……遠慮なく……殺し――
「落ち着けってこのバカ弟子」
この声が聞こえた瞬間だった、頭に鋭い痛みが走った
「グッ……イッテェ――、何するんだよスキピオ!」
「ジャンヌ様の晴れ舞台で殺し合いをする従者がどこにいるんだ。拳骨で許すが、少しは、落ち着けよ」
「……」
「お前もだジン、柄から手を放せ……」
「ですが」
「俺に二度同じことを言わせるのか……ジン」
「いえ……申し訳ございませんマルクス様」
「貴様は、我が子らの元に行ってこい。伝言は、挨拶回りが終わればここに来いとな」
「畏まりました」
「……」
「……?」
ドワーフは、レオニーナ公爵から何かしら言われた後に離れていった。ドワーフが完全にいなくなって、レオニーナ公爵は、俺の方を見ている……なんか嫌だ。
「フッ……アエネアス公爵、すまないが、私と若き騎士だけにしてくれないかね?」
「どうしてですか?」
「興味が湧いたからだ」
「……わかりました」
スキピオは、軽く俺の頭を撫でてから離れていく。えっ……待って、なんだ急な展開で少し思考が停止した。アレ……待って、スキピオが離れていく……待って、まずいし良くないってこの展開。
「これで……やっと二人きりだねぇ若き騎士よ。俺と語らおうじゃないか」
「なぜ……俺とですか?」
「君に興味があるからだ若き騎士よ」
何を考えているんだこの人は、この激流に流される感じ……皇帝と話している気分にさせられる。
「興味ですか……しかし私は、ただの奴隷ですし、何ら力も持っていません」
「ただの奴隷ごときがコロッセオを生き抜ける訳もない。君は、本当にいい騎士だと確信している。それを評価できずに奴隷のままにしているトラヤヌスやエイレーネーは、見る目が無いように感じて仕方がない……私なら君に領地を与えて家臣にするのだが、若き騎士、我が家に来ないか?」
「……、お誘いは、嬉しく感じますが、お断りさせてもらいます」
「なぜ断るのかなぁ。待遇は、今よりも良くなるんだよ?」
「待遇なんぞどうでもいいからですよレオニーナ公爵。アンタには、何も使える恩も義理もない」
「恩ねぇ……それほどまでにアウグスタ家に忠義があると?」
「アウグスタ家自体に忠義も無い……俺の忠義は、特定の人物達にしか向かないって話だよ」
「……なるほど……やっぱり君は、面白いと感じる。本当に欲しい人材だと感じるものだねぇ。何度も言うつもりだが、君の待遇は、あまり見合っていないと感じるよ」
「どうしてそう感じる?」
「少しは、敵意を収めてほしいが……まぁいい。それも君の持ち味ってことなんだろう。すまない、少し話がズレた……君の待遇は、あまりにも酷いと俺は、感じるものでねぇ。先程も言ったが、コロッセオの功績を考慮されないのもそうだが、ラティウム侯爵から聞いたよ。皇后を狙った暗殺者を殺したらしいね」
「ッ!……それがどうしたと?」
「報酬は、貰ったのかな?……それとも右耳につけている二つの耳飾りを貰ったのか?」
「いえ……これは、」
「答えなくてもいい。それがエイレーネーがお前に与えた物なら、相当君を馬鹿にしているねぇ」
「どうしてそう思う?」
「片耳に二つのピアスは、奴隷の印と言われているのだよ。知らなかったようだね」
「奴隷の印ですか……それは、知りませんでしたが、片耳に二つの耳飾りを付けたのは、俺の判断です」
「ほう〜自ら付けたと」
「そうですか、レオニーナ公爵がどうして俺を憐れむのか、やっと理解しました。俺の無知による物なのですね。なら嬉しい事ですよ。俺は、ジャンヌの奴隷として高貴な方々と接する事ができますし、原点を思い出せます」
「原点?」
「奴隷であろうと俺自身は、騎士でいることをジャンヌ様が許しました。エイレーネー様も陛下も俺を騎士と認め、側に置いてくださいました。出会った日から俺は、主人達の奴隷として誇りを持っているので」
「素晴らしい忠義心……この俺が感心してしまった。若き騎士よ、君が欲しいと思うが、一旦は、諦めようじゃないか。エイレーネーが手放したくない訳が理解した……本当に素晴らしい騎士精神」
「お……お褒めの言葉……ありがとうございます?」
「もっと君と話がしたい。そうだなぁ、歴史は、好きかね?」
「えぇ、好きですが……」
なんだこのおじさん……さっきよりもフレンドリー感が増した気がする。俺を試していたのか?……理解できないし、よく分からん。気に入られる要素あったか?
「俺も好きでねぇ。特に未だ興味が尽きないのは、聖遺物や「聖杯」に関する歴史が好きでねぇ……君は、聖杯から始まる神暦の歴史をどう感じる?」
「どうもこうもありませんよ……ただの歴史ですし」
「ただの歴史ねぇ……本当にそうなのかなぁ?」
「どういう事ですか?」
「神暦の始まりは、聖杯を初めて使った国が命名した暦だけどねぇ、結局その国もなぜか滅んでいる」
「……」
「もっと気になるのは、聖杯の発見の流れからだよ。俺もねぇ、皇族レオニーナ家として多くの聖遺物を見てきたけど……無いんだよ、石板って物がね」
「さっきから何が言いたいですか?」
「伝承って当てにならないってことさぁ。昔からずっと考えていることでねぇー……聖遺物って存在に頭を悩ませてばかりだよ。彼らのせいで戦争が激化したと感じるし」
「……えっと……レオニーナ公爵は、「聖杯」を見たことってあるのですか?。その前に聖杯は、実在するものなのですか?」
「君は、聖杯を見たことがないんだなぁ……確かに、あれは、国家として大切な命でもあるし、トラヤヌスもそうそう見せないか……聖杯は、ちゃんと実在するし、この目で見たこともある」
「聖杯って、実際にどんな形なんですか?。伝承のように黄金なのでしょうか?」
「……若き騎士よ、急に食いつきが良くなったなぁ」
「あ……いえ……すみません。興味が湧いてきたので……」
「構わない。誰だって、あれに興味を持つのは、当たり前だろう。……一度でも聖杯を見たら、誰でも納得し溺れる。聖杯には、誰でも魅了させる力を秘めた何かだ」
「何か?」
「そう……聖杯には、取り付かれるほどの「何か」があるんだ。一度でも目にすれば、永遠と脳内に記憶として刻まれる……いつかトラヤヌスに見せてもらうといい……あれは、素晴らしい」
レオニーナ公爵は、声色も何も変わっていないが、口を手で隠し何かを隠そうとしていた。しかし、レオニーナ公爵の顔は、歪に歪み、人の欲ってものが前面に出ているような……いや……人間の本質というべきなのか、不気味にそれを欲するように顔が歪んで見えた。
聖遺物が何を持って歴史に現れ、現在にあるかは、知らないが……その始まりと終わりにあるのは、いつも聖杯……この日を境に俺は、聖遺物に関わっていくのだろうと根拠のない確信がある。
それ以上に聖杯を廻る争いの歴史は、視点を変えれば何か変わるのかもしれない。
俺は、理解したようで無知のまま……傍観者であり続けるのかも知れない……それが無性に誇らしく……嫌だと感じる。
六十八話を読んでいただきありがとうございます。
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今後の神代の贈り物を楽しんでください。




