六十一話 心は七色に変わり虹のように複雑で螺鈿のような美を纏わせて
魑魅魍魎が跋扈する今宵の宴に、我が身は慢心し、その末路は、我が誓いに刃を突き立てられるまで至った。恥ずかしや、ああ恥ずかしや。男として恥をかいてしまい、我が誓いを踏みにじられ、怒りに震える未熟さよ。しかし……我が誓いを踏みにじろうとし、我が誓いに手をかけた者どもを許せるほどの天道を歩む気にもならん。ただこの怒りは不退転の極みなり。我が師を切り捨てられそうになり、我が恩人に悲しみを与えようとする妖ども。地獄道まで切り伏せよう、悪鬼として。
神聖アウグスタ帝国 ラティウム侯爵領首都 ウエプル・ルーナエ
華やかな社交の場が静まり返る。貴族たちの視線は、貴賓席に向けられている。
「お母様、ホルテンシア、怪我は、ない?」
「ジャンヌ、貴女も来たのね」
「ええ……龍閻がいきなり飛び出したので、一体何があったのですか?」
「えっと……ですね……」
「ジャンヌは、立派に成長しているようだなエイレーネー。本当に美しく育っている」
「ッ……叔父様」
「我々は、一旦傍観者になろう。そちらの方が面白そうだ」
ジャンヌたちは、龍閻の方に顔を向ける。龍閻は、戦闘時とは違い……怖いと思った。それは、怒りが溢れており、魔力と殺意が目に見えるほどに濃く、歪んで見えるほどに……おぞましく見えた。
「クソガキ、よくも……レオニーナ家に泥を塗る真似をしてくれたなぁ。後ろのエルフもろとも殺してやる」
「たわけ。それは、こちらのセリフだドワーフ。よくも我が恩人たちに剣を抜けたなぁ。テメェみたいな畜生道以下の獣は、地獄道に叩き落としてやるから首を出せ」
そう言い放つと龍閻は、ゆっくりと鞘から刀を抜き始める。刀を抜かれるに従い、魔力と殺意が激流の如く溢れ出す。それは、まるで怒り狂うドラゴンに睨まれると錯覚するほどに恐ろしく、周りの貴族たちも足をすくませるほどに怖い。
「貴様ごとき未熟者に殺されるほど柔じゃないぞ、小僧」
「未熟承知の上だ。テメェみたいなゴミを生かして返すくらいなら命くらい賭けて殺してやる……貴様の臓物を全て曝け出し、貴様の家系全てを滅ぼすまで暴れるまでよ」
「そのセリフをそのまま返そう、この無礼者どもめが」
二人の間に殺意と魔力がぶつかる。ただ睨み合っているだけなのに互いの怒りと殺意が乗せられ、威圧し合う。
「落ち着いて龍閻くん!、本当に待って龍閻くん」
「そうよ龍閻、落ち着きなさい!」
二人の声は、鬼の耳に届くことなく、二頭の獣は互いに殺意をぶつけ合い、もはや誰も入り込めぬほどに我を忘れていた。
「死ねヤァー!」
「グオオー!」
龍閻とジンは、互いに剣に魔力を纏わせ、戦いの火蓋は切られたのだ。互いに最高の間合いで放たれる横薙ぎは、刀身同士をぶつけ合う形になる。
「ドン!」と衝撃音と風圧が、目撃しようとしている観衆の目を塞ぐ。
「「ッ!」」
二人の剣士にとって、違和感のある感覚が刀身を通じて伝わってくる。しかし風圧とチリ煙によって視界が遮られている。誰も今の状況を理解していない中で、とある声が響き渡る。
「双方おやめぃ!、この社交の場にて争い合うのは、礼儀に反する行為ですねぇ」
チリ煙が晴れて、風圧が治まり……皆、同じ人を見ていた。その男は、剣士同士の攻撃を食事用のフォークとナイフで止めているのだから。その姿は、まさしくこの国に誇る英雄の姿であり……龍閻にとっては、複雑な相手だった。その男は、伝統の礼服トーガを纏い、金髪に酷い癖毛をしている。
「貴様は、スキピオ・アエネアス!」
「スキピオ、邪魔するならテメェごと叩っ切るぞ!」
この光景は、あまりにも滑稽に見えるのだろうか、それとも異常に見えるか知らないが、ジンの攻撃をフォークで受け止め、ナイフで龍閻の攻撃を受け止めている。その顔は、ニヤニヤした顔で余裕を感じさせる。
「龍閻、落ち着け……同じくレオニーナ家の狂犬ジン殿も落ち着いてください。双方、私の顔を立てて一度剣を下ろしてもらおう」
「誰が貴様の!」
「ジン……辞めだ、剣を下ろせ」
「承知しました、主人様」
ジンは、マルクスの命令に従い剣を鞘に戻す。それまでの怒りや殺意といったものが、ぴたりと止む。
「龍閻くん、貴方も剣を納めなさい」
「ヴゥゥゥゥウ」
しかし一方の龍閻は、怒りが収まらないのか獣のように唸り声を上げて威嚇する。
「はぁ……しょうがないなぁ、コイツは」
「エッ!」
スキピオは、怒りで我を忘れかけている龍閻に足払いをし、龍閻が体勢を崩した隙に脇に抱え込み、龍閻を抑えた。
「離せスキピオ!この癖毛脳筋バカ!」
「はぁーい、うるさいよー」
足をバタバタと動かしコミカルに文句を言う龍閻に、ジャンヌとエイレーネーが少し安心と胸に刺さる何かを感じながらも、意識をマルクスに移す。
「お兄様、私の配下がすみませんね。しかし……彼らの怒る理由は、正当なものですし、ジンが怒ることも正当なものでした。互いにここは、穏便に引きましょう」
「そうだなエイレーネー……今回は、不問として終わらせよう。周りの貴族たちよ、騒がせてすまぬ。社交会を続けよう」
マルクスは、そう言い、周りの貴族たちは従うのみだった。まるで何もなかったかのように社交会が再び始まり、マルクスは、未だにスキピオの脇に抱えられて抑えられている龍閻に顔を向けて離れていった。
「はぁ……終わった」
「お母様、お疲れ様です」
「ええ、ありがとうジャンヌ。ホルテンシアも怪我は、ないかしら?」
「大丈夫ですが……」
「私も平気ですお母様……でも龍閻が」
3人の視線は、一人の場所に集まっていた。
「離せースキピオ!」
「落ち着けって、バカ弟子」
「スキピオ、ありがとう助かったわ」
「本当にありがとうスキピオ、貴方がいなかったらどうなっていたことか」
「皇后様にジャンヌ様、お礼なら俺の給料の額を元に戻してください……それとこのバカ弟子を大人しくさせてください」
エイレーネーとジャンヌは、駄々っ子のように暴れる龍閻に目を移す。先程までの強者の風格も騎士としての風格も失われたような姿をしている。
「そうですね……とりあえずスキピオ、龍閻を解放してあげて」
「了解です」
解放された龍閻は、大きく「はぁ」とため息を吐いて剣を鞘に戻す。色々思うところがあるのだろうけど、一旦は飲み込んだらしい。
「皇后様、ホルテンシアさん、怪我は、ありませんか?」
「ええ、貴方のおかげで怪我は、していないわよ」
「龍閻ちゃん、助けてくれてありがとうございます」
「ならよかったです……そんなことよりもスキピオ、なんでいる?」
「おま……師匠に敬意はないのか?」
「尊敬と共にデカい恨みがあることを忘れてないからこんな形なんだよ」
「スキピオも神託祭が目的ですね」
「……はぁ……そうですよ皇后様。聖遺物の覚醒は、一生に何回見られるかどうかですし」
「嘘をつきましたねスキピオ、陛下絡みですか?」
「……」
「陛下絡みですか……なら構いません。貴方も大変ですね」
「……なら私は、失礼いたします皇后様」
そう言うとスキピオは、離れていった。しかし立ち去る時の顔は、まるで戦さに出るような……戦いをする男の顔をしていた。
「エイレーネー様……申し訳ありません。怒りのあまりに我を忘れておりました。」
「龍閻くんが謝る必要性は、ありません。アレは、私の失態が招いた結果です。今考えるとお兄様のペースに飲まれて彼に有利な方に動かされていました。」
「……」
エイレーネー様は、俺の頭を撫でながらそう優しく答えてくれた。その手の温もりは、暖かくて心が静かに怒りを鎮火していく。
「お母様が会話でペースを飲まれることってあるのですか?」
「えぇ……そうですよジャンヌ。私は、未だに未熟な為政者ですから未だに陛下やお兄様が考えている事も分かりません。」
「そんな事よりも食事をしましょうかジャンヌ」
「はい、お母様」
ジャンヌとエイレーネーが貴賓席に戻ったが、テーブルに乗っていた料理が風圧のせいでぐちゃぐちゃになっており……食べられるようなものじゃなかった。
「すみません……」
「ウフフ、これじゃ食べるものがないから他の席からいろんな料理を取りに行きましょうか」
「そうですねお母様、だから龍閻も謝らなくていいから私達を守ってね」
「うん」
「ホルテンシアは、この貴賓席のテーブルを近くにいるラティウム侯爵の侍女達と共に掃除を頼むわね」
「承知しました皇后様」
ジャンヌとエイレーネー様は、お皿を持って料理が置かれているテーブルに向かった。しかし、先程まで社交会と言う場じゃなかったのに周りの貴族達は、何も無かったかのように振る舞い楽しんでいる。それを見ているとレオニーナ家の力を感じさせると同時になんであんな事になったかわからない……ちゃんと原因とか聞けばよかった。
「怒りに任せちゃダメだな」
俺がポロッと呟いた言葉を聞いて、エイレーネー様とジャンヌは、互いに顔を見てフフと笑う
「なんで笑うの?」
「龍閻……貴方ねぇ、未だに混乱とかしているの?」
「なんで?」
「素に戻っているからよ。」
「あ、」
「龍閻くんは、私とホルテンシアの為に怒ってくれたから心の整理が付かないのかもね。でも……あんなに怒っている龍閻くん初めて見たかも」
「……」
「龍閻が照れてる」
ジャンヌとエイレーネー様は、先程までの緊張感もなく社交会で素の自分を出している気がする。
俺は、耳飾りを触りながらも二人の笑顔を見て安心感を得る事ができた。少し自身の頬が熱く感じるのは、本当に照れているからだろう。
エイレーネー様とジャンヌは、食べたい料理を皿に入れて貴賓席に戻る。貴賓席は、ホルテンシアさんが完璧に清掃をしたのか綺麗になっており、ホルテンシアさんの顔も満足そうに見える。しかしホルテンシアさんは、いつもは、涼しい顔でなんでも静観する人と思ったが……なんか普通の女性に感じる。
貴賓席にジャンヌとエイレーネー様が座り食事を取っていると
「あ!」とエイレーネー様が思い出したように俺の方を見て、ホルテンシアさんにハンドサインで何かを頼んだ。
ホルテンシアさんが持ってきたのは、豪華な布の包みだ。
「皇后様、頼まれたものを持って参りました。」
「ありがとうホルテンシア。」
「皇后様こちらは、なんですか?」
「龍閻くん、無理して敬語しなくてもいいわよ。これは、とある貴族の方から貰ったものなんだけど私の知らないものでね……極東から手に入れたと言っていたから龍閻くんならわかるかなって」
「凄いですねお母様、私も見せてください。」
「当然ですよジャンヌ」
エイレーネー様が布の包みを解き、中から小さな豪華な箱と……懐かしいく、見覚えのあるものがあった。虹色に輝き、桜らしき花と小鳥の美しい模様が施されている。
「綺麗ですねお母様この虹色に輝く物は、不思議ですね」
「そうね、私もコレが気になるのよ。龍閻くんは、何なのかわかる?」
「螺鈿細工ですね……綺麗で懐かしい。死んだ母上も似たような物を持っておりました。」
「えっと……そうなのね龍閻くん」
「螺鈿細工ねぇ……龍閻、どう言った材料を使うの?」
「作り方は、知らないけど貝を使って作るらしいよ。出雲国の皇族も好んで用いる高価な品の一つだし」
この暖かい気持ちのまま今日は、終わっていった。この日だけでも複雑に感情が揺れ動いたが……最後ら辺は、心の底から暖かく感じる事ができた。
六十一話を読んでいただきありがとうございます。
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