五話 権力の元に何を求めるのか
神暦762年 出雲国 京の都・宮殿内
俺は今から帝に会う。緊張するぜ……エルフ族で関白の地位にいる芭蕉さんの後ろをついて行く。
「空天殿、こちらが帝の執務室になります。帝は気さくな方なので、気を楽にしてください。」
芭蕉さんはそう優しく言ってくれるが、気楽など無理に等しい。この国のトップの機嫌を損ねたら殺されちまう。
「気楽……ですか……。」
安心しろ、俺。この国にとって、とても嬉しい報告だ。聖遺物が適合者を見つけ出した。はい、大ニュース!国中でお祭りを開いてもおかしくないぐらいめでたい。だから、気楽にいこう。
「では、入りましょうか。殿下、火之神空天を連れて参りました。」
執務室の襖の奥から声がする。
「あ、芭蕉?今ちょっと難しいから、ちょっと待ってー。」
「何を言っているんですか、バカ殿下。あなたが呼び寄せておいて『無理』などとほざくな、若造が。」
え、帝ってこんなに適当な人なのか?芭蕉さんも帝に容赦ない。おいおい、待て。出雲国ってこの二人を中心に運営されてるのか?大丈夫なのか、この国……。
「無理に今じゃなくてもいいのでは?」
「いえ、空天殿。あのアホが呼び寄せた挙句に『無理』とは、礼儀に反しますので。」
俺には丁寧で優しい口調なのに……。
「おい、バカ殿下、開けますよ。」
芭蕉さんが襖を開けると、女二人と若者がいた。俺と同年代の若者だ。着物が乱れている。慌てていたのだろう、女性はそそくさと部屋から出ていった。
気まずい……。なんだこれ、えっと……うん、理解できん。芭蕉さんもなんか言ってくれよ、困るだろ。
「おい、バカ殿下。てめえ、仕事を放棄して何女と遊んどる。」
「芭蕉、よく考えろ。俺は、この国の長だ。子をなさねばならんからな、伽も仕事と言える。」
なんだこの会話。これがトップ二人の会話か?
「時と場所を考えろや。てめえ、これでも帝か?責任持てよ。」
芭蕉が帝に近づき、顔面を鷲掴みにしてアイアンクローをかける。やはりなんだこの状況は……。ツッコミを入れるべき俺が困惑しかできない。さすがは高貴な人たち……って、なんか納得している俺っておかしいだろ。とりあえず落ち着け。
「イタタタ……やめろや、芭蕉。これでも帝だろうが!イタタタ、お願いやめて……ごめんなさい、ごめんなさい。許してください、すみませんでしたー。」
情けねぇ帝だ。部下の関白に尻に敷かれてやがる。なんだかこの国、大丈夫か?
「許してだと?ふざけるなよ、若造。これで何度目だ、この阿呆が。ちゃんとしろ、これでも出雲国の帝か?」
「すみませんでしたー。」
芭蕉さんは、やっとアイアンクローを止め、帝を座らせる。
「さあ、空天殿。聖遺物の報告をお願いします。」
「いきなり無理に決まってるだろ、アホが――。」
あ、やべ……つい勢いで言ってしまった。でも無理だろ。意味が分からん状況で「はい、言ってください」って、無理無理無理。おかしいってこいつら。これが国のトップって……この国の未来、詰んでね?
「ブッハァハハハ――。」
帝は、俺の言葉に爆笑し、芭蕉は「確かに」という顔で俺を見る。カオスな光景とは、まさにこのことだろう。
「申し訳ございません、空天殿。確かにいきなりで済みません。そこのアホは、この国の長と思いたくありませんが、現帝の大国主神優雅様です。」
「芭蕉、余計なことが多い。それでもお前は、俺の家臣か?」
「家臣だから恥じているのです。」
この二人の関係はよくわからん。でも仲はいいのか?帝も芭蕉さんの発言を割と受け入れている……いや、受け流しているし。
「えっと……お初にお目にかかります、殿下。火之神家当主、火之神空天と申します。我が家に保管している聖遺物、聖剣種・十束剣が適合者を見つけ、鎖の結界を破壊しました。」
なんかスラスラ言えた。緊張感がないせいか?さっきまで罵倒した後とは思えないほど丁寧に言えた。
「ほう……十束剣が適合者を見つけたか。芭蕉、今からすぐに血縁の者を中心に知らせよ。早馬だ。特に神馬の許可を出すから急がせよ。」
「はい、承知いたしました。」
俺が報告すると同時に素早い決断。あれ、さっきの人と同じ人物ですか?
「火之神の者よ。よく良い報告をしてくれた。先ほどの無礼を許してくれ。伽も仕事の内でな。」
「嘘をつくじゃありませんよ、このアホ帝。仕事をサボって遊んでただけだろ。」
「芭蕉、格好つけてる時にやめてくれ。」
手遅れだと思う……。
「手遅れでしょう。帝がアホなせいで。」
芭蕉の棘が矢の雨のように降り注ぐ。俺は、やはり何を見せられているのだろう。
「有難き幸せでございます、殿下。我が家では、これより選定の儀を行いたいと思います。そのための許可を……。」
「良いよ。」
早いな……そして軽い。
「ありがとうございます。」
「火之神家の者よ。とりあえず教えとくが、十束剣の候補者は血縁の中にいてな、天探家の御影というガキだ。まあ、覚えておけ。」
天探家の御影様……これが候補者。何か選ぶ基準があるのか知らんが、聖遺物を家の物に持たせて力を持ち続けるためだろうな。抜け目ない。
「わかりました……。」
「まあ、嬉しいもんだな。聖遺物が適合者を見つけ出すことは、大義である。火之神家には、選定の儀が終われば褒美をやろう。すぐにでもしてやりたいが、まあ準備というものがあるからな。」
褒美か。帰ったら嬉しい報告ができそうだ。
「そうだな、褒美の内容か……お前にうちの誰かを嫁に出そうか?」
「いえ、お断りします。俺には女神のような嫁がおりますので――。」
しまった……条件反射で話を断ってしまった。でも仕方ない、浮気したくない。
「そうか……なら子供同士を結婚させるか。お前の子は、男か?女か?」
それは良い話かもしれない。断る必要もないな。
「男児です。まだ六歳の童ですが、俺から見たら天使のような美形です。」
そして俺は、また同じやらかしをする。さっきと違って親バカ全開なのが素晴らしい。
「男児の六歳か……ちょうど俺の娘に同じ歳の子がいる。それで行こう。そして、お前……空天と言ったな、俺の友になれ。なかなか面白そうだ。」
これも同じ断るのか……?友?……え?……は?……友……断ったらやばそうだ、どうしよう。俺のパーフェクト脳内よ、答えを弾き出せ――。
「はい、喜んで、優雅。」
「おうよ、空天。酒を飲もうじゃないか。芭蕉が戻ってくる前によ。」
「へい、ガッテン。」
まあ、どうしてこうなったか分からんが、結果オーライな感じで収まったぜ。
「オラァ、空天よぉ。飲め飲め、ガハハハ。」
「うめぇ。都の酒は美味えなぁ、優雅。」
俺たち二人は肩を組み、酒を飲んでワイワイ楽しむ。昼間だとしても関係ない。帝の命令だしな。根本的に困ることじゃないし。
「咲夜に怒られそう……。」
口から自然と咲夜の名前が出る。俺は、やっぱり咲夜を愛しまくってるんだなあ。
「咲夜?誰だそいつ。」
お?やるか?今俺に喧嘩を売ったか?待て待て、俺。優雅は咲夜の素晴らしさを知らないだけだ、悪くない。
「俺の世界で一番可愛い嫁。」
「なるほど、嫁か。お前は嫁を愛しまくってるからな、さぞ美人で良い嫁さんなんだろうな。」
「それは、とても良い嫁ですよ。正直、俺にはもったいなすぎて、崇めてます。」
「嫁を崇めるとは、お前……ただ者じゃないな。」
「当たり前でーす。そんなことより優雅は、どうなんだよ?嫁さんとかいるのか?女と寝てたじゃん、初対面で。あれは引くぞ。」
「おっと、その記憶はさらに飲んで忘れてもらうが……俺の場合は、たくさんいるからな。みんなちゃんと愛しているよ。」
「本当にー?」
「疑うなよー、自信なくしちゃうー。」
こんなふうに馬鹿げた話をして酒を飲み明かした。当然、戻ってきた芭蕉さんに二人ともアイアンクローされるが、それはまた別の話である。
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