三話 日常の鐘は鳴らず、兆しの鐘が鳴り響く
夢か幻か……時の流れに、風景は変わる。
生まれながらに見続けてきた夢。それはいつも、燃えるような彼岸花と、暗がりを照らす鬼灯の実で満ちていた。黄泉の国のような景色の中、空を仰げば、十の勾玉が月のように円をなして浮かんでいる。
誰かに呼ばれるままに歩みを進めど、終着点はいつも同じ。地面に突き刺さる一本の刀と、それを見守る十の人影。彼らは促すように、刀を握れと語りかけてくる。
意を決して柄に手をかける。冷たいはずの感触は温かく、吸い込まれるように、その手を離せなくなった。
大地が吸い込まれ、影も全て刀へと戻る。
夢は開け、日常に還る。
神暦762年十月十五日、出雲国大和。
朝日が照らす庭先で、俺と龍閻は日課の稽古をしていた。龍閻に武芸を教えてもう2年が過ぎ、龍閻も六歳になった。俺は息子の成長に軽い恐怖を覚えている……。親の威厳的に、子供より弱いという未来が着々と近づいているからだ。剣術に小太刀、鎖鎌術、槍術、薙刀術に弓術……龍閻は武芸の才能を開花させ、しかも成長期のせいか、魔力量も増えている。やばい、このままだと本当に嫌だ、怖すぎる……。でもまあ、こうやって朝から庭で仲良く稽古するのは楽しいが……。龍閻が魔法を覚えたら、どんな化け物になるのやら。
「龍閻、無駄な力が入っている。もう少し楽に振ってみろ」
「はい、父上。こうですか?」
「そうだ……脱力感を持て。力みは敵だと思え」
龍閻がこちらを見て不思議そうな顔を向ける。
「父上、前々から気になってたことがあるのですが、時々父上の全身に淡い光が纏っている時ってありますよね……あれってなんですか?」
え……いきなり何だ?淡い光?……ああ、あれか……。
「魔力だ。まあ、特殊なものだけどな」
「特殊?」
「まあこれはな……難しいと思うから、まず簡単に説明するが」
どうしよう、龍閻の瞳がキラキラと期待に膨れている。
「魔力は、肉体に宿るエネルギーで、魔法も魔力を使って発動するものだ……。ああ、魔法に関しては俺じゃなくて、咲夜に聞け。俺は魔法が苦手で使えないからな」
本当にガキの頃から魔法だけはからっきしで、使い物にならなかった。その点、咲夜は才能があるのかな?……いや、神聖魔法の転移を使えるから、確かにあるな……。おっと、龍閻に説明の途中だった。
「えっと、どこまで説明したっけ?」
ああ、龍閻が呆れた顔をしている……。なんてこった、咲夜の呆れ顔とそっくりだ。
「父上、忘れるのが早すぎです。しっかりしてください」
「ごめん、ごめん……魔力と魔法のくだりだったな……。まあ、魔法は咲夜に聞け。俺の場合は、肉体を魔力で強化している。正式な名前は知らないがな」
「何それ、すごい!俺も父上みたいに強化してみたい」
「え……やってみるか?」
言うと思っていたが……まあ、いい経験になるだろう。
「龍閻、後ろを向け」
俺は龍閻の背中に手を乗せ、魔力を流す。イメージは、血液が血管を流れるように、魔力を全身に流すこと。空天の魔力が龍閻の体を駆け巡る。まるで、欠けていたピースを埋めるように肉体に刻まれていく。
龍閻の体が完全に身体強化したのと同時に、本殿の中、十束剣が光を放ち、結界を砕いた。
俺の脳に、砕け散る音が響き渡る。
……なんだ……今の?……何の音だ?……龍閻には聞こえてないのか?
龍閻は、初めての身体強化に浮かれていた。淡い魔力の光が龍閻を包んでいる。
まさか……十束剣の結界が解けたのか?
だとしたら……十束剣が適合者を見つけた!
嫌なタイミングじゃないか、くそ。龍閻が身体強化した途端に……。いや、考えすぎだ。まだ龍閻は子供なんだから。
「龍閻、とりあえず家に入っていなさい」
「どうして?」
「いいから言うことを聞け」
龍閻は渋々家の中に入っていった。俺は本殿へ急ごう。なぜ、こんなに嫌な予感が収まらないんだ?
(龍閻視点)
変な父上。なんか分からないけど、急に不機嫌になってつまらない。ああ、身体強化っていうのも、もう終わっちゃったし。母上のお手伝いをやろうかな〜。
「母上、何か手伝うことない?」
母上は、いつもの優しい微笑みでこちらを見つめてきた。
「龍閻、どうしたの?まだこの時間帯だと、空天さんと稽古中じゃない?」
「父上なら、なんか急に不機嫌になってどこか行った」
「え、そうなの?……何かあったのかな?」
「だから、母上のお手伝いするの。だって暇だから」
「偉いね、龍閻は。でも、ちょうどやることがないから、お勉強をやろうか」
「え……分かりました」
勉強か。嫌だなあ。でも、自分から暇って言っちゃったし、逃げられない。
「偉いね、龍閻。じゃあ、お家の勉強をしようか。火之神家がどんな家かをね」
「はーい」
「じゃあ、よく聞いてね。火之神家は、代々聖遺物を守ってきた一族で、守り手と呼ばれてきたのよ」
「そこは分かってるよ、母上。もっと他にないの?」
「まだ話している途中よ。家が守る聖遺物は、聖剣種・十束剣。私たちは、十束剣が適合者を見つけるまで守り続けるための一族なの。だから、龍閻も一緒に頑張ろうね」
「はーい」
まだよく分からないけど、きっと俺は十束剣を守ることが使命なのかな……。
「母上、あのね、夢の話を聞いてほしいんだけど」
「夢?」
(空天視点)
一方、その頃。空天は、本殿の前、拝殿の中にいた。
ここの門を開けることができたら……それは、確定で十束剣が適合者を見つけ出し、結界を解いたことになる。守りの結界であり、保管の結界……。今後の動きで危険が増す。
「……くそっ」
開くじゃないか……。くそ……。なんでこんなに不安感が襲ってくるんだ?なんで脳裏に龍閻の顔がフラッシュバックするんだ?なんで、あのタイミングなんだよ……。ちくしょう。
「まだ、決まったわけじゃない」
まず、帝に通す。報告して、適合者を見つけ出すための「選定の儀」について聞かなきゃならない。武家の者たちにも知らせないといけない……。
「面倒くさい」
やることが多いじゃないか。嫌だー、貴族とか高貴な連中と話すの、しんどい。ああ、頭が痛くなってきた〜。家に帰って酒を煽ってやる。意識が消えるまで飲んで、咲夜を抱いて寝よう。俺はそう誓い、とぼとぼと家に帰っていった。一人で何時間悩んでいたか知らないが、空には月が輝いていた。
「ただいま……咲夜、酒くれ」
「何をいきなり言うのですか?アホになったのですか?」
「あれ?今日あたりキツくない?」
「当たり前です。もう何時だと思っているのですか?」
「分かりません」
やばい、咲夜が怒っている……。何かしたか?
「現在は、戌の刻ですよ。龍閻と私は、先に食べましたし、龍閻はもう寝ています……。何か言うことありますよね?」
「ああ、はい……。遅くに帰って、申し訳ございません」
やばい、泣きそうだ。初めて咲夜にここまで怒られた。
「……ちゃんと謝ったので許します。お酒も出しますから、縁側で待ってください。私も話したいことがありますので」
俺は素直に縁側に行き、咲夜が来るのを待った。酒と軽いおつまみを持って咲夜は縁側に来て、俺のそばに座る。
「えっと……咲夜、話って何?」
なんか知らないが緊張する〜。そういえば、龍閻を妊娠したと、聞いた時もこんな感じだった……。はっ、もしかして二人目、ついに来たか。どうしよう、緊張が止まらん。咲夜もあの時みたいに少し不安そうな顔だが、頬が少し赤くなっている。可愛い。
「空天さん……」
「オ、ド、ドオシタ?」
やばい、緊張のあまり言葉がどもってしまった。外国人並みにカタコトだって……。落ち着け、俺。二人目でも変わらない。俺と咲夜の間の子なんだ、プリティ天使に決まってる。
「空天さん、龍閻からとある話があって……龍閻が今日ね。夢の話をしてくれたの」
……え?……あれ?……俺の早とちりだった?……新しい子は?……え?……。こんな時って……。予想外の話に俺の脳内は真っ白になるが、なんとか我に戻れた。
「龍閻の夢?」
「はい。龍閻が夢の話をして、不安になって……」
夢ってただの夢だろ?そこまで不安になることか?
「龍閻が言うには、彼岸花が咲くところにいて、中央には突き刺さった刀があって、奥に十人の人影がいるらしくて……。すみません。あの子の言葉で上手く理解できたのがそのくらいで。でも、不気味で……空天さ?」
俺は夢の話を聞き、ぶわっと冷や汗が全身を伝う。自分の顔からさーっと血の気が引いていくのが分かる。ただの夢だ、内容も分からない、たかが夢……。なんで十束剣が脳裏に映る?
「空天さん……私は、貴方に嫁いでから決めていることがあります。絶対に貴方を支えますから、不安なことなら一緒に乗り越えましょう」
咲夜は俺の手を握り、そんな胸キュンな言葉を投げかけてくる。そこまで露骨に俺は狼狽していたのだろうか。
「ありがとう、咲夜……。今日は、一緒の布団で寝てくれ」
いつもなら照れてうまく言えない言葉だが、すらすらと言えた。それほどに、俺は今一人で考えるのが怖いのだろう。そして、咲夜に甘えたくなったのだろう。そこまで、今の不安感はひどかった。
「はい」
咲夜の返事は、俺を安心させた。そして、ある程度の覚悟を決めた。明日は、帝のところへ行こう。
三話を読んで頂きありがとうございます。今後とも頑張って参りますので、感想やコメントをお待ちしています。