二話 才に魅入られて、夢は続く
彼岸花が咲き誇る、燃えるような大地。鬼灯の実が、仄かな灯りのように揺れる。夢か現か、黄泉の国か、灯りのない闇を、ただ歩き続ける。誰かが呼ぶ、遠い声に誘われて、歩みを進めど、同じ場所に佇む。そこに突き立つ、一本の刀。奥で見つめる、十の人影。何を求め、何を望むのか。夢はここで、静かに途絶える。
神暦760年八月二十日、出雲国大和。
「龍閻、起きろ」
夜明け前、俺は愛息子の龍閻を起こしていた。どんな夢を見ているのかは分からないが、寝顔は天使そのものだ。ここ数日間、龍閻の将来について色々考えたが、答えなど見つからず無駄に終わった。まあ、それでいいと思っている。子の未来は親が決めるものではないからだ。俺は親として、龍閻に選択肢を与えることに決めた。シンプルに、剣術のような武芸だけどな……。本当なら学問を教えてやりたいが、俺には無理だ。知識はあっても、言語化が苦手すぎる。そこは、うちの女神、咲夜が教えてくれるだろう。俺は、こんな過酷な世界でも、ある程度自衛ができるくらいには鍛えてやろう。
「おはよう、龍閻」
龍閻が眠たそうに起き上がる。眠いながらも、さすがは子供。数秒後には元気いっぱいに。体力が有り余っているのか、それとも回復力が優れているのか。どちらでもいい。ただひたすらに可愛い。
「龍閻、庭に行こうか。今日から武芸を教えるから、ついて来いよ」
「はい、父上」
くそっ、可愛い……。龍閻が息子でよかった。もし娘だったら、嫁に出せないどころか、世界中の男を皆殺しにしてしまいそうだ。俺、怖いな……。とりあえず落ち着け。今から武芸を教えるんだ。格好いい父の姿を見せるんだ。親父の魂を憑依させろ。あの頃、ガキだった俺が見ていた威厳のある父を、龍閻に「格好いい」って思わせるために。
俺と龍閻は庭に出ると、龍閻に合った木刀を持たせた。俺も自分の木刀を持ち、手本のように構えを教える。
「龍閻、いいか。まず目の前に相手がいるとイメージしろ。そして構える時、木刀の先を相手の目の高さに合わせ、体の中心に構えるんだ」
龍閻は、俺の構えを真似するように木刀を構えた。
「父上、こうですか?」
簡単な説明と構えを見ただけで、完璧とは言わないまでも、形ができていた。俺の息子、天才なんじゃ……。
「龍閻、すごいな。構えがもうできている。簡単に教えただけなのに。よし、次は縦振りを教えるか。中段の構えから、体の中心を縦の軌道で振り下ろすんだ」
木刀が上から下へ振り下ろされる。幼い龍閻から見ても、父の素振りはとても美しく見えた。木刀を振るたびに、鋭く風を切り裂く音が響く。
「龍閻、やってみるか?最初は難しいと思うが、何回もやれば自然とできるようになる。分からなければ、俺が教えてやるからやってみろ」
「はい、父上。やってみます」
龍閻は木刀を中段に構え、上から下へ振り下ろす。「ヒュンッ」と音を鳴らす。俺は、その音を聞き、龍閻の一閃を見て……確信してしまった。龍閻の才能に。初めて振ったとは思えないほど、美しい縦振りができていたのだ。
は?……え?……は?……なんだ今の?構えだけで天才だと騒いだが、本当に才能があるんじゃ?……待てよ。四歳児の素振りか、これ?意味が分からん。俺、絶対数年で追い越されるじゃん……怖い。親の威厳だけは守りたいなぁ。いや、でも俺が一から育てたって自慢になるな。頑張ろう、俺。
「龍閻、すごいぞ!さすが俺の子だ!よし、今日から一緒に素振りをするぞ!」
俺は嬉しさのあまり、龍閻の頭を撫で回してしまった。俺もまだまだガキなのかもしれない。
父子仲良く、庭先で鍛錬を続ける。父が子に丁寧に指導しながら笑い、楽しそうにしている。それを縁側で、幸せそうに眺めるのは咲夜だった。
(咲夜視点)
私は、空天さんと龍閻が仲良く鍛錬しているのを見守っていた。朝食に用意したおにぎりとお茶を台盤に置き、縁側でただ眺める。
空天さんも龍閻も、本当に楽しそうだ。二人並んで木刀を振る姿は、血が繋がっているとよく分かる。空天さんは龍閻が私似だと言うけれど、私から見れば空天さんにそっくりで、良い子に育っている。本当に二人とも似ていて、とても可愛い。朝から夢中で鍛錬をして、可愛いなあ……。でも、そろそろ休憩させないとね。私は、空天さんの妻で、龍閻のお母さんなんだから。
「空天さん、龍閻、そろそろ休憩しましょうね。おにぎりとお茶を用意してます。一緒に食べましょう」
空天と龍閻がこちらを振り向き、縁側に向かってくる。
「そうだな、朝食にするか」
「はい、母上!おにぎりの具はなんですか?」
「おにぎりの具は、龍閻が好きな梅よ」
「やったあ!父上、母上、早く食べましょう」
家族三人の温かな朝食が始まり、楽しい一日の始まりを告げた。
(空天視点)
和やかな日常が終わり、夜。月光が縁側を照らし、影を作る。俺はいつものように、縁側で月を見ながら酒を飲む。この時の酒が一番美味い……。今日は、龍閻の力を見せつけられたような日だった。構えと振り方だけで才覚が分かるのだと、学ばされた。父親としては嬉しいが……すぐに俺より強くなりそうで怖い。
「空天さん、また縁側でお酒ですか?」
定番で、いつも通りに俺の愛しい咲夜が話しかけてくる。
「いいだろ。こんなに天気が良くて、月が綺麗なんだ。飲まない方がもったいない。龍閻はもう寝たのか?」
「寝ましたよ。今日は飲む気分じゃないので、話し相手ならします」
咲夜の言葉に、なぜか胸がキュンとしてしまう。さすが俺の妻、俺がどこでときめくか分かっている。
「なら付き合ってくれ、咲夜。今日も色々話したいからな」
「はい……いつまでも付き合います」
咲夜は少し照れくさいのか、頬を赤く染めていた。可愛い……理性がなければ押し倒しているところだった。
「ありがとう。今日さあ、初めて龍閻と鍛錬してみたんだが……うちの子、天才だな。何となくでできてたし……多分、観察眼がいいのか、ポイントを細かく見分けてたな」
「そうなんですね。確かに、龍閻は物覚えがいいですしね」
龍閻は物覚えが良すぎる。天才なのは分かるが、どう表現したらいいのか分からない。
「気づいたら文字の読み書きもできてたし……でも何ていうか……覚えたことが正確なんだよな」
「そうですよね。でも、うちの子がすごい、でいいんじゃないですか?」
「そうだな……龍閻は、すごいでいいか」
読み書きは咲夜が丁寧に教えていたから理由付けができるが、今日の出来事は想定外だ。簡単に身につくものではない……あれが天賦の才というやつか……。
「なおさら龍閻は、守り手じゃなくてもっと広い世界で活躍してほしいよ。武芸でも、学問でもいいから」
「空天さん……やっぱり龍閻を守り手にしたくないのですね」
「そうだな。家を継いでほしくないよ」
龍閻のこと、家のことを考えてしまう。未来のことを色々考えてしまう……。さて、今夜もいらないお客さんが来たようだ。俺が立ち上がると、咲夜は慣れた様子で尋ねる。
「神社に賊ですか?……怪我しないでくださいね」
「ああ、分かってる」
俺は愛用の槍を持ち、鳥居の方へ向かう。二十人程度かな?まあいい、すぐに終わる。
鳥居には、盗賊の風体をした男たちが群がっていた。
「ここが聖遺物を保管しているという神社か……野郎ども、狙いの物を奪って行くぞ」
盗賊の長らしき男がそう言い放ち、刀を抜く。他の連中も次々と刀を抜き、鳥居をくぐり境内の中に入っていく。だが、一番奥で、一人の男が背後から槍で首を跳ね飛ばされた。盗賊たちは、そのことにまったく気づかない。音もなく一人を殺したのだ。次に、槍が背中から突き刺さり、体を貫通する。
「ぎゃぁ!いてぇ!」
その絶叫に、盗賊たちは振り向く。松明で照らし、確認する。首を刎ねられて死んでいる仲間と、槍で突き刺された仲間の二人。貫通しているのか、腹にはっきりと槍先が見えた。そして、そこに小袖姿の男が立っていた。槍で刺された男は、意識を失ったのか出血死したのか、動かなくなった。小袖姿の男は、動かなくなった仲間から槍を引き抜き、次々と盗賊を殺していく。たった三分で、盗賊たちは血まみれになって死んでいた。
「ここは、火之神家が守る砦だ。聖遺物が欲しけりゃ、俺を殺してから行けよ、阿保が……この火之神、空天を殺してからな」
……俺、なんで死体に言ってるんだか……。まあいい。死体を片付けて、さっさと寝よう。はー、龍閻にはこんな仕事させたくないな……。早くこの役目も終わればいいんだが……。龍閻は、今頃どんな夢を見ているのやら。
彼岸花が咲き誇る、燃えるような大地。鬼灯の実が、仄かな灯りのように揺れる。夢か現か、黄泉の国か、灯りのない闇を、ただ歩き続ける。誰かが呼ぶ、遠い声に誘われて、歩みを進めど、同じ場所に佇む。天には、十の勾玉が月のように円を描く。その下に突き立つ、一本の刀。奥で見つめる、十の人影。何を求め、何を望むのか。ここで今日も夢が終わる。
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