二十二話 見えぬ悪意と恐怖を乗せ魑魅魍魎は宴を始める
神暦763年 三月十四日 神聖アウグスタ帝国・宮殿
豪華さと人の我欲が入り乱れるのが舞踏会というものだ。派閥争いとも言えるかもしれない。この国には、内政や外交を決めるためにいくつかの部署がある。最高決定権を持つ元老院、貴族議会、民会の三つに分かれる。
民会は、国民が自ら代表を選出し、政治活動を行う。決定権はないが、ある程度の政治的力を持つ。しかし、かなり弱い力だ。簡単に言えば、国民たちが緊急性の高い物を選んだり、自ら解決可能な事案に対処する議会だ。
そして本題の貴族議会は、国家の法律から外交まで、さまざまな事を取り決める場だ。「この法律の案を作りましたので、元老院に送ります」といった感じだろうか。
最後に元老院。こいつらが一番強い。皇帝が最終的なトップだとしても、彼らの言葉を無視できないから厄介だ。元老院は、貴族議会から四年に一度、代表者を選出し、約50名を集める。下から来た案や緊急性の高い物を選別し、決定する場所だ。舞踏会には、その貴族議会と元老院のメンバーが主席する。貴族だからな。それに加えて、貴族には男爵から公爵までの階級があるため、また面倒なことになる。
そして最後に言うなら、ジャンヌの存在だ。ホルテンシアさんから聞いた話では、アウグスタ帝国の皇帝権、つまり継承権は、男女平等に振り分けられるらしい。細かく言うなら、基本的に「誰が一番血縁が近いか」で継承順位が決まるが、アウグスタ帝国にはそれが無い。理由は、「最後まで優秀な者を選びたい」ということなのだろう。継承の決定権は、皇帝が持つ。この継承のルールがあるからこそ、派閥争いが生まれる。
はい、魔のトライアングルの完成だ。ほら、舞踏会って面倒だろう?そこにさらに見栄などが加わるのだ。想像するだけで吐きそうだ。
今何をしているかって?
今はなぁ……控え室のような場所に、皇帝と二人きりでいる。ジャンヌとエイレーネー様の支度待ちだ。
「龍閻よ、今のうちにこの待機に慣れておけ。」
「皇帝?」
「お前は、今後もこんな場を体験するだろうしな。まあ、女の化粧時間は長いぞ。」
「ああ……そっちか。しかし皇帝、俺の服装は、この国の文化的服装でなくて良いのですか?」
「ああ……それか。まあ、あれだよ。ブームってやつだ、きっと。」
「適当言ってる。」
俺と話している皇帝は、茶髪に整えられた髭に、布をぐるぐる巻きにした服装をしている。チャームポイントがあるとすれば、皇族を示す紫色の布が特徴的なのだろう。この国の文化的な服と言えるが、俺の服はかなり違う。今の俺の服装は、髪型まで言うならオールバック、黒のロングコートに中は白い服、コートに合わせた長めのズボンにブーツを履いている。基本は黒で、葬式を連想させるが、良いのだろうか。手袋も黒で……かっこいいけど。
「龍閻は、その服装に似合っているな。特注だけど、どうせ成長して着られなくなるんだ。雑に扱えよ。それにしても、お前の剣が腰に差すことができたら、さらにかっこよかったのにな。」
「しょうがないですよ。身長的に無理なんですから。」
俺は、壁に立てかけてある十束剣を見た。墨で塗られたような柄に、鬼灯の紋様がある黄金の鍔。鞘には、燃えるような彼岸花が上から下まで描かれており、中央には、十個の勾玉が円状に並んだ模様が刻まれている。
本来なら、俺は腰に差していたかったが、身長的にまだ無理なので諦める。俺の身長が118センチぐらいで、十束剣が打刀の部類なら、柄を含めて約95センチある。仕方なく手で持つことにした。十束剣は、聖遺物だからか、所有者に適した重さになる。つまり、子供が木の棒を振り回すのと同じで、とても軽い。
「そういえば皇帝、なんか今日、テンション低いですね。」
「ああ……だって待ち時間って暇じゃん。本当に女の支度は長いからな。」
なんだろう。この人の私生活を観察してみたい。「もし皇帝の生活24時」みたいな本とか出ないかな……。まあ、実際に疲れているのだろう。それとも、他の何かに気を取られているのかもしれない。俺は皇帝じゃないから、実際に何を思い、何を考えるのかはわからない。だが、今まで固められた人物像を変える何かが、この人にはあった。獣人の侍女さんが部屋に入ってきた。
「陛下、皇后様と皇女ジャンヌ様のお支度が済みました。並びに、客人も広場に揃っております。」
「ああ……わかった。エイレーネーとジャンヌを、一旦この部屋に連れて来い。」
「仰せのままに。」
そう言って、獣人の侍女さんは部屋を出ていった。ふと思ったが、この宮殿には侍女が多くいるが、なぜか若い美人が多い。これは理由があるのか、それとも誰かの趣味なのかが気になる。
「龍閻、お前はまだガキだが、あと数年したら、ここの素晴らしさが分かる。」
なんだ急に悟った顔をしやがって。疲れていて、変なことを言っているのか……。皇帝が遠い目を向けながらこちらを見るのが少し怖い。そろそろこの空間に新たな空気を入れてほしいと思っていたら、ジャンヌとエイレーネー様が入ってきた。二人ともとても綺麗になっており、ドレスは俺と同様に、この国の文化的な物ではなかった。ジャンヌは白銀色のドレスを着ており、髪の色と合わせて神聖さを放っている。エイレーネー様は黒金色のドレスを着ており、それもまた綺麗に見えた。言葉にできない美しさがある。
「ジャンヌ、エイレーネー様、ドレスがお似合いです。」
エイレーネー様は特に変わりない返事だったが、ジャンヌは少し顔を赤らめながら「ありがとう」と返してきた。今日はみんな硬い。やはり緊張するのか、それとも何かあるのだろうか。
「さあ行こうか、舞踏会へ。」
皇帝が静かに言う。やはりその顔は、日頃から見るものではなかった。威厳とでもいうのだろうか、それが強く感じられる。その後ろを静かにエイレーネー様が歩く。俺は左手で十束剣を持ち、なんとなくジャンヌに右手を差し出す。ジャンヌは少し微笑みながら、俺の手のひらに左手を乗せる。少し歩いた先には階段があり、降りていくと広場が広がり、きらびやかな人々がこちらを見ていた。
「陛下と皇后様……あの方がジャンヌ様ね。」
そんな声が聞こえる。階段をゆっくり、そして優雅に皇帝と皇后が降りていく。俺は、ジャンヌの前で軽く手を握り、安全に、そして優雅さを交えた形で階段を降りていく。
「ナイト、ありがとうね。あなたがいるおかげで、歩くのが楽だわ。」
「いいよ。俺は、ジャンヌのナイトだから。」
階段を降り終えると、俺はジャンヌから手を離し、少し後ろについた。特に誰に言われたわけでもないが、なんとなくこうする方がいいと思った。幸い、貴族たちの反応はいいようだ。まあ、人間は外側と中身が別物だ。何を思っているかはわからないが、エイレーネー様や皇帝が特に何も言わないということは、無礼な行動ではないということだろう。
「皆の者よ。今宵の舞踏会に主席してくれて嬉しく思う。楽しんでくれ。」
この言葉で、舞踏会が始まったのだろう。貴族たちは楽しそうに食事を食べ、酒を飲む。美しい曲が流れると同時に、ジャンヌやエイレーネー様、そして皇帝に挨拶に来る貴族たちで溢れる。その光景を見るたびに、愛想笑いなのか本心からの笑顔なのか分からなくなる。一見華やかに見えるが、なぜか長時間居たくないと思わせる何かがある。ドス黒い泥のような独特の雰囲気もある。貴族たちの目線が、人として見る目なのか、それともまた別の何かを見る目なのか……それも分からない。
「ふぅー。」
俺は静かに息を吐く。緊張によるものもあるが、なぜか警戒心が強くなってしまう。ジャンヌに近づく大人たちを見るたびに、警戒心が強くなる。俺にとっては、誰が誰の味方で、敵なのかも分からない。華やかさの裏には、これほどに嫌な物があるのだと初めて実感させられる。この緊張や警戒心は、あの時の異様な雰囲気と恐怖と同じだ。危険性がないと分かっていても、気にしてしまう。
「まるで魑魅魍魎だ。」
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