十九話 微笑ましい日常に
神暦763年 三月八日 神聖アウグスタ帝国・宮殿
最高に……面倒だと思う。権威が高い人たちは見栄を気にする。なぜって、俺はすごいぞと見せなければ舐められるからだ。高ければ高いほど見栄を張り、見せつける。特に皇族となると大変なんだろう。なぜわかるかって? 素直に数ヶ月間宮殿に住んでみれば、割と見えてくるものだ。
皇族は一番じゃないと貴族の反乱を招く……その理由は、皇族が弱っていると国が弱るみたいな感じで、野心に駆られて襲ってくるからだ。逆に、見栄を張り過ぎて経済を圧迫したら、国民がブチギレて革命という名の下に反乱が起きる。贅沢とは、つくづく面倒なものだと思う。それをうまく扱える人物は名君として歴史に残り、逆に失敗したら暴君だの阿呆だのと言われるわけだ。
そして皆さんは、なぜ急にこんな話をしているんだと思っているだろう。説明するなら、ジャンヌの初めての舞踏会のせいで、俺はエイレーネー様に指導されている。その際に色々考えさせられることになったのと……現実逃避をしているからだ。
「ナイト、テンポよく足を動かして」
「えっと、こうですか?」
「違うわ。ここはこうよ」
何をやっているかって? 舞踏会といえば、そう、ダンスだ。しかし、それがうまくいかない理由は、俺が単純に下手だからだ。
「ジャンヌに龍閻くん、休憩にしましょう」
「はーい」
俺とジャンヌは、ハモるように返事した。侍女が紅茶を入れ、椅子に座ってゆっくりする。
「しかしナイトってダンスが下手ね。舞踏会で笑われるわよ」
「ジャンヌ、そう言わないの。それに、人には得意不得意がありますから。龍閻くんは多くの才能がありますが、向かないものもありますよね。人間ですから」
「……」
とりあえず何も答えないのが正解だと思った。なぜ朝っぱらからダンスの練習をさせられるんだ。俺は肉体強化の練習がしたいのに……まだブーストをすぐに発動できないのに……。脳内で愚痴を繰り広げても意味がないな。
「舞踏会に関してですが……俺って必要ないですよね?」
「ええ龍閻くん、あなたは実際には必要ありません。しかし、あなたはジャンヌの奴隷ですから、ジャンヌのためにも見せられる形にしなくてはなりません。皇族の権威のためにもね」
「そうよ、ナイト。私のために頑張って……それとも嫌なの?」
うっ……ジャンヌのこの目は苦手だ。俺が悪いみたいな気分にさせられるし、男心ってやつを刺激される。
「嫌じゃないよ……」
ジャンヌはその言葉に花が咲くように笑顔を見せる。本当にその顔には弱い……エイレーネー様も微笑む……俺はこの二人には、とても弱いことがわかる。
「しかし龍閻くんのダンスの練習は、もうやめましょう」
「え? なんでですか、エイレーネー様?」
「龍閻くんにはダンスの才能がないですし、舞踏会には間に合わないと思うので」
「そうね。ナイトは無理に覚えなくてもいいわ」
「……」
「ナイト……苦笑いで固まってるわよ、お母様」
「そっとしておきましょう、ジャンヌ」
「じゃあ、さっきまでの努力はなんだったんだ……」
「なんか……ごめんなさい」
ジャンヌとエイレーネーは、友の言葉のように聞こえ、申し訳なさが出てしまう。というより、哀れに見えた。
「なんか俺もごめん……」
とてつもなく重い空気が流れるが、それをぶち壊す男が部屋に入ってきた。茶髪に整えられた髭を持ち、威厳あふれるその男は、皇帝トラヤヌスだ。
「お父様、どうしたの?」
「我が可愛いジャンヌ……なんでお前はこんなにも可愛いんだぁ」
娘バカってこうやって見ると微笑ましい一方で、なんかこう……うまく言えないけど、うん……考えるのをやめよう。
「陛下が来るなんて珍しいですね」
「ああ、龍閻に用があってな」
「なんでしょうか?」
「お前は舞踏会の時に武装していろ。形だけでいい。そうだなぁ、剣だけを持っていればいい。お前が持っているやつでいい」
「なぜでしょう? 俺が武器を持っていたらマナー的にアウトじゃないですか?」
「なあに、平気平気。皇族の見栄を見せないとな。あと、ガキどもが来るからなあ。脅しかけろ。特にジャンヌに近寄るやつは斬ってよし」
アホ帝が変なことをほざいた瞬間に、エイレーネー様の平手打ちがクリーンヒットだ。おっと、アホ帝が倒れたー!
「陛下、そんなわけないでしょう。子供に変なことを言わないでくださいね。怒りますよ」
「言葉の前に……殴らなくてもいいじゃないか。でも、すみません」
「夫婦漫才を見せられても困ります。俺はその舞踏会当日に何をすればいいんですか?」
「龍閻くん、そうですね……あなたはジャンヌの護衛として影のように接していなさい。それにスキピオから聞いています。ある程度の基礎ができているので、舞踏会ではジャンヌを守ってあげてください」
「ナイトが守ってくれるなら、私は嬉しいわ」
「わかりました……それよりも、皇帝のみっともない姿をいつまで見ていればいいんですか」
「それは、諦めて」
「夫婦で答えるな。特に皇帝は、自覚あるなら治せよ」
「アハハハハ」
……ジャンヌが笑っているが、なんだこの空間は。意味わからねぇよ。ああ、なんでこんなどうでもいいことを気にするようになったのかな?
「皇帝だって、楽になりたいの。こんな皇帝なんて、変態がやる仕事なのよ」
「皇帝、それは自分が変態ですよってアピールか? そんなことより、なんだその喋り方。気持ち悪い」
「ひどい、龍閻のバカ」
そう言って皇帝が部屋を出ていく……さすがに、おっさんが乙女のようなポーズと口調をするのは気持ち悪く、俺の体調ははっきり言って優れなくなった。そして俺の尊敬メーターは、恐ろしいスピードで下がっていく。
「あれが皇帝で、この国……大丈夫か?」
「龍閻くん、そんな心配しなくていいわよ。あの人はやる時はやる人です。優秀な方ですから」
疑わしい……。
「そうよ、ナイト。私のお父様は本当にすごいんだから」
「ジャンヌ……なら君から言ってよ。たまには、まともなところを見せてくれって」
「それは無理よ、ナイト。私の前ではバカになるのがお父様だもん」
「なら諦めるよ。二度と見られそうにないな」
「そうね……龍閻くんには二度と見られないかもね」
なぜだろう……この国が大丈夫なのか心配になる。しかし、舞踏会かぁ……面倒い、とてつもなく面倒くさい。嫌だぁ、高貴な奴らを相手にするのが。相手しなくても嫌だぁ、そういう空間に押し込まれるのが……ああ、お腹痛くなってきた。当分この腹痛に悩まされそうだ。国のトップが一番高貴な人たちと過ごしているから慣れていると言われそうだけど、それとこれとは違うものがある。嫌じゃないか、どうせあれだろう。皇族の顔に泥でも塗ったら、この信頼関係でも、打ち首じゃなくても貴族の反感を買うじゃないか。怖い……助けてくれる父上、母上。
「まあ、十束剣があるから少しは安心かな」
心の平穏的に……適当に抜け出して鍛錬でも風呂でも書物でもやって、脳内をクリーンにしたい。
「それでは、俺は失礼いたします」
そう言って、逃げるように皇后の部屋を出た。本当に面倒だなあ。俺は一旦自室に行き、あるものを取る。十束剣だ。そろそろ本物の刀で鍛錬がしたいからだ。本物の感覚を覚えて、剣士だしなあ。
十束剣を持って庭に着き、俺は十束剣を抜いた。何度も思ったが、柄が手に馴染む。まるで俺に合わせて作られたような感じが……。そして初めて見る刀身は、長年保管され鞘に収まったままで錆びているかと思ったが、岩をも切るような鋭い刃に、綺麗な刃紋があった。
「さあ、鍛錬を始めよう」
初めて十束剣を刀身むき出しで振る。空気が鋭く切り裂かれ、木刀でも味わえない快感に襲われる。
「すげぇ……」
基礎に沿って丁寧にするが、いつも以上に楽しく感じる。しかし、刀は基礎ができていなければ紙すら切れないものだ。今は感覚をつかむために振るが、ある程度やったら紙を切る練習をしたいなあ。十束剣は物凄く馴染む。いい動きになっている気がする。縦にも横にも気持ちいい感じで空気が切り裂かれる。ダンスなんぞやるよりも楽しい。基礎を丁寧に繰り返し、十束剣を振る。正直、たった数分で夢中になっていた。木刀の感じとは違う。
「楽しい」
ここまで興奮すると、ブーストをしたくなる。俺は心臓を中心に魔力を全身に纏わせる。血管に流れる血液のように魔力を流す。まだ時間がかかってしまうが、昨日よりかは早い。ブーストができた状態で十束剣を振る。先ほどよりも鋭い音が響く。その状態で鍛錬を続けた。
「すげー、楽しい」
バカになったように鍛錬を続ける龍閻を遠くで眺める少女は、憂いしげに、彼を遠く感じていた。銀色の髪が風になびく。彼女の瞳に映るのは、未来かそれとも……
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