十四話 人生は山あり谷あり
神暦763年 三月一日 神聖アウグスタ帝国 宮殿
人生とは、いつも突然に選択や試練が舞い込むものであると父上が教えてくれたことがあった。しかし今回のは、あまりに突然で泣きそうになる。何があったか説明すると、俺は日常の朝を迎えていた。自室で静かな目覚めを予定していたのだが、いい睡眠をとっていたのに、突然部屋の扉を蹴破って現れたのは、なんと金髪の癖毛で、イケメンとわかる容姿の男だった。俺は乙女のように「キャー」と情けない声を出してしまったのは、皆様想像に難くないだろう。その後ろに銀髪の美少女である皇女ジャンヌがいたことは覚えている。その後謎の一撃で俺の視界は暗闇に消え、今目が覚めたら宮殿の庭で寝かされていた。
「なんだこれ……意味わからん」
俺が起き上がると、それに気づいたジャンヌが近づいてくる。いつもの綺麗な服装とは違い、髪がまとめられ、木製の弓を持ち、腕にはブレイサーをつけており、まさに弓術の鍛錬中だとわかる。
「ナイト、やっと起きたのね。驚いたわよ、まさか……逃げようとしてベッドから頭から落ちて気を失うなんて」
おっと、物凄く情けない意識の失い方をしたようだ。仕方ないと言い訳させてくれ。いきなり知らない奴に部屋を襲撃されたのだ……言い訳しても、意識の失い方は言い訳できないな。
「なんだろう……情けねぇ」
「やっと起きたか、坊主」
そう声をかけたのは、ジャンヌの後ろから現れる男、朝に俺を襲撃してきた男だった。
「俺の名は、スキピオ・アエネアス。よろしく、坊主」
スキピオ……皇帝が言っていた人か。それにしても……いや、面倒になってきた。
「これはどうも。ジャンヌのナイトをさせてもらっています。火之神 龍閻と言います。」
「龍閻か、覚えた。今日からお前を鍛えるように殿下から命が下っているが。」
「それは聞いています。それで、まず何をすればいいでしょうか?」
「走れ」
「……え?」
「まず走れ。そうだな、この庭を端から端まで走り続けろ。」
「わかりました。」
走る……何か理由があるのか知らないが、ただ走れば良いのか。なんか普通?それとも嫌がらせ?どちらでも良いけど、この庭、今更ながら広いな。それからただ走り続けた。意外と余裕だったので、ジャンヌの弓術の鍛錬を見ながら走れた。これも、馬鹿みたいに広い神社で父上に鍛えられた効果かもしれない。ここに来てからも、隠れて刀は振っていた。鞘に収めたままの十束剣を振っていただけだが。それにしても、ジャンヌの弓術は上手いものがあった。才能ってやつだ。俺は弓術に関しては、あまり得意ではない。的に入るが、狙ったところには行かなかった。いや、的にもたまにって感じだったかな?。あんまり好きじゃなかったから適当にやっていたので覚えていない。しかし、ジャンヌは的に的中させている。中央に百中とは言わないが、的内に全ての矢が刺さっているのを見て、才能があるとわかる。
「おい、龍閻。お前余裕そうだな」
「余裕ですから」
「さすが私のナイト」
何故かジャンヌが褒めたが、一旦放置しておこう。構うのは面倒になった。
「そうか。じゃあ、手合わせでもやるか。ほら、木剣と盾だ。使え」
盾?……何それ?……木刀も見たことない形状だ。おっと、早く構えないとな。俺の目の前には、盾と木剣を構えたスキピオが立っている。真似するようにしてみるが、違和感が凄まじい。というか、片手で刀を持つことに謎を感じる。両腕で振れば一番強いのに……
「ナイト、かっこいいわよ。さすが私のナイト」
ジャンヌは、理想のナイト像に合っていたのか、興奮している。ぴょんぴょんと跳ねながら興奮をあらわにする。苦笑いしか浮かばないが……やっぱり盾ってなんだ?……これで殴るのか?
「じゃあ、行くぞ、坊主」
スキピオが駆け出す。いきなり詰められて、俺は焦ってしまう。その隙をスキピオは逃さない。そのままの速度で木剣を振り下ろす。俺は無意識に木剣で攻撃を受け流そうとするが、片手では力負けして弾かれる。スキピオは追撃で、盾で俺を殴る。
「ヴグッ!」
腹にクリーンヒットだ……痛い。しかし、まだ意識があるので、俺は木剣を横に一閃するが、簡単にスキピオは避ける。俺は追撃で、盾をスキピオに向けて投げる。理由は?シンプルに邪魔だし、プラス、視界が悪い。邪魔なので投げる。スキピオは驚いた顔をするが、冷静に盾で弾き飛ばす。
俺は、木剣を脇構えに取る。剣先が相手に見えないように、右脇に隠すようにする。この構えを見たスキピオは警戒する。
「フゥー」
俺は、一気に間合いを詰める。そして素早い横の一閃をするが、盾で防がれた。しかし、連続で攻め続ける。ダンダンと盾が響くが、スキピオは冷静に見極めているように見える。
「甘いな。盾を捨てるということは、防御を捨てるのと同義だ。」
俺の横の一閃に合わせて、盾で弾き飛ばすと同時に、スキピオの木剣が右の横腹に叩き込まれ、俺は吹っ飛んだ。
「イッテェぇええ!」
そして腹の底からの叫びと共に、吐き気が込み上げてくる。しかし、鍛錬で吐くなんて男として、しかもジャンヌの前で見せたら恥だ……
「フゥー……」
息を吐いて何とか堪えたが……やばい……痛い……初めてだからって言い訳はできない。でも、改めて俺は弱いと知る。父上は俺には才能があると褒めていたけれど、そんなことはないと思った。これで、何かが吹っ切れた気がする。
「龍閻、なかなかやるなあ。今後が楽しみだ。」
「ナイト凄い。あのスキピオに善戦するなんて」
……褒めないでほしい。くそ……悔しい……絶対に見返してやる。この癖毛野郎……復讐してやる。絶対に勝ってみせる。
「スキピオさん……次お願いします。」
当然だろう……このままで終われない。俺は立ち上がり、木剣を握る。次は、正眼の構えを取る……これは、父上に最初に習った構えだ。ここで決意しよう。俺は、父上から教わったことで強くなる。
「龍閻、早く盾を持て」
「盾なんていらない。俺は、過去の経験に従うまで。守り手の子として……それとも、怖いんですか?……スキピオさん。」
「はぁ?」
スキピオは、普通に頭にハテナマークを浮かばせているように見えるが、どうでも良い。と言うか、これはやけくその類だ。
「じゃあ、行きます……」
その後の時間は、何度も倒されても立ち上がり、スキピオに戦いを挑んだ。一回の手合わせで、どの程度時間が経ったのか分からないが、何度も挑んだ……気づいたら意識を失っていて、眠っていた。頭には温かい感覚があり、少し癒される感じがする。
「ナイト、起きたのね。」
「ジャンヌ?」
横を見ると、ジャンヌが安心したように見えた。上を見ると、銀髪の長髪を風になびかせながらこちらを見る女性がいた。皇后エイレーネー様だった。どうやら、エイレーネー様の膝枕で寝ていたらしい。
「エイレーネー様?」
「龍閻、起きたのね。そのままゆっくりしていて良いのよ。」
「ナイト、あなたはやっぱり私のナイトに相応しいわ。スキピオにあんなに挑むなんて男らしくて、でもスキピオに負けちゃって意識がなくなったら、お母様を呼んだの。お母様は神聖魔法の回復が得意だから、ナイトの怪我を治したの」
ジャンヌの説明を聞いて、負けたことに自分が嫌になる。脳裏にはあの炎がフラッシュバックして、イライラする。無力な自分が嫌いになる……それにしても、エイレーネー様は頭を撫でてくれている。起きようとすると、ジャンヌとエイレーネー様の二人で寝るように抑えられる……でも、この空間は心を落ち着かせていく……なんか久しぶりな感覚になるが、その感覚を俺は忘れているようだ……。でも、悪い気はしなかった。絶対にスキピオに勝ってみたい。
龍閻がボコボコにされて意識を失っていた時、ジャンヌが呼んだエイレーネーにスキピオが説教を食らってしまい、始末書を書かされていたが、それはまた別の話である。
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