九話 悪意の刃は病より速し
神暦762年 出雲国 大和・随神門
選定の儀が始まり、2時間が経ち昼頃。腹が減るし、眠いが、やらなければならない使命なので、頑張るしかない。選定の儀は、シンプルに十束剣を抜刀するのがルールだ。簡単だろう?まあ、それができないからこそ選定の儀に向いているとも思うが……先程から誰も鞘から抜けない。エルフ、ドワーフ、獣人族など多種族も、武士、貴族の人も、一般市民も抜けない。正直、本当に適合者がいるのかさえ疑わしいほど現れない。まあ、国が選んだ『真打ち』というべき候補者はまだ来ていないが……あの中身がガキのボンボンは、何をしているのやら。
「さぁ、次なる挑戦者はいるか?」
俺がそう声を上げると、一人のエルフの男性が手を挙げる。
「なら、俺がやろう。」
そのエルフの男性は、柄を掴み引っ張るが、鞘から抜くことができずに終わった。これが繰り返される。しかし、人々の熱気は収まらない。まあ、シンプルに聖遺物の所有者になる可能性が1%でもあれば、気合いも入るだろう。ここだと50%かな?いや、どうだろう。でも、やらないという選択肢がないのがわかる。少し疲れたのか、喉が痛いなと思っていると、
「空天さん、お水をどうぞ。飲まないと倒れますから。」
コップを持って、女神の微笑みをしてくれる咲夜がいた。巫女服がとても素晴らしく、男心を惹きつける美しさがある。単刀直入に言うならば……癒しである。
「ありがとう。」
嫁からもらった水は、世界一美味いかもしれない……いや、息子からもらったのもいいな。今後の議題として、脳内会議で答えを出せるか試してみよう。しかし、現れないものだな。まあ、現れるまでやるのが選定の儀だから仕方ない。だが不安もある。それは、龍閻が適合者である可能性だ。こうして適合者が現れないと、不安は募るものだが、使命なので仕方ない。しかし、龍閻は、ずっと十束剣を眺めている。そんなに面白いのか?まあ、子供の感性ってわからないところもあるしな。
「さぁ、次の挑戦者はいないか?」
再び声を出す。誰か挙手しようとするが、鳥居のところから騒がしくなってきた。皆がそちらを向くので、俺の言葉は空振りになってしまった。
「えぇい、道を開けよ。今より通られる方を誰だと思うのか。道を開けよ。」
誰だ?いきなり神聖な神社で叫ぶのは。というか、聞き覚えのある声だな。それに、神聖な場所や儀式中であることを無視して通る感じは……やっと本命というべきか、知らんが、来たか。段々と祭壇まであった人だかりが二つに分かれ、道となっていく。そこに現れたのは、一人の従者だ。彼の名は、金本という侍で、天探家に仕える者だ。
「これより、天探家の御影様が通られる。皆、平伏せよ。これを無視する者は、切り捨てる。この方は、帝家の血を引く高貴なお方だ。」
皆はその言葉で平伏す。しかし、俺は、その言葉を無視しなければならない理由があるので平伏さなかった。咲夜と龍閻も平伏そうとするが、静止させる。そうすると、祭壇の前で立っている俺たち家族を見て金本がキレる。
「大馬鹿者が!これより御影様がお越しになると言うのに、平伏しないとは何事か!」
謎理論だが、まあ答えてやるか。
「こちらこそ聞きたい。ここは、火之神家が代々十束剣を守ってきた神聖な神社だ。それに、今は選定の儀を行っている最中だ。このような騒ぎを起こすのは、帝の顔に泥を塗るのではないか?」
まあ、正論だろう、たぶん。俺は、昔から言葉選びが下手なんだ。これが正論なのかよくわからないが、こちらにも立場というものがあるし、向こうの振る舞いは、無礼と言えるものがあるしな。
「もう一度言う……ここは、神聖な場所だ。そこに混乱を招かないでくれると助かる。」
金本はいかにも不快感を表す顔になるが、虫けら同然だ。そんなことをしていると、鳥居から従者の集団が入ってきた。100%御影だろうことがわかる。なぜって?2回目だからなんとなくわかる。相変わらず、最低限の護衛の代わりに美人をたくさん連れ回して、気持ち悪くて嫌だな。そう思っていると、御影が乗っているだろう駕籠が入ってきた。のしのしとゆっくり歩き、祭壇近くで止まり駕籠を下ろした。そこから現れたのは、不健康そうで、動いていないのに脂汗が溢れている老け顔の男。その男は、周りを確認すると、周りの人たちは平伏をしているが、祭壇に立つうちの家族を見て怒りを表す。
「なんだ貴様ら、また僕ちんを馬鹿にしているのか?平伏しろよ、天探家がどんだけ偉いかわかってるはずだ。それに貴様ら、前に帝にお叱りを受けたはずだ。」
お叱り?……思い当たる節がないが、たぶん謝罪されたあの時のことを言っているのだろう。しかしいきなりキレて、沸点低くないか?まあ、いいけど。
「貴方の従者にも言いましたが、ここは、代々聖遺物を守る神聖な神社です。それに今行っているのは、帝の命による選定の儀です。理解されたなら大人しくしてください。」
俺がそう言うと、御影は少し押し黙る。自分の家よりも地位が高い人の名前を出すと大人しくなるって……情けないなあ。ここまで来たら貫いてほしいけど。
「……僕ちんは優しいから許してやる。僕ちんが帝に選ばれし候補者である。さて、十束剣とはどれなのかな、おっさん。」
おっさん?……おっさん!?……待ってゴラァ、テメェより年下だろうがクソガキ!なんで年下におっさん呼びされなきゃならん。俺は、まだ25だ。
落ち着け俺……冷静になれ。海の様に深い優しさをイメージして反応するのだ。
「御影様、祭壇に納められているのが十束剣でございます。」
よく言えた俺。冷静に丁寧に言えたことを誇りに思える。なぜって?未だに怒りがあるからだ。と言うか、初対面で咲夜を口説こうとしたことを未だにキレているからな。だが、俺は大人だ。おっさんと言われてもこの程度は流してやろう。
「なんだ……僕ちんにあまり相応しくないな。柄から鞘の先まで真っ黒でボロボロではないか……まあ、僕ちんが所有者になったら純金の物に変えるかな。」
なんだろう、よくわからないことを言って嫌がる。というか、十束剣がボロボロ?……どう見てもボロボロではないと思う。確かに、柄から鞘の先まで墨で塗られたように黒いが、ボロいという感じはしない。綺麗に保管された刀というイメージが強いが……ボンボンの感覚だとボロいのかな?
「では、祭壇に納められている十束剣を鞘から抜いてください。」
祭壇は、十束剣を縦に納めている。イメージ的には、地面に突き刺さったように直立している感じだ。そこにしめ縄で鞘を固定して、盗難防止としている。
「僕ちんが抜いてやろう。」
そう言って御影が十束剣の柄を握り、引っ張る。ガチャガチャと音は鳴るが、一向に抜けない。御影も力いっぱいに引っ張っているようだが、抜けない。平伏していた人たちから、小声だが笑い声が聞こえた。
「抜けない……おい、火之神の者。抜けないぞ。詐欺をしているのだろう。人が抜けないのを嘲笑っているのではないのか?」
はぁ?……何を言い始めた?
「いえ、一切何もしておりません。抜けないのは、十束剣が貴方を適合者でないことを表しています。今回は、お疲れ様でしたということです。」
十束剣がどうであれ、抜けないということは、選ばれなかったことを指している。それは、仕方ないことだ。帝が言っていた選定基準は、あまりにも弱い者だったと言えるしな。
「えぇい、嘘をつけ!これは謀反と捉えてもいいことだ。この僕ちんに恥をかかせたことは、万死に値する。覚えておけよ、絶対に後悔させてやるからな。このことも帝に伝えるからな。」
なんだ、急に……意味がわからん。というか、なんでキレた?……初めて会った時から変だったが、今回は意味がわからない。御影は、駕籠に乗り直し、従者を連れて帰っていった。
出雲国 京の都 天探家の屋敷
御影は、父の不天に今日の出来事を話している。
「父上様、今日僕ちんが候補者である十束剣の選定の儀を受けに行ったのですが……なんと、火之神家の奴らが非道なやり方で、詐欺を行ったのです。」
御影は顔をくしゃくしゃにして、まるで子供が泣く前のような顔で報告する。
「御影よぉ……まあ、大変じゃったのう。かわいそうに、火之神家の連中に酷いことをされたのじゃな……しかし、舐められちゃ出雲国でやってられねえからな。落とし前をつけるとするかのお。」
不天は、この時全く違うことを考えていた。息子は、権力で甘やかすことで子供のように育ったが、本人的にはどうでもいいことである。これこそが貴族に相応しい姿と思っているからだ。不天が欲しいのは、十束剣である。家の威厳を上げるには聖遺物が欲しいからだ。
「御影よ、百人の精鋭を今晩中に火之神家に送り出せ。確実に火之神家の連中を皆殺しにしろ。大将は、金本にしろ。」
「はい、父上様。金本にすぐに動くように命を出します。これで生意気な奴らが死ぬ。」
御影は部屋を出ると、金本が庭で待っていた。
「父上様の許可が出た。すぐにでも殺しに行け。女も子供も殺せ。ただし、女を犯すことは許さない。さすがに正義の僕ちん達がやったら悪者に見えるからな。焼き殺しにしろ。必ず十束剣を持って来い。」
「はい……仰せのままに。」
九話を読んでくださりありがとうございます。もしよかったらブックマーク、感想、コメントをお願いします。今後とも応援をよろしくお願いします。




