魔都侵入大作戦
「すみません。通してはくれませんか」
俺は、目の前に立つ屈強な男。どう見ても門番って感じの男に声をかける。
「魔都通行許可書がないなら通すわけにはいかないな」
相手を威圧するような声色でそんなことを言われた。
俺の国からは魔王城しか見えなかったが、魔王城の周りは街に囲まれてた。城下町って奴だな。
話を聞くとどの魔王城も町に囲まれており、魔王城も含めひとつの国らしい。
魔王城がある特別な国は魔都と呼ばれ、入るには魔都通行許可書なるものが必要ということだ。
「テンセイ様どうしますか?」
「どうするも何もわざわざここまで来たんだ、簡単に引き下がるわけにはいかないだろ……」
俺は意を決して、再びあの門番に近づいた。
「俺は魔王とマブダチだ!!」
その瞬間……ガシッと襟をつかまれ、次の瞬間には宙を舞っていた。
「本当なんだぞ!!」
「……テンセイ様、もう少しマシな方法を取りましょう。親しい仲だと証明するのは難しいですよ」
ハッシュが呆れた顔で俺に助言をしてきた。
確かに俺が魔王とマブダチだと証明することが出来ないが、通行許可書なんてものは無いしここで来て帰る訳にも……
そんなことを考えていた……その時だった。
「――お困りのようだね」
背後からひどく静かで、それでいて耳に絡みつく印象的な声が届いた。
「は……!?」
反射的に振り返る。そこにいたのは、黒髪の青年だった。年齢的には俺と大差ないはずなのに、どこか異質だった。
肌は不自然なほど白く、笑みを浮かべているのに目だけが冷たい。まるで仮面でも被っているように感情の奥が見えない。
目の前の男の異質さに思わず言葉を失っていると、まるで俺を庇うかのようにハッシュが俺の前に割り込んでくる。
……驚いた。あのハッシュが、すぐ近くにいる相手の接近にまったく気づけなかったなんて。
「……どちら様ですか」
低く、警戒心を滲ませた声でハッシュが問いかける。
たったあの一言で本能的にこの男の危険性を感じ取っているのだ。
「私はカルミアだ。怪しいものではないよ」
そう言いながらカルミアと名乗る男は丸まった紙を俺に向ける。
「これを君たちにあげるよ。魔都通行許可書だ」
「え……いいのか?」
「あぁもちろんさ。好きに使ってくれ」
見た感じただの紙のようだ。
俺が受け取ろうと手を伸ばしたその瞬間
「私が受けとります」
と言って思わずハッシュがすっと手を割り込ませ紙を受け取る。
そう言って慎重に紙を受け取ったハッシュは、細かく目を通していく。
「……危険性はありません。正真正銘、本物の通行証のようです」
そして、危険はないと分かったのか俺に紙を渡してきた。
確かに、下部には何やらサイン欄のようなスペースがある。そこに名前を書けば登録が完了するという仕組らしい。
「その欄に、名前を記入するだけでいい」
「偽名でもいいのか?」
俺が少し探るように尋ねると、彼はわずかに唇を吊り上げた。
「あぁ、構わないとも。この通行許可書というものは形式上仕方なく採り入れているに過ぎないからね」
「そうか……」
一応、俺は一国の王をやっているからな。
命を狙われる可能性も考えられるし念には念をと言うやつだ。
俺はハッシュからペンを受け取り、適当に考えた偽名を紙に書き記す。
その瞬間を見計らったように、カルミアが口を開いた。
「ちなみにどこへ向かうつもりなんだい?」
「少し魔王城に用があってな」
「へぇ……それは大変だね」
俺の返答に、カルミアは小さくうなずき、目線をわずかに下げる。まるで何かを計算しているような仕草だった。
そして、ひと呼吸おいてから顔を上げると、笑みを浮かべてこう言った。
「私も同行してもいいかい?私も魔王城に用があってね」
「あぁ!是非とも!」
そんな提案に俺は特に警戒することもなく快諾した。
……通行許可書をくれた恩もあるし、今のところ怪しい動きもない。断る理由が見当たらなかった。
だがその横でハッシュがそっと俺の耳元に口を寄せる。
「私は……反対です。どうしてもこの男は信用しきれません」
「大丈夫だって。普通に優しい青年だろ?」
「そ……そうですか……申し訳ございませんでした」
ハッシュの声にはまだ迷いがあったが、俺は気にせずカルミアに向き直る。
今のところ敵意は感じない。まぁ、ハッシュもついてるし大丈夫だろう。
「それをあの門番に見せれば通してもらえるだろう」
「ありがとう、とても助かる!」
「困った時はお互い様さ」
カルミアが静かに微笑みながら言う。
その言葉に少し違和感を覚えながらも、カルミアと共には急いで門番の元へと戻った。
カルミアが最初に通行許可書を門番に差し出すと、門番はよく確認したあとすぐに承認された。
「私は門をくぐった先で待っているよ」
カルミアはそう言い残し、足音一つ立てることなく門を通り抜けていった。
次はハッシュが門番に紙を差し出す。
「これをご確認ください」
「何度も言うが通行許可書が無い限りは……って、あるじゃねえか。……ふむ、不備もなし。通行を許可する!」
本当に通ることが出来た!カルミアには頭が上がらないな。
いよいよ次は俺の番だな。
「テンセイ様もどうぞ」
「ああ!これを見よ!」
俺は自信満々に紙を差し出す。そして、その紙を門番がじっと舐めまわすように凝視する。
そして一通り見終わった……その瞬間だった。
「……お前……うぅ……」
――……何故か泣き出した。
「ど、どうしたんですか……?」
すると門番は肩を震えさせながら俺の肩に手を置き、涙を浮かべたまま口を開いた。
「親に虐待を受けてたんだな……さっきは悪かった。……無礼を許してくれ……」
「は……?は?」
「くるぶし舐め太郎なんて名前を親からつけられたんだろ……」
あ、うん。面白そうだからつけた偽名だったんだけど……。
……まぁ俺の親父ならこれぐらいの名前はつけそうなものだが。
「……ッ……流石にそれはッ……」
隣でハッシュが必死に笑いをこらえている。俺が本気でくるぶし舐め太郎を名乗っているわけないだろ!!
「お前も大変なんだな!通ってよし!」
「いや、あの……」
――これは偽名だ!偽名なんだ!
なんて口には出来ない……
「くるぶし舐め太郎様、行きましょうか」
「……ッ!ハッシュ、お前……ッ!」
こうして俺たちは、無事……なのかは分からないが、魔王城へと向けて再出発した。
そして門をくぐると、そこには見たこともないほど美しく整った都市が広がっていた。
石畳の大通りは陽光を反射して優しく輝き、その両脇には洒落た建物がずらりと並んでいる。どの建物も装飾が細かく、まるで芸術品のようだ。
さすが魔王城の城下町。格が違うな。
そしてすぐそこには待っていたカルミアがいた。
「この道は大通り。この道を真っ直ぐ進んだ、あの城が魔王城だ」
カルミアが指さす先には、遥か遠くにそびえ立つ漆黒の城、魔王城が見える。
門から魔王城までは太く長い一本道でつながっており、そこから枝分かれするように無数の道が街中へと延びていた。
「じゃあ、素直に真っすぐ進むとするか」
俺たちは大通りへと足を踏み出す。
行き交う人々の賑わいと、両端に立ち並ぶ商業施設から飛び交う呼び込みの声で、この通りは活気に満ちていた。あまりの声の多さに、思わず耳をふさぎたくなるほどだ。
そんな活気溢れる中をかき分けるように進んでいくと、やがて目の前に魔王城がそびえ立つ。重厚な石造りの城門が俺たちの行く手を阻むように閉ざされていた。
「魔王城まで来たはいいが、そう簡単に入れるわけが無いか……」
俺はため息混じりに呟いた。
案の定、城門は固く閉ざされており、周囲を見回しても門番らしき人物は見当たらず、中に入れるような気配はまるでない。
「どうするか……誰か来るまでここで待ってるか?」
「――いや、その必要は無いよ」
背後から落ち着いた声が響き、カルミアが軽く俺の肩を叩きながらふらりと俺の横をすり抜け、まっすぐ城門へと向かっていった。
そして無造作にその手を門へと添える。
「――天罰」
囁くような声が聞こえたかと思った次の瞬間、城門が内側から破裂したかのように吹き飛んだ。
その瞬間石片が周囲に散り、地面が大きく揺れる。
……なんだ今の!?俺にはただ触れただけにしか見えなかったぞ!?
あれは一体魔法かそれとも別の……
その衝撃の余韻が残る中、いつも間にか俺の前にいたハッシュが、腰の奥から小さな暗器を静かに取り出していた。
そして俺だけに聞こえる声量で小さく囁く。
「テンセイ様……やはりあの男は危険すぎます」
その声に俺は返答できず、ただカルミアの方へ視線を向けた。
すると門の前に立っていたカルミアがくるりと振り返り、ゆっくりとした足取りでこちらへ歩いてくる。
「気分が変わった。私はこのまま帰るとするよ。あとは君たちに任せる」
そう言ってハッシュの横を通り過ぎる瞬間、カルミアはふと足を止めて小さく呟いた。
「――君が彼の心の支えか……」
そう言い残すと再び歩き出し、騒ぎを聞きつけて集まり始めた人々の中へと紛れ、音もなく姿を消した。
俺が唖然として立ち尽くしていると、隣にいたハッシュが真剣な声で口を開く。
「テンセイ様、このまま姿を晒すのは正直危険です。
……失礼します」
そう言いながら、ハッシュはひょいと俺の体を担ぎ上げ、瞬時に足を踏み出す。
次の瞬間には、魔王城へと向かって全速力で駆け出していた。
「おお!?このまま行くのか!?」
「口を閉じてください」
全く容赦がない。だがその判断力と行動の速さには感謝せざるを得なかった。
目の前で門を吹き飛ばしたカルミアの不気味な笑みが、今も頭から離れない。
――俺たちは今、とんでもない場所に足を踏み入れたのかもしれない。