背負う覚悟はいづれ力に
クラリスは一切の迷いのない鋭い目……確かな覚悟に染まっている。
だからこそ――俺が止める。
逃げない。目を逸らさない。どんな一撃であろうと、必ず受け止める。
「いくぞ、テンセイ。私の持てる全てを――この一撃に捧げる」
その言葉と共にこの場の温度がぐんと下がる。
寒いはずなのに全身から汗が噴き出す。
膝が震え、指先が痺れる。それでも俺は剣を構え、真正面から立ち続けた。
「あぁ……来い!」
クラリスの膝が、ゆっくりと力を込めるように沈む。
前傾姿勢。重心が前へ。――居合だ。
「……残念だ」
その一言と同時に、クラリスの踏みしめた氷の大地がパキリと音を立てて割れた。
止める……。
止める……。
止める!!
――氷葬一刀
その瞬間、感じたのは凍えるような風と、白に塗り潰された視界だけだった。
何が起きた――?
「――貴様を忘れることは無い。ありがとう」
「――……え」
声は、俺の目の前から聞こえた。
視界が晴れる――そこにいたのは、すでに剣を振り終えたクラリスだった。
構えは解かれ、視線はもう俺を見ていない。
「あ……あぁ……」
遅れて、理解が追いつく。
右肩から、左腰へ。斜めに――深く、正確に……切られている。
――止めると、決めたのに。
クラリスは軽やかに後方へ跳び、即座に距離を取った。
その動きが終わった、まさにその刹那――俺の身体から、血が噴き出した。
斬られた、という事実がようやく現実になる。
視界がグラグラと揺れる。
心臓を貫いた刺突に加えて、体を叩き切った今の斬撃……今はもう、痛みすら感じない。
立ち尽くす俺を見て、クラリスは口を開く。
「その傷、一歩でも動いたなら、臓物が溢れ出てしまうだろう。不死身……本当に残酷だ……」
言葉の通りだった。俺は動けない。
動いた次の瞬間には死んではいないものの意識のある死体になってしまうだろう。
「兄貴!!」
「ダメ!出ないで!」
背後から、ヒキヤンとノエリアの声が聞こえる。
必死な叫び。
それでも、俺は振り返れない。声を返すこともできない。
俺はただ、沈黙するのみだ。
「首を落とせば、痛みを感じる箇所も減る。多少は楽になるか?」
沈黙――ただ俺は沈黙を貫く。
「声が出ない、か。ならばせめて、その心意気に免じて――今、救ってやる」
クラリスが一歩前に足を踏み出す――
「――うるせーな……」
「……なんだと?」
かすれた声。それは俺だ。
そして、俺は言葉を続ける。
「――……今、集中してんだ。黙っていろ」
自分でも驚くほど、冷静だった。恐怖も、怒りもない。
ただ――静かに思い出していた。
身体が動かない、この状況で。血を失い、立ち尽くすこの瞬間に。
俺の脳裏に浮かんだのは――レイヴェナとの最後の特訓の日。
◆◇◆◇
俺はレイヴェナに格闘場のステージのようなところに連れ出されていた。
「明日はリューゲ王国にいくのだろう?」
「まぁ、一応。日帰りの簡単な会合だけどな」
「……そうか。では、今日が最後の特訓だ」
「……最後?」
俺の疑問に答えることはなく、レイヴェナがおもむろに指をパチンと鳴らす。
すると、目の前に俺と同じぐらいの身長の木製のマリオネットが現れた。
その四肢には紫に光る糸が付いていて、その糸の先はレイヴェナの指に繋がっている。
「これから、君には私が操作するこの人形と戦ってもらう」
その人形は木が擦れる奇怪な音を立てながらぎこちなく動く。
「この人形に少しでも傷をつけることができたら特訓は終わり。君の勝ちだ」
「それだけでいいのか!?よし、明日は朝早いし一瞬で終わらせる!」
俺は即座に剣を創り出して、深く息を吸って静かに構える。
「では、始めるよ」
瞬間、レイヴェナの体がふわりと宙に浮いていく。
そして、人形の手に紫色に光る剣が生えるように現れる。
「じゃあ遠慮なくいかせてもらうぞ!」
そう言って俺は地面を蹴り、人形向けて突進する。
次の瞬間――剣と剣が交わった。
反動と同時に、信じられないほどの重圧が腕を襲う。
「な……なんだ、この重さ……!」
受け止めた瞬間に俺は理解する。
この人形は――右手一本で、この剣圧を叩きつけてきている。
「片手だと……!?」
驚愕を見せた、その瞬間。
空いていた人形の左手が、一直線に俺のみぞおちへと突き出された。
「ガハッ……!」
内蔵が爆発したのかと思うほどの衝撃が全身に走り、俺は血を吐きながら後ろに吹き飛ぶ。
――何とか立て直さないと……な!?
そう思った刹那。
吹き飛ばされている俺の前に、すでに人形はいた。
剣は、振り下ろされる直前――
「そう簡単にやられるか!」
俺は人形との間に光の盾を創り出し、姿を隠しつつ、防御する。
人形の振った剣がその盾に弾かれた。
そして、一瞬できた隙、その一瞬を狙い俺は刺突を繰り出した。
しかし、人間ではありえない軌道で身を捻り、紙一重でそれを回避。
流れるように、横薙ぎの一撃が返ってくる。
「厄介だな!」
俺は空中で真上に蹴りを繰り出し、上空に打ち上げる。
普通の俺ならこんな動きは出来ない。
だが、これは――レイヴェナから教わった、神能を全身に巡らせ、肉体能力を底上げする技。
着地と同時にすぐさま体勢を立て直す。
「さぁ……かかって……」
俺は人形がいるはずの上空を見た。
しかし、そこには姿はない。
「あれ、どこ……いって――」
その瞬間――俺の視界の端に紫色のひかりが現れる。
その方向を向くと、巨大な紫の斬撃が地面をえぐりながらこちらへ飛んできていたのだ。
「あぶねぇ!!」
俺は必死に横に飛び、避ける。
だが、その避けた先には人形がいた。
無防備で相手の間合いに飛び込む俺――避けられない。
人形は俺の右腰から左肩にかけて、深く切り上げる。
「グハッ……!」
そして、流れるように人形は俺の腹めがけて蹴りを放ち、俺は吹き飛ばされる。
コロコロと転がり、地面に伏せる。
「はぁ……はぁ……」
血がどんどん体から抜けていくのがわかる。
ぽたぽたと落ちていく血が地面を赤に染めていく。
俺は何とか立ち上がるも、足がふらつく。
「瞬間移動でもしてんのか……この人形……」
特訓でここまでやるかよ……クソッ。
まずい、視界が霞んで、意識が持ってかれそうになる……貧血か。
だが、それでも俺は人形向けて剣を構える。
「――その覚悟は賞賛するが、現実を見なければならないね」
その時、上空を浮遊していたレイヴェナの声が聞こえた。
「明らかに格上の相手にそのダメージ……一発逆転を狙っているのかもしれないが無謀だ。そういう所だよ君は」
「グフッ……じゃあどうすりゃいいんだよ……」
刹那――レイヴェナは衝撃的な事を口にした。
「――回復すればいいだろう」
「回復……?」
レイヴェナの理解のできない言葉に思わず聞き返す。
「回復とまでは言わずとも応急処置ぐらいはした方がいい」
「そんなこと言ったって包帯とかはないぞ……」
「創光を使えばいい」
「何言って――」
レイヴェナは俺の言葉を遮り、こう告げた。
「君の神能である創光は無限の可能性を秘めている。この世の全てを支配しうる力だ」
俺の力が世界を支配する……?
「神の力を持つ君を新たな次元へと押し上げてやる――」




