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華が散るのはいつでも唐突


 突如としてカブリエルの死体から放たれた眩い光に呑み込まれたカイトは気がつけば森の中にいた。


「ここは……どこだ」


 静まり返った空気の中、カイトは周囲を見渡す。

 そこに広がっていたのは、見たこともない木々に囲まれた幻想的だが不気味な森だった。

 ねじれた木の幹は奇怪な形で絡み合い、まるで他の木を喰らおうとしているかのように絡みついている。


「俺は今すぐ殺さなければならない奴がいるってのに……とりあえず今は前に進むしかないか」


 カイトが呟いて、一歩踏み出した……その時だった。


「――あぁ?……赤口か?」


 突如、カイトの頭上の木から声がした。

 カイトが顔を上げると、赤黒い刀を背に斜め掛けし、枝に不機嫌そうに腰掛ける人影が目に入った。

 それは先勝の魔王、カルマ・スカーレットだった。

 カイトの姿に気づくと、カルマは舌打ちして木から飛び降りた。


「……チッ、なんでテメーがここにいんだよ。しかも上裸で……変態か?」

「魔狩のカブリエルとか言うやつに襲われてな。倒したんだが突然死体が光り出して、何故かここに。後、上裸なのは気にするな」

「ちっ……こっちもラファエルとかいうクソ野郎に不意打ち食らって、ぶった斬ったら森の中。マジで意味わかんねぇ……」


 カルマは怒りを顕にしながらそう語った。

 そして、カルマはふてぶてしい態度で一人歩いていく。


「……着いてきたら殺す」

「お前なんかには誰も着いていかない」


 そんな会話を交わしていた、その時。


「――あらあら……本当は()()を相手にするつもりだったのに、二人だけなんて……ちょっぴり物足りないわね♡」


 前方からしたその声は太く落ち着いているのに言葉の端々に色気がにじみ出ていた。

 二人は自然とその声の方向に目を向ける。

 そして現れたのは――白のパンツ一丁の男。

 鍛え抜かれた肉体を見せつけるように堂々と歩いてくる、巨漢の男だった。


「なんだありゃ!お前と同じ変態が来たぞ!」

「……パンツ一丁のやつと同じにするな」


 カルマは面白おかしい様子で笑い出す中、カイトは引き気味に囁いた。

 そして、その男は艶めいた笑みを浮かべて立ち止まり、腰に手を当てながら自己紹介を始めた。


「アタシの名はドロレス・モラトリーム。災禍六魔将がひとり、()()よ。以後お見知りおきを……」


 その自己紹介を受けたヴェロニカは一歩前へと踏み出す。そして、冷ややかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「こんなふざけた連中なのか!災禍六魔将ってのはよ!」


 挑発混じりの言葉が、空気を震わせる。

 だがドロレスは怒ることなく、むしろ優美に微笑んだ。


「ごめんなさいね、服は嫌いなの。だって……」


――その瞬間だった。


 風も音もなかった。ドロレスの巨体が動いた痕跡などどこにもない。

 何の前触れもなく、ドロレスの巨体が疾風のごとくカルマに迫る。

 瞬きの合間にドロレスによって視界が塗り潰されたのだ。


「――自然を貶しているもの」

「あぁん?」


 気づけば、カルマの頭がその太く美しい指に包まれようとしていた。


「――カルマッ!」


 カイトが叫ぶ。

 だが、カルマは一切表情を変えぬまま背筋を逸らし、紙一重で通り過ぎる巨腕をかわす。

 カルマの髪が数本宙にふわりと舞い上がった。その頬に少し血がにじむ。

 対して、そのまま通り過ぎたドロレスは数歩先で停止する。


「凄いじゃない……今のを避けるなんて」


 ドロレスは余裕の笑みを浮かべ、振り返りもせずに言った……その時だった。


「……ん?」


 声のトーンが変わった。

 違和感に気づき、ゆっくりと視線を下げる。

 そしてドロレスは見た。


――右肘の関節が逆方向に曲がっているのを。


「――おせーな。おい」


 その声に、ドロレスはハッとして顔を上げた。

 ドロレスは自分の右腕に気を取られているうちにいつの間にか、カルマが至近距離に来ていたのに気づいていなかった。

 その手はまだ刀を抜いていない。否、それはもう既に……


――()()()()だった。


「あら……」


 ドロレスの上半身と下半身が、わずかにズレていた。

 初めは気のせいかと思った。

 だが、次の瞬間……横一文字に、鮮烈な血が舞う。

 ドロレスの身体は音もなく、二つに分かれたのだ。

 そのまま、ドロレスの上半身と下半身はドサッと音を立てて地面に落ちた。


「先勝の魔能……流石に敵に同情するな」


 カイトがそう呟く。

 それもそのはず、カルマ・スカーレットの持つ――先勝の魔能。

 その力は刀による「初撃」にのみこの世の理すら無視する絶対的な効力を持たせる。

 強固な防御も、鎧も、結界も、どれだけ積み重ねようが意味はない。最初の一撃に限り、カルマの刃は必ず届く。

 斬ったという事実がある限り、対象は()()傷を負う。例外は存在しない。

 その一撃が命を断つものであれば、それだけで勝負は決するのだ。


「黙れ。戦場では弱いほうが全て悪い」


 カルマは刀をぶん、と勢いよく振り払った。

 刃にまとわりついていた鮮血が弧を描き、赤い飛沫が宙を舞う。

 そのまま、ドロレスの屍は見向きもせず背を向けてカイトのいる方向へと歩き出した。

 そのまま、二人はドロレスの後を去ろうとした……その時。


「――先勝の魔能も……アタシの前では無意味なようね」


 突如二人の背後から声がした。

 反射的に振り向く二人の視線の先には、先ほど真っ二つに斬り落としたのドロレスの屍が横たわっているだけだ。


「……幻聴か?」

「ちっ……ちげーな。はっきりと聞こえたぜ……」


 その異変に二人はすぐ気づくことになる……

 ドロレスの上半身の断面が奇妙にうねり、肉と骨がまるで意志を持つかのように蠢き始める。

 切断された下半身が引き寄せられ、次の瞬間には二つに分かたれた身体がぴったりと繋がった。

 そして、ドロレスはゆっくりと立ち上がった。

 肩を軽く回しながらまるで先ほどの致命傷などなかったかのように、余裕の表情を浮かべて口を開く。


「ん〜……でもまさか胴体を切られるとは思ってなかったわ」


 その様子を見たカイトはすぐさま臨戦態勢に入り言い放つ。


「あれは兜雞羅神とは全くの別物だ……。魔力を使っていた、おそらく神能。再生ってところか」

「いちいち言うな。神能以外に何がある」


 そんな二人を前にして、ドロレスはわざとらしく肩を下げ、嘲笑するように言った。


()()……ね。アタシはこんなもの大っ嫌いよ……」


 その瞳が鋭く光り、敵意がはっきりと向けられる。


「さぁ……始めましょう。自然(みんな)を守る戦いを」


 その瞬間、ドロレスが爆発的な踏み込みを見せ、突進する。

 その狙いは――カイトだ。


「こっちに来るか!――閻羅刹神!」


 刹那……巨大な腕がカイトの背後から現れ、蚊を潰すかのようにドロレスを挟み込む。

 だが、ドロレスはそれを純粋な力で押しのけて再度直進する。

 拳がカイトの顔面を捉えようとする……その瞬間。


「――……閻獄受神」


 囁くような声がした、次の瞬間。

 ドロレスの目の前にいたのはカイトではなく既に剣を振りかざしたカルマ。


「死ねッ!」


 唐竹割りの一撃が唸りを上げて振り下ろされる。

 だが、ドロレスは即座に体を横へと反らし、その刃を回避。

 振りかぶった反動で体勢を崩したカルマの隙を見逃さず、ドロレスは脊髄めがけて鋭い肘打ちを叩き込む。

 

「ヒヒッ……簡単に取れると思うな!!」


 カルマは咄嗟に自分の首元へ刀を立てる。

 肘の直撃を避けることはできなかったが、刃がドロレスの腕を切り裂いた。

 視認できていなかったはずの肘を正確に筋ごと断ち切る……まさに勘と殺気の読み合い。


「……凄いわね。反応も、勘も」

「俺を忘れたか。――廣目頭神!」


 カイトの魔能がドロレスの身体が激しく吹き飛ばす。

 そのまま大樹に激突する……かと思われた、その刹那。


「ごめんなさい……」


 ドロレスは優しくフワッと木を蹴る。

 そして、自分の力だけで重力をねじ伏せ、再び突進してきた。


「なんてパワーだ……」


 カイトの表情が険しく変わる。

 空中を飛びながら、裂けた腕が見る見るうちに再生していった。

 その右の拳が再びカイトを狙って振りかぶられた……その瞬間――。


「赤口……邪魔だ!」

「なっ!?カルマッ!?」


 カルマが勢いよくカイトの肩を押し、横へと突き飛ばす。

 次の瞬間、ドロレスの拳とカルマの刀が激突した。

 幻想的な森に、鈍く重い衝撃音が響き渡る。

 力比べでは当然、刃に分がある。

 ドロレスの右腕が、刀の切っ先から縦に裂けていく。


「テメーはバカなのかぁ!!」


 カルマは力を込めて剣を振り抜く。

 だが、その刃が鎖骨にまで達したその瞬間、カルマは気づくことになる。


「――そんなにアタシを近づけちゃっていいの?」


 ドロレスはまるで傷を負っていないかのように、余裕の笑みを浮かべた。

 もはや回避も反撃も困難な至近距離……。

 次の瞬間にはドロレスの左手が滑るようにカルマの背後へ回り、喉元に回し込まれる。

 大蛇のような腕が、カルマの首を締め上げる。


「あのバカがッ!――閻羅刹神!」


 カイトが叫ぶと同時に、巨大な腕が空間を裂いて出現。

 ドロレスの脇腹を狙い、叩き潰す拳が迫る。


 ――だが、ドロレスは一歩も動かなかった。


 カルマの刀を自身の筋肉でがっちりと食い止め、固定していたのだ。

 筋肉で刀を掴んでまで、自分の体を動かさせない。

 それほどまでにドロレスの肉体は常軌を逸していたのだ。


「テメェ……は、なせ……」


 カルマの声が掠れ、喉の奥からか細い音しか漏れなくなっていく。

 呼吸は断たれ、喉が潰れそうだった。

 握った刀にも力が入らず、もはや抜けない。


「人間は全員、罪を償うべきなのよ……」


ドロレスの瞳が冷え切っていた。

 そして、首を絞める腕にさらに力が込められる……脊髄を砕くつもりだ。


「さあ……これで終わり――」


 その瞬間。

 ドロレスの腕に、誰かの指先がトンッと触れた。


「――……雷電光神」


 カイトだった。

 静かに囁いたその瞬間、ドロレスの全身がビクリと痙攣し、首を締めていた腕が力なく垂れ下がる。


「……急に力が抜けた」


 ドロレスが困惑した声を漏らす。

 その隙を逃さずカルマは地面に転がり込み、距離を取って脱出する。

 

「脳からの信号を阻害した。不思議な気分だろ?」

「赤口の魔能……少し厄介ね」


 ドロレスは顎に指を当てて、考え込むような仕草を見せた。

 その様子を見ながら、カイトとカルマは小声で言葉を交わす。


「必ず奴を殺す方法があるはずだ……だが、悠長に模索している余裕はない」

「ミンチにする……それだけだ!!」


 カルマが血走った目で吠える。

 すると、ドロレスが何かを思いついたように、口元を笑みに歪めた。


「……じゃあ、こうしましょうか」


 そう口にした瞬間……二人はドロレスの行動に目を疑うことになる。

 それは、なんと自分の人差し指を噛みちぎり始めたのだ。


「おいおい……狂ったか!!」


 カルマが叫ぶ。だが、ドロレスは応じない。

 口にちぎれた指をくわえたまま、爆ぜるような勢いで飛び出す。


「ヒヒッ!みじん切りだ!」

「俺が援護する!」


 カイトは手をドロレスの方へ向け、重力で動きを制限しようとする――その瞬間。

 ドロレスの視線がカイトに向く。

 次の刹那、口にくわえた人差し指を吹き矢のように、勢いよく飛ばしてきた。


「なっ!?」


 規格外の肺活量が生み出したその指の弾丸は、一直線にカイトの顔面を襲う。

 咄嗟に動作を中断し、カイトは身体を反らして回避する。


 この一撃により、一瞬、戦場はドロレスとカイトの一騎打ちとなった。

 だが、それをみすみす見過ごすカイトではない。


(ドロレスの方に……間に合わないか!)


「ちっ……――閻獄受神!」


 カイトの魔能が発動する。次の瞬間――


「おい、赤口……何やってやがる!」


 なんと、入れ替わったのはカルマ。

 そして今度こそ、真正面から対峙するのはカイトとドロレス。


「……アタシはね、貴方を待ってたのよ」


 ドロレスが微笑む。


 瞬間、拳が走る。

 ドロレスの拳がカイトの腹部を正確に捉えた。


「ぐっ……ガッ!?」


 次の瞬間、カイトの身体は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、視界の彼方へと消えていく。


「優しすぎるのよ。――まぁ、後はあの子に任せようかしら」


 ドロレスはゆっくりとカルマの方へ向き直る。


「――さぁ……今度こそ自然に還してあげる♡」



◆◇◆◇



 吹き飛ばされたカイトは、地を転がりながらも何とか体勢を立て直していた。

 口元から、血が一筋垂れる。


「ぐっ……なんて規格外のパワーだ……」


 呻きながらも立ち上がり、カイトは自分の周囲に炎の円を展開する。


「――閻獄受神で戻れば、一瞬で……」


――その時だった。


 近くの草むらから、ガサッと音が響く。

 カイトの表情が引き締まり、即座に警戒態勢へと移行する。


「……誰だ!」


 そして、その正体が現れる。

 草をかき分けて姿を見せたのは――()()()()()を纏い、謎の生き物の面をした人間。

 裾から覗く手足は細く白く、そのシルエットからは明らかに()()であることがわかる。

 その姿を目にした瞬間……カイトの瞳が深い闇の底へと沈んでいく。

 まるで感情がすべて凍りついたかのように、その視線はおぞましく変貌する。


――()()……! 

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