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魔を討つ魔


――仏滅領には大きくわけて五つの大国が存在する。


 一つ目は南西に位置し、巨大な湖に浮かぶ国。

 水の都、()()()()()()


 二つ目は南東に位置し、夜という概念が存在しない国。

 火の都、()()()()()


 三つ目は北西に位置し、永劫の嵐に囲まれた国。

 風の都、()()()


 四つ目は北東に位置する、豪雪にも関わらず草花が咲きほこる国。

 大地の都、()()()()()()()()


 そして五つ目――


 これら四国を繋ぐ対角線の交点に位置し、その姿を見た者はおらず、記録も残らない。存在するかさえ不明な国。仏滅魔都、またの名を……()()()()



◆◇◆◇



「――イディオット君につけておいた魔法が反応したね。戦いが始まったようだ」

「――ヒヒッ!ようやく殺し合いか!!」

「――ワタシは嫌だなぁ……戦いとか」


 そう声をあげるのはクラリッサ、テンマを除いた魔王たち。


「それじゃあ……それぞれ予定通りの場所に送ります」


 そう口にするのは赤口の魔王であるカイトだ。

 数日前、この魔王は秘密裏に一つの作戦を決行することを決めていた。


――それは、仏滅魔都への襲撃だ


「――閻獄受神ッ!」


 カイトの詠唱とともに、魔王たちの足元に炎の円陣が浮かび上がる。

 そして、フレンさんが全員に向けて最後の言葉を投げかける。


「作戦通りだ。仏滅領にある四国を制圧した後、仏滅領の中心……仏滅魔都で合流だ。皆、生きるぞ」



――その瞬間、炎の輪が一斉に輝きを放ち、魔王たちはそれぞれ定められた地へと転送されていった。



◆◇◆◇



 静かに炎が消えるとカイトの視界には見るも無惨な枯れ果てた国。


「ここが……水の都だと?」


 カイトが来たのは水の都と呼ばれているはずのバルワダート。

 だが、その面影はどこにもなかった。

 ひび割れた地面、干上がった水路、瓦礫と化した街並み。

 そして空気に混じる……鼻をつく強烈な腐臭。


「国民は既に皆殺しか……。このケースも想定はしていたが、まさかここまでとは……」


 そんなことを言いながらカイトは一応、辺りを見回す。


「これじゃ制圧も何も無いな。もう魔都へ向かうとするか……」


 そう呟いたその瞬間、カイトは異質とも取れる空気が張り詰めるのを感じた。


(……これは、()()か!?)


「――水魔法……蒼花爆水(ウォーターワーク)


 そんな声が聞こえたと同時、足元の地面が突如として崩れた。

 次の瞬間、下から凄まじい水圧の水柱が爆発的に吹き上がり、カイトの体を真上に一気に弾き飛ばす。


「何……っ!?」


 そして吹き飛ばされた直後、空中で水が爆発を起こし、衝撃波があたり一帯に響き渡った。

 カイトはすぐに体勢を立て直し、飛ばされた場所の屋根の上に着地する。


「……っ!花火みたいな魔法だな」


 軽口を叩いているが右腕からじわりと血が滲む。直撃は避けた……だが、受けたダメージは軽くない。

 警戒を強めるカイトの前にゆっくりと家の影から現れたのは、一本の杖をつく白髪の老人だった。

 カイトは屋根から飛び降り、そいつに声をかける。


「災禍六魔将……いや、今のは魔法だったな。誰だお前は?」

「わたくしは()()()()()()()と申します。魔を狩るために、テンマ殿から遣わされた者です」


 (魔狩……!テンマ、ここまで落ちたか!)


「急いでいる!魔狩ごときに使っている時間などない!」


 怒りと共に、カイトは片手を老人の方向へ向け、叫ぶ。


「――廣目頭神ッ!」


 その瞬間、空間が歪む。目に見えぬ重力が老人を押し潰そうと襲いかかる。


 (押し潰してやる……!)


「……守水(ウォーターガード)


  老人の周囲に展開された水が、まるで空間ごと包み込むように膨れ上がる。そして音もなく、その力を吸収して流し去る。


「貴方のその技はその場の重力を変えるのではなく新たな重力を生み出す技……お教え頂いた通りでございました」

「テンマの助言か……どこまでも腐っているな」


 カイトがそう口にした瞬間、老人の周りに幾多もの水滴が浮き上がる。


「では、わたくしの方から……龍水昇波(ドラゴンブレス)


 その刹那、水滴が爆発的に大きくなりまるで龍のようになった波がカイトに襲いかかってくる。


「閻羅刹神……!」


 カイトは巨大な拳を召喚し、全てをたたき落としにいく。


 (数がかなり多すぎる……一旦後ろに下がって距離を……)


 だが、あまりの物量にやむなく後ろに飛んでしまう。

 その時だった。カイトは気づいた……背中に冷たい感触がすることを。

 そして、同時に服に何かが染み込んでいく。


「水か……!?」


 カイトが自分の服を見るとあちこちが濡れていた。さっきの攻撃によるものではない、周囲にばらまかれていた視認が不可能なほど小さな水が染み込んでいたのだ。


「ようやくお気づきですか。だが、遅いですぞ。――潜水爆(ダイビングバースト)


 瞬間、染み込んでいた水が光り輝く――


「……まずいな。だが――」


 突如、轟音と共にカイトを中心とした大爆発が発生する。

 猛烈な衝撃と爆風が襲いかかり、近くの建物は根こそぎ吹き飛び、土煙と瓦礫が舞い上がる。

 そんなカイトを見て、老人は不敵に笑った。


「これが魔王ですか……あまりにも脆弱……」

「――脆弱で悪かったな」


 その瞬間、老人の表情が恐怖と驚き、どちらも感じさせるものに変わる。そして、反射的にすばやく距離をとった。

 

「一体……どうやって、あの爆発から逃れたというのかっ!?」


 そう、老人の視線の先には爆発に巻き込まれたはずのカイトがいたのだ。

 しかし、その服は何故か焼け焦げておりほぼ上裸の状態だ。

 先程の爆心地とは正反対の位置……まるで最初からそこにいたかのように、静かに立っていた。


「全ては知らないようだな。赤口の魔能を……」

「なんですと……」


 老人の瞳にかすかな動揺が走る。

 カイトはゆっくりと前に出ながら淡々と説明していく。


「赤口の魔能には()()()()()が宿っている。

 お前らが知ってるであろう力は、相手への治癒……第一の鬼神、兜雞羅神(とけいらしん)

 座標移動……第三の鬼神、閻獄受神(えんごくじゅしん)

 巨大な拳を顕現させる……第六の鬼神、閻羅刹神(えんらせっしん)

 新たな重力を生み出す……第八の鬼神、廣目頭神(こうもくとうしん)

まぁ……こんなところだろう」


 そこまで言い終えると、カイトはふと足を止めた。そしてゆっくりと俯き、黙り込む。

 その沈黙が老人の癇に障ったのだろう。苛立ちを隠さずに声を荒げる。


「くだらんな!お前の話など聞いておれるか……()魔法、龍水昇波(ドラゴンブレス)!」


 先程と同様に無数の水滴が膨れ上がり、瞬く間に龍の姿を成し、カイトの元へと突撃していく。

 だが、カイトは顔を上げようともせず、ただ静かに……呟いた。


「そして、あの時使ったのは――これだ」


 その瞬間、カイトの体がバチバチと全身から音を鳴り、何かを帯び始める。


「――七番目の鬼神、雷電光神(らいでんこうしん)


 直後、閃光とともに、カイトの周囲に強烈な電気が走る。空間を裂き、水を媒介にして四方八方へと広がっていく。


「まさか……わたくしの魔法が……!」


 放たれた雷撃は、そのまま水滴一つひとつを伝い、逆流するように老人の方にもほとばしる。

 老人の表情が凍りつく中、眩い光が一瞬にして視界を白く染め上げた……。


――パァンッ!


 カブリエルと名乗る老人は目を見開いたまま白目をむき、声を出す暇もなく、ぐったりと地に崩れ落ちた。

 カイトはその倒れ込んだ老人に近づいていく。


「純水は本来、電気を通しにくい絶縁体だ。だが、魔力という不純物を孕んだ水は電気を通すんだよ」


 しゃがみ込み、老人の呼吸と脈を確認する。

 ……反応はない。完全に絶命していた。


「もしあの時、服に染みた水を電気分解していなかったら、タダでは済まなかったかもな」


 そんなことを言い残してカイトは立ち上がった。


「他の魔王たちも今頃は戦っているのだろうか……」


 その瞬間、カイトの気配が変わった。

 まるでそれは鬼のごとき殺気……


「――だが関係ない。俺が殺すのは、黒いローブの女。それだけだ」


 そう言って、カイトは踵を返し国の外側へと向かっていく――まさにその時だった。

 辺り一面が真っ白に染まっていく。空も大地も建物もすべてが飲み込まれていく。


「な、なんだ!?」


 カイトは思わず立ち止まり、眉をひそめる。光源を探して周囲を見渡す……そして、あり得ないものを見つけてしまう。

 絶命したと判断したはずのあの白髪の老人、魔狩のガブリエル。

 その体がゆっくりと浮かび上がりながら白い光を放っていた。


「――っ……!?」


 逃れることも、抗うことも許されない。

 光はすべてを呑み込み、終末の鐘のように響いた。


――こうして、カイトは()()()()()へと誘われる。

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