赤口の魔王
「昨日は大変だったな」
敵?の襲撃から一夜が明けた。
ようやく落ち着いた空気の中で、俺はハッシュと言葉を交わす。
「そうですね……でも私たちは一体、どこに来てしまったのでしょうか」
異世界に来てから一日が経ったが、依然として分からないことばかりだ。
わかったのはこの世界にはある程度の文明を持った国があることと頭のおかしい奴がいるということぐらいか。
「俺にもよく分からないが……おそらくこの国ごと異世界とやらに来てしまったようだな……うん」
「理解し難い現実ですね……国民にはどのように説明すれば良いのでしょうか」
「何も説明無しなんてことになったら国民からの支持が皆無になってしまうかもな……」
ここは腹を括るか。男、テンセイ一肌脱いでやるか。
「仕方ない……国民にはありのままを話す!今すぐ国民を城門前に集めろ!」
「了解致しました……」
俺は急いで礼装に着替えて城門の上へ向かう。
目の前の大通りにはすでに大勢の国民が集まっていた。
――よし、ここが勝負どころだ。
「えー……聞け!我が誇り高き国民達よ!」
俺が声を上げると、ざわついていた国民が一斉に静まり返った。
「昨日、我が国の地面に突如現れた紋章、あれは他国による大規模な攻撃だったことがわかった!」
ざわざわ……と民衆がまた騒ぎ始める。
「あの規模の攻撃、本来であればこの国は地図から消えていただろう……しかし、ここからが大切だ!」
俺は一拍置いて、息を整えてこう叫ぶ。
「王家に伝わる禁術……異世界転移を使い、このおれが守ったのだ!」
これが睡眠時間を削ってまで考えた最終手段。
異世界に来たことの説明と、英雄アピールを両立するし国民からの支持も保つことが出来る完璧な作戦である。
この作戦によって驚愕とともに、民衆の間にさらなる動揺が走る。眉をひそめる者、目を見開く者、手を口に当てる者……国民の反応はさまざまだ。
反応としては上出来だ。そして、ここからが我が作戦の本領発揮だ。
「異世界に飛ばしたのは……俺の独断だ。だが……この国を、お前たちを守るためには仕方がなかったんだ。本当に……すまなかった……!」
最後に必殺の泣き落としだ。
わざとらしくないように、自然と目元に涙を浮かべる。
演技ではない。少し、ほんの少しは本心だ。
これによって民衆の中に、少しずつ変化が生まれていく。困惑と驚きに染っていた国民たちが次第に感謝の色を帯び始める。そして、中には拳を握りしめて涙ぐむ者もいた。
――勝ったな
そう確信しかけた、その時だった。
「――なるほど、そういうことだったのか」
俺が感謝の言葉を述べようとした時どこからか低い男の声が聞こえてきた。
「だ、誰だっ!一体どこから!」
俺は取り乱しながらも叫ぶ。
俺の問いに応えるように、さらに重く響く声が続く。
「――君には死んでもらおうか……閻獄受神」
その一言が発されたあと突如、俺を取り囲うように炎が現れた。
俺は今起きている現象を全く理解できずにいた。
「テンセイ様!!」
俺を助けようとハッシュが俺に飛びつく……と同時、その炎は俺たちふたりを包み込む。
熱くは無い、だが身体中の力が風呂の栓を抜いた水のように抜けていく。
「意識が……まずい……」
一切の抵抗もできず、俺は暗闇へと落ちていった。
◆◇◆◇
「――おい、起きろ」
誰かの声が耳に響く。
誰かが俺に話しかけているのか……
「仕方ないか……」
そして、意識を取り戻すと同時に頬に痛みを感じる。
どうやらビンタされたようだった。脳がぐらぐらと揺れる。
「もう一回……」
目の前にいた男がまたビンタしようと手をふりかざす。
「おお起きてるから!まじやめてっ!」
抵抗も虚しく、俺は頬が弾ける痛みを感じながら地面を凄まじい勢いでコロコロ転がる。
そして、謎の男が転がり地べたに這い蹲る俺に近づいてくる。
「悪いな、全然起きないから仕方なかった」
俺は痛みで流した涙を拭い、男の姿をはっきり見る。
俺と同じぐらいの年の赤髪の男だった。服装は棘が沢山生えた革ジャンを着ている。例えるならばデスメタルの服装と言ったところか。
俺は即座に立ち上がり、戦闘態勢に入る。
「……誰だ、お前」
「俺はミワカイト。一応、赤口の魔王をしている」
魔……魔王?俺はあの時突然聞こえた声質からして、もっと老人っぽいやつか魔物系を想像していたのに。
「さっきの低い声と違うように聞こえるが……」
すると、カイトと名乗った男は少し頬を赤くしもじもじしながら答えた。
「威厳が欲しかったんだよ……」
おいおい、こいつ本当に魔王かよ。信じ難いな……
今のその風貌も口調も、俺の想像する魔王の威厳とは程遠い。
「まぁ……威厳は大切だもんな」
そんな口から零れた言葉に対して男はニヤリと笑いながら俺の肩に手を回してきた。
「流石、同じ異世界人は分かってるな」
「……ちょっと待て!お前もあの世界からこっちに飛ばされてきたのか!?」
あまりにも突然衝撃的な発言をするものだから思わず聞き返していた。
こいつも俺と同じようにあの世界から?
「あぁそうだ、向こうの世界で死んだものはこちらの世界に転生することがある。俺も同様だ。だが、お前の言うあの世界からってのは違うな」
「……どういうことだ?」
俺が困惑していると男は咳払いをして、説明を始める。
「いいか、世界は一つじゃない。俺たちが元いた世界のような、別世界は観測不可能なほど無数に存在する。今、俺たちがいるこの世界は、様々な世界で死んだものが皆、転生してくる世界の果て、そして先が存在しない。
いわば、終点だ」
世界は複数あって、この世界が他世界の終点……?
転生してきたものは全員ここに集められる……?
スケールが大きすぎて理解が追いつかん。
「すまない、少し話しすぎたな。俺はお前に話したいことがあるから連れてきたんだよ」
言葉が詰まっているのを察したのかこの男は笑みを浮かべる。
……こんないつまでもなよなよしてる俺らしくない。過去は変えられないのだ。だったら、俺が守ればいいだけの話だ!
「俺はテンセイ・イセカイ・シュタインだ!よろしくな!」
「おぉ……とてもいい名前だな」
どこか気を使ったような優しい声音でカイトは言った。
お父さんの名前を初めて褒められた……少し嬉しいなぁ。
「で、ここからが本題だ……」
カイトの纏うオーラが一変した。空気が重く張り詰め、緊張が走る。まるでその姿は魔王のように……
「――この世界の全てを教えよう」