いきなり勇者に襲われたんだが
「やばい!どうする……」
いきなり国が丸ごと異世界に飛ばされましたーなんて国民に伝えて納得してくれるわけが無いだろ!
頭の中が真っ白になった俺は慌てふためいて部屋の中を右往左往していると、大きな音を立てて部屋のドアが開かれる。
ハッシュでは無い。別のメイドが来たようだ。
見たことのない顔だが、表情は引きつり、明らかにただ事ではない。
「国王様!て、敵と思わしき軍勢がこちらに攻めてきています!」
「はぁ!?あまりにも早すぎじゃないか!?いや……気絶してたからあっちから見れば……じゃなくて!!」
俺の国は元の世界ではまあまあな規模の国だったが、軍事力の面では小国とほぼ変わらない……というかそれ未満だ。正直、平和ボケしていた。
「まずは――」
俺がそのメイドに指示を出そうとした瞬間、慌ただしい足音が廊下に響きわたりメイドの後ろからまた新しいメイドが顔を出した。
「失礼します!国王様!先程の敵軍が門番に攻撃を開始しました!!」
……こうなったのも全部俺の責任だ。
今さら悔いても遅い。もう迷っている時間はない。
「……行くしか、行くしかない!!」
◆◇◆◇
――今、俺は敵軍と真正面から対峙している。
思ったよりも数は少ない。……だが、剣を持ち、確実に殺気を帯びている。油断はできない。
俺のすぐ隣には、途中で合流したハッシュが立っていた。
地面には攻撃を受け倒れた門番。殺されてはないが、こんな横暴を許せるはずがない。
「テンセイ様……私が皆殺しにしてまいります」
静かな怒りと決意を込めてハッシュが言い放つ。
「後々が面倒になりそうだから、殺さない程度にな」
「了解しました」
ハッシュはそう告げると、一歩前へと踏み出す。
メイド服の裾が風にたなびき、彼女の手には細長い針のような暗器が二本、すでに握られていた。
――場に静寂が走る。
その刹那、ハッシュの姿がふっと揺らぎ視界から消える。
敵兵の一人が動揺した瞬間、その敵兵は声を上げるまもなく足元から崩れ落ちるように倒れた。
膝をついた敵兵の首元には、赤い点のような傷がひとつ。呼吸はあるが、意識は途切れている。
「――やりやがった!殺せ!」
残党が威嚇するように怒鳴り声をあげる。
だが、次の瞬間には次々に敵兵たちが膝をついていく。
その動きは速すぎて目で追えず、風のようにすり抜けたかと思えば、敵の関節を突くように針が刺されていた。
全て急所を外した絶妙な力加減。
命を奪うことなく、ただ意識だけを刈り取る。
「これで最後です……」
そんな冷たい囁き声と共に、最後の一人の手から剣が滑り落ち、崩れ落ちる。
わずか数十秒。十数名の敵兵は、一人残らず戦闘不能にされたのだ。
ハッシュは振り返り、暗器を仕舞うと再び無表情で俺の傍に戻ってくる。
「無力化完了いたしました」
当たり前かのような淡々とした報告。
「……ありがとう、ハッシュ。さすがだ」
俺もハッシュに負けじと平静を装い、落ち着いた声でそう返した。
だが、内心は驚愕でいっぱいだ。
……つ、強すぎるだろ!?まさかここまでとは……
「当然のことをしたまでです、テンセイ様」
「……お、おう」
そんなハッシュに俺は頷くことしか出来なかった。
敵を返り討ちにした俺たちは城の中へ戻ろうとした……その時だった。
「――なんかもう戦ってんじゃん!」
遠くから男の声が響く。
俺たちが振り向くと、そこには馬に乗った男の姿があった。
重厚な鎧を身にまとい、背には巨大な大剣を背負っている。その姿から放たれる威圧感は尋常じゃない。
……こいつ、ただ者じゃない。……敵の大将か?
男は馬から飛び降りると、俺に向かって歩み寄りながら問いかけてきた。
「お前がこの国の王か?」
「……そうだが。お前はこの倒れているやつの仲間か?」
「いや、全然違う。俺は一人で国王から頼まれてきた!」
その言葉は嘘のようには聞こえなかった。
おそらく本当にこいつらとは無関係なのだろう。
そう思っていると、男はさらに一歩近づき、静かに口を開いた。
「お前には聞きたいことが沢山ある。まず、なぜこの規模の国が一夜にして突如、現れたのか聞かせてもらおうか」
どうやら、気絶している間に一夜過ぎていたようだ。
俺の意識がなかった時、何も起きなかったのは運が良かったとしか言いようがない。
「まぁ、これぐらい俺にかかればちょちょいのちょいですよ。あはは」
指輪を使ったことが全ての原因だが、それを説明したところで理解してもらえるとは思えない。だから俺は、笑ってごまかすした。
「……次にこの国の名前を聞こうか」
国の名前……元々のやつでもいいけど。ここは異世界だ。もっとかっこいい名前にしてやろう。国の名前を変えるなんて俺の独断じゃ本来できないけどな。
俺は昔からお父さんゆづりでネーミングセンスが皆無と言われていたがそんなことは無い。
……死の国デッド王国 ……いや、闇の国ダーク王国なんてものはいい良いのでは……いや、あえてここは、神の国ゴット王国や!
「どうやら答える気は無いらしいな」
「……え」
俺が満を持して口を開こうとしたその瞬間、答えるのが遅かったのかじっと俺を睨みつけながらそう静かに言った。
「おい!今から言うところだったんだぞ!」
「もう聞くことは無いな……」
俺の言葉が聞こえていなかったのか無視して背中に背負った大剣の柄に手をかける。
そしてゆっくりこちらへ歩き出しながら
「お前を殺す者の名は勇者イディオット・ステューピッドだ!!」
と空気が震えるほど声を張り上げ、まるで弾かれた弾丸のよう一気に距離を詰めてきた。
「テンセイ様!お下がりください!」
咄嗟にハッシュが前にでて懐から短刀を取り出し、正眼に構える。
そして、お互いの鋭い気配が交錯し刃が交わろうとした……その刹那。
イディオットと名乗る男は土煙を舞上げながら急ブレーキをかけるように足を止めた。
そして、背中の剣をずっと上げ下げしている。
「……っアレ。抜けない……おかしいな……」
どうやら背中の剣が抜けないらしい。歯を食いしばりながら力を込めるが剣はわずかに鞘からずれるだけでそれ以上は動かない。
肘がもう完全に伸びきっていて、どう頑張ってもそれ以上引き抜けないのだ。
「あの〜多分その大きさの剣を背中に背負ってたら物理的に取れないと思うんだが……」
目の前の戦士が背中に巨大な剣を担いでいた。身の丈以上ある代物だ。
だがその柄の位置、背中のど真ん中……どう見ても自分の腕の長さでは届かない。
そう、いままさに背中に武器を背負う戦士あるあるが、目の前で現実のものとして展開されていたのだ。
「ちょっと待て!……角度を変えて……あれっ……」
「いや無理だと思うんだが」
イディオットは必死に引き抜こうと頑張るも少しの沈黙の後、剣の柄から手を離す。
そして、俺の方を睨みつけながら
「…………なんて魔法だ!俺の勇者の剣が封じられただと……くそっ!今回は撤退だ!次は覚えておけ!」
と一言だけ言い残し、イディオット及び敵軍は凄まじい速度で去っていった。
「……なにこれ」
いまさっき目の前で起きたことを整理する間もなくどこからともなく歓声と拍手が飛び交ってくる。
「――流石我が国王!」
「――救世主だわ!」
どうやら今の出来事を全て見ていたようだ。
勝手にあいつか自爆しただけ……いやこれは……
「確かにこれは俺が救ったのでは……」
そう考えた俺は国民達の方を向き、得意げな顔をしながらこう言う。
「国王として当たり前のことをしたまでさ!」
――この時、既に俺らの国に最大の危機が迫っていることを誰も知らない。