守り抜くと俺は誓った
「どうすれば……」
いきなり国が丸ごと異世界に飛ばされました……なんて国民に伝えて納得してくれるわけがない……。
頭の中が真っ白になった俺は慌てふためいて部屋の中を右往左往していると、大きな音を立てて部屋のドアが開かれる。
ハッシュでは無い。別のメイドが来たようだ。
見たことのない顔だが、表情は引きつり、明らかにただ事ではない。
「国王様!国民の中で大きな混乱が生じ、城の前に集まってきています!」
……当然だ。突然訳の分からない場所に放り出され、不安が広がらないわけがない。
何も説明しなければ、国民の心が離れてしまうのは必然だろう。
ここで逃げれば、この国の未来は潰えてしまう。
――避けては通れないのだ。
「……全ての国民を王城前広に集めろ!」
「了解致しました!」
俺は急いで礼装に着替えて演説用に設置された王城前広場へ向かう。
着いた時には既に全ての国民が王城前広場に集まっていた。
そこにはすでに国民全員が集まり、押し寄せる不安にざわめいていた。
俺は深く息を吸い込み、手を広げて声を張り上げる。
「――我が誇り高き国民達よ!」
俺が声を上げると、ざわついていた国民が一斉に静まり返った。
「たった今、我が国の地面に突如現れた紋章、あれは他国による大規模な攻撃だったことがわかった!」
もちろんこんなものは作り話だ。
だが、嘘をつきたくて嘘をついている訳では無い。
国民たちを納得させつつ、国王としての尊厳を守るにはもう、これしか……
「あの規模の攻撃、本来であればこの国は地図から消えていただろう……」
俺は一拍置いて、息を整えてこう叫ぶ。
「王家に伝わる禁術……異世界転移を使って、それを回避した!」
驚愕とともに、民衆の間にさらなる動揺が走る。眉をひそめる者、目を見開く者、手を口に当てる者……国民の反応はさまざまだ。
とても現実離れしていて、意味不明な言い訳にしか聞こえないだろう。
こんな話……誰も信じるわけが無い。
――無理……だったか……。
俺は半ば諦めていた――その時だった。
静まり返った群衆の中から、何かが弾けるような音がパチパチと鳴り始めた。
それは誰かの拍手だった。
そしてその音は連鎖するように広がり、やがて王城前広場全体を包み込む。
これによって民衆の中に、少しずつ変化が生まれていった。
困惑と驚きに染っていた国民たちが次第に感謝の色を帯び始めたのだ。
俺は思わず、涙ぐむ。
国民たちは嘘だと薄々勘づいてはいるだろう。
だが、俺の言葉を信じ、ついてきてくれた。
嘘で取り繕った国王にすぎない俺を……それでも支えてくれる民――その姿に、胸の奥からひとつの思いが生まれたていた。
――俺は、絶対にこの国を守り抜く。どんな状況に立たされようとも。
俺は最後に国民に向けて、深く一礼した後、群衆に背を向けてその場を後にした。
王城の廊下を歩きながら、俺は先ほどの演説を振り返っていた。
国民たちの拍手……あの温かさは本物だった。たとえ嘘だと分かっていても、俺を信じてくれた。
その事実が胸を熱くさせる一方で、自責の念も湧いてくる。
自分の欲と我儘によって、この大切な国を異世界へと巻き込んだ。
――もし、あの時あんな指輪に手を伸ばさなければ
――せめて元の世界に戻す方法があるのなら、どんな代償を払ってでも……。
そんな後悔を抱きながら歩いていると、いつの間にか部屋の扉の前にいた。扉を開くと、そこにはいつもと変わらない部屋が広がっていた。
しかし、今の俺にはその光景が酷く場違いに感じられた。
そして、ふと気づく。
「……ハッシュがいない」
外の様子を確かめに行ったハッシュが、まだ戻ってきていないのだ。
演説の準備で慌ただしかったから気づかなかったが、考えてみれば随分と時間が経っている。
あの完全無欠のハッシュなら、本来ならばとっくに帰ってきて報告をしているはず。
時計を見ると、もう二時間以上が経過していた。
「遅すぎる……」
嫌な予感がチラチラと脳裏に現れる。
いくらハッシュでも、この異世界で何が起こるか分からない。魔物がいるかもしれないし、敵対的な住民がいる可能性もある。
俺の胸に胸をきつく縛り付けるような不安が広がっていく。
「待ってろよ、ハッシュ……」
居ても立ってもいられず、俺は無意識のうちに駆け出していた。
護衛もつけず国王が外に出るのはあまりにも危険。ましてやここは異世界、何が待ち受けているかなど誰にも分からない。
それでも、ハッシュは俺にとって自分の命にも等しい存在だ。絶対に失うわけには……いかない!
俺はためらうことなく城を飛び出した。
◆◇◆◇
幸いなことにこの国は広くない、全力で走れば一時間と少しで大体の場所は見て回れる。
俺は息を切らしながら走った。
そして、息を切らしながら駆け抜けた先、国の外門前の大通りで、俺はついにその光景を目にする。
フードを深く被り服装は棘が沢山生えた服を着ている謎の人間。
そして、細長い針状の武器を手に、全身から殺気を放ち立つハッシュ。
「ハッシュ!誰だそいつは!」
俺はハッシュの元へ駆け寄りながらそう叫ぶ。
「テンセイ様!ここは危険です!」
その声と共に、ハッシュの表情にかつて見たことのない焦りが宿る。
その瞬間――フードの人間が、突然口を開く。
「――お前が国王か。……試させてもらうぞ。」
それは空気を凍えさすような若い男の声。そして、囁く……
――第七の鬼神、閻羅刹神
その刹那、男の背後で黒い巨大な拳が二本、まるで生き物のように現れ、俺めがけて一直線に伸びてくる。
「な、なんだ……!?」
俺は本当に異世界に来てしまったのだと、否が応でも理解してしまう。
到底、現実とは思えない光景に尻もちをつく俺。
その拳が俺を潰そうとした――その時、誰かが俺と拳の前に割り込んできた。
「テンセイ……様。私が必ずお守りいたします……」
それはハッシュだった。
胸の前に腕をクロスし、拳が俺に届かぬように食い止める。
ハッシュの俺を守るという鎖のように強い決意が、全身から溢れ出す。
「へぇ……なかなかやるな」
フードの男は冷たく微笑み、一歩踏み出す。
途端、さっきまで俺たちを襲っていた黒い拳は塵となり消え去っていく。
ハッシュは体制立て直し、もう一触即発の状態だ。
「テンセイ様を襲った以上、もう死ぬ以外に選択肢はありません」
瞬間、ハッシュの姿が目の前から消える。
もう既にフードの男の懐へと侵入し、鋭い針が男の横腹に刺さろうとしていた。
「いいな。想像以上だ――」
だが、男の手が稲妻のように伸び、ハッシュの手首をがっちりと掴む。
そして、一瞬で投げの体勢に持ち込まれてしまった。
しかし、ハッシュに動揺は全くない。
「私は想定内ですね」
ハッシュの足がするりと男の足へ絡みつく。
体を預けた瞬間、投げ飛ばされるはずの男の体も同時に浮き上がった。
「なんて脚力……だがな――」
体勢を崩され、男の重心が大きく揺らぐ。
その隙を逃さず、ハッシュは鋭い眼光を放ちながら針を振りかぶり、男の片目を正確に狙った。
「まずは視界――!?」
ハッシュの顔が驚きに染る。
視界の先にあったはずの標的は、影すら残さず消えていた。
「良い動きだったぞ――閻羅刹神」
ハッシュの真横から声がしたと同時、突然現れた黒の拳は既にハッシュの側面を強く捉えていた。
「グッ……!」
咄嗟に腕で受けるも、激しい衝撃で地面を転がるハッシュ。
「ハッシュッ!!」
俺は喉が張裂けるほどに名を叫ぶ。
建物に激突して気を失ったかに見えるハッシュに、絶望に近い感情が走った。
「次は……お前だな。国王……」
フードの奥からギロりとこちらを睨みつける恐ろしい眼光は、俺の恐怖心を煽る。
今この現状が全く理解ができていない。
突然現れた謎の男が謎の術を使って、ハッシュ、そして俺を殺そうと襲いかかってきている。
それも……それも、全て異世界に連れてきてしまった俺のせいだ。
俺がここでやらなくては……俺が許さない。
「ハッシュ……ありがとうな」
俺は拳を握りしめ、男に真正面から立ち向かう。
恐怖を押し殺し、決意を胸に――
「いい目だ……」
男はゆっくりとこちらへ近づいていく。
一歩……また一歩。どんどん近づいてくる足音が大きくなるに合わせ、俺の心臓の鼓動も大きくなっていく。
――神様……今だけ力を!
「俺は王としてお前を止める!」
俺は拳を強く握りしめ、全速力で走っていく。
「真正面から来るか!」
男もほぼ同時に勢いをつけ、走ってくる。
そして、お互いの頬にお互いの拳がぶつかり合う――
だが、現実は非情だ。
俺の拳が届くよりも前に男の拳が頬を捉えた。
そのまま、俺は吹き飛ばされる。
「……弱いな」
その瞬間、鋭い閃光が風切り音と共に男の顔の横を駆け抜けた。
男の頬に血が伝う――それは、気絶していたはずのハッシュが投げた小さな針によるものだった。
ハッシュは怒りに支配されているかのような瞳で男を見据え、踏み込み、その場で立ち塞がる。
「テンセイ様に傷を負わせた……極刑に処す」
その一言は、俺の胸に深く突き刺さった。
結局、俺はハッシュに守ってもらうことしか出来ないのか……いや、俺は――
ハッシュが地面を砕くほどの踏み込みを見せ、男の方へと走る。
男も迎撃の構えを取り、お互いの命を賭した一撃が交錯する――その瞬間。
「テンセイ様ッ!?」
「なんだと!?」
二人の顔が同時に歪む。
それもそのはず、攻撃が交わるその間に、自分でも理解できない速さで、二人の真横へと飛び込んでいたのだ。
気づいた時にはもう遅い。俺は全力で踏み込み、二人の間に割り込んでいた。
――拳を強く握りしめ、叫ぶ。
「――俺は全てを守るんだ!!」
渾身の力を込めた一撃が男の頬を正面から捉える。
鈍い衝撃と共に、赤黒い飛沫が宙に散った。
男は血を吐きながら大きく吹き飛んでいく。
「テンセイ……様、なんで」
「当たり前だ。守るものがあるからな」
片膝をつく男を見下ろし、俺は息を整える。
この瞬間、俺は悟った――命を懸けてでも、守りたい人がいる限り、俺は王であり続ける必要があると。
一方、そんな俺を見て、男は微笑む。
「……魂の籠ったいい一撃だった。……認めざるおえないな」
「認める……?何を言って――」
言葉を遮るように、男はゆっくりとフードへ手をかけた。
布が頭から滑り落ち、その下から現れたのは、俺と同じぐらいの年頃の赤髪の青年。
その時、男は低く囁く――
「――第三の鬼神……閻獄受神」
瞬間、俺の周囲を取り囲むように炎が巻き起こった。
「な――」
声を上げる暇もなく、炎は牙を剥き、容赦なく俺を飲み込んでいく。
ハッシュの叫びが確かに届く……だが、炎にかき消され、何も聞こえない。
視界が赤に染まり、全てが焼き尽くされていく。
熱くはない……だが、だんだんと意識が途切れていき、しばらくして俺は深い闇へと落ちていった。
――この男との出会いが、俺の運命を大きく揺るがすことになる。




