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友だちよりも……


「ハッシュ!どこだ!」


 俺はハッシュを見つけるため行き当たりばったりに走り回る。この状況に何故だか分からないが胸騒ぎがする。


「次はあそこ曲がるか……」


 そんなどこか釈然としない気持ちを持ちながら、俺は道を曲がり薄暗い路地へと入っていく。そして、そんなおかしな胸騒ぎの正体が現れた。


「――ハッ……ハッシュ!!」


 そこには全身血まみれで足を引きずりながらゆっくりとこちらへ進んでいくハッシュが見えた。

 俺の声は聞こえていないみたいだ、俺は全力で走りハッシュへ近寄ろうとする。

 ……その時だった。


――パンッ!!


 大きな破裂音のようなものが辺り一帯に響き渡る。突然の爆音に心臓が止まるかと思ったほどだ。

 音に思わず瞑ってしまった目を開き、俺はハッシュを確認する。


「銃……銃声か?……ッ!?」


 目の前の光景に自分の目を疑う。

 そこにはさっきまで立っていたハッシュが前のめりに地面に転がりピクリとも動いていない。

 そして、ハッシュの前の地面には血が扇状に飛び散り地獄絵図と化していた。


「ハッシュ!!」


 俺は倒れ込んでいるハッシュへと駆け寄る。

 そして、身体を仰向けに変えたあと自分の腕を後頭部へと回し頭を支える。

 呼吸はあるがひと目でわかる、ギリギリだ。


「今すぐ医者の所へ連れていく!死なないでくれ!」


 そして俺がハッシュを背負おうとするとその時


「テンセイ……様。逃げて……」

「ハッシュ何言って――」


 ハッシュがその一言を発した瞬間、背中に氷塊を突っ込まれたような冷たさと、剣山で刺されたような痛みが同時に起こる。


 ――俺の後ろに誰かいる……


 その得体の知れない恐ろしさに俺は振り向くことが出来なかった。俺は後ろの誰かを背にし何とか口を開く。


「だ……誰だ……」

「――貴方こそ誰?」


 女だ……後ろにいるのは女だ。俺の質問を無視し、女は質問してくる。答えなければ殺されてしまうのではないかという空気だ。


「テンセイ……テンセイ・イセカイ・シュタインだ……」

「……あぁ貴方があのテンマさんお気に入りの」


 女のオーラがガラッと変わる。さっきまで痛いほど伝わってきていた殺気のようなオーラは全く消えていた。

 そしてようやく俺は後ろを振り返り女の顔を確認する。

 そこにいたのは銀色の髪をした短い髪の小柄な女性だ……。そして、拳銃を持っている。

 先程までそれを向けられていたのだろうな。

 そんなことを考えていると、そこにいる女はいきなり口を開く。


「私は災禍六魔将、哀婉のアニカ・ヴェスパー。そこのメイドを置いていけば貴方を殺すつもりは無い。」


 災禍六魔将……やはり敵だったか。明らかにハッシュにトドメを刺しに来たって感じだな。

 どうする……相手は銃を持っている。俺がハッシュと逃げようがアニカと戦おうがおそらく一瞬であの世行きだ。

 今すぐハッシュを医者に連れていかなくてはいけないから時間稼ぎもダメだ……。


「テンセイ様……私の事は大丈夫です……行ってください……」

「それは絶対にできない!待ってろ……必ず助けてやるからな」


 こんなことを言ったが何の力も持たない俺には重すぎる言葉だ。そうこうしているうちに時間だけがひたすら過ぎていく。


「はぁ……時間は有限なの。もう貴方ごとでいいわ……死んで」


 俺の決断が遅すぎたのだろう……アニカは痺れを切らして俺たちに銃口を向け引き金に手をかける。


「そんな事させるか!」


 それと同時俺はハッシュの前に立ち両の腕をこれでもかと広げ肉壁になる。

 それでもアニカは止まらない。銃口から煙と眩い閃光が飛び出る。これで十分だとでも言うようにたった一発だけ撃った。

 俺は覚悟した、こんなもの食らったらタダでは済まない。だが、ハッシュを失う方がもっと済まないんだ!

 薄っぺらの腹筋にこれでもかと力を入れ全力で構える。

 俺の腹に銃弾が突き刺さる……と誰もが思った。


「――……ッ」


 俺の腹に穴は空いていなかった。早すぎてあまり見えなかったが銃弾が俺の腹をすり抜けたような……まさか!?

 首を後ろに曲げ後ろにいるハッシュを確認する。

 俺の嫌な予感は的中してしまうことになる……


「な……ハッシュ……」

「私の前で()()なんてことは出来ないわ」


 ハッシュの背中から血が噴き出す。そう、銃弾が貫いたのは俺ではなくハッシュだった。


「ハッシュ!!」


 俺はしゃがみ、ハッシュの身体を触るが血を流しすぎたのだろうもう冷たくなっている。ハッシュの脈がどんどん弱くなっていきもう意識は無いに等しかった。


「結局貴方は何も成すことが出来なかった……美しさを感じるほど哀れね。」


 あぁ……本当にその通りだ。今の俺がどれほど無力で滑稽な存在なのか痛いほど自覚している。


――……でも


 俺の心のどこかに眠っている()が込み上げてくる。その黒が俺の心に火をつけた。

 聞こえているのかは分からないが俺は小声でハッシュにこう伝える。


「初めての()()を失うわけにはいかないんだ」


 そう言うとハッシュの震えた手が俺の足を掴む。

 そして初めて喋る赤ちゃんのように細々として聞き取りずらい声で俺にこう伝える。


「――お願い……です。死なないで……」


 ハッシュがお願いなんてするのはきっと初めての事だろう。あぁ……ハッシュの初めてをこんなくだらないことで奪ってしまった。くだらない……俺の生死なんて実にくだらない。

 俺はハッシュの言葉に何も返すことなく、ハッシュの傍に落ちていたナイフを持ちそっと立ち上がりアニカの方を向く。


「貴方には何も出来ない。無駄な命は奪わないつもりよ」

「無駄な命……確かにそうだな。俺の命なんて無駄だ。この世に存在する唯一のなんの価値もない命だ。だけどな……」


 俺の黒が俺の全てを飲み込む。俺は全てを怒りに任せ鬼の形相で耳が痛くなるほどの声をあげる。


「何も成すことが出来ないならこの無価値の命を活かして成すまでやるだけだ!!」


 そう叫びながら全てを感情に任せ、ナイフを構えながらアニカに向けて走り出す。


「愚か……」


 アニカはなんの躊躇いもなく発砲する。殺気はなくそこにあるのは俺への哀れみだけだった。ノーモーションで撃たれた弾丸と俺は激突する。


「グッ……アアッ!!」


 胸あたりが熱々に熱された釘を撃たれているような激痛に襲われる。そして俺は血を吐く

 だが、そんなもの動ければ関係は無い!!


「それがどうしたぁ!」


 吐血しながらも俺は叫ぶ。こうでもしないと気絶してしまいそうになるからだ。

 それを見たアニカの表情が引きずる。だがこれは俺の叫びに対してでは無い、他の何かに対してだ。


「なんで……なんでそれで動けるのよ!」


 アニカは動揺しながらも正確に何発も俺の体へと銃弾を打ち込む。その音はさながら機関銃を彷彿とさせるものだ。

 しかし、俺は謎の力で止まらない。……止まることを知らない。

 そのままアニカとの距離が縮まり俺のナイフが届く間合いだ。しかし、彼女の方が数段反応が早い。

 バックステップで俺のナイフを外しに行く。


「避ければ何も問題は無い……ッ!?」


 アニカの表情が苦悶の表情に変わる。何故か、それは彼女の足首あたりに鋭く尖った六角が深々と突き刺さっていたからだ。


――ハッシュ!


 それによって体制を崩したアニカに向け、全身全霊の力を込めた唐竹割りを食らわす。今の俺は獲物を前にした飢餓状態の獣さながらだ。


「ガァルァ!」


 閃光がほとばしり真っ二つにアニカを切り裂く。

 ……とその瞬間、俺は目の前の光景に目を疑うことになる。


「――おっと、危ない危ない」


 それもそのはず、何も無い空間からいきなり手が生えてきて俺の手首を掴みナイフを止めたのだ。

 そのまま俺の腕を押しのけ、何も無い空間から金色の髪をした男が現れる。

 その反動で俺は後ろによろけ派手に転んだ。直ぐに立ち上がろうとしたが何故か足に力が入らない。


「なんで来たのよ……」

「いやーカイン君のとこ行ったらさ赤口が居てさ、僕が助けようにも無理だなって。すぐこっち来ちゃった」

「要するに見捨てたのね……まあいいわ。それよりこれを見てちょうだいよ」


 そう言うとアニカは俺に向けて人差し指を突き出す。

 金髪の男が俺を見る、その瞬間男の顔がにやけたように見えた。


「これが君の……はは!実に神がかっている!それで生きられるなんて凄いな!」


 そして俺は半分の言葉の意味は理解出来なかったがもう半分の言葉を理解するにはコンマ一秒もかからなかった。

 俺はそっと自分の胸に視線を移す。


「な……なんだ……これ……」


 俺の胸には何発も銃弾が撃ち込まれていて、その全てが心臓のある位置を正確に撃ち抜いておりひとつの大きな穴のようになっていた。


――それは誰が見ても即死の傷だった。


「今、目的は果たした。帰ろうか、そろそろフレンが来る」


 金髪の男がそう言って一歩後ろに引くと体半分が謎の空間に吸い込まれる。


「逃げさせてたまるか!またお前らだけ奪っていくのか!」


 アニカは俺の言葉を無視して無に消えていく。逆に金髪の男は俺の言葉に反応し、少し感情が篭もった言葉でこう返す。


「――何も知らない君にそんな言葉を言う権利はないよ」


 俺は必死に地面を這い男の足を掴もうとしたがあと少し足りなかった。

 一言言い残した男は颯爽と消えていってしまった。


――俺はまた何も成すことが出来なかったのだ


「クソッ……ッ!」


 一段落が着くと胸をドリルで削られているような痛みが俺を襲う。冗談抜きではなく本当に体が裂けそうだ。

 だが不思議と「死」を感じない。


「ハッシュ……ハッシュ!」


 今はとにかくハッシュが最優先だ!死ぬな……死ぬな!

 俺を地面を這いハッシュの元へ向かっていると後ろから聞き覚えのある声がした。


「テンセイ君!無事か!」


 その声の主は俺の元へ駆け寄る。

 この声はフレンさんか……俺はまた助けられてしまうのか。


「フレンさん……ハッシュが……」

「分かった!君は落ち着け」


 ここで起きたことを一瞬で理解したような口ぶりで俺を制止する。

 そして俺の胸の穴に向けてフレンさんは手をかざす。

 何故だかかざした場所が少し温かいような気がするが、それだけで何も変わらない。


「回復魔法が効かない……」


 フレンさんが焦りの表情をみせそんなことを言った。

 これが回復魔法なのか……初めて体験したが温かいだけでよく分からないな……。

 そんなことを考えているとフレンさんはかざした手を引っ込める。

 数秒の沈黙の後、フレンさんの背後に炎があがる。


「フレンさん!テンセイは!」


 その炎から出てきたのはカイトだった。そして鬼気迫る表情で俺に近寄ってくる。


「今すぐ手当てを……」

「俺は多分死なない!だから……先にハッシュを!」

「……分かった」


 俺は死の気配を全く感じない。だったらハッシュが優先だろう。俺の言葉を聞いて困惑を見せるがすぐに俺の気持ちを汲み取り、カイトはハッシュの元へ向かった。

 ハッシュの元へ向かっていくカイトを見ているとフレンさんは俺の胸の傷に手を触れる、そうすると胸の穴がみるみるうちに塞がっていく。

 回復魔法は効かないんじゃなかったのか!?

 驚いているとフレンさんは冷静な表情で説明した。、


「傷の部分に僕の魔力で作った擬似的な組織を作る。元の君の組織じゃないから一時的なものではあるが流血は抑えられるだろう」


 少し痛みは残るものの自由に動けるようになった俺は脱兎の如き速度でハッシュの元へ駆け寄る。

 ハッシュの傍には先程向かったカイトが下を向き呆然と立ち尽くしていた。


「カイト!早く……早く手当を!!」

「――遅かった……」


 いつものカイトでは考えられないような細々しい声でそう一言だけ呟いた。

 そして、俺は現実を知ることになる。


「ハッ……ハッシュ……嘘だ……嘘だよな……」


 なんの返答も無い。何も言わず、何も動かず、ただ冷たく横たわっているだけだった。

 震える手で肩を揺さぶる。でも、その身体はすでに冷え始めていて、生きているはずの温もりがどこにもなかった。

 カイトの異変の理由も、目の前の現実も、すべてが繋がった。

 俺はハッシュを抱きかかえる……


「全部……全部俺のせいだ……もっと強ければ……ハッシュを守れていれば……異世界なんて来なければ……」


 悔しさが胸を締めつける。

 次から次へと自分を責める言葉が溢れ出し、止まらない。……だが、どれだけ悔やんでも、どれだけ願っても、結局は何も変わらない。


――俺は本当に弱い人間だ……


 ハッシュを抱きかかえ顔を真っ赤にし泣き崩れていると、フレンさんがゆっくりと近づいてくる。


「テンセイ君……」


 優しく名前を呼ぶ声に、俺は顔を上げることもできず、ただ震える手でハッシュを抱きしめる。涙が止まらない。

 フレンさんの気配がすぐそばまで近づいた次の瞬間、そっと肩に手が置かれた。その温もりに、張り詰めていた心がわずかに揺らぐ。


「誰のせいでもない……きっと彼女は自己非難する君を望んではいないだろう」


 かすれた声が胸に響く。その通りだ……ハッシュはこんな俺を見たくないだろう。

 フレンさんのその言葉が、それ以上の言葉を飲み込ませた。

 そしてフレンさんの言葉に続けてカイトが口を開く。


「ここへ来る前、ハッシュはもしここが()()になったらこう伝えてくれ言っていた『――私は友達になれましたか』と」


 まだ……沢山、話したかった。

 まだ……沢山、共に経験したかった。

 まだ……沢山、一緒に居たかった。

 様々な思いが心の中でこだまする。

 そしてひとつの言葉が感極まった咽び泣く声で自然と零れ出した。


――友達なんて言葉じゃ足りない。


「――ハッシュ。お前は俺の()()()()()だよ……」


――こうして、ハッシュ・ラッシュ・メイドリルはその生涯に幕を下ろしたのだった。

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