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7話 俺はやり残したことをやる

 ハルキは、泣いていた。

 友達を、そのどす黒い血にまみれた腕の中に抱いて、ひたすら泣いていた。

 トニーは、静かに微笑んでいた。


「……せっかく友達になれたのにな」


 ハルキはぽつりと呟く。それがもう遅いことを、知っていても。たとえこの現実を望んだのが、他ならぬトニーだったとしても。


「お前と食べた料理も、お前と一緒にびしょ濡れになった川も、へとへとになるまで遊んだ街も、話し込んだ風呂も、泥まみれになったサッカーも、俺は本当に……本当に楽しかったんだ。全部全部全部ッ!! お前が一緒だったから楽しかったんだよ……!」


 過ごした日は短い。

 だけど、何よりも濃かった。

 ハルキが生きてきた人生の中で、最も濃い日々で、思い出で、初めて腹を割って話せる友達だった。彼となら、親友にだってなれると思っていた。


「……嬉しいね。そう思っていたのが僕だけじゃなかったのなら、こんなに幸せなことはないよ。光栄だ。本音だよ」


「お前と……もっと色んなところに行きたかった。色んなものを食べたかった。色んなものを見たかった。色んなことを共有したかった。……帰ったら、家族に俺の友達だって、紹介したかった」


 もしそんな方法があって、トニーが了承してくれるなら、ハルキは一緒に元の世界に戻りたかった。わがままで、先のことを何も考えていない、無計画な考えだったけど、できるなら本気でそうしたいと思っていた。それぐらい大切な友達で、これからもそうだと思っていた。

 彼がいなくなるなら、何の意味もないとさえ思った。

 崩れ始める肉体を無理に使って、トニーは口を開く。



「……ハルキ。僕と、友達になってくれて、ありがとう。たとえこの身が朽ち果てようとも、僕は君とずっと、友達でいようとも」


「そんなの……そんなの俺が言うべきなんだよ。言わなきゃダメなんだよ。……ありがとう、トニー。俺と、友達になってくれて。俺のことを、友達と呼んでくれて」


 トニーは満足そうに微笑む。ハルキは、彼の顔を確かめるように撫でる。血で彼の整った顔が汚れるが、気にしていられなかった。彼が生きた証を、手の感触に残したかった。同時に、これじゃあまるで葬式みたいじゃないか、とも思った。

 それからトニーは、真剣な顔をしてハルキの肩に手を置く。


「……君は、まだ僕と……友達と、やりたいことが山ほどあると言ったね。それは君がやり残したことであり……君の故郷で、やってみればいい。きっと……きっと、できるさ、君なら」


 お前とじゃなきゃ意味が無い、とはいえなかった。

 それは死の間際に彼が伝えてくれる、応援を踏みにじる言葉であると理解していたから。それでも、それをするのはやっぱりトニーとがよかった。だから、それはハルキにとって呪いのようなものだった。


「そしてこれは君が元の世界でやり残したことだ。……君はそれをできずに終わったことを、後悔している……。だから、この世界を出る時には……やり残したことが、無いようにね」


 ハルキには意味がわからなかった。思い当たらなかった。トニーのいない世界に、やり残したことなど、なにも。



 それだけ言い残して、トニーの肉体は崩壊し、灰になった。風が吹いて、灰はすぐに消え去った。肉も、血も、服も、剣も、何も残らなかった。彼の存在が、完全に消滅した。

 気づけば、そこは見慣れた森の中であり、激しい戦いの痕跡すら無くなっていた。彼の存在を、彼との時間を、否定された気分になった。


 ハルキはしばらく、何も無い地面に座っていた。何かを抱えるような姿勢で、何も無い場所に、一人で座り込んでいた。


 やがて、ハルキは立ち上がって空を見上げた。黒い雲は立ち退き、むかつくほど綺麗な空だった。



「……この世界で、やり残したこと……」


 ハルキはそう呟くと、ふらふらと歩き出した。



 ハルキは、マリアの元へ向かった。

 彼女はちょうど今日、ランテール領に戻るところであった。


 ハルキは自らランテール領のモンスターの討伐を申し出た。マリアはその心の変わりように驚いたが、快く馬車に乗せてくれることになった。トニーのことは、話さなかった。


「ようハルキ! 家に行ったら二人ともいなかったけど、朝から特訓か? トニーはどうした?」


 道中で、珍しく早起きなロンボーにそう声をかけられた。朝からテンションの高い奴だな、と思いつつ、


「あいつは……しばらく出かけるって言ってたよ。多分、長旅になるって」


 とだけ言っておいた。ハルキよりも彼との付き合いが長いロンボーたちに、本当のことは言えなかった。ロンボーは「相変わらずあいつは急に現れたりいなくなったり、自由な奴だな」と笑っていた。



「それにしても……どうして急に引き受けてくださる気になったのですか? いえ、とてもありがたいのですけれど……」

「……別に。見捨てて帰ったら、なんとなくモヤモヤするんじゃないかって」

「それは……トニーさんのご提案で?」

「……まあ、そんなとこ」


 馬車の中、ハルキは思ったより普通に会話ができていた。もちろん、トニーとの死別のあとだから気分は晴れないが、意外と冷静だった。あるいは、現実味がなさすぎて、落ち着くしかなかったのかもしれない。


 そんな様子のハルキに、マリアはトニーの行方を尋ねようとしたが、なんとなくやめた。もしかすると喧嘩別れをしたのかもしれないなどと思いつつ、ハルキの機嫌も損ねたくなかったので、深く追求はしなかった。



「……マリアは、大切な人と別れたことってあるか」


 特にマリアに興味があるわけではなかったが、ハルキは雑談のつもりで、なんとなく聞いてみた。

 彼はやはりコミュニケーション能力に欠陥があったので、デリカシーというものを知らない。話題選びは最悪だったが、マリアは気にせず、誠実に話し始めた。


「私……姉がいたんです。今は、遠くで暮らしているのですけれど」


 きょうだいのいないハルキには縁遠い話であるが、自分から聞いた手前、話題についていくしかない。


「お姉様と離れる時は、あまりにも突然でした。今までのこととか、ちゃんと伝えておけばよかったなと後悔しました。……またいつか、会えればいいなと思っておりますよ」


 ハルキは半分飽きかけていたが、マリア=ランテールにこれほど深い背景があったことには純粋に興味があった。ハルキにとって、ゲームの中の彼女はただのお荷物ヒロインでしかなかったから、その背景事情など知りもしなかった。そこに少し反省しつつ、特に謝りはしないのだが。


「んで、今から倒しにいくモンスターってどんなのだったっけ?」


 ハルキは本命の質問を投げかける。うっすら覚えているし負ける気もさらさらなかったが、念には念を入れたかった。


「はい。元は洞窟に棲みついた蜘蛛ですが、強い感情を持った人間と融合して異形化したようで、今は森の奥深く、廃墟付近に出没し、大きな八本の脚が特徴、と伝え聞きました」


 ハルキは思わず嫌な顔をする。蜘蛛は別に苦手ではなかったが、背景事情がやけにリアルで血生臭い。


 それから色々と情報を聞き出したが、戦闘に関する話は概ねゲームと一致していた。あとは、マリアの家のこと、姉のラブロマンス的な物語を聞いて、それからお互いの趣味や好物の当たり障りのない話でそれなりに打ち解けていった。



 ランテール領までは丸一日かかり、洞窟に着く頃にはまた朝になっていた。マリアはいったんランテールの邸宅で休むよう言ったが、ハルキはとっとと終わらせたかったし、マリアの家族と会話するのも億劫だったので、ずんずん森に入って行った。



 言われた通りの廃墟に来てみたが、白塗りの壁はところどころ腐り、見事に不気味さを演出していた。

 しかし、ハルキはものともせず剣を担いで突き進む。魔王の作り出した幻影の世界に比べれば、所詮はジオラマ造りのホラー作品に過ぎないように思えた。


 建物のすぐ近くに、それはいた。

 ああ、これだなと直感した。

 明らかに他の野生動物とは違う、禍々しい気配を放つ、八つ足の塊がうごめいていた。ゲーム内の表現でもだいぶ気持ち悪かったが、いざ対峙してみると到底この世のものとは思えない異質さであった。


 ハルキが草を踏む音に、大蜘蛛は一瞬で向きを変え、頭部を向ける。本来蜘蛛の目玉のある位置のひとつに、明らかに人間の男の顔をした腐肉がくっついており、その左右非対称さがたまらなくグロテスクだった。元の顔の持ち主は相当の美形であっただろうことが伺えるのも、また気持ち悪かった。


「グガアガガカグガクググ、ゴノ、ヌズッドガア!!」


 訳のわからない音、しかしよく聞くと言葉のようにも聞こえるそれを吐き散らしながら、その巨体を感じさせない素早い動きでハルキを捕えようと詰め寄る。


「うわあ、人語喋るのかよ、きめぇ」


 鋭い脚の一本が貫き殺そうと迫るが、ハルキはそれを高く跳ねて避ける。

 トニーの氷魔法に比べれば、見てからでもかわすことができるぐらいだった。


 ハルキはそのまま空中で剣を振ると、その斬撃波が大蜘蛛の腕を二本ほど切り落とす。


「オオアググゴマエモ!! ワダジガダ、ユリアオグバウノガァァアアッッ!!」

「何言ってっかわかんねーよ」


 めちゃくちゃに脚を振り回し、木が何本も根こそぎ破壊されるが、ハルキには届かない。トニーの火魔法のほうが、速さも数も上だった。


 脚のほとんどを切り落とされても飛び跳ねるその姿に、ハルキはキッチンに出たゴキブリを思い出す。実際、初めて生き物を切り付けることにここまで抵抗がなかったのは、それが現代でも殺したことのあるお馴染みの虫型であったからだろう。人間の生首付き、ではあるが。


「ゴオゼンガイムニヨグモォッ!! ユルザナイグルザナイググガガァイィッ!!」


 向かってくるそのデカブツに、ハルキは剣を振って深々と二本の斬り込みをいれる。


 狂気じみた執念で迫ってくるそれに、ハルキはいったいなにが生前の彼をそんなに動かすのだろうと思う。が、ハルキは見知らぬ他人のことなどどうでもよかったので、特に知りたいとも思わなかった。どうせよくある、愛の亡者とかだろう。


「グリァアッ! ュリア、ユリアァアッッ!!!」


 止まらずに突っ込んでくるそれに合わせてハルキは飛び出し、その体を真っ二つに割った。

 崩れ落ちたその醜悪な化け物は、断面に沿うように緑色の体液を噴出し、しばらくうめきながらピクピクと動くと、やがてただの瓦礫となった。


 あまり手応えはなかった。

 それもそうだ、ゲームのラスボスを倒した後に、中ボスが相手になるはずがない。やり残したことをやりに来たはずなのに、虚無感に包まれていた。


 ハルキから見れば大蜘蛛は、最後まで怨念を叫んでいるだけの、醜悪な害虫であった。



 来た道を引き返し、マリアに討伐達成を伝えると、何度も何度もお辞儀をしていた。

 マリアはランテール家でおもてなしをしたいとしきりに頼んでいたが、ハルキは馬車一頭を褒美に貰うと、とっとと帰ってしまった。ゲームの進行通りに世界が進むとは思っていないが、これ以上面倒ごとに巻き込まれるのも付き合うのもごめんだった。



 村を通り過ぎ、神殿に着くと、相変わらずピピィだけがいる、変な場所だった。約一週間ぶりの再会だが、妙に懐かしい感じさえした。


「勇者様。お待ちしておりましたッピ! まさかこんなにも早く魔王の討伐をされるとは思ってもいなかったッピね」


 その能天気な振る舞い方も相変わらずで、パタパタと羽を鳴らしている。

 どうやってそれを知ったのかとかより、ハルキには、言いたいことがあった。


「あのさ、ピピィ。……俺はお前が憎いよ」

「ピ……」


 ピピィからしてみれば、その役目をまっとうしただけなのに、呼び出した男にブチギレられた散々な思い出しかないはずであり、ここに来てまた罵られるのか、というふうであった。


「勝手に呼び出して魔王を殺せとか意味わかんねーし、果てには最初に会った友達がラスボスだと? 性格悪いにもほどがあるだろ」


 ピピィはなにを言われているかわからないといった顔で、ハルキを見る。

 ハルキだって、自分が受けた仕打ちが全部ピピィのせいだなんて思ってはいなかったから、ただの八つ当たりだっていうのはわかっていた。行き場のない怒りを、吐き捨てたかった。十六歳が背負う運命にしては、重すぎたからだ。


「だけどな、ピピィ」


 でも、言いたいことは恨み節だけじゃなった。


「―――この世界に呼んでくれて、ありがとう。トニーと出会わせてくれて、ありがとう」

「……ピィ?」


 あんな最後は、望んでいなかった。

 だけど、あんな最後になるなら出会わなければよかった、なんて思わない。トニーとの日々が最初から無かったことになるなんて、今は考えられないから。


「お前はわかんなくていいよ。……じゃあ、とっとと戻してくれ」

「し、承知しましたッピ。……光の輪の中へ」


 神殿の床、ハルキが最初に目覚めた床が、いかにも魔法陣といった模様で青色に光り輝く。


「どうか、お元気で」


 ピピィが羽を振って見送る。

 体が宙に浮くような、沈むような。エレベーター乗った時みたいな感覚で、ハルキの全身は光に包まれる。




 ああ、長かった。

 いや、日数にしては短かった気もする。一年とか、二年とか、帰ってこられない場合も多いよな、こういうのって。

 でも、長かったんだ。俺にとっては、なにもせず過ごした、過ごしてた学校生活と引きこもり生活の数年より、ずいぶんと長かった。濃かった。……楽しかった。


 どれもこれも全部トニーのおかげだった。俺はここでも、人に頼りきりだった。周りのせいにした。

 ……なにか変わったかっていうと、俺自身が変わったとこは、多分あんまりないと思う。きっとこれからも空気読めないし、デリカシーないし、我が強いまま、大人になっていくんだろうって気がしてる。っつーか、新しい環境で、新しい人たちと関わって、自分のそういう嫌な面がいっそう目について最悪だったわ。


 一応真剣に向き合っていこうとは思う。

 そんで、あんまり周りのせいにもしないようにしたい。……多分、トニーみたいに俺に接してくれる奴は、あんまいないと思う。だから嫌われてたんだし。

 でも、俺だけじゃなく、周りの人たちをもっとちゃんと見たいと思う。友達も……家族も。


 後悔のない人生、なんておくれたら素晴らしいんだろうけど、俺には無理だ。きっとこれからも後悔しまくると思う。今もピピィに最後ぐらい名前教えればよかったって絶賛自己反省会中だし。


 けど……やり残すこと、ひとつでも少なくできたらいいと思う。食事は残さず食べるとか、約束はちゃんと守るとか、小さいことから始めてみる。


 今一番やり残したことは、父さんと母さんに友達の顔見せてやれてないこと。だから、学校行って、友達作れたらいいなと思う。時間はかかるかもしれないけど、これだけは達成したい。まあ、できるだろ、一人ぐらい。


 その友達がお前じゃないことが、俺はすげぇ悔しい。だけど、これはお前がくれたチャンスでもあると俺は思ってる。もうやり残すなって、お前が教えてくれたから。だから、俺はやり残したことをやる。頑張るよ。



 また会おうな、トニー。

 俺たち親友なんだから。

 

 










『俺は魔王を殺したくない』

著 ララの丸焼き

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