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6話 俺は魔王を殺した

 それから二日間、ハルキは魔王討伐に向けて特訓を重ねた。

 メキメキと上達する剣技と、際限なく上昇する身体能力は、まさにアクションゲームのキャラクターのように人間離れしていた。


 とはいえ、午後はロンボーやスミスも交えて遊んだり、食事も大いに楽しんで過ごした。


 三日目の朝、トニーは連れて行きたい場所があると、いつもより早くハルキと出かけていた。ついでに街で買った長剣も持ってくるように言われたが、トニーの言うことならとハルキは特に気にも留めなかった。


 朝は少し肌寒く、空もどんよりと曇っていた。それは今までのどの日よりも濁って見えて、なんだかうす気味悪かった。急に、異世界っぽさが増して見えた気がした。


 少し足早に、いつもとは違う道を二人は歩く。日が出ていないためか、いつもは風に揺られて騒々しい草木も元気がないように思えた。


「っつーかさ、今どこ向かってんの? そろそろ教えてくれてもいーじゃん」

「大丈夫。……もうすぐ着くから」


 いつもの感じでトニーに気さくに声をかけるが、彼はどこか真剣な顔で歩いていた。いつもにこにこしている彼を見慣れているからか、少し怖いとさえ思ってしまうほどだった。

 実際、今日は口数が少なく、彼は寝起きが悪いタイプでもないから、変に思えた。しばらく歩き続ける間もそんな空気だったから、ハルキは小石を蹴っ飛ばしたり、わざと大声で歌ったりした。彼は、あまり反応しなかった。



「……着いたよ」


 そこはだだっ広い荒地だった。

 植物はほとんど枯れて茶色く萎み、地面も石肌でとても生き物が住めそうにはなかった。

 森の近くにこんな場所があるとは思ってもいなかったハルキは、その仰々しさに若干けおされつつ、強がって笑う。


「なんだこのいかにも何か起こりますよ〜みたいなわざとらしさは。ホラー映画の撮影でも始まるのかよ」


 ハルキの強がりとは裏腹に、風もなんだか生ぬるく気持ちが悪い。連れてきてくれたトニーには悪いが、もうとっとと帰りたかった。それを伝えようとすると、先にトニーが口を開く。


「ハルキ。君はここに来てからのことをどれぐらい覚えているかな?」

「……? 今さらどうした。何もかも初めてで、全部記憶に残ってるよ。……その、友達もできたし」

「そうだね。僕も君が来てからのことはどれも楽しくて、かけがえのないものだよ」


 その言葉はもちろん嬉しかったが、今はそれどころではない。

 雲はますます暑くなり、黒いものばかりだ。なんなら雷まで聞こえてきて、雨が降っていないのが奇跡なぐらいだ。


「ごめんトニー、その話って今じゃなきゃダメ? ほら天気クッソ悪いし、またずぶ濡れになったらいろいろ大変だしさ」


 笑いながら提案してみるが、トニーはハルキに背中を向けたまま話し続ける。なんだか、別の人みたいに、ハルキの話を聞いてくれない。


「ハルキ。僕はね、君のことをとても大切な友人と思ってる」

「お、おう。ありがと。そりゃ俺も――」

「だから、僕は君に言わなくちゃならないことがある。」


 トニーは、ゆっくりと振り返る。




「―――魔王は、僕なんだ」




 何を馬鹿なことを、と言おうとした。

 それは異世界ジョーク? つまらないな、と言おうとした。

 そんなわけないだろ、と言いたかった。


 言えなかった。


 ハルキの目の前で起こることを見てそう言ったのであれば、それはあまりにも現実を見ていなさすぎる発言でしかなかったからだ。


 トニーの右腕の先から黒く硬質化し、どんどんと甲殻類の外骨格のようなものをまとっていく。

 それは虫が勇ましい姿に変わる変態のようでもあるが、彼が本来の姿を取り戻すための()()のようでもあった。

 彼の目は赤く光り、優しい青年トニーの面影を感じるだけの、別人のように見えた。


 徐々に、忘れていたゲームの記憶が蘇る。

 最初に仲間になる村人、トニー。

 彼は主人公の最初の友人であり、強力な仲間であり、そして。

 その正体はゲームのラスボスである魔王であり、最後は主人公たちのパーティによって討ち滅ぼされるという結末だった。


 どうして今まで忘れていたのだろう。ゲームの変に細かいところまで覚えているのに、そんな衝撃的なエンディングを、一番重要な要素を、忘れるはずがないのに。

 ハルキは、ここに来て体だけでなく頭もいじられたのではないか、と思って急に気持ち悪くなった。


「どうして……どうして黙ってたんだ。お前はいったい、なにを考えて俺と」


「ハルキ、僕は魔王だよ。世界に災厄をもたらすと言われる、大魔王だ。でも、僕が君のことをとても大切な友人だと思っているのも、本当なんだ」


 トニーは辛そうな顔をする。

 ハルキは、わけがわからなかった。トニーが嘘をついているようにも、今までが嘘だったようにも思えなかったから。


「じゃあ、なんで……」

「君は、自分がなぜ勇者なのかという問に答えを出せるかい」


 ハルキは言い返せなかった。ピピィに呼び出されたから、というのは思考停止の発言であり、理由になっていないからである。すなわち、ハルキが自らの意思で勇者になったのではないのとまったく同じように。


「……僕はね、家柄とか、種族とか、生まれ持った運命とかを背負う必要はないと思うんだ。それは勝手に勇者に()()()()君も……魔王に()()()()僕も」


 聞き覚えのある言葉に、胸が痛かった。その真意に気づいて、苦しかった。


「僕はただ平凡に生きれればそれでよかった。魔王とか、世界とか、興味がなかった。だから、あの村で静かに生きていくと決めた」


 村人の青年トニーの正体が魔王である、というのは間違った解釈だった。魔王の正体が、心優しい青年トニーであったのだ。


「君に会った時は本当に驚いたよ。まさかこんなところで勇者に出くわすなんて……運命は僕たちを絶対に巡り合わせたかったのかもしれない」

「……どうして、俺にあそこまで親身になってくれたんだ」

「最初は様子見のつもりだったよ。そもそも僕に敵対する意思はなかったから、ここに来たばかりの勇者を観察してみようと思った」


 声も口ぶりも、トニーだ。なのに、姿だけが違う。

 トニーは、淡々と語る。


「君には驚かされることばかりだった。勇者としての使命を果たす気なんかさらさらなく、自分のやりたいことだけをやる。……そんな君となら、理不尽な運命に翻弄される者同士、友達になれると本気で思ったよ」


 ハルキも、同じだった。彼の背景を知らなくても、いやもしかすると知らなかったからこそ、肩の荷を下ろしてくれるような彼の言葉に、強く励まされたのだから。



「だからね、ハルキ。―――僕を、殺して」



 それはあまりにも、あまりにも残酷な申し出だった。確かに、ハルキは魔王を討伐する決心をした。しかし友達を自らの手で葬ることになるなどまったくもって想像もしていなかったのだから、到底受け入れられるものではなかった。


「君はさ、帰らなくちゃいけない。君には元の暮らしがあって、家族がいて、君を待ってる。何より……君自身が帰りたいと望んでいるのだから」


 トニーはやはり、淡々と続けていた。

 まるで、その不条理を受け入れるかのような顔で、それがハルキは気に食わなくて、悲しくて、止めたかった。


「そ、んなの……結論が早すぎるだろ……! いや、ほら、さ? あるだろ、ほら、他に方法なんて、探せばいくらでも……そう、そうだよ、何もお前が死ななくったって、俺が帰る手段だって探せばきっと……」

「……ハルキ」


 トニーのその、諦めたような笑顔を崩したくて仕方なかった。


「もういいんだ。僕は君と違って帰る場所も、待つ家族もいない。……もう十分なんだ。生まれた意味すらわからず、死んだように生きてきた僕にとって……君との数日間は、十分すぎるぐらい、素で過ごせたのだから」

「勝手なこと言ってんじゃねぇぞ……。なにやり遂げた気になってんだ、俺はまだお前とやりたいことが山ほどあるんだよ……!」


 拳を握り、怒りにわなわなと震え出す。

 それでも、トニーの意見は変わらなかった。


「ありがとう、ハルキ。……でも、もういいんだ」


「なんで……ッ」


「だから、僕がやり残したことはひとつだけ。―――君を、元の世界へ戻すことだ」


 ハルキが怒りに任せて右足で地面を強く踏みつけると、そこから同心円状にヒビが走り、砂粒が舞い散る。


「この分からず屋……!!」


「はは、そういえば僕たち……喧嘩したことなかったね。友達同士、違う意見のぶつかり合いもあるか」


 トニーは呑気に笑っていて、どこか他人事のようで、その姿勢を崩せなくて悔しかった。


「ハルキ。最後に思いっきり……全力で、遊ぼう」


 急に真剣な顔をすると、トニーの周りの空間が歪み、中から禍々しい黒剣が現れる。

 そうか、こんな終わり方か。

 ハルキはとうとう、剣を構える。構えざるを得なかった。構えたく、なかった。



 トニーが、左手をハルキのほうに向ける。


 ―――来る。

 本能的だった。体が勝手に避けていた。

 トニーが放った、鋭く大きな氷の槍が、ハルキの左耳を切り裂きながら堂々と空中を突き抜けた。


 血が耳を、頬を伝ってしたたる。

 そこに手加減はなかった。ハルキが避けなければ、切り裂かれていたのはハルキの脳と頭蓋だった。初めて彼が、死と隣り合わせの異世界に生きる存在なのだと実感した。


「遊びってお前……ちゃんと殺す気じゃねーか……!!」


「……魔王だからね。僕をどうしても殺せないって言うんなら、僕が君を殺すよ。だから本気で、かかってくるしかないんだ。……僕は、絶対に君を還す」


 冗談じゃなかった。

 友達を殺すか、友達に殺されるか。そんな二択を、突きつけないでほしかった。


 改めて剣を向け直すと、今度は氷の槍が何本も宙に出現して―――ハルキめがけて、一直線に飛んでくるその様は、よく懐き主人を迎える複数の犬のように集中的だ。

 いきなり、剣の一振りで対応できないような攻撃手段を選ぶあたり、容赦など微塵も感じられなかった。


 ハルキは地面を踏み砕いて土の壁を立て、防ぎきれなかった槍を剣ではたき落とす。

 その対処を終える前に、次が来る。

 ハルキを囲うように無数の火の玉が出現し、まるでひとつひとつに意思があるかのように、縦横無尽に飛び交う。


 そこから抜け出すように、横方向に全速力で駆け出す様は、瞬き一つで移動が完了するぐらいには、早かった。

 しかしトニーはすぐにこれに追いつき、剣を勢いよく振りかざす。剣の横っ腹を打って薙ぎ払うが、次の一手はトニーが同じようにいなして不発に終わる。


 お互いに後ろに飛び、距離を取る。

 トニーは軽く呟くと、また左手を向ける。今度は、ハルキの何倍も大きい炎の塊が、全てを喰らうかのような勢いで直進してくる。

 ハルキが剣を両手で握り直し、垂直方向に振り下ろすとその風圧で炎は打ち払われ、ついでに大地に大きく切れ込みが入る。


「―――ッ!」

「強くなったね、ハルキ」


 しかし炎の晴れた先にトニーの姿はなく、真横まで移動してきた彼の剣に、咄嗟に刀身を合わせて対処する。


 炎と氷の大魔王、グレアーニト。

 多種多様な魔法攻撃に加え、優れた剣術の使い手であり、まさにラスボス級の強さを持つ。

 自分が外れ値すぎて強さの感覚があやふやだったハルキは気づかなかったが、どうりで強そうなドラゴンを瞬殺できるわけだ。明らかに、ただの村人なわけがなかった。


 特訓の時のように距離を取り、切っ先を向かい合わせる。握られているのは本物の剣、賭けているのはお互いの命であるのだが。


「―――いくよ」


 トニーの掛け声に魂で呼応し、互いに向けて突っ込む。

 刃と刃のぶつかり合いの衝撃が、二人の体を突き抜けて、遠くの枯れ木までへし折る。

 炎をまとったトニーの剣が揺れ動くたび、ハルキの服が、肌が、焦げてじゅうじゅうと痛ましい音をあげる。それに悶えている暇などなく、何度も何度も剣を弾き返しては打つ、を繰り返す。


 トニーの振り下ろす速度が、ごくわずかに遅れる。

 ここだ。

 ハルキは地面についた剣先を相手が剣を下ろすよりも一瞬早く振り上げ、トニーの剣の柄に近い部分に命中させる。トニーの黒剣は衝撃で空中をくるくると舞っていく。ハルキは、体が回転する勢いをそのままに、右足を地面に突き刺し、左足でトニーの胴体に後ろ蹴りを入れる。


 トニーの体が何メートルも先に吹き飛ぶが、その中でも何度か土を蹴って体勢を立て直そうとする。

 よろめきながら火の玉を周りに展開し、抜け目なく追撃に備える。

 しかし、それらが獲物に向かっていくよりも先に、ハルキは距離を詰めていた。


 トニーは、にこりと笑う。

 彼の目には、怒っているのに、悲しそうな顔で剣を握りしめて突っ込んでくる、大切な大切な友達の姿が映ったから。




 ハルキの長剣が、トニーの心臓を深々と貫いた。

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