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5話 俺は現実逃避をやめる

 次の日は、ハルキが体を動かしてみたいと、また森に来ていた。

 ハルキは軽く屈んでから、見上げるほどの崖の上までジャンプして飛び乗る。


「やっぱり凄まじい身体能力だね」


「自分の体じゃないみたいで気持ち悪いけどな」


「前はあんまり動けなかったの?」


「運動は別にどっちでもないって感じかな。……少なくとも建物を飛び越えたり、パンチで地面を凹ませたりとかは、まったく、これっぽっちも」


 そういうとハルキは崖から飛び降り、着地の衝撃で小石が跳ね散る。

 原理不明の身体能力が自分の体に備わっているのが実に奇妙な感覚だが、危険と隣り合わせなこの世界においてはありがたい恩恵だろう。


「じゃあ、始めようか」


 トニーはそう言うと、持参した日本の木刀のうち一本をハルキに手渡す。

 先日の演劇に触発されてうずうずしていそうなハルキを見かねたトニーが、木刀を使って剣術を教えるという名目でチャンバラごっこを提案したのだ。……とハルキは思っているのだが、トニーは本気で教えようと意気込んでいる。


「トニーは剣も使えるんだっけ?」


「魔法ほど得意ではないけどね。……じゃあ、どこからでもどうぞ」


 トニーが片手で木刀を持ち、切っ先をハルキに合わせる。

 なかなかの威圧感にハルキは息を呑むが、意を決して上から軽く振り下ろしながら前進する。


 軽く風を感じたかと思えば、気づけばトニーは真横にいて、木刀の刀身はハルキの首筋にぴったりと添えられているのだった。


「言ったでしょう? 僕は結構強いから、ある程度全力で振っても大丈夫だと思うよ」


 トニーは剣を下ろし、先ほどと同じポーズ、同じ位置に構える。

 確かゲームの中のトニーは、序盤の物理攻撃力が主人公と同じぐらい高い魔法戦士であり、終盤まで同じパーティに入っているのだったか。


 少しムキになったハルキは、再び、今度は割と力を込めて木刀を振り下ろす。


 トニーは右足を軸に体を反時計回りに少し捻って避けるので、ハルキは胴をめがけてバットみたいな振り方で木刀を振る。するとトニーは身を屈めて頭上でその空振りを確かめて、立ち上がる勢いのまま距離を詰めるとこつん、と優しくハルキの頭を木刀で叩く。


 ますます熱が入ったハルキは一度ある程度距離を置き、次こそ一発入れてやろうと踏みしめて突撃する。

 剣と剣がぶつかり、トニーは押されて少し後方によろける。そこに畳み掛けるように突いてみるが、トニーは悪い姿勢の中ハルキの木刀を横から打ってはじく。


 今度は両者剣先の照準を相手に合わせ、向かい合う。先に距離を詰めたのはハルキだった。

 トニーがこれを防ぐと、木刀と木刀がせめぎ合い、その度に木片がぽろぽろと落ちる。

 相手の剣をはじき、相手が構えるより先にその肉体を打たんと剣を振る。両者がこの心持ちで二度、三度剣を重ねて―――先にハルキの木刀が、砕けるに近い形で真ん中から折れてしまった。トニーのほうが力を上手く受け流していたのだろう。


「……どう?」

「どうもなにも……やっぱり自分の体って感じがしなくて気味が悪いな、こんなにちゃんと剣扱えるのも、多分俺の力じゃないと思うし」


 手のひらを握ったり開いたりしながら、模擬戦闘の感触を振り返る。まさに戦う為の力、といったところだ。


 その後は木の棒などで代用しつつ、体を動かし続けた。

 昼になり、倒木の上に並んで座り、トニーの作ってきた弁当を二人して一心に掻き込んでいた。


「トニーは料理……もそうだけど、家事全般得意だよな。昔からそうなのか?」


 口の端に食べ物のかすを付けながらハルキが問いかけると、トニーは少し困った顔をして堪える。


「昔……できるようになったのは割と最近かな。そのほうが色々都合いいからさ」

「ふーん」


 自分から聞いておいて適当に返事をするハルキにやや困りつつ、トニーは遠くを見る。


「いや〜トニーの料理さぁ、知らない食材ばっかりなのに、なんか食べたことある気がしてたんだけど思い出したわ。うちのお母さんの作る料理と味付けが似てるのかも」


「……ハルキの、ご両親か。仲はいいの?」


 トニーは遠くを見たまま、真剣な表情をして質問する。


「うーんまあまあ、かな? ……悪くは、ないと思う。俺が学校行かなくなっても、無理やり行かせたりしなかったし、優しかった。……今頃心配してんのかな、してるよなぁ流石に」


 落ち込んでいる様子はなく、ただただ口をついて出た言葉だった。ハルキはこっちに来てから自分のことで精一杯だったが、元の世界はどうなっているのだろうか。自分はいなくなっているのだろうか。なら、家族は、自分のことを探しているのかもしれない、という純粋な疑問であった。


「ハルキ、君は……」


 考え込むハルキのほうを見て、トニーが何か言いかけた時、


「―――危なあああい!!」


 後ろから野太い男の声がして二人が振り返ると―――


「へぶぁっ!!」


 ハルキの顔になにかしっとりとした重量のあるものが直撃し、完食した弁当箱を抱えたままひっくり返るのだった。



「悪いなぁ兄ちゃん! まさか蹴った先に人がいるとは思わなかった!」


 駆け寄ってきた二人の男のうち、ハルキがひっくり返る原因となったほう――筋骨隆々で若い金髪の男――が平謝りする。


 ハルキはひりひりと赤らむ鼻先をさすりながら起き上がると、男を睨みつける。昨日声をかけてきた男衆の一人であった。


「あれ? 兄ちゃん誰かと思ったらこの前村にいたなぁ? トニーが最近全っ然村にいないからてっきりどこかで女でも作ったのかと思ってたら兄ちゃんがたぶらかしてたのか!」


 愉快そうに大声で笑う男にハルキは呆れる。


「ごめんな! そんな怒んないでくれって! 俺はロンボー。よろしく」


 がっと近づいてきてハルキの手を握ると上下にぶんぶん振ってくる。その間に割り込むように、ロンボーよりは一回り小柄な男が入ってくる。


「俺はスミスだ。よろしく」


 人が増えて若干イライラしながら、ハルキは地面に転がる茶色の――皮の塊のようなものを見る。


「……なにやってんの? なにこれ」


「おっ食いついたなぁー? ヒトツメジカの皮丸めて蹴って遊んでたんだよ」


「テメェなんてもんぶつけてやがんだ!!」


 激昂するハルキにロンボーは爆笑しながら手の前に右手を合わせて謝る。


「ちゃんと洗ってあるから安心しろよ。じゃあ邪魔したな。また村で!」


 そう言ってロンボーはスミスと一緒に帰ろうと、村の方向へ歩き出す。

 そこで、ハルキがなにか言いたそうにうじうじしているのを見て、トニーは声をかける。


「……友達になりたい?」


「……うっせぇよ」


「声かけよっか?」


 トニーの提案に、ハルキは押し黙る。

 ハルキは、そろそろいつまでもトニーに頼り切りの自分がちょっとずつ嫌になっていた。彼は保護者ではない。対等でありたいと、そう思ってハルキは立ち上がると、置かれた皮のボールを乱暴に持って二人のところまで駆け出して行った。


「おい」


「ん? どうした? 謝って足らないったって今出せるもんはなにも――」


「……かー……ろう」


 威勢よく話しかけてきた割に小声で話すハルキに、ロンボーとスミスは顔を見合わせる。


「ごめんな、よく聞き取れなかった」


「―――サッカーやろうぜ」



 そうしてハルキが二人に持ちかけたのは、皮のボールを使った擬似サッカーであった。


 木の枝を二本立てた簡易ゴールを二つ用意し、その間に蹴ってボールを入れれば勝ち。手は使えない。


 ハルキも詳しいルールを知っていたわけではなかったので上手く伝わるか不安だったが、実際にやってみると四人とも次第に勝手がわかっていき、どんどんのめりこんでいった。

 夕方にはボールはただの皮に戻り、四人の男子は泥まみれであった。


「いやぁ兄ちゃん面白いこと考えるなぁ! 今度もっと人数増やしてやってみようぜ」


「ちけぇ! 汗くせぇ!」


 村に戻る途中、馴れ馴れしく肩を組んでくるロンボーを押し戻すが、拒否反応ではなく照れ隠しだった。


「ハルキ、また今度面白い遊び教えてくれよ。ハルキの故郷には他にもあるんだろ?」


「……今度な」


 スミスがハルキの背中をどんと叩くと、ハルキは笑いながらそう答えた。



 その夜、ハルキとトニーは宿屋にある温泉に浸かりに来ていた。

 ハルキが肩までお湯に沈めると、雑に伸ばしっぱなしの黒髪がちょうどぷかぷか浮く。胸骨のあたりまで水面から出し、ハルキは髪をかきあげて後ろに流す。


「流石に疲れたわ。……い〜い湯だな〜」


 午前中から動きっぱなしで披露の溜まった体に染み入るように、温泉の暖かさを感じる。


「その歌は、ハルキの故郷のものかい?」


 思わず調子づいて鼻歌を歌っていると、隣にぼちゃんと音を立てて足を入れ、湯に入ろうとしているトニーが声をかけてくる。


「ああ、まあ……父さんがよく歌ってたからかな」


 ハルキは石に腕をかけ上体を反らし、木造の屋根を意味もなく見上げてみる。


「ハルキ。……これから何したいとか、決まったかい?」


 唐突に曖昧な、それもトニーが聞いてくるとは思わなかった質問を聞かれたものだから、ハルキは隣に視線を移す。髪は水に濡れてぺたんと潰れ、もみあげから伝う水滴が、きりっとした骨格を伝って滴り落ちる。


「んー……あんま無いかも。ずっと……今日みたいに楽しい日が続くなら、俺はそれでいいと思った……かな。多分、そんな感じ」


 我ながら甘えたことを言っている、と思いながら、足をぐぐっと伸ばしてみる。心なしか温泉の効能が聞いて疲れが取れる、気がする。


「ロンボーとスミス、友達になれてよかったね」


「……別に」


 にこにこしながらハルキの言葉を深掘ってくるトニーに、ハルキはぷいっと顔を背ける。


「僕も、今日は本当に楽しかったよ。……君の故郷は、本当に楽しくて平和な場所なのだろうね」


 顔を背けたままだからハルキにはわからないが、どうせ羨ましそうな顔でもしているのだろうとハルキは身をよじって足場に手を置き、その上に顎を乗せる。


「そりゃあどうも。……お前にも、見せてやりたいぐらい、お気楽なところだよ。俺みたいなバッドコミュニケーション野郎でも必要最低限生きていけるぐらいにはな」


 自虐混じりにだが、ハルキの言葉の前半にトニーは一瞬嬉しそうに笑って、それから寂しそうな顔になる。


「ハルキ。昼間の話の続きなんだけど」

「ん? ……ああ、なんかそんなこともあったような。途中であいつらが入ってきてそれどころじゃなくなったんだったか」


 ハルキは昼間を思い返すと、ロンボーにぶつけられた鼻が妙に痛いような気がして腹が立ってきた。

 少し間をおいて、トニーが話を再開する。


「―――君は、故郷に帰らなくていいのか?」


 真剣なトーンだったので振り返ると、トニーはまた複雑そうな顔をしていた。ハルキはなんだかすごく、その顔が嫌だったので、わざと茶化すように続ける。


「いやまあ……帰れたらいいな? みたいな? ……ほら俺、別に友達とかいないしさ」


 ハルキの狙いは外れ、トニーは表情を崩さないので思わず目を逸らす。


「言い方を変えるね。君は……やり残したことはないのか? 君の故郷で」


「やり残したこと……」


 ハルキは考える。

 一種の防衛本能で考えないようにしてたことを、考える。自分がいなくなった世界で自分を探す人のこと、自分が()()()()()()()()


「んなもん別に……いや…………あるよ。ある。あるに決まってる」


 まずよぎるのは、不登校の自分を何も言わず見守ってくれた両親。まだ完結してない漫画の続きとか、クリアしてないゲームとかは今はノイズだった。


「こっちに来る直前……お母さんが作ってくれた……俺が、俺が好きだからって、ハンバーグ作ってくれたのに、た、食べないで冷蔵庫に入れてある。お、大きくなったらまたキャッチボールしようって言ったのに、父さんと、父さんとまだキャッチボールしてない」


 言葉がつっかえて、上手く出てこない。それでも、感情だけがどくどくと溢れ出てくる。

 トニーは黙って聞いている。

 ぽろぽろと涙が水面に落ちては跳ねる。


 そして、なにより。


「―――『高校はどう? 友達できたら家、連れてきてよ。お父さんもお母さんも、大歓迎だから』ってや、約束、ま、まだ守れてっない。俺、二人に迷惑かけたまま、遊んでて、何もしなくて、なにやってんだろうな……ほんと……」


 手首で涙を拭い、子供のように――彼はまだ十六歳であるが――泣きじゃくるハルキを見て、トニーは黙って隣にいるだけであった。



「ちょっとは落ち着いた?」


「……めちゃくちゃ落ち着いた。友達の前で全裸で号泣とかクソダサすぎてむしろ落ち着きたくなかったわ」


「気にしないよ」


 のぼせるといけないから、と温泉から上がり、トニーの家まで戻ってきた二人。今はハルキの部屋でゆっくり水を飲んでいる。

 肝心のハルキはかなりの醜態を晒してしまったことに意気消沈してベッドから起き上がったりまた寝たりしている。


 元の世界での後悔を思い出すついでに、ここにくる前のことも少しだけ思い出した。ハルキは元の世界での二階の自室で懐かしいゲームを見つけて、その後気づいたらピピィに召喚されていたのだった。


「それで……ハルキはこれからどうしたい? この質問は、二回目だけど」


 ベッドでうなだれるハルキにそう声をかけると、ハルキは真剣な顔でトニーに向かう。


「俺は……元の世界に帰りたい」


 まさかあの彼がこんなに覚悟の決まった顔をするとは思わなかったのか、ハルキはふっと口元を緩める。


「わかった。……僕も、君の友達として、どんなことでも協力しよう」


「……ありがとう。トニー。お前には助けられてばっかりだな」


 トニーから差し出された手を強く握り、二人は真剣な笑顔で頷き、その友情を確かめ合う。


「帰る方法は、わかっているのか?」


 トニーの問いかけに、ハルキは真っ直ぐにトニーの薄紫色の瞳を見つめる。


「ああ。―――魔王を、討伐する」


 一瞬だからトニーの表情が強張り、唇が真っ直ぐに横になる。

 それから寂しそうな顔をして、またにこりと笑った。


「心配してるんだろ。……大丈夫、もう、覚悟は決まってんだ。やってやるよ」


 トニーは一瞬口を開いて結び、それからハルキの肩に右手を置く。


「そうか。……君は、勇者だもんな」

「ああ。明日から、改めてよろしく」


 そうして二人はまた、頷き合った。


「……動いて泣いて今日は疲れたでしょ。今日はもう寝ようか」

「うっせーな、恥ずかしいんだから掘り返すなよ」


 耳を赤くしてトニーを押し退けると、ハルキはとっとと布団を被って隠れてしまうのだった。


「……おやすみ」

「おやすみ」


 それでも挨拶は忘れないんだ、とか内心ハルキの行動に可愛さを覚えつつ、トニーは部屋を後にする。

 軋むドアをパタンと閉め、トニーはそのドアに背中をぴったりと付け、力無くその場に座る。


「……おやすみ、ハルキ。―――勇者、ヤマモトハルキ」


 片膝を立て、また悲しそうに笑いながら呟くのだった。

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