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4話 俺は放課後に遊びたかった

 ひとしきり川で遊んだ後、ずぶ濡れになった二人は河原に木を立て、トニーの魔法で火をつけて服を乾かしていた。乾くのを待つ間、焚き火で暖を取って話したり、手頃な石を見つけては水切りをしたり、石をひっくり返して虫をつついたりして時間を潰した。


 そんなことを繰り返しているうちに昼頃には服はほとんど乾いていたので、それを着直したのち、午前中に取っておいた魚をいそいそと焼き始める。


「そういや魔法ってどうやって使うの?」


 火加減を見るために若干かがみながら、ハルキから話題を切り出す。

 この世界に来るとき、ハルキの身体能力は大きく引き上げられたようだが、ピピィは魔法の使い方については教えてくれなかった、というか知らないようであった。


 トニー曰く、手のひらを広げて妙な力の入れ方をすると、複雑に絡み合った糸が乗るような感触がするのだそう。そして魔法用の文章を詠唱すると、それが解けるような感覚とともに魔法が放たれる、というものらしい。


 ハルキも実践してみたが、トニーと同じ魔法を唱えても、ぽしゅん、という情けない音と共に弱々しい火球が一瞬現れた程度であった。あるいは、マッチで試験管の水素に火をつける小学校の理科実験の亜種ほどである。


「魔法の才能は……あんまり無いみたいだね。今度杖を買ってみる? 初心者は、補助魔法具があったほうがやりやすいと思うから」


「いや、別にお前が使えれば生活には困らないからいいよ。あとフォローが地味に心苦しい」


 そうこうしていると魚が焦げかけていることに気がついたので慌てて取り出し、これを昼食とした。

 やはり少し焦げの味が強いが、川魚にしては肥えた肉部はほろほろと柔らかく、一切味付けのない焼き魚など現代ではあまり食べる機会のなかったハルキにとっては新鮮な――そう、新鮮な味であった。



 腹ごしらえも済んだところで川遊びは切り上げて、昨日ドラゴンを倒したところまで進む。


 一応、御者だったものを確認してみると、血に濡れた服に蝿がたかっているのと、あとは骨が多少転がっているぐらいだった。


「ここらは巨大なシデムシが住んでるから、死肉は残らないんだ。……彼らには、悪いことをしたね」


「昨日の時点で体はほとんど潰れちまってただろ、お前が気にすることじゃないんじゃねーの?」


 気を落とすトニーに、ハルキは後頭部で腕を組みながら慰めの言葉をかける。トニーはそそくさと遺骨を回収し、小さなバッグの中にしまう。

 肝心のドラゴンのほうは、思いの外原型を留めたまま道中に居座っていた。


「ドラゴンのほうはあんまり食べられてないな」

「さすがに、鱗が硬いからね。……ああ、でも中はほとんど空っぽだ」


 ハルキに見えていたのは皮と鱗が外骨格のように放置されたものだったようで、トニーは昨日開けた穴から中を覗き込む。

 さらに首の近くの鱗に手をかけて引っ張ると、めきりと音がして鱗が抜ける。それは開いた松ぼっくりの鱗片を思わせる作りであった。


「鱗を剥ぐの手伝ってくれる? 結構根本が深いけど、横方向に力を入れて引っ張れば、意外と取りやすいから」


 ハルキも見よう見まねで鱗を抜き始める。

 一枚一枚が金属板のように重く、いかにも武器や防具に重宝されていそうだ。

 ハルキが鱗の剥ぎ取りをしている間に、トニーは内側にもぐって骨の回収も終わらせていた。


 ドラゴンから得た素材をリュックに入れると相当の重量になったが、ハルキは鱗を、トニーは骨を分担して運び出した。

 村に戻る頃には夕暮れになっていた。

 トニーの家の近くの倉庫にそれらを置き、二人はマリアが泊まっている宿屋に向かった。


 マリアはちょうど、宿屋裏の馬小屋で馬に餌をやっているところだった。普段は亡くなった御者が世話をしていたのだろう、やや怯えながらも一生懸命食べさせていた。


「マリア様。今朝ぶりですね」

「お二方とも、お帰りなさい。……あの、ハルキさん」


 トニーの呼びかけに応じたマリアは、餌を下ろしてハルキに近寄る。ハルキは警戒して顔を遠ざけようとする。


「昨日は……本当にごめんなさい。初対面の人に話すべきことではありませんでした」


 丁寧に頭を下げ、起き上がる気配もないマリアにハルキは困惑しつつ、とうとう観念したらしい。


「もういいよ。俺も……今朝は態度悪かったと思う、ちょっと……」


 ハルキはばつが悪そうに頬を掻いた。


 トニーが布に包んだ遺骨を届けにきた旨を伝えると、マリアは再度、深々とお辞儀をした。


「して……マリア様はいつ頃まで滞在されるのですか? 我々としてはいつまでいていただいても大丈夫なのですが、ご家族が心配されるのでは」


「……馬の体調が優れないようで。あと三、四日ほどご厚意に甘えさせていただこうかなと思っています。もちろん、帰った後はランテール家の名義で謝礼はお送りさせていただきますから」


 マリアは馬の頭を撫で、「それに」とつけくわえる。


「私、この村の雰囲気が好きだなって思って……余所者の私にも皆さん優しくしてくれますから」


「……それは、俺もそう思う」


 トニーとマリアは、珍しく自分から会話に入ってきたハルキに驚いて同時に彼のほうを見るが、相変わらずハルキはそっぽを向いて話しているのだった。



 翌日、ハルキとトニーは仕入れたドラゴンの鱗・骨を売りに行こうということで、早朝から街まで歩いて行くことにした。

 白とねずみ色のまだら模様の雲が空の大半を我が物顔で占め、服越しに刺さる風もまだ冷たいが、雲の隙間からは局所的に日光が漏れる。


 ハルキが召喚された神殿からやってきた道とは反対方向に森を抜けると、壮大な平野の奥手に遠近法でずいぶん小さくなった街が見えた。


「思ったより遠いな。トニーは毎回あそこまで歩いて行ってるのか?」


「そうだね。あいにく男手が足りてないのと、交易用の馬車や竜車はたまにしか来ないから」


 一面に背丈の低い草が繁茂し、目視できるほどの岩がぽつぽつと。人や馬車の通り道であろう、草がはげて土の茶色が剥き出しになった道を伝い、二人はちょうどいい大きさの石を見つけては交互に蹴りながら進む。


 時々道を横切るツノ付きの野うさぎや、二人を覆うほどの影を作る巨大な鳥が上空を飛んでいたりして、森とは違う生態系にハルキが毎度指をさして興奮するものだから、トニーも律儀に説明しながらよく笑うのであった。


 ハルキはリュックに入った素材の重さにはさすがに堪えたが、街に着くとその建造物の物珍しさに夢中になって忘れていた。

 海外旅行などしたこともなかったから、異国の――正しくは異世界の――街並みは初めてのものであった。

 家はどれも白や青を中心としたパステルカラーの壁に、レンガ造りの三角屋根の橙色がよく映える。同じような見た目の二、三階建てが建ち並び、村の木造建築とは気色が違う。


 馬車、竜車は忙しそうに行き交い、人の交流も盛んであった。


「人が大勢いるのは苦手なんだっけ?」

「いや、話すのが苦手なだけだから大丈夫。……日本の通勤時間帯のほうが、多かったと思う。確か」


 素材の買取を行なっている店に入ると、中は薄暗く、ガタイのいい男性がたまに怒声をあげながら何人かで座って話したりしているものだから、ハルキはビクビクしながらトニーの後ろを歩く。

 一方トニーのほうはだいぶ肝が据わっており、カウンターにいた、葉巻を加えた無口で怖そうな顔の男に一切怖気付くことなく交渉を進め、換金を終える。


「どこか行きたい店はある?」

「お金に余裕があるなら、ちょっと娯楽施設とか見てみたいんだけど」


 ハルキの提案を快く了承したトニーは、その後様々な場所に連れて行ってくれた。


 いろいろな楽器と少数の役者で演じられた劇場は、ゲームや動画などのショートコンテンツに染まった現代人のハルキには退屈な内容だったが、音楽は陽気で楽しいものが多く、わからない内容はトニーが隣で解説してくれた。


 カジノは素材買取屋なんか比べ物にならないぐらい、葉巻の煙と柄の悪い大人たちで最悪の雰囲気だったのでハルキはもう一刻も早く逃げ出したかったが、いざトランプやサイコロに身を投じると、楽しくて夢中になった。


 最後に、トニーの提案で武器屋に寄ることにした。

 戦う予定はないから断ろうと思ったが、武器自体は純粋に興味があったので覗いてみることにした。

 気づいたら上物の長剣を一丁購入することになっていた。

 ハルキは、修学旅行でよくわからない剣のキーホルダーや木刀を買うタイプだったのである。



 予定よりもかなり長く滞在してしまったらしく、帰り道はもう真っ暗だった。

 雲は遠方に過ぎ去ったようで、星や月がよく見える。

 魔法であろう、地上ではトニーの手元にめらめらと燃える火球だけが、夜道を動く二人をおぼろに照らす。


「俺さぁ」


 買った長剣の鞘を大事そうに撫でながらハルキが喋ると、周りに何も無いものだから、言葉がやけにはっきり聞こえて事々しい。


「元の世界でどんな暮らし方してたか、とか話してなかったよな」

「……うん」


 ぼんやりとした顔は見えないが、きっとハルキは真剣に話しているのだろう、とトニーは受け取る。


「学校……なんて言うんだろ、子供が集まって勉強して、でも勉強だけじゃなくて、運動とか、遊んだり、話したり、そういう……そういう場所に行くのが普通なんだ」


 自信なさげに、それでいて声の浮き沈みが目立つ喋り方のハルキの言葉を、トニーは黙って聞く。


「小学校まではよかったんだ。多少横柄でも、ガキ大将みたいな感じで、面白ければ、足早ければ、友達は……多かったと思う。それが俺の十二歳まで」


 小学生とは実に謎の生き物であり、優しい子や真面目な子よりも、明るい子、時にはやんちゃな子が人気を集めるものである。とハルキは実体験を通して語る。俺は人気者だったんだよ、と。


「中学校に上がったら、自分でも……笑っちゃうぐらい、人が離れていったよ。……俺さ、なんか昔から『空気を読む』ってのが人よりできないみたいで……思ったこと、全部言っちゃうんだ。相手の気持ちがうまく……うまくわからない」


 ハルキは下を向き、独白する。


「言ってる時はいいんだ。自分が正しいと思ってるし、他に何も感じない。……でも、後からさっきのはよくなかったかも、とか思って、その度自分が大嫌いになる。なのにどうして言っちゃうんだろうな。……それで、自分のそういう部分に気づいた時はもう何もかも遅くて……学校に行かなくなった。それが俺の十五歳まで」


 相手の気持ちを考慮に入れない言葉の創出と、手遅れの善性。それがハルキの本質であった。ハルキは下を向いたまま続ける。


「何度も何度も変わろうとしたよ。……言い訳にしか聞こえないだろうけど。何も変わらなかった。俺という人間が、こういうふうにしか生きられないんだって思った。……きっと周りの奴らが合わなかったのもあるのかもしれない、だから高校からは頑張ろうって思った。傷つけるぐらいならあんまり喋らないようにして……一人も友達できなくて、クソつまんなくて半年で行かなくなった」


 ハルキは顔を上げて、暗闇に赤い炎を灯すトニーのほうを向く。


「だから、今日はめちゃくちゃ楽しかったよ。ありがとう、トニー」


「……僕はそんな、たいそうなことはなにも」


 しっかりとトニーのほうを見てお辞儀するハルキに対し、トニーがぶんぶんと手を振ると火がゆらめいたので、慌てて元の位置に手を戻す。


「放課後……学校が終わった後、友達と遊んでるみたいで楽しかった」


「楽しんでもらえたのなら、よかったよ」


 帰りは行きほどの荷物も無く身軽なので、疲れを考慮に入れても歩くペースは比較的早く、すでに森も近くなってきていた。


「ハルキ」


「うん?」


「……また来ようね」


 おう、とハルキが笑うと、吹き抜ける夜風が炎を少し揺らしたのだった。


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