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3話 俺はお荷物ヒロインが嫌いだ

 食後、気恥ずかしさを誤魔化すためにとっととベッドに入ったハルキは、疲れから一瞬で眠りについた。


 翌朝、美味しそうな匂いがハルキの部屋まで届いてきて、自然と目を覚ます。窓の隙間から差す光が優しく、寝起きの体に染み入る。


 疲れは取れた気がするが、まだぼんやりとする目を擦って、足元に気を付けつつ階段を下る。

 居間ではトニーがパイの乗った皿を机に乗せて、こつんという音が鳴るところであった。


「おはよう、ハルキ。昨日収穫したメイルの実でパイを焼いたよ。甘さは控えめにしてみたんだけど」


 席についたハルキがさくさくと音を立ててパイを食べる。爽やかな酸味とパイ生地の香ばしさが心地いい。


「今日さ、川行かない?」


「川?」


「うん、昨日行った森の近くに綺麗な川があってね。それから、ドラゴンの死体も回収したいし」


 食事中に死体の話かよ、と突っ込みたくなったが、パイの美味しさに気を取られてそれどころではなかった。

 聞けば、ドラゴンの肉はまずいので価値は無いが、その鱗や骨は希少であり、街に行けば売れるのだそう。


 今度街に行ってみようよ、などと話しているうちにあっという間に平らげる。

 食器を片付けて外に出ると、少し離れた場所に昨日の男衆がいたが、こちらには気づいていないようだった。


「……一緒に行こうって声かける?」


「いや、ごめん。まだ……まだいいかな。複数人は……苦手なんだ。でも……そのうち、友達になってみたい、とは思う。お前の友達なら、いい人もいると思うし。……なれるかな」


 自信なさげにたどたどしく呟くハルキに、トニーは真っ直ぐに「なれるよ」と声をかける。

 おそらくハルキが友達が少なかったタイプなのも薄々察しているだろうが、それでも彼は茶化さなかった。


 改めて家の横から続く、舗装された道から森に行こうとする二人の後ろに駆け寄る音が聞こえたので振り向くと、そこにはマリアの姿があった。

 昨日の美しい衣服は汚れたか傷ついたかで使えないのだろう、村民が着るような質素な服を着た彼女は、高級な西洋人形に子供用着せ替え人形の洋服を着たようなアンバランスさである。


「あの! おはようございます、トニーさん。……ハルキさん」


 話しかけないでくれ、と言ったのを覚えているのか、少しハルキに話しかけるのを躊躇うような態度を見せる。

 へなっと力なく笑顔を作る彼女の目元にはくまができたいた。御者が殺され、知らない場所で一晩過ごしたのだから、無理もない。


 ハルキは自分の言ったことが間違っているとは思っていなかったが、彼女の不調の原因に昨夜の自分との会話が入っているような気がして、


「……トニー、先歩いてるよ」


 マリアの挨拶に反応することはなく、歩き出したのであった。トニーを置いて行ったのは、この際自分の不敬がどう思われようが知ったことではないが、トニーのメンツは守りたいと思ったからだろう。


 その意図を汲んでか、トニーはマリアに頭を下げる。


「申し訳ありません。……彼は」

「勇者様、ですよね」


 マリアの発言にトニーは思わず上体を起こし、目を丸くする。


「……気づいていらっしゃったのですか」


「優れた身体能力に加え、こちらのこともあまり存じ上げていないようでしたから。すぐに名乗らないのは、なにか理由があるのかと思って、黙っていたんです。……やはり彼はこの村へ、魔王討伐の旅路でお越しに?」


 不貞腐れたように歩いて行くハルキの後ろ姿を遠目に見ながら、二人は会話を続ける。


「まだ、迷っているそうです。なにぶん、こちらの世界に来たばかりだとかで。虫も殺せないって顔してましたよ、昨日は」

「なるほど、それで……」


 マリアは合点がいったというような表情をする。


「彼は、勇者を背負うには……普通すぎるんですよ」


「……?」


「強大な力と使命を与えられたのにも関わらず……中身が普通すぎるんです。普通に怒って、笑って、悲しむんです」


 一晩を過ごしたトニーの評価であった。

 ハルキは思ったことをすぐ口に出すし、感情表現は直球だし、自分の意見は通したい、そんな性格だから人間関係の構築に悩んできた、どこにでもいる人間なのだ。


「あの……私、昨日、すごくわがままなこと言ってましたよね。彼も不安でいっぱいだったと思うのに……。彼に……謝っておいてくれませんか」


「……マリア様も領民やご家族のことで必死なのでしょう。それに、きちんと伝えれば、応じてくれない人では、無いと思いますよ」



「俺マジであの女嫌いなんだよなぁ! 自分のお願いばっか言いやがって! そのくせ話しかけんなっつってんのに話しかけてきやがってよぉ!」


 最悪である。

 トニーはマリアにお辞儀をして別れた後、走ってハルキと合流し、川まで歩いていくところだった。

 道中でハルキの鬱憤が爆発、実り豊かな自然に囲まれて汚言を吐き散らす最悪の化け物が生まれていた。


 まあまあ、となだめるトニーの制止は聞かず、ハルキは続ける。


「俺さぁ、お荷物ヒロイン嫌いなんだよね」


「おにもつひろいん?」


「弱いくせに面倒ごとばっか持ち込んで、主人公様助けて〜みたいな奴。戦えってんじゃなくて、弱いなら弱いなりにできること探せばいいのに、いつになっても助けられてばかり。主人公も主人公で性懲りも無く助けるのがタチ悪いんだよ、いっぺん自分で解決させてみりゃいいのに」


 ペラペラと悪口の連鎖を続けるハルキに、流石にトニーも苦笑する。同意を求められると、トニーは少し黙ってから、


「それがマリア様への評価? 出会ったばかりだし、君がそこまで詳しく知っているとは思えないけど」


 と優しく諭す。

 トニーの冷静な意見か、それとも川が近くなり水の流れる音に心が落ち着いてきたのか、ハルキの怒りはようやくおさまってきた。


「俺は……ここと物凄く似てる世界のゲーム……うーん、物語? を読んだことがある、みたいな感じなんだよ。そこでのマリアは、間違いなくお荷物ヒロインだった。だから俺は、あいつが嫌いだったんだよ」


「……へぇ」


 トニーは真顔で、かつ興味深そうにハルキの話を聞く。


「そのマリア様と、今のマリア様は、同じなの?」


「……? 同じだよ同じ! 自分勝手なお願いするところとかそっくりだね!」


「じゃあさ、その物語でのトニーと、僕は同じかい?」


 背中から試すような言葉をかけられたハルキは、思わず立ち止まって振り返る。トニーは純粋に知りたがっているような、どこか悲しいような、計り難い表情をしているのだった。


 自分の人生がある物語に沿っていて、そこでの自分はこれこれこういうものである、と規定されるのはいったいどういう気持ちになるだろうか、とハルキは考えてみる。

 ―――ああ、それは嫌な気分だ。実に嫌な気分だ。


「同じじゃないな。……今のは俺が悪かった。ごめん」


「大丈夫、僕はそんなに気にしてないから。でも、型に当てはめて人を評価するのは、危ないと思うよ。……マリア様も、君の知ってるマリア様とは、違うかもしれないからね」


「そう……だな」


 つくづく、トニーは優しい奴だなあと思う。

 これまで、ハルキの悪い部分が出て、それによって起きた結果に対して指摘する人がほとんどだったが、もっと根本的な、ハルキの悪い部分そのものを正してくれるような人と出会うことはなかったからだ。


 人は嫌なことをされた相手に対し真摯に、その相手の次のためを思って接することはあまりない。その点において、トニーはハルキのことをちゃんと友達だと捉えているのだろう。


 気を取り直して歩いていると、やがて川に着いた。

 幅も深さも大きくはない、悠々と水の流れる綺麗な小川であり、きらきらと反射する水面の隙間からは時折川魚が顔をのぞかせる。


 ハルキは靴を脱ぎ、親指で水温を確認する。気温があまり高くないせいか水は随分と冷たく感じられるが、ここまで歩いてきて少し汗ばむぐらいだったのでそれが逆に心地よかった。


「ちなみにさ」

「んー?」


 小魚を探すのに夢中になっていると、後ろからトニーに声をかけられたので、手を止めないまま空返事をする。


「さっきの話してたのってどういう物語なの?」


 二匹の魚が泳いでいるのを見つけて、ハルキは観察を続ける。種類は違う魚のようであるが、大きさも近く仲良く並んで泳いでいるのが微笑ましい。


「えー? 別に王道のRPGだよ。勇者が悪さする魔物を倒していって……」


 と、途中で体色の濃いほうが片方に噛みついて停滞した。ハルキはここぞ! と二匹に狙いを定めながら話す。


「それで最後は……あれ? 最後ってどうなるんだっけな。プレイしたの結構前だからあんまちゃんと覚えてないな……でもゲームだし、うん、魔王を倒して終わりだったと思うけど」


 見事魚を捕まえたハルキは立ち上がり、二匹を持ち上げる。


「―――ハルキ」

「おーん?」


 魚を見比べてまた適当に返事をする。噛みつかれたほうはもう動かなくなってしまっていた。

 しかしハルキの名前を呼んだはずのトニーの応答がないので振り返ってみると―――


「おりゃっ」

「ぶふぁっ!」


 トニーは手に含んだ水を、鉄砲の要領でハルキの顔めがけて飛ばし、これをまったく警戒していなかったハルキは思わずのけぞって仰向けに倒れそうになる。

 尻と手を川底について、腰の近くまで川の水に浸る。


「いってぇ……」

「ごめん、打ちどころが悪かった?」


 仰々しく右手を抑え、その場にうずくまるハルキを真剣に心配してトニーが近づく。

 待ってましたとばかりに、腕全体で水をすくったハルキがトニーの体に水を浴びせる。


「こんにゃろ……」


 反撃されたことに嬉しそうなトニーが水面に手をかざすと、水が竜巻のように巻き上がる。


「おい! 魔法は反―――」


 もはや服が濡れることなどお構いなしに、ハルキは足を滑らせて時々水面に手を突っ込みながら、トニーに背を向けて逃げ出すが、巻き上がった水流は無慈悲にもハルキを襲うのであった。


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