フェルミのパラドックス ~宇宙か異世界か
AIからの報告音と共に個室で目が覚めた。頭がぼーっとしていて始めそれが何か把握できなかった。だがやがてAIによるアナウンスが、宇宙船内に響き渡った。
『知的生命体が存在する惑星を発見しました』
それで一気に状況を理解した。
“遂に…… 遂にか!”
僕は慌てて跳び起きるとエントランスを目指した。既に他のクルーは集まっていて、彼らは一様に明るい表情を浮かべていた。セルフリッジ、ティナ、アンナ、グッドナイト、吉田。皆、愛すべき馬鹿達だ。断っておくが、全員頭は良い。だが、こいつらは地球での安定した暮らしを捨てて、何もない宇宙への旅を決断してしまったのだ。それが馬鹿でなくて何と言うのだろう? もちろん、僕も含めてなのだけど。
壁は全面に外の宇宙の光景を映している。遠くに惑星と思しき星が見える。恐らくはあれがAIが報告した“知的生命体が存在する星”なのだろう。
「知的生命体が存在するという根拠は?」
セルフリッジがそう尋ねると、AIは「人工物からの発信と思える電磁波をキャッチしました」と返す。
地球でも地球外知的生命体がキャッチしてくれる事を願って電磁波を宇宙に向かって飛ばし続けている。多分、それと同じ事をあの星の知的生命体もやっているのだろう。
「楽園のような暮らしができる異世界を蹴って、宇宙旅行に出かけた甲斐があったわね」
ティナが目に涙を浮かべながらそう呟いた。
“異世界”というのは比喩的な表現で、本当はコンピューターが想像する仮想空間を意味する。
人類は仮想空間の中に楽園を生成できるところにまで技術を進めていたのだ。そこでなら、全ての人類が夢のような生活を送れるようになる。夢と冒険のファンタジーだろうが、王族の暮らしだろうが、穏やかな落ち着いた暮らしだろうが。いや、全世界の支配者にだってなれる。
ここにいるメンバーは、その仮想空間で味わえるはずの楽園ではなく、宇宙空間を選んだのである。宇宙空間にはほとんど何もない。砂漠。否、砂漠よりも遥かに酷い。普通ならば選ばないだろう。
『返答がありました。敵視はされていないようです。着陸が可能です』
AIがそう報告したので、僕らは宇宙船をその惑星に着陸させる事を決定した。未知との遭遇である。
たくさんの知的生命体に歓迎される事を期待していたのだが、宇宙船を着陸させても何の生き物の姿も見えなかった。相手から指示をされて、エアポートのような場所に着陸したのだけど、宇宙船に驚いた熊のような野生動物が逃げて行くのが見えたくらいだった。
戸惑いながら宇宙船の外に出ると、か細い体型の頼りなさそうな造形のロボットが僕らを迎えに来ていた。
「失礼ですが、あなたがこの星の代表知的生命体ですか?」
吉田がそう尋ねる。言語データは既に送ってあったのだ。この星のAIが予想通りに優秀なら会話が可能なはずだった。
『いえ、我々は道具に過ぎません。知的生命体…… 主達は他の場所にいます』
「できればコンタクトを取りたいのですが」
『それは不可能です』
「何故です?」
『皆さん、眠っているからです』
僕はそれを聞いて不穏な気持ちになった。この星の全ての知的生命体が、残らず眠っているなんて事があるのだろうか? 皆、同じ気持ちだったのだろう。不安そうな表情を浮かべていた。それを敏感に感じ取ったのか、ロボットがこう言った。
『会う事はできませんが、建物の傍にまでお連れしましょう』
黙ってロボットに付いていく。
グッドナイトが小声で言った。
「フェルミのパラドックスの解で、こんな仮説があるのを知っているか? 知的生命体は進化したAIに滅ぼされる……」
フェルミのパラドックスというのは、宇宙には絶対に地球の他にも知的生命体が存在するはずなのに、その知的生命体に会えないという矛盾を示したものだ。
きっと、僕らは全員、彼と同じ不安を抱いていただろう。
もし、AIがこの星の知的生命体を滅ぼしたのだとすれば、彼らは僕らをどうする気でいるのだろう?
――やがてロボットは大きな建物に僕らを案内した。
『ここで、我らの主達の一部は眠っています』
一瞬、それが墓か何かなのだと想像したけたのだけど違った。
「つまり、この星の知的生命体は、仮想空間の世界で暮らしているというのですか?」
そう驚いた声を上げたのはアンナだった。
そうなのだ。この星の知的生命体は滅びてはいなかったのだ。ただ、仮想空間の世界があまりに居心地が良すぎて目を覚ますのを止めてしまっただけで。
『はい。現実世界で生活するのは、コストがかかりますから、その方が効率的でもあります。お陰で自然環境への負荷も極限まで軽減できています』
ロボットの説明に僕らはただただ愕然とし、何も返す事ができなかった。
宇宙船に戻り、再び宇宙へ旅立った僕らは落胆していた。皆、地球外生命体との交流を夢見ていたのだ。相手が永遠に眠っているのなら、それは不可能である。宇宙は綺麗だったが、何か虚しく思えた。
「どうする?」
とティナが訊いた。皆は黙っていた。もう諦めて地球に帰還しようか。多分、そう考えているのだろう。
が、僕はこう口を開いた。
「――まだ進んでみよう」
皆が僕を見た。
「確かにこの星は駄目だった。でも、少なくとも知的生命体が地球以外にもいるという事は分かったじゃないか。次はきっと僕らと交流できるような知的生命体に巡り合えるさ!」
それを聞くと、「ああ、そうだな」とグッドナイトが言った。
「ここまで来たんだ。挨拶くらいはしたいじゃないか」
すると、皆は一斉に頷いた。それを受けて僕はAIに命令をした。
「聞いていただろう? まだ先を目指したい。次に可能性の高そうな惑星に進んでくれ」
ところがそれを受けると、AIはこのような返答をするのだった。
『申し訳ありません。それは不可能です』
僕らは顔を見合わせた。
「不可能? どうして? エネルギーなら恒星の光で補充しただろう?」
『はい。エネルギーはあります。ですが。ここから先の世界は形成されていません。ですから進む事ができません』
何を言ってるんだ?
そう僕は思った。しかし、外を見てみて何かがおかしい事に気が付いた。まるでノイズのような壁に阻まれて、宇宙船は進めないようなのだ。有り得ない。
――まさか、
不気味な予感。
まさか、この僕らのいる世界も、コンピューター内に創造された仮想空間だったのか?