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異世界田舎生活  作者: 桜華
9/10

009.牛……?

「いい日和だ」


 今日も今日とて俺は森の中を歩いていた。朝のお勤めである水汲みをしたあと、魔法の鍛錬、朝ご飯を終えてアスレチックで遊んだ。アスレチックは連日大賑わいを見せており、数日経った今でも衰えることなく人がたくさんいる。子供向けは言わずもがなだが、大人向けのアスレチックも負けないくらい人がいる。そもそも大人の数の方が多いのだが、さすがに畑仕事を放っておくこともできないため子供と同じくらいに落ち着いているのだろう。

 さすがにずっとアスレチックで遊ぶ体力もないし時間ももったいないため、ほどほどで切り上げている。あくまで俺が欲したのは娯楽としてのアスレチックであって、決して訓練器具としてのものではない。まぁ、そう考えているのは子供だけなのかもしれないが。こんな遊具で遊んで育つ子供もおそらくいないだろうから、この村の子供たちは将来有望な兵士や冒険者になるかもしれない。それの補助になるのなら喜ばしいことでもある。その子供たちがいつか大成してこの村に帰ってきてくれるのなら、もっと大きな村になっていくことだろう。そう願っている。まぁ、まだ俺も子供なんですけどね。

 歩きなれた森を歩きながら、異変がないかをいつも以上に確認している。戦争が泥沼化しているからこんな戦争地域と程遠いところまで影響はないと思うが、魔物の移動や野盗・山賊・盗賊の出現なんかは考えられる。慣れないと意外と険しく迷いやすいメルの森とはいえ、本業の斥候職の人からすれば人が通れる道などはすぐにバレてしまうだろうし。


「異変は――――あったな」

「モ?」


 森を歩き始めて30分くらい経ったころ、雑草をもしゃもしゃ食べている牛、というか魔物がいた。ここらでは見たことがないタイプの魔物だ。隣を歩いていたリアが多少警戒しているが、敵視はしていなさそうだ。敵性の魔物ではなさそうだが、油断はできない。牛型の魔物がいるのは父さんから聞いたことがあるので知っていたが、なんて言ったっけ。たしか――


「カウモー、だったか?」

「モッモッモッモ」

「毒性のある雑草でもいけるんや。やっぱり魔物だよな」

「モッモッモッモ」

「リア、周囲に他に魔物は、いないみたいだね」


 リアが周囲を確認してくれた。どうやら他に近くに魔物はいないようだ。俺の存在を認識してもなお雑草を()み続けているのは、きっと俺のことを敵だと認識していないのだろう。魔物というのは人間に対してかなり敏感だと聞いていたのだが、あそこまでどっしり構えられては毒気が抜かれてしまうな。カウモーは基本的には温厚らしいが、人に懐くことはあるのだろうか。王都ではカウモーから稀にとれるミルクが高値で取引されると聞いたことがある。もし将来的に俺が村で喫茶店を開こうと思ったら、ミルクは必須の飲み物の一つ。ここはどうにかして仲間になってほしいのだが。

 しかし、どうしたものか。急な展開過ぎて焦っているのだが、なぜカウモーがここにいるかを疑問視すべきだろうか。それとも、たまたま群れからはぐれたカウモーがここまで迷い込んだと考えていいのだろうか。うーん……。よし!


「おいでおいで! 美味しいキノコがあるよ!」

「モ? モー!!」


 考えるのを辞めた俺だった。カウモーは毒性のある雑草を食べるのを止め、俺のところまで歩き始めた。俺が森を歩きながら拾っていたキノコを餌に声をかけると、待ってましたと言わんばかりに近寄ってきて、もしゃもしゃとキノコを食べ始めた。……牛ってキノコ食べるんだ。いや、牛型の魔物だけど。牛型とはいえ魔物だから雑食なのだろうか。わからないことだらけだが、嬉しそうにキノコを食べているので問題ないだろう。と思ったらキノコを三つ食べただけで食べるのを止めた。どうやらおなか一杯らしい。


「お前、うちの子にならないか?」

「モ?」

「伝わるわけないか」


 話しかけたが、そりゃ人語を解するはずもない。どうしようかと悩み始めた時、リアがカウモーの前で座って手をこまねき始めた。これがほんとの招き猫ってか。じゃなくて、カウモーとリアが何か会話しているように見える。リアが手をこまねくと、カウモーが首を横に振る。再度リアが手をこまねく、また横に首を振る。このやり取りが数度繰り広げられた後、カウモーが首を縦に振った。決議が得られたらしい。

 リアが俺のほうを向き、地面に何かを書き始めた。リア、何かを書くってことができるのか。指示を理解しているようだったから、できなくもないのだろうが、やはり不思議としか言えない。


「ええっと『一日にキノコを5本』かな。これって?」

「モ」

「ああ、カウモーが一日に要求するキノコのことかな?」

「モ」


 カウモーはリアとの話し合いで自らが欲する餌を伝えていたらしい。キノコが5本ってかなり少ないような気がするんだが。というか普通に今俺が話していた言葉を理解していたような気もするが、気づかなかったことにしておこう。さて、何も考えずにカウモーが仲間になったわけだが。どうしよう。幸いなことに父さんはまだ村にいるので、連れて帰ってもきっとどうにかしてくれるだろう。

 雌雄がどちらか確認してみたが、やはり雌だった。角が生えていないから雌だとは思ったが、正解だったようだ。これならミルクも取れるだろう。本来、普通の牛は子供を産まないと牛乳が出ないものだが、カウモーは子供を産んでいなくてもミルクが取れると聞いたことがある。持つべきものは物知りで頼もしい父さんだ。

 ロープなどはないのだが、俺が歩くと後ろを付いてきてくれるらしい。便利だな。牛というのは使い道がたくさんある。ミルクは言わずもがなだが、畑を耕したり、たい肥を作ったり、荷馬車を曳かせたり。魔法が発達する前は牛や馬が馬車を曳いていた時代もこの世界にはあったそうだ。村にいたおばあちゃんが教えてくれた。今でこそ魔法による箱馬車や魔法絨毯が一般的だが、誰でも持っているようなものではない。こんな田舎だと、牛や鶏はあまり多くない。村長が数頭、数匹持っているくらいだ。


「よし、帰るか」

「モ」


 採取をしながら森を歩く。そういえばキノコ5本で満足するってのも不思議だよな。魔物の生態ってのは不思議だ。たった5本で満足するのなら何の問題もない。しかもなんのキノコかは指定がない。きっとこの森で取れるキノコならなんでもいいのだろう。たくさんミルクが欲しいのでできるだけ美味しいキノコを提供するのも吝かではない。俺は吝嗇家ではないからな。カウモーの寿命が何年かは知らないが、是非とも末永くよろしくお願いいたします!!


「というわけで連れて帰ってきちゃった」

「だいぶ端折ったようだが、わかった」

「父さん、怒ってる?」

「怒ってはいないが、あれでも魔物だ。もう少し用心するようにな?」

「うん、わかった。ごめんね」

「わかればいいんだ。そうだな、この子に名前はあるのか?」

「あ、まだつけてないや」

「考えておくといい。近々、領都に行って従魔登録をして来るからな」

「わかった」

「父さんはあのカウモーの家と柵を作ってくる」

「ありがとう、父さん」

「可愛い息子のためだからな。気にするな」


 父さんならきっと数時間で終えてしまうんだろうな。それにしても名前か。ふむ。

 カウモー。カウモーの女の子。娘。モーむs――――おっと、これ以上はいけない。

 難しいな。うーん……。カウモーは灰色の毛色だ。そういえば、前世の知識に豊穣の牝牛の名前があったっけ。たしか、グラス・ガヴナンとか。灰色とか緑色とか解釈はいくつかあったようだが、この際どちらでもいい。豊穣の牝牛からあやかって『グラス』と名付けようか。

 灰色の牛と言えば、前世ではブラウンスイスという品種だった。山岳などの厳しい環境で育つ頑丈なのが特徴の牛だ。ミルク量は大量というほどではないにしても、乳脂肪分が高くチーズの原料に向いていたようだ。食む草に好き嫌いが無くてなんでも食べる牛だったはず。あ、そうか。キノコは俺が与えるだけで、草については自分で勝手に食べるということか。

 家の裏庭に行くと、ちょっと離れたところにすでに小屋が出来つつあった。おかしい。父さんが家を出てまだ15分しか経っていないはずだ。たった15分で小屋が半分以上出来上がっているぞ。もはやファンタジー超えてホラーの域だ。父さんがいれば、どんな辺境でも生きていける気がする。


「父さん、小屋を囲う柵は少し広めだと助かるんだけど」

「おう、その子が食べる草のためだろ?」

「あ、うん。わかってたの?」

「まあな。カウモーは少食だが雑食だ。目は少し悪いようだが、目の前くらいはちゃんと見えているからな」

「さすがは現役の冒険者。魔物に詳しいんだね」

「これでも伊達に高いランクじゃないさ」


 家の裏庭の少し離れたところのほうにはボーボーに伸びた草が大量にあるため、そこをグラスの小屋にするらしい。小屋から出れば大量の草。それこそ食み放題だ。少食のようだし、当分はこれでいいだろう。それでも今後の森歩きの際は、雑草なんかを適当に刈ってきたほうがいいかもな。たくさんあれば干し草にしておけば長持ちするし。

 地面に座りながら父さんの作業を見守る。4倍速くらいで早送りしている光景を見ている気分だ。それくらい父さんの動きは早く洗練されている。柵も含めてたったの二時間でグラスの小屋と庭が完成した。凄すぎて言葉にもならない。歩くホラーとは父さんのことだ。


「こんなもんでどうだ?」

「いいと思うよ。グラスも気に入ったようだし」

「グラスか。いい名前だな。あれは牝牛だろ?」

「そうだよ。ミルクも取れると思う」

「そいつはいいな。今度領都に行く際にチーズを作るための材料を買ってきてやるよ」

「ありがとう、父さん」

「チーズができたら、な?」

「うん、任せてよ」


 手をくいっとやっている父さんが言いたいのは、酒のつまみにさせてくれということだ。もちろんオッケーである。この世界にはオリーブオイルもあるし、燻製もある。チーズの燻製は見たことはないが、できないということもないだろう。父さんに領都に行った際に簡易でいいので燻製機を買ってくるように頼んだ。何をするかわかっていないようだったから、やはりチーズの燻製はないらしい。美味しいのに。あとはいろいろな種類の木。できればフルーツの木を切ったものを頼んだ。チップは何種類あってもいいからな。

 本来チーズを作るには仔牛の胃からとれるレンネットが必要だが、この世界では違うらしい。専用の魔道具がすでに発明されているらしく、それを買ってくるようだ。本当ならばちょっと高いらしいが、父さんの伝手で安く手に入るだろうとのことだった。もはやなんでもありである。それならバターも自作したいところだ。


「とりあえずこんなもんか」

「うん、立派な牛舎だね。ちょっと立派すぎるくらいだけど」

「まぁまぁ、そう言うな。もしかしたらまた増えるかもしれないだろ?」

「そんなことはないと思うけど……」

「さてシズー、カウモーをどのあたりで見つけたか教えてもらえるか?」

「あ、そうだね。案内するよ」


 父さんもカウモーがメルの森にいるのはおかしいと分かっていた。カウモーの受け入れ自体は問題なかったが、カウモーがいることが問題である。場所だけ視察して、明日から少し周辺を探索するらしい。戦争が関係しているのか、それともそれ以外の別の理由があるのか。いずれにしろ今までいなかったはずの魔物が発生したのだ。何かしらの原因があると考えるのがセオリーだ。何事もないといいのだが。

 父さんをカウモーがいたあたりまで連れていき、周囲をざっと探索して家に帰った。家に着いた頃には夕方で、母さんが夜ご飯を作ってくれていた。今日の夜ご飯は――――シチューだった。ミルクたっぷりの。察した。この家では母さんに勝てるものは誰もいないのだ。魔物も含めて。


「おお、このシチューは格別だな!」

「ええ、新鮮なミルクが手に入るようになりましたからね」

「美味しいよ、母さん」

「「おかわり!」」

「ふふふ、たくさん食べてね」


 ミルクはたくさん取れるようなら近所に融通してもいいかもな。独占しているとご婦人方からのやっかみがあるかもしれないし。表立ってなにか言われることはないかもしれないが、ここは田舎。周囲とある程度付き合いをやっていかないと浮いてしまうもの。田舎とはそういうものだ。俺も変に目立ちたいと思っていないし。その辺は母さんがうまくやってくれているし、父さんも村のリーダー的な役割をやってくれているため、今のところ問題など何もない。それでも、みんなに恩恵があるようにしてあげるのが村での過ごし方なのだ。都会に慣れている人だと田舎で生活するのは無理かもしれないな。

 結局父さんは3回もおかわりした。俺も2回した。グラスから取れたミルクはとても新鮮でコクがあり、濃厚なミルクだった。本当に美味しかった。そりゃ稀に出回ったら高値で取引されるわけだよ。俺が今回手名付けることに成功したのは、ひとえにリアと森の恵みのお陰だ。リアが意思疎通をしてくれたし、森の恵みたるキノコがあったおかげ。俺がしたのは採取したキノコを融通しただけである。食後にちらっとグラスを見に行ったら、牛舎の中でのんびり寝転がっていた。父さんはグラス用のトイレまで用意していたようで、かなり居心地はよさそうだった。なによりちゃんとトイレで糞をしているグラスもさすがである。なんというか、元人なのではないかと思うほどだ。そんなわけないのだが。


「体を洗ったり毛づくろいするブラシが必要だね。あとは水を飲むためのもう少し大きい桶か」


 桶も父さんが作ってくれていたが、ちょっと小さかったらしい。もう少し大きいのを作ってもらおう。あとはブラシ。毎日整えてあげないと寄生虫やダニなんかがつくかもしれない。たまに泥の中を泳がせたりしたほうがいいのかな? あ、干し草ももっと必要か。飼葉が多少はあったほうがいいだろうし、父さんが領都に行ったら買ってきてもらおう。

 父さんは明日、森の探索に出るらしいからそのあとにきっと領都に行くはず。その際にいろいろと買ってきてもらわないとな。

 一番重要な戦争のことについても調べてきてもらわなければ。泥沼化しているらしいからいますぐにどうこうということもないだろうが……。領都の物価を調べてみたら、食料を追加で集めているかどうかがわかるだろうし。櫓はまだ作れてないから、父さんが帰ってきたら作ってもらうべきだろう。まだまだやることはたくさんだな。


「父さん、いろいろ頼むね」

「任せておけ。俺もこの村が好きだからな」

「ついでなんだけど、料理用の鍋とかもう一式欲しいなあ、なんて」

「何に使うんだ?」

「俺も料理したいと思って」

「ふむ。んー、まぁ、いいか。よし、わかった。ただし母さんには内緒だぞ?」

「うん!」


 俺には父さんが以前作ってくれた小屋がある。あまり使ってはいないが、一応キッチンも併設されている。そこで空いている時間を見つけて実験をしてみたいのだ。喫茶店で出すための料理の研究や、小菓子の研究。あとは、お土産に使えるようなちょっとした雑貨だ。いずれも自分で作れるようになれば元手を抑えながら店を開ける。まだまだ先とはいえ、俺は俺の人生設計を構築するのだ。

 父さんには燻製の器具もお願いしているし、いろいろと買ってきてもらうことになりそうだ。俺も俺でいろいろやりたいことだらけだが、少しずつやっていこう。

 とりあえず明日は、メリアベルと森に行く予定だ。母さんが管理している肉類が置いてある棚を見たら、ちょっと量が減っているように感じた。逆に野菜類や根菜類の量が増えていたから、俺が出かけている間に物々交換をしていたようなのだ。村の公共事業であった防衛機能向上対策以来、肉を欲する人が増えたためだろう。俺もちょこちょこ森に入って野鳥やビッグラビットを獲らなければ。……母さんの魔法の腕があればジビエを獲るのは簡単なのだろうが、母さんにはその気もなさそうだしな。母さんは日がな毎日家庭菜園を世話するのが生きがいのように見える。

 広すぎない畑を世話しながら丁寧に野菜を育てているのだ。おかげでいつも美味しい野菜が食べられている。家事炊事もほとんどやってくれているので、母さんには頭が上がらないな。

 メリアベルと森に行った次はゴレアスさんに隠形を教えてもらう約束になっている。メリアベルと一緒に習うことになるらしい。俺も魚を捕る方法を教える約束だしな。準備もしておかないと。


「グラス、これからよろしくな」

「モ……zzZZ」


 頭をコクリと頷かせると、もう限界だと言わんばかりに眠った牛娘(グラス)だった。

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