007.素揚げ
「こっちだこっちー!!」
「こっちも頼むぞー!!」
「土をはやくどけてくれー!!」
「氷が溶けてきてるんだが、追加頼めるかー?!」
男たちの野太い声が村中から聞こえる。俺が父さんに提案した新しい木柵の増設。これはすぐさま村で可決された。次の日から時間を決めて村人が一丸となって作業をし始めているのだが、そこには俺も含まれる。村の子供たちはいろんなところで小間使いとして頑張っている。大人たちに水分や食料の補給、土の運搬、小枝の伐採など多岐にわたる。
俺が何をしているかというと、怪我した人の治療も少しだけしているがメインは道に氷の道を敷設すること。理由は単純で、伐採した木を滑らせて運ぶためである。当初は荷車や人力での運搬が話に出たのだが、それでは時間がかかりすぎた。牛や馬を使おうにも、そもそも村の中にほとんどいないため現実的ではない。そこで俺が思いついたのが氷上を滑らせて運ぶ方法だ。
さすがに氷の道を作っただけでは滑っていかないが、木材の表面にも氷を部分的に付着させることでそれは簡単に解決した。俺が氷魔法を使えることに村人は驚いていたが、母さんがメルティだと知って誰もが納得していた。母さんはこの村ではちょっとした有名人だからな。
俺の魔力が許す限り木材と氷の道を作業し続けている。現場の指揮は父さんと村長が執っているおかげで、かなりのピッチで作業が進んでいるのだ。当初の予定よりも早く作業が終わりそうなため、急がなくてもいいのではないかという意見も少数出たのだが、万が一を考えて前倒しでの作業を進めたのだ。もちろん農家としての仕事もしっかりとあるのだが、そこは村の女性陣が奮起してくれた。森に設置する鳴子を早々に仕上げて、畑の面倒を見ている。しかも子供がいる家庭ばかりな上に男たちが食べるご飯もあるので、一番忙しいのは女性陣だった。しかし、野盗が来たら一番に被害を受けるのはおそらく女性陣。そのためには丈夫で安全な木柵が必要であるのは間違いない。何かあってからでは遅いうという父さんと村長の悲痛な叫びは村人全員に届いていた。
俺も常に作業しているというわけではなく、魔力が少なくなったら森に採取に出ながら鳴子を設置する場所を見繕ったりしている。俺は村の中でも最上位に食い込むほど森歩きに慣れているため、ゴレアスさんやメリアベルと一緒に計画を練っている。まぁ、計画のほとんどがゴレアスさんの立案なのだが。子供ならではの視点や知っていることも伝えてより綿密な計画としている。
「……シズー、あんたの猫、ちょっと優秀すぎやしない?」
「そうかな。いや、そうかも?」
「お父様が、あの氷猫はずるすぎる、って言ってたけど本当にずるいわね」
「ゴレアスさんも?」
「そうよ。だって、すでにビッグラビット二匹、野鳥一匹よ?」
「リアは可愛いうえに凄いからね。よしよし」
リアが獲ってきてくれた獲物は拡張バッグに入れてある。このお肉は村の防衛機能向上に従事してくれている人たちに振舞っている。すなわち村人全員に配られるのだ。朝と夜は各家で食べるが、昼ごはんは女性陣が大鍋で食事を作ってくれているので、そこに使われるのだ。さすがに羽や毛皮は俺のものだが、内臓も含めて余すことなく村人で食べられている。やはり力仕事や集中する仕事をしているとどうしても栄養のあるものが食べたくなるものだ。俺も負けじともりもり食べて仕事をしている。なんなら少し無理をして魔法を使っているため、魔力の総量は増えたように思う。やはり魔力も筋肉と同じで少し無理して鍛錬すると増えるらしい。まぁ、魔力を司っているのがこの体全てと考えれば筋肉と同様に超回復が起こるのも自然なのかもしれない。
「私も負けないように頑張らなくっちゃ。あ、リアと二人で狩りに行ってもいい?」
「うん、俺はあの辺で採取してるね」
「わかったわ。リア、行くわよ!」
メリアベルがリアを連れて狩りに行った。今更だけどメリアベルはリアが自律行動していることを理解しているらしい。使役者である俺がいなくても意思疎通がとれてしまっているのだが、あえて言う必要もないだろう。あの二人…………一人と一匹がいればきっと今日の分のお肉も問題ないだろう。むしろすでに十分すぎるくらいではあるのだが、余ったら干し肉や燻製にすれば保存食としてもいいしね。俺は俺で薬草や鍋に入れるキノコ類を確保するだけだ。
しかし、作業を初めて2週間が経過したが、やっと村の周囲の1/4に新しい木柵がついた。必要となる木は概ね伐採が終わっているので、木柵の増設はさらに早いペースで終わるだろう。あり得ないくらい早いスピードだが、これも俺の氷魔法がかなり活躍してのことだ。本来であればもっと運搬に時間を要すはずだったが、氷上を運べばあっという間だった。
並行して堀つくりはなんと半分まで完了している。堀の深さは1m程度とあまり深くはないが、水が流れるようになれば多少の時間稼ぎはできる。それにこれは森以外からの魔物対策にもなる。基本的に魔物は森からくるものだが、稀に街道からも侵入してくる個体がいる。これは村に数人いる警備隊所属の人が倒すことになっている。村の力自慢たちが数人集まってできた組織で、実は父さんも警備隊に所属している。まぁ、領都で過ごす頻度が高いので村に帰ってきた時くらいしかやっていないのだが。父さんは専ら警備隊のひとたちに剣を教えるのが仕事だ。父さんのメイン武器は剣だが、槍と弓もかなり使える。冒険者ならではの食わず嫌いらしい。なんでも使えないと冒険者として大成するのは厳しいのだそうだ。それを聞いて俺は冒険者にはなりたくないなと思ったのは内緒だが。
「おっ、ハルキノコだ。今年もなかなかいい大きさだな」
春にしか取れないキノコだからハルキノコ。見た目はぶっちゃけシイタケなのだが。風味はマツタケという不思議なキノコである。この世界ではわりとポピュラーなキノコだが、この森では市場に出回っているものよりも一回りから二回りほど大きい。食材は大きくなると大味になるものが多いのだが、このハルキノコは大きければ大きいほど風味が強く美味しくなる食材の一つ。今年は知る限り一番の豊作のようで、見渡せば点々とハルキノコが見つかる。籠一杯とってもたくさんあまりそうなくらいにはハルキノコがある。これだけたくさん見つけられれば村人に乱獲されてもおかしくないと思うのだが、実はこんなに簡単に見つけられるのは村では俺だけらしい。
採取の加護でもあるのかと錯覚するが、この話を父さんにしたら、見渡してぱっとキノコが目に入るのは異常なことらしいのだ。稀にそういったことができる人もいると父さんは言うが、それはあくまで経験によるもので、採取したいものがハイライトしたかのようにみえることはないらしい。
もちろん俺もハイライトとまではいかないまでも、なぜかそこがはっきり視えるのは変なのかもと思っている。まちがいなく前世ではなかったこと。理由は分からないが有り難い能力なので有効活用するだけなのだが。この能力自体前からあったが、最近は特に一段とよく視える。なんでこんなに視えるのか不思議だが、今採取しておかないといけない気がして俺は一生懸命に採取する。採取したキノコ類は半分は村人用にまわし、あと半分は干しキノコにしてとっておく。ちょっとずつ俺の備蓄が増えてきているのだが、家族以外には内緒だ。あ、メリアベルは知っているか。
「シズー、追加でビッグラビットが一匹狩れたわ」
「さすがだね。ゴレアスさんも安泰だ」
「そのとおり――と言いたいところだけど、リアが狩りやすいように誘導してくれたおかげね」
「リアだったらいつでもお供させるから、いつでも言ってよ」
「私自身ももっと上手く狩れるように精進するけど、当分はリアの力も借りるわね」
今日の成果はビッグラビット三匹と野鳥一匹。はっきり言って異常だ。リアがいたとしてもこの森で短時間にこれだけの獲物を見つけるのは至難。ゴレアスさんならば可能かもしれないが、俺たちはまだまだ子供だ。やはり俺とメリアベルはこの森に愛されているのかもしれない。
狩りを終えて家に帰ってもまだ仕事は残っている。むしろここからが重要とも言える。血抜きは終わらせているが、それ以外は森でやるのは危ないため村でやるほかない。家に帰るとシトリーさんと母さんが準備を終えて談笑していた。女性陣の仕事もかなりあるのだが、肉類の食材用意はこの二人が主に担当だ。俺たちが狩ってきた成果をあり得ない速度で捌き、現場の近くにある仮設食堂へと俺が運ぶ。今日も今日とてお肉がたくさんのため、村の士気はかなり高い。
「それにしても、今日もビッグラビットが大量ね」
「これだけあれば男たちも文句ないわよね」
「ふふふ、本当にシズーとベルちゃんは仲がいいわ」
「ベルもシズーのこと気に入っているし、相手してくれて助かってるのよ~」
シトリーさんと母さんののんびりした会話とは裏腹に、テキパキと解体されていく兎と鳥。うーむ、この村で怒らせていけないのは間違いなくご婦人方だな。お肉を捌く作業をメリアベルも手伝い始めているが、メリアベルは顔を赤くしながら黙々と作業している。うーむ、いい感じに弄られているな。
長居したくない俺は捌かれたお肉を拡張バッグへと入れてピストン輸送だ。仮設食堂では他のご婦人方が話に花を咲かせながら料理していた。やれうちの旦那は~、あーてこーでと話している。ここにいるだけで村中の男性陣の秘密を聞けてしまいそうだが、下手に長居すると面倒になることも知っている。
「シズー、今日も大量ね。狩人でもないのに凄いわぁ」
「ほんとほんと! あ、シズーは好きな人、いるの?」
「あら、それは気になるわね」
「やっぱりベルちゃん?」
ほら、お肉を出している短時間でさえこのありさまだ。このご婦人がたは娯楽に飢えているため、こうした恋バナが大の好物である。この村は人があまり多くはないため、俺くらいの子供の恋バナでさえ娯楽の対象として見られる。全く持って厄介だ。
「そんなこと言ってると、お肉おいていかないよ?」
「あらあら、それは大変ね」
「あともう少ししたらご飯ができるから、男衆に声をかけてきてもらえる?」
「はーい」
はぐらかされたが、お肉を置いていかないというのはもちろん嘘だ。そんなことをしようものならおばちゃんたちの形相が鬼のように――――
「シズー、何か失礼なことを考えてない?」
「いや、何も。声掛けに行ってきます!」
やはり、ご婦人方には逆らってはいけないのだ。
◆
村の防衛機能向上対策を実施してから一か月が経過した。木柵の設置は概ね完了。堀に関しても概ね作業は完了しており、残すは川から水を引くことくらいである。だが、ただ土を掘っただけの堀では思うように水が残らない可能性があるため、今は石を敷き詰める作業を実施しているところだ。これに関しては子供たちがかなり頑張っている。大きな石を大人が配置し、隙間を子供たちが小さい石で埋めている。子供たちも肉が食えると知っているため張り切って仕事をしているのだ。
あり得ない速度で村の防衛機能向上対策が完了したが、どれもこれも俺の父さんがチートじみた能力を発揮した。まぁ、小屋という名の家を短時間で作り上げるような人だからな。これくらいのことはやってのけるとは思っていたが。まさか、ここまで短期間に成し遂げるとは思わなかった。
防衛機能向上のための木柵と堀は完成。水を引くことも完了している。戦争がどうなっているかを調べるために父さんが領都へと出発した。正直、新しい情報が入るまではやることがないため、今まで通り畑を世話したり森に入るくらいしかやることがない。せっかくだし成長する短剣を使って狩りでもしてみようか。今ならリアが狩りを手伝ってくれるしね。
「リア、今日は川に魚を捕りに行くよ」
もちろん返事はないが、体をこすりつけるようにしてくるので機嫌はよさそうである。今日はメリアベルがゴレアスさんと森に入っているため、俺は少し趣を変えて川へと向かった。堀にも水を引いている少し大きい川。村の中を走っている川の上流へと向かうと森に入るのだが、少し奥に行くと小さな滝と水の溜まり場がある。そこには小さくない魚も結構いる。
水深はおよそ2mくらいだろうか。子供ではあっという間に溺れてしまう深さだ。まぁ、泳げる俺からすればいい遊び場でもある。子供たちは夏になると親と一緒にここにきて遊ぶこともある。子供だけではさすがに森の中にあるここへは来ちゃいけないことになっているのだが、親から許しを得ている俺は特別だ。
魚を捕るにはいくつかの方法がある。罠を設置したり、釣りをしたり、網を投げ込んだりだ。だが、この魚を捕り過ぎては絶滅してしまう可能性もあるためある程度に抑える必要がある。俺は魚用の罠を持っていないし、釣竿も持っていない。もちろん網もない。ではどうするかというと――
「氷魔法しかないよな」
罠をもっていないなら作ればいい。父さんがいたら作ってもらうのだが、生憎と領都に出かけたばかり。では俺ができるのは氷魔法を使って罠を作ることだけである。作ってあった干し肉を小さくちぎり、氷魔法で作った罠へと入れて水の中に沈める。罠は単純で、入り口が大きく中に入るころには小さくなっているもの。入るのは簡単だが、出るのは難しいあれだ。入り口を四か所つくり、真ん中の部屋には干し肉。干し肉に釣られていろいろな魚が入ってくるだろう。
川魚は何種類かいるみたいだが、ほかにも沢蟹がいるらしく大量に罠に入り込んできていた。沢蟹は油であげればザクザクと食べられて美味しいので、嬉しい発見である。この世界で沢蟹を食べたことがないので、もしかしたらこの村では俺以外に食べようとする人はいなかったのかもしれない。家に持ち帰って試してみるか。
罠を数か所設置した後は採取の時間である。川沿いにある薬草や香草野草を次々と採取していく。キノコや木の実なんかも採取しながら時間を潰していると、いつの間にかいなくなっていたリアが野鳥を咥えて帰ってきた。……魚を捕りに来ただけだったんだが、優秀すぎる氷猫ってのも困りものだね。まぁ、防衛機能向上対策をしているときは毎食肉が食べることができたせいか、最近では村人たちが前よりもお肉を食べたがることが増えた。そうは言っても供給元は猟師であるゴレアスさんか俺くらいしかないため、以前の供給量に戻るだけ。
じゃあ自分で獲るということで村人のなかでも森歩きがわりかし得意な人たちが森に入るようになっている。メリアベルとゴレアスさんが一緒に森に入っているのは、それらを見張る――という名の保護をしているからなのだ。隠れながら村人たちを見守っているため今日は別行動なのだが、ゴレアスさんはついでにメリアベルに隠形の仕方を教えるそうだ。ぜひともいつか俺にも教えてもらいたいものだが、こればっかりはそう簡単に教えてもらえる技術ではないだろうから、機を見て頼む予定である。
ある程度時間を潰したところで魚が捕れているかの確認。水の透明度が高いために上から覗くだけで成果が見えるのだが……ふむ。
「捕れすぎてギュウギュウ過ぎだろ」
罠の中で魚が泳ぎにくいほどに大漁だった。一箇所だけこんなに大漁ということではなく、全ての罠で大漁だった。もちろん沢蟹もたくさんいるし成果としては申し分ないほど。まぁ、さすがにこんなには持って帰るつもりもないので、より大きい個体を選別して罠から取り出していく。取り出すときは氷で作った笊で攫う感じだ。魚は大きいのが20匹、中くらいのが30匹。沢蟹は数えきれないほど。小さい魚の個体は全て放流した。氷魔法は使いようによってはかなり便利であるな。任意の造形が可能なのが強みだろう。俺は独学だから詠唱とかはしないけど、実際はどうなんだろう。今度母さんにでも聞いてみようか。まぁ、母さんが詠唱しているところを見たことはないんだけどね。
魚を手早く締めて拡張バッグへと放り込む。沢蟹は締めるのが大変なので氷の箱に入れて背負い籠にぶち込んで帰宅だ。リアは野鳥を獲ってからいつの間にかまたいなくなっていた。その辺を散歩しているのか、またはまた獲物を探しているのかは不明だ。放っておいても帰ってくるので問題ないだろう。
家へと帰る途中、偶然にも村人たちを遠目に見つけた。数にして10人程度か。大人が5人と10歳くらいの子供が5人の編成だが、その手に獲物は何もない。背負い籠は全員持っているようだが、籠の動きから見るに恐らく何も入っていないのだろう。野草や山菜なんかは取れるはずだが、その採取する知識がないのだと思われる。何が食べられて食べられないか。もしくは、どんなところに自生しているかを知らないかのどちらかだ。いずれにしろ、このままでは村の中で不満が出る可能性があるのだろうな。
どうにかしたいとも思うが、そこまで裕福ではない村人たちだ。多少の余裕はあっても毎日森に入って時間を浪費できるほどではないだろう。そのうち諦めてまた畑を耕すことになるのだろうな。南無。
村では物々交換が主流なので、本当に肉が食べたければ我が家かゴレアスさんたちのところに交渉にくるだろうし、それまで待っていればいい。教えを請われたら――どうしようか。俺自身、教えられるほどの技量もない。採取は教えられるかもしれないが、俺の場合は慣れと勘と経験となんとなくで採取しているので、上手に教える自信はないな。きっと村長あたりがこの辺は今頃考えているだろうし、俺みたいな村人Aが考えるのは無駄なだけだ。
家に着くと、ちょうど母さんがお茶を飲んでいるところだった。
「あら、おかえりシズー。今日は少し早かったのね」
「うん。一人だったし、今日は川に行ってきたんだ」
「川? 川遊びするにはまだ早いと思うけど」
「違うよ。魚を捕りに行ったんだ。最近お肉ばかりだったからね」
「……もしかして、魚の捕り方を知っているの?」
「え、う、うん」
「釣りかしら?」
「いや、違うけど」
「じゃあ、潜って捕ったの?」
「それも違うけど」
「????」
困惑する母さんを尻目に、俺は拡張バックから締めた魚を大量に取り出した。さすがの多さに母さんもお茶を飲む手を止めて驚いていたが、カップを落とすことはしなかったようだ。あんぐりと口は空いていたけどね。母さんの再起動は早く、俺が魚と沢蟹を出し終えたところでいつの間にか台所で魚を捌く用意をしてくれていた。なんとも頼もしい母親だ。
母さんは魚を捌くのも上手なようで、あっという間に魚たちは三枚におろされた。半分は干物と燻製にし、もう半分は周囲へのおすそ分けように別の籠へといれていた。数匹は今日食べるようにとっておいたが、あとでゴレアスさんたちにも持っていこうかな。
「……この気持ち悪いのは何かしら」
「カニだよ」
「こんな小さいカニがいるの? 蜘蛛の仲間ではないわよね?」
「確か沢蟹っていうんだよ」
「食べられるの?」
「油で素揚げにしたら美味しいんだよ」
「そう。じゃあ今夜やってみましょうか」
「うん」
「じゃあ、母さんはちょっと出かけてくるわね」
「いってらっしゃい」
母さんはおすそ分けという名の物々交換へと向かった。
あとから聞いた話だが、この辺に住む魚はかなり人の気配に敏感らしく、釣りや潜水では一切取れないのだそうだ。今回俺が使った罠形式での捕獲は人の気配はしない。さらに餌となる干し肉も敢えて失敗して匂いが強くなってしまったものを使った。それゆえに入れ食いになったのだろうとゴレアスさんが教えてくれた。ゴレアスさんも狩りは得意だが、魚が捕れる有効的な罠は知らないようで、俺が大量に魚を捕ったときいて驚いていた。魚を捕る方法を教える代わりに、狩人が使う高度な隠形の方法を教えてもらえることになったので今度時間が合うときに情報のやり取りをする予定である。
母さんが外回りから帰ってきてすぐに夜ご飯の準備に取り掛かってくれた。俺は母さんが外に出ている間に沢蟹の泥抜きをしておいたので、料理自体はすぐにとりかかれた。久しぶりに二人で料理したのだが、なかなか楽しい時間であった。ちなみに、沢蟹の素揚げはお酒が飲みたくなるほど美味しかった。