005.冬
収穫祭が終わりタキ村の秋にも終わりが訪れた。黄金色に輝いていた小麦畑も今ではすっかり刈り取られて、どこか哀愁が漂っている。今年の収穫祭では例年よりも多くの男女が付き合い始めたので、早ければ来年の今頃にはタキ村に新しい命が生まれて来るかもしれない。豊作の年ということもあり、村人の多くが蓄えに余裕があるおかげか、出生率は上がることだろう。……もしかしたらうちもそうなる可能性もあるが。
章が終われば冬はあっという間に来る。秋のあの過ごしやすい気候と綺麗な紅葉が大好きなのだが、時間が経つというのはあっという間だ。森に入って秋の恩恵を収穫しているとすぐに寒くなった。
ここの地域は普通に雪も降るので、森に行く頻度も下がると思っている。木々が生い茂っている森では木が邪魔してあまり雪自体は積もらないのだが、やはり寒い上に動植物が身をひそめるため森に行くうま味はほとんどない。だが、冬にしか採れない貴重な薬草があったり、冬限定で訪れる渡り鳥もいるため全くいかないということでもない。
幸いにも秋にたくさんの魔物や動物を狩ったため、お金に余裕があったので少し暖かめのコートを買った。これはあくまでも自分で稼いだお金で買ったものなので、特段親に文句を言われるようなこともなかった。そもそも、文句を言うような親でもないが。俺は冬にもたまにこっそり森に行くことを計画していたのでコートを用意したのだが、どこからかその情報を仕入れたメリアベルも動きやすく温かいコートを用意していた。本当にお転婆な娘だと思う。
冬の間にも森に行くとは言え、基本的には家にいることが多い。領都に行くこともあるが今年も備蓄がしっかりできているし、戦争の気配があるため領都には近寄らないほうがいいという判断で村に残ることになっている。俺も父さんが作ってくれた小屋――――と呼ぶにはいささか立派過ぎる気もするが――――を自分好みに改造することに明け暮れていた。
もちろん、魔法の鍛錬も怠ってはいない。母さん曰く、初心者の枠は脱したということらしい。どれくらいかと言われれば、魔力量は中、魔力制御は上、瞬間魔力放出量は中、魔力密度は中の上、というところらしい。かなり優秀な部類に入るらしい。とは言ってもまだまだひよっこだし、魔法を瞬時に発動することもあまりできない。きちんとイメージを膨らませなければ未だにできない状態だ。
俺が扱える魔法は氷属性と癒属性の2つだけ。自傷しては治してを繰り返すうちに、ある程度の裂傷であれば治せるようにもなった。これは前世の記憶にかなり助けられた部分が大きい。氷属性も順調で、氷兎も氷のアメショーくらいの練度で動かせるようになった。アメショーも任意ではなく自律で動いていること以外は至って普通。こればっかりは怖くて誰にも言えていない。
俺が採ってきたあのオーラの凄い薬草についてだけど、きちんと保管してある。父さんがこの秋に領都へと奔走して色々と根回しをしているらしい。どれくらい凄い物なのかは未だに教えてもらえないが、父さんが言うには冬が明けるころには報告できるから期待していろと言われた。そんなこんなで未だに放置している。
「そろそろ雪が降ってくるかな」
「そうね。毎日森に行くのもそろそろ終わりね」
「ベル姉はどうするの?」
「私は冬もお父様に狩りの技術を学ぶつもりよ。弓とか手入れとかね」
「なるほどね」
メリアベルは両親の跡を継いで猟師になるのが夢だ。だから魔法に関してあまり興味がない。昔は多少あったようだが、猟師になることと両立は極めて厳しいという現実を知り、さっさと切り捨てていた。超一流の猟師になるために使える時間をきちんと有効活用するためだそうだ。俺と森に行くのも森歩きに慣れつつ狩りの経験を積むためらしいし。
俺はそこまで考えていなかった節もあり、とても勉強になった。俺は森歩きが好きだし採取も大好きだ。もちろん狩りも嫌いではないが、どちらかというと森全部が好きというのが正しいのかもしれない。メルの森は俺の心のオアシスとでもいうべきか。ここまで森を愛する村人も珍しいのかもしれないが、森が楽しくて仕方ないのだ。ちゃんと森にも怖い側面があることは理解しているが、それを分かった上での俺なのだから考えすぎても意味がない。母さんと父さんもそれを理解しているのか特に止めたりはしてこない。本当に助かっている。
ベル姉と森にいくのも数度のうちに、雪がちらつき始めた。今年はやや雪が降り始めるのが早かったのかもしれない。寒さも一気にガクンと強さを増し、例年よりも一足先に冬が訪れた。メルの森にもうっすらと雪が積もり、また森の景色が変わって見える。まだ歩けるうちに森を歩いていると、一足早く訪れた冬と一緒に訪れたのか渡り鳥が来ていた。
「ルーティア、か。冬だなぁ」
渡り鳥のルーティア。全身が白く綺麗な鳥で有名だ。……綺麗なことより何より、とても美味しいことで有名な鳥でもある。繁殖力が高く、絶滅しない程度になら狩っていいと国からお触れが出るくらいの鳥だ。もちろん俺も見つけてしまった以上狙おうと思っている。今日は残念なことにメリアベルがいないが、それはそれ。今日はルーティアがいるかもと思って秘密兵器を持ってきている。
その名もロックスリング――――投石紐とも言うそれは、人間が直接投げるよりも圧倒的に威力が出せることが特徴である。イメージ的にはスラングショットと少し似ているが、これは完璧に投石に適した形で紐を編み込んでつくってある。練習もしっかりとしているので、戦闘力が低く子供でも倒せるルーティアは平民にとって冬のご馳走だ。ただ、警戒する力がそれなりにあるので素人にはなかなか狩れないため、ある程度の敷居があると思っている。
事前に拾っておいた石をロックスリングにセットし、振り回して遠心力を溜める。ヒュンヒュンと音が鳴っているが、それなりに距離があるためまだルーティアの群れは気づいていない。ひとまず一羽だけでも狩れれば御の字である。大きさもそれなりだし、食べるには十分すぎるほど肉付きがいい。渡り鳥は飛ぶことにエネルギーを使って痩せているイメージが強いが、冬になりたての頃のルーティアは秋に食べて脂肪を貯めこむため、今が一番ふっくらしていて美味しい――――と、メリアベルの父さんが言っていた。さすがに猟師の知識量はすさまじい。
ロックスリングから放たれる石はヒュっと乾いた音を立てながら進んで、ルーティアの胴体に直撃した。石もそれなりの威力があったためじか、翼を傷つけることに成功したようだ。ほかのルーティアは逃げ出したが、そいつは上手く飛べずに地べたでバタバタしていた。あとはナイフを使って仕留めれば終わりだ。血抜きだけを済ませて木の棒に結わえ付け、帰路に就く。解体は家に帰ってゆっくりやればいい。今の俺ならルーティアくらいならばきっと解体できる――はずだ。それにしても、さすがに体躯が1mもあったら重いなこりゃ。
「あら~、立派なルーティアねぇ」
「ただいま、母さん」
「おかえり、シズー。血抜きまで終えているなんて、本当に優秀ねぇ」
「教えてもらったからね」
今は冬なので獲物がすぐにダメになることは無いが、血抜きを先にやっておけば血の臭みが肉に移ることがないので美味しさが保てる。夏でも氷魔法が使える俺からすればすぐに冷やすこともできるのでとても重宝するだろうな。
「一人で解体するの?」
「挑戦してみようかなとは思ってるけど」
「えらいわね。隣で見ていてあげるわ」
「うん、ありがとう」
解体自体は何度か教えてもらっているし、そろそろ一人でもできるようになりたいと思っている今日この頃。失敗するかもしれないけどひとまずやってみよう、母さんが隣で見ていてくれるようだし、当たって砕けろだ。全ての羽を毟ってルーティアを綺麗にしていく。もちろん羽は取っておく。量がたまれば矢羽根にも使えるし布団なんかも使うことが出来る。素材には無駄なところなどなかなかないのだ。素材と言えば、俺が森で確保したあのオーラの凄い薬草、今頃どうしたんだろう。父さんが領都に話をつけに行くといっていたけど。次帰ってきたときには何かわかるといいんだけど。
「ほらほら、集中が途切れているわよ」
「あっ、ごめんなさい」
気を引き締め直してルーティアに対峙する。羽を毟ったルーティアの背中を上に向けてしっかり足を持ち、背中に十字の切り込みを入れる。ひっくり返して両もも肉の付け根に切り込みを入れる。両手でルーティアのの両足を持ち、ガバっと広げて関節を外した。もも肉の付け根と関節まわりを両足とも外す。首皮を付けた状態で胸肉を外していくのだか、これがなかなか難しい。胸骨に沿って包丁をいれ、引っ張ると首皮つきの胸肉が外れた。首皮つきの胸肉が外れた状態で見えているのがささみだな。もう片方の胸肉を外していき、ある程度外れたらささみの付いている胸骨をガバっと勢いよく外す。これで概ね肉の解体は終わりだな。
「あらぁ、だいぶ上手くなってきたわね」
「なんとかできたけど、疲れたぁ」
「ふふふ、肉からの骨抜きはやっておいてあげるわね」
「ありがとう、母さん」
疲れた俺を見かねた母さんが肉から骨抜きをしてくれることになった。手を洗いながら作業を見ているんだが、これがまた驚きの連続だった。母さんの包丁捌きが流麗すぎてもはや手が見えていない。こんなことが現実であるとは思っていなかった。なにせ、本当に漫画とかアニメのような動きだから。母さんは本当に底知れない人過ぎて怒らせないようにしないといけないと思った所存です。
「じゃあ、母さんはご近所さんに行ってくるわね」
「うん、いってらっしゃい」
お馴染みとなった母さんのご近所周り。ルーティアが想像以上に大きすぎてお肉が大量だった。父さんはいないし、ルーティアのお肉はあまり保存食に向かない。要するに食べきれないから物々交換をしに行くわけだが、外は雪が降り始めたので保存することも出来るといえば出来る気もする。だが、やはり捕れたてが美味しいということもあり、助け合いも含めて物々交換するのだ。
母さんが物々交換しに行った家の人はまた近くの家と交換を――――ってどんどんいろんな家にお肉が巡っていくのだ。さすがに村中にお肉が巡ることはないが、ある程度の家庭では今日のご飯にお肉が出るだろう。我が家にも十分すぎるお肉が残っているのでなんの問題もないのだ。
俺は俺で羽を綺麗にしていた。たくさん数を集めて布団でも作ろうと思っているのだ。領都には羽毛を使った布団もあるというのは聞いている。ただそれなりに高級品だというのも父さんから聞いているので、それをこの冬の間で作るつもりである。ルーティアは体躯が大きいこともあって取れる羽の量も多い。綺麗に水洗いしながら、ボロボロなものと綺麗なものをより分けていく。こうしてみると、ちょっとしたクッションくらいならすぐに作れるかもしれないな。
「ただいま。あら、羽を洗っていたの?」
「うん。せっかくだからね」
「ふふふ、本当にシズーはもの作りが好きね」
「楽しいからね」
母さんが背中にある籠いっぱいに野菜なんかを交換してきた。冬だというのにたくさんの野菜。もちろん、冬野菜がメインなのだがうちでは育てていない野菜ばかりであるため、とてもありがたい。今日の夜ご飯は母さんがこの野菜とルーティアのお肉で美味しいスープを作ってくれることだろう。骨がたくさんあるし、きっと骨を使って出汁をとるはずだ。物々交換には骨も持って行ったようだけど、まだまだ骨はある。本当に無駄になる部分が全くないんだと勉強になる。
そんなこんなでメリアベルと一緒に森へ行ったり一人で行ったり、木材を彫って彫刻して遊んだり。冬の間に魔法の練習をたくさんしながら冬を過ごした。父さんも途中帰ってきたりしたが、やはり戦争についての情報収集が忙しいらしくなかなか村にゆっくりできないでいた。俺の見つけた薬草についても話を進めているらしいが、戦争関連に手を取られていて後回しになっているそうでもある。
俺の魔法も捨てたもんでもない。氷魔法もさることながら癒魔法がいい調子だ。治せる裂傷の程度がどんどん広がっている。世間一般で大怪我とされている裂傷も、数分で治せるくらいに練度が上がっている。癒魔法の練習だが、本来ならば怪我した人を何人も治すことで練度を上げるのが一般的らしく、わざわざ自傷して練度上げをするのは普通ではないらしいのだ。下手をすれば自分で治しきれない怪我をして死ぬ可能性だってあるし、わざわざ自傷するのも痛いからやらないのが当たり前だと言われれば納得も出来る。そもそも、前世の知識があるからこそ癒魔法の効果が高いが、この世界では経験をたくさん積んで初めて癒魔法の効果が上がっていくのだ。俺はイレギュラーな練度上げをしているのか。止めるつもりもないがな。
そして、冬があけた。
仕事落ち着いてきたし、またのんびり執筆しようかね。。。