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異世界田舎生活  作者: 桜華
2/10

002.森の探索

 今日も今日とて田舎暮らし。朝ご飯は昨夜の残りであるシチューを食べる。一晩たっても変わらぬ美味しさだ。食後は腹ごなしも兼ねてお勤めである水汲みをする。5歳には少々堪えるが、いい運動にもなる。おかげで少し筋肉がついたのではないだろうか。


「シズー、今日は何をするの?」


 水汲みが終わると毎度の如くメリアベルが突撃してくる。おそらくだが彼女は俺が水汲みをしているのを家から目視次第、家を出発しているのだろう。お隣さんとはいえ距離にして80mくらいあるはずなのだが、いったいどんな視力をお持ちなのだろうな。


「おはようベル姉。今日も森に探検に行こうと思うよ」

「いいわね!! じゃあお母様にお昼ご飯貰ってくる!!」


 脱兎のごとく走り出すメリアベル。この会話ももう幾度となく繰り広げられたものだが、彼女はそれすらも楽しんでいる節がある。俺が言うのも変な話だけど、少し変わった子だ。

 明日は2週に1度の行商が来る日。今日のうちに色々と採取を済ませておきたい。それに今は9月でまだ残暑が残っているものの、少しずつ寒くなってくる季節でもある。きっと毛皮やキノコなどの需要があるはずだ。いつでも需要はあるが、冬になる前に干しキノコや毛皮の毛布なんかを準備する家庭が増えてくる。それに、もうすぐで収穫の時期も迎えるし、そうなれば収穫した作物が全盛を迎える。それ以外の買取を行商はあまりやらなくなるだろう。

 我が家も冬に向けて備蓄を作らないといけないから、ある程度の貨幣を稼ぐ必要もある。……まぁ、母さんのことだから俺が気にする必要もないくらいきっちり準備しているだろうし、いざとなれば領都にいる父さんの部屋に転がり込むということもできる。父さんは冬でも仕事をしているため、定期的にしか返ってこない。そもそも、冬は移動も大変になるため、30日に一度くらいしか返ってこない。冬は帰ってきたら10日くらいはいてくれるのだが、それでも寂しいものは寂しいのだ。

 ご飯と背嚢を背負ったメリアベルが走ってくる。すぐに手を繋がれて森へと出発した。森に入ってからは歩きながらだが、ここでいつも世間話をするのが日課だ。


「シズー、明日が何の日か覚えてる?」

「うん、行商のデレクさんが来る日でしょ」

「なぁんだ、覚えていたの。つまんな~い」

「さすがに何回も会ってれば覚えもするよ」

「ふふ、それもそうね。で、今日は何を採るの? 行商が来るんだから、売れるものを採るんでしょ?」

「まずはメルキノコ、あとは薬草と鉱石がみつかればそれも。あとは~……今日の発見次第かな?」

「私も欲しいものがあるから、頑張らなくっちゃ!!」

「……その髪留め、今日も似合ってるよ」

「!! ふふふ、ありがとうシズー!! ほら、行くわよ!!」


 たまに付けている髪留めを褒めてあげるとメリアベルは嬉しそうだ。あれは俺がメリアベルの6歳の誕生日にプレゼントしたものだ。この世界は少し変わっている風習がある。そもそも前世ほど発達している文明とは言い難いため、子供の死亡率というのが少々高い。5歳まで生きる子供というのは全体の7割。昔は5割を切っていたこともあるそうだが。そこで5歳まで生きた子供は、6歳のときに初めてしっかりと祝ってもらえる。大人の仲間入りという分けではないが、幼児から子供へと認められるのだ。

 そういえば、俺も年が明けて春先になれば6歳だ。今年の4月に5歳になった俺は、来年になれば6歳。初めて幼児ではなく子供として認めてもらえる。まぁ、この風習自体が古いもので、都会ではもう廃れているらしい。さすがは田舎という感じでもある。

 いつもと違う方向へと歩を進める。歩き慣れた場所ではなく、最近はあまり行っていないほうへと行ってみる。いつも行っている場所は採取をだいぶしたため、そろそろ場所を変えないと資源が枯渇する。なにごともほどほどがいい。


「あ、ベル姉。メルキノコだよ。それもたくさん」

「……ほんとだ。あんたって本当に運がいいわよね」

「採取に関しては、そうかもね」


 もくもくとキノコを採取する。持ってきた背嚢の1/3がキノコで埋まった。全部取ってしまうともう取れなくなるため、ほどほどにするのがミソだ。この概念をメリアベルに伝えるのに苦労した日のことを思い出す。最初は全部取ってしまおうと聞かなかったが、一度失敗させてみようということで薬草を全部取ったら生えてこなくなったことがある。それ以来は俺の言うことを聞いてくれるようになったのだが、なかなか素直でいい子だ。


「待ってシズー……ちょっと伏せて」

「!! うん」


 急にメリアベルが真剣な顔になる。まるでゴレアスさんが狩りをしているときのような、緊張感のある顔だ。まさか、メルの森に危険な魔物でも入り込んだとでもいうのだろうか。そうっとメリアベルが見ている方向に視線を向けると、そこにはひときわ大きな豚――もとい猪がいた。あれは魔物ではなく普通の野生動物だ。ただ、冬を前にして丸々と太っているだけであろう。少しだけ飛び出た牙がとっても鋭利そうだが、かなり小さい牙のためおそらく雌。何か食べていたのか口の周りが汚いが、とりあえず血ではなさそうだ。


「シズー、メルイノシシよ」

「……大きいね。ベル姉よりも大きいよ」

「あれは――さすがに狩れないわね。残念だけど」


 メリアベルはとても残念そうだが、5歳と6歳が束になっても叶わないだろう。あとでゴレアスさんにメルイノシシがいたと伝えるのがベターだ。2人で息を殺して気配を消していると、何かに気を取られているかのようにメルイノシシがこちらへと歩いていくる。メルイノシシは迷うことなくこちらへと歩いているようだった。


「……こっちに来るわね」

「あっ、もしかして」


 俺は背負っていた背嚢からメルキノコを半分取り出し、そっと地面に置いた。メリアベルの手を引いて少し場所を移動すると、メルイノシシが何かに気付いたように歩を早めた。予想通りだ。メルイノシシは名前の通りメルの森に生息する猪であり、主食はおそらくメルキノコ。さっき食べていてのもきっとメルキノコなのだ。よくみると口元にもメルキノコっぽいものが見えるしね。さきほどまで俺たちがいたところに到達したメルイノシシは一心不乱にメルキノコを食べ始めた。まるで何かに取り付かれたように。


「隙だらけよね?」

「隙だらけだね」

「……いけると思う?」

「んー……、スリングショットは効かないだろうけど、あれ(・・)なら」


 俺が取り出したのは大きな石に紐を巻いて作ったハンマー投げのような武器――スラングショットというらしい。何度でも言おう。遠心力は正義なのだ。2人分あるものを俺とメリアベルが装備し、背後から近づいていく。一心不乱にガフガフとメルキノコを食べているメルイノシシは、一向に気付く気配が無い。まさに好機である。

 位置についた俺たちはスラングショットを振り回し、勢いを増していく。大きくなっていく遠心力に振り回されそうになるが、こちとら毎日水汲みで鍛えているのだ。多少であれば我慢できる。

 まず最初に俺が斜め後ろから敵の豚鼻目掛けてスラングショットをかちあげた。急な死角からの攻撃に「ぶもっ?!」と驚いた声を出すメルイノシシ。それを見逃すまいとメリアベルから追撃が入る。上がった顔を側面からスラングショットが捉える。鈍い音が木霊し、メルイノシシがフラフラとし始めた。まだ絶命はしておらず、放っておけば手が付けられないくらい暴れることだろう。そうなれば俺たちの命などあっという間に散ってしまう。

 死にたくないので俺たちは休むことなく追撃を加える。挟み込むようにスラングショットで側頭部を打撃。さらに悲鳴を上げるメルイノシシ。脳震盪を起こしたのか膝を折ったところにすかさず小さいナイフを刺しこむ。もちろん狙うは目玉。いくら大きいと言っても目玉を貫通して脳に達すれば致命傷足りえる。しかし、ナイフが小さいことと俺の力が及ばず、刺さり切らなかった。このままではまずいのだが、俺は一人ではない。

 俺が刺したナイフの柄尻目掛けてメリアベルのスラングショットが炸裂。杭が打ち込まれるがごとくナイフがメルイノシシの脳へと到達した。そこで初めてメルイノシシが沈黙。奇襲からの連撃により、俺たちの勝利である。


「……勝った、のよね?」

「ふぅ~……そうみたいだね」

「はぁああああ~……緊張したわ」

「ベル姉、カッコ良かったよ。まるでゴレアスさんみたいだった」

「それ、褒めてるのよね?」

「もちろん」


 肩を竦めてみせるが、褒めたのは本当だ。しかし、こんな大物を俺達だけで狩ったとなるとさすがに親たちに怒られそうだな。一歩間違えば死んでいたかもしれないのだから。一つのミスでもあったら間違いなくこうなっていたのは俺達だっただろう。


「で、狩ったはいいけど、どうしましょうか」

「……2人では持てないよ?」

「「う~ん」」


 どうするか困っていると、頭上の木が揺れる音がした。なんだろうと思って視線をやると――――


「お前ら、見てたぞ~?」

「げっ、お父様……!!」

「ゴレアスさん、こんにちは」


 ゴレアスさんがいた。どうやら俺たちが戦っているのを最初から見ていたらしい。もともとゴレアスさんもこのメルイノシシのことを狙っていたらしく、機を窺っていたそうだ。そんな折に俺たちがメルイノシシを見つけたため、どうするか迷っているところで先に狩られてしまったらしい。危なそうだったらすぐにでも助けられるように矢をつがえて待機してくれていたそうだ。気配に全く気づけなかったけど、どうやったんだろうか。


「じゃあ、メルイノシシの様子がちょっと変だったのって」

「おう、俺がちょいっと薬を嗅がせたんだ。むちゃくちゃ腹が減って仕方なくなるっていうな。もちろん、人体には無害だぞ?」


 どうりでメルイノシシの様子が変だったわけだ。か取り付かれたようにご飯を食べていたようだったのは、ゴレアスさんの仕業だったのだ。だが、そうなると俺たちはゴレアスさんの獲物を横取りしてしまったことになる。俺たちは正式な猟師ではないのでおおっぴらに問題にはならないだろうが、それでも横取りというのはよろしくない。


「横取りしてしまってごめんなさい」

「ごめんなさい、お父様」

「わははは!! なに、一向にかまわんさ!! むしろお前たちが頼もしいくらいだ。……とにかく、怪我がなくてよかった。その猪はお前らの獲物ってことにしていい。よくやったな、2人とも」


 なんと懐の深い人だろうか。俺たちが子供ってこともあるのかもしれないが、それを考慮しても人間が出来過ぎている。やはり、俺はこの村が好きだ。人情に厚く情に深い。


「それにしてもシズーよ、その武器――スラングショットだったか。よくそんなの思いついたな?」

「俺はまだ非力ですから。そんな人でも使えるものが無いかと考えた結果です」

「ほう、将来有望だな。どうだ、うちのメリアベルを貰ってくれんか?」

「ちょ、ちょっとお父様!!」

「わはははは!! まぁ、考えておいてくれよ!! 後処理は俺の方でやっておくから、採取頑張れよ!」


 ゴレアスさんは大きなメルイノシシを担ぐと村の方へと戻っていった。俺たちが運んだり処理できないことを承知の上でかって出てくれたのだろう。めちゃくちゃありがたい。毛皮もちょっと欲しかったけど、あれはゴレアスさん一家に譲ろう。俺は小さな牙2本とお肉が貰えればいい。お肉はたくさん採れるだろうから、メリアベルと半分こでいいかもな。


「まったくお父様ったら……。ご、ごめんねシズー。さっきのは、その、気にしなくていいからね!!」

「ふふ、はいはい。ほら、採取をつづけよう?」

「むぅ……。でもそうね、行商が来るんですものね!!」


 先ほど背嚢から出したメルキノコの無事だったものを戻し、また採取に出かける。そのあとは特に魔物や野生動物に出くわすこともなく、淡々と薬草やキノコ、山菜を採取した。途中で鉱石もいくつか拾えたのは嬉しい誤算だ。たくさん採取できたので背嚢がパンパンになりとても重い。メリアベルの背嚢もパンパンである。これだけあればそれなりの値段になるだろうが、全部を売る気もない。とりわけ高そうなやつを行商人に売り、あとは家での備蓄にしてもいい。メルキノコは母さんも好物だしね。


「今日はこのくらいにしようか」

「そうね!! うふふ、これだけあれば欲しいものがたくさん買えそうよ!!」

「……少しは貯めたほうがいいんじゃない?」

「いいのよ!! 女の子はお金がかかるものなの!!」

「「あはははは」」


 いつもと同じやりとりに2人して笑い合う。こういう日々も楽しくていい。疲れているはずの足取りは朝よりも妙に軽く、ルンルン気分で森を後にした。家に帰れば我が家の前で母さんとゴレアスさん、シトリーさんがメルイノシシを解体していた。解体はほぼ終わったようで、綺麗な毛皮とお肉に分かれていた。丸々と太っていたからか、お肉には綺麗なサシ。あとは豚脂――猪脂?――が籠一つ分と牙や骨が分かれていた。

 交渉した結果、牙と大きい骨3本、お肉の7割を貰うことが出来た。毛皮と残りの骨、肉の3割と内臓がメリアベルの分け前となった。ゴレアスさんにも報酬を渡そうとしたが、子供からは貰えないよ、とのことで辞退された。

 ゴレアスさんは母さんにも話をしてくれたらしく、怒られるようなことはなかった。どうやら、ゴレアスさん指導のもとで狩りをしたと説明してくれたらしい。おかげで安全は確保されていたということになっている。あとでゴレアスさんに感謝を伝えたら、次からはきちんと安全を確保できてからにしろ、とアドバイスをもらった。


 その夜、行商人のデレクさんに売る物品の整理を母さんとした。俺は意外と物を溜め込んでいたようで、売ればそれなりのお金になりそうだった。メルイノシシのお肉も少し売りに出す予定だ。行商人のデレクさんはマジックバッグの持ち主なので、加工前のお肉でも売りに出すことができる。生肉も放っておいたら駄目になってしまうが、母さんが無属性魔法の障壁でコーティングしてくれたため、2〜3日なら持つらしい。


「シズー、明日は母さんもデレクさんに会いに行くわね。買いたいものもあるし」

「わかったよ。俺も売りたいものがたくさんあるんだ」

「うふふ、本当に頼りになる息子ね♩」


 次の日、昼前には行商人が来た。今日1日かけて売買をし、明日の朝一に出発するのがいつものルーティンだ。行商人が来るといつもは静かな村も活気付く。ここで生きていくために必要な塩なんかの生活必需品を揃える。うちの村は裕福ではないが困窮しているというほどでもないため、普通にみんなが買い物を楽しんでいる。

 買い物を楽しむ人々の中にはメリアベルの姿もあった。手には少し大きめの皮袋が握られており、おそらく貨幣が入ってるものと思われる。一体どれだけ買い込むつもりなのだ。

 行商はマジックバッグから大量の商品を広げて商いをしている。うちの村にはいないだろうが、盗まれないようにちゃんと護衛も数人いる。領都との往来の護衛も兼ねているのだろう。この辺では聞かないが、盗賊が出ることもあるらしいしな。


「シズー、デレクさんと話してくるから商品を見ておいてね」

「わかったよ」


 今日の売買交渉は母さんがしてくれるらしい。俺と母さんが売るために持ってきた商品を、背負った籠から用意していく。交渉を母さんがするのはメルイノシシのお肉を少しでも高く売るつもりだろう。あとはメルキノコか。あれも俺くらいしか売らないからなぁ。村人も採取してる人はいるみたいだけど、自分で食べるくらいしか採っていないようだし。そもそも、メルキノコはそんなにすぐ見つかるような代物でもない、らしい。それを毎度見つけてくる俺は本当に採取の神様に愛されているのかもしれない。

 メリアベルがはしゃぎながら商品を物色している。カゴに欲しいものをどんどん入れているようだ。服や靴なんかを買っているようだ。ちょっとした小物なんかも買っているみたいだ。2週間に1回の楽しみなので、思う存分買っていいとは思う。俺と一緒に来て6歳とは思えない程度には稼いでいるし。そもそも、近村には娯楽が少ない。領都に行けばすでにオセロやチェスのようなものがあると父さんが言っていた。だが、あれはまだ上流階級の人たちが嗜むものという風潮があるため、こんな田舎でやっている人はいない。


「メンコとかベーゴマを作ったら案外流行るかもな。あ、せっかくならカードゲームのようなものを流行らせても面白いか」


 メンコとベーゴマは庶民向け、カードゲームは貴族向けみたいな。カードゲームはコレクション要素もあるし、デッキを作ってちょっとした対戦も可能にしたい。というか、俺個人としてもカードゲームをやりたいという願いもある。いつか喫茶店を開いたとき、カードゲームなんかも出来るスペースを確保してみても面白いかもな。あとは喫茶店限定のカードとか。高いメニューを注文するとか、何回以上通ってスタンプが溜まったら手に入るカード、とかね。うん、いいね。夢が広がる。

 商品を物色しながら将来の妄想を膨らませる。実際にはどうやってカードを作るのかとか、流通、偽造などされた場合の対処法など考えないといけないことは多い。この世界にはトランプが既にある。絵柄や呼び方は違うようだが、トランプと呼べるものがあるのだ。おそらくだが、過去に地球からの転生者が普及させたのだろうと思っている。

 考え事をしながら買い物カゴに欲しいものを入れていく。今回も色々なものが売られているので、生活必需品を中心に選びつつ、個人的に欲しいものも買い入れていく。小さめのナイフを1つと鉈のようなものも1つ選んだ。


「シズー、欲しいものは買えそう?」

「うん、だいたい揃ったと思うよ」

「どれどれ――――だいたいよさそうね。母さんも欲しいものがあるから、もう少し見てていいわよ」


 母さんも買い物を始めた。一児の母とはいえまだ24歳。まだまだ若い盛りだろう。娯楽が少ない村では、こういった買い物はとても刺激的な外部の干渉になる。買い物をしている人の7割は女性だしね。

 デレクさんと喋ろうかとも思ったが、特に言うこともないので商品を物色。だいたい欲しいものは選んだ後だったので、もう欲しいものは無かった。あまり散在しすぎるのもよろしくない。貧乏ではないとはいえ、蓄えはあったほうがいい。メリアベルは買ったものを見られたくないのか、買い終わったらそそくさと家に戻っていった。

 母さんも買い物を終えたのか、一緒に家へと戻る。途中、今回売ったものの内訳を教えてもらったのだが、メルイノシシの肉が思ったよりも高く売れたと聞いた。なんでも、この国の王族及び諸貴族たちが食料を買い集めているらしい。そのため、1kgあたりの単価がいつもの2倍で売れるらしいので、想定よりも多めに売ったそうだ。全部でしめて30kgも売ったようだ。まだ秋前のため、これからもきっと野生動物は狩れるだろう。特に猪や兎の肉は需要が高いことから、今後も戦争特需が続く可能性がある。もう少ししたら収穫の時期だし、野菜なんかの買取価格も跳ね上がる可能性がある。

 ただ、問題はなんで食料を買い集めているのか、ということ。どこかで飢饉でも起きたか、はたまた――


「戦争――かもなぁ」

「……シズーもそう思う?」

「うん。もうすぐ秋で収穫の時期でしょ? 秋が終われば冬が来る。冬での行軍はしないだろうから、春先での開戦と考えるのが妥当だよね」

「きっと買った食料を保存食にするのね。以前もこんなことがあったわ。私たちの住む王国は隣国――神国とは仲がすこぶる悪いのよ」

「前にもこんなことがあったの?」

「そうよ。この村からも徴兵されてね。母さんにも兄が一人いたんだけど、連れていかれちゃったわ」

「え……」

「戦争なんてしなければいいのにね……」


 俺は母さんのお兄さんに会ったことがない。そもそも兄がいたという話を聞いたのも初めてだ。おそらく、母さんのお兄さんは戦争で……。なんともやるせない気持ちが溢れてくる。母さんは魔法が使えるが、それはあくまでも一般レベル。軍にいるような本職の魔法使いとはわけが違う。戦争に参加などしなかっただろう。

 母さんによれば戦争が開戦すると考えられる場所はかなり遠くのほうらしく、こっちで戦火が広がることがまずないとのことだった。ただ、難民が押し寄せて来たり敗残兵が野盗化して治安が悪くなることも少なくないらしい。この村でも野盗化した兵士崩れが徒党を組んで襲ってきたこともあるんだとか。そのときはたまたま村にいた父さんと母さんが制圧して事なきを得たとか。本職ではないとはいえ、野盗化した兵士崩れならば圧倒できるくらいには魔法が扱えるということだ。

 余談だが、それをきっかけに父さんが母さんに惚れこみ、2年もの間アプローチし続けて結婚したそうだ。雨降って地固まると言っていいのかは謎だがな。


「前回の戦争はどっちが勝ったの?」

「勝者はいないわ。前回は戦争が長引いて冬が来てね、停戦になったの。そして停戦している間に外交を経て休戦したらしいわ」

「休戦ってことは、まだ終わっていないんだね」

「そうね。もう7~8年も前のことだもの」


 そうだったのか。俺が生まれる数年前にそんなことがあったなんて。次はどっちが勝つかは分からないが、いろいろと用意をしていてもいいくらいだ。この村から徴兵されるかどうかはわからないが、俺ほど小さい子を連れて行くことは無いだろう。父さんも冒険者――国に縛られないギルド所属――のため戦争に行くことはないだろう。ゴレアスさんもこの村に一人しかいない猟師だから、連れていかれる可能性は低い。なにしろこの村は戦火からは程遠いため、食料供給として活用したほうが効果的だ。俺が政治家ならそう判断する。

 税の上昇と食料の供給自体は強いられる可能性が感がられるため、今から準備しておくことに越したことは無い。まだ冬前だし野生動物や魔物――ビッグラビットはたくさん狩れるだろう。自衛用にもちょっとした武器があってもいいな。それと、魔法も。


「母さん、俺に魔法を教えてくれない?」

「うーん……、そうねぇ」

「それとも、俺には適性がないかな?」

「それはやってみないと分からないけど……」

「母さんとこの村を、守りたいんだ」

「シズー…………、――――わかったわ。ひとまず適性があるか見てみましょう」

「ありがとう、母さん」


 魔法などなくとも楽しい田舎生活を送っていた。むしろ、一度ハマってしまっては魔法一辺倒になってしまいそうで嫌だったのだが、そんなことも言っていられない。魔法が無理なら狩りの練習と採取を。あとは前世の知識と記憶が使えないかの検証だ。

 魔物がいて戦争があって人の死がやや軽い世界だ。剣呑だが、受け入れるしかない。さぁ、まだ本格化していない今のうちに稼ぐとするか。

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